2024旬誕サンプル「次にみんなで集まるのは、六日の部活かなぁ」
「そうかも? オレは五日に事務所に行く予定あるけど」
「お正月の仕事は……、前撮りの放送だけだもんね……」
「もっと遊ぶっすか? 新春カラオケ行きたいっす!」
「遊ぶのはかまいませんけど、四季くんと春名さんは冬休みの課題、終わったんですよね?」
旬の言葉の温度を示すように、冷たい風が五人の足もとを吹き抜けた。旬が肩をすくめたのは寒かったためであろうが、四季と春名が縮みあがったのが別の要因だろう。
「遊ぶのはかまわないんだ」
初春の夜風をものともしない隼人は、うれしそうだ。赤くなった鼻までマフラーにうずめて、旬はリーダーを一瞥。ニット越しに白い息を吐き出して、四季と春名を見据える。
「部活始まりにチェックしますからね」
ちらちらと互いに視線を交わしてから、二人はがっくり、肩を落とした。四季はわからないが、春名は当然自分たちと同じ、英語の読解問題と数学の復習である。数学はともかく、英語は一応、他に比べれば、まだ得意な部類にはいる教科のはずだが。
「は~い……」
四季と重なった春名の返事は、重苦しいものであった。
マフラーの中で、旬は小さく笑ったようだ。ポーズばかりはため息のように見せて、紙袋を提げた左手を持ち上げる。手袋とコート、セーターを掻き分けなければ、腕時計は確認できまい。
夏来はポケットからスマートフォンを取り出して、のロック画面を旬の前に差し出した。デジタル時計は、二十時過ぎを報せている。
「それじゃ!」
丸まってしまった四季と春名の背中を叩いて、リーダーはずっと元気がいい。
「また部活でな!」
「はい、今日はありがとうございました」
旬の声も上機嫌だ。これは、夏来でなくとも感じるだろう。リーダーに喝を入れられただけでもなく、四季も春名も、上げた顔は明るい。
「おたおめっす、ジュンっち!」
「もう何回も聞きましたよ」
「何回聞いてもいいもんだろ?」
「……そうですね」
今度こそ、旬の微笑を横目に見下ろす。
プレゼントをぶら提げている左手ではなく、右手を三人に振って、旬は踵を返す。夏来も目礼して、小さな背中を追いかけた。口々に投げ渡される声は楽しげで、旬と夏来、二人並んだところで見合わせた顔は、互いに緩んでいる。
「誕生日、おめでとう」
「はいはい」
返事の素っ気なさを補ってあまりある、笑みと声音だ。
正月真っただ中の夜道は、人通りが少なく静かだ。下ろした左手と、旬の右手が触れるか触れないかの距離を詰め、駅からずっと縮こまっている肩に寄り添う。ほんの少し、こちらへと傾く小さな体は、暖を求めているだけだろうか。
「あのね、ジュン……」
「ん」
斜め下で、丸い頭がかすかに上下する。マフラーから顔を上げるのも嫌なほどに寒いのか、夏来の角度からはうかがい知れない。耳は、イヤーマフで隠れてしまっている。
「何か……、してほしいこと、ない?」
「……んぇ?」
マフラーと外の空気の中間から、疑問の声が聞こえる。
「誕生日、だから……。他にしてほしいこと、ないかなって……」
「……今?」
右手の指をひっかけマフラーをずらして、旬はようやくこちらを見上げた。頬の赤さは、もうほとんど寒さのためだろう。
「もうそろそろ、家だけど」
もちろん、言われる間でもなくわかっている。
「今、というか……、明日でも、その先でも」
「それは、誕生日の扱いになるのか?」
「ん……、でも、誕生日は当日しか祝えない、とかは、ないし……」
「それはそうだけど、僕は今日祝ってもらっただろ。ナツキも含めて」
「ん~……」
旬の言う通り、夏来はHigh×Jokerのメンバーと、プロデューサーと、年始の挨拶で事務所に集まった他のアイドルたちとともに、旬の誕生日を祝っている。プレゼントも、四人で相談してこれと決めた、充電式の電気ブランケットだ。旬の部屋は床暖房も空調も効いているけれど、部室は寒いし、屋外ロケの待機時間に使ってくれてもいい。ラッピングを解いた旬の驚いたような表情、手触りを確かめてほころぶ口元、説明書を熱心に読む目からして、いいセレクトだったと、四人ともが自負している。
それはそれとして、個人的にも旬を祝いたい。エゴだという自覚はあるし、きっとそれは仲間からしてみれば抜け駆けに見えるだろうけれど、自分はそれが許される立場であるはずだ。
そういう思いを込めて、旬の左肩へ手を回し、抱き寄せる。
「……まったく」
白い息が、大きな丸になって吐き出された。手が振り払われることはない。
「してほしいこと、って。いきなり言われても、思いつかないよ」
「いっぱい悩んでいいよ……」
きっと、すっかり悩みでいっぱいになった丸い頭へ頬をすり寄せ、ひんやりとした黒髪にキスをする。
「誕生日パーティーのお約束は、今日やっただろ」
「……お約束じゃなくても、いいよ。ジュンのしたいこと……、何でも……」
「したいことって言っても、バイオリンとセッションは、どうせナツキの誕生日でやるだろ?」
思わず、距離を取って旬の顔を見下ろす。旬は不思議そうに、こちらを見返してくるばかりだ。
「……ふふ」
「何だよ」
肩を抱いていた左手はそのまま、右手を回して抱きすくめようとしたが、それはさすがにお許しが出なかった。向かいから、カラフルに光る首輪をつけた犬が、防寒着で丸くなった主人を引きつれて、ご機嫌な足取りで近付いてきたためもあろう。
全く知らない仲でもないのか、旬は小さく頭を下げる。飼い主のほうは、すれ違う直前になってようやく男性だとわかるほどの完全防寒であったから、ぴかぴかと光っている犬で判断したのだろう。お互い一言だけ、新年の挨拶を交わして、一人と一匹とは何食わぬ顔ですれ違った。
犬猫に正月は関係ないなと、ぴょこぴょこ遠ざかっていく虹色の首輪を見送ってから、改め旬との距離をゼロに戻す。
やっぱり寒いのか、再度肩を抱き寄せても、旬は抵抗しなかった。
「プレゼントはもらったし、ケーキも食べたし」
マフラーの中でもごもごとつぶやいている。
もう少しで冬美家に着いてしまうけれど、家に帰った後も、旬はこのまま、夏来にしてほしいことで頭をいっぱいにするのだろう。幸せな想像に胸を踊らせて、のんびりと家路を行く。
いよいよ玄関先で、旬は難しい顔のまま、上目づかいにこちらを見上げた。
「考えとく」
「うん……」
しわはできないけれどきゅっと寄った眉間に、口づけてしまいたい衝動をぐっと堪えて、肩から離した左手を小さく振った。
旬はどれほど悩んで、どんなことを夏来に求めてくれるのだろう。
きっと、ご機嫌な首輪で散歩に繰り出した犬と同じくらいに、浮かれた足取りで帰路に戻った。