カーデの写真を五十枚「さっきから何見てんすか?」
後輩の問いが自分に向けられているものだと、気付いたのは沈黙がしばし続いたためだ。
顔を上げ、向かいに座る春名、その隣の隼人、斜に座る四季をゆっくり、順番に眺める。先ほどまで三人仲良く冬休みの計画を立てていたのだが、話はまとまったのだろうか。遊びの計画ばかりだったから、この場に旬が入れば苦言を呈していたかもしれない。
夏来は、左手のスマートフォンを見下ろした。CM出演のオファーを受け、自分でもDLしたファッションコーディネートアプリが開いたままだ。
「ジュンに、似合う服……、見てた」
音を立てて椅子を引き、四季が身を乗り出した。
「どれっすか!?」
「誕プレ?」
半ば四季に隠れた位置から、隼人の声が問いかけてくる。
「ナツキはアパレルか~。じゃあオレたちからは別ジャンルにしなくちゃな」
後半はリーダーに向けつつ、春名。長机に腹ばいになるようにして、横からスマホを覗き込んできていた四季が、薄い背中を反らすようにして起き上がり、振り向く。
「何でっすか?」
「何でって、そりゃお前」
中途半端に言葉を切って、春名はこちらを、それから隣の隼人へ視線を移す。
「オレもジュンっちの服、選びたいっす!」
ファッションには一方ならぬこだわりを持つ後輩である、意気込みもやむをえまい。見えるような見えないような位置で、それでも隼人が苦笑いする気配を感じる。
「ん~、でもさ、うん……、俺たち四人だと服の趣味違いすぎて、まとまらないんじゃないかな、とか?」
リーダーの歯切れの悪さを受け取って、春名がうんうんと頷いた。
「一度に四着もらっても、ジュンも困るだろうしな」
「え~! オレは全然困んないっす!」
お前はそうだろうとも。
声に出さずとも、そればかりは心が一つであった。
とにかくそれはそれとして、夏来はほほ笑み、クエスチョンマークの下にある四季の顔を見上げる。
「シキの意見も、聞きたいな……」
勢いよく振り向く彼に頷き、目を丸くする春名と隼人にも、頷いて見せる。
「二人の意見も……。参考にしたい……」
「な、なるかなぁ。俺、ファッションってあんまり自信ないんだけど」
「オレも、ジュンの趣味とは全然違うしなぁ」
「うん……、だから……、三人が選んだ服なら、いつもと違うジュンが見られるかな……、って」
「あ」
四季がつぶやいて、すとんと、パイプ椅子に逆戻りした。
「は~い、なるほどっす」
「気付くの遅いって」
ようやく見えた隼人の顔には、照れと呆れの色がかすかに浮かんでいる。
「ま、自分の趣味でいいなら気楽ではあるかな」
まさに言葉通りらしく、春名は頭の後ろで手を組み天井を仰いだ。
「どうせ選ぶなら、着てるとこも見たいっす~……、けど、それもアレ、えっと、ヤボっすか?」
「……ジュンが、いいって言ったら、写真撮って送るね……」
「制限キビシー」
四季がぱったり、机に突っ伏したところで、遠く聞きなれた足音が聞こえて来た。職員室での用事は済んだのだろうか。
ほどなく気付いたらしい、四季と春名は身を固くし、部室の扉が開く直前になって、隼人は首を捻るようにして振り向く。
「遅くなってすみません」
言葉とは裏腹に、扉を引き開けた旬の表情に申し訳なさは見られない。
「どうだった?」
隼人の問いに応えるように、右手に携えていた校用タブレットを持ち上げるが、半分の大きさまで細められた目は四季と春名を順繰りに捕らえていく。
「四季くん、春名さん」
「……ハイ」
「期末試験の復習用課題を配られてますね?」
え、だとか、げ、だとか、鈍い音が二人の喉から漏れる。
「冬休みの計画を立てますよ」
もうほとんど立っています、とは、誰も言わなかった。
五人での初詣と初カラオケを終え、明日は事務所でということでそれぞれに帰路を取ったのは三十分前。家族と愛猫に顔を見せたが、防寒は解かず、自室のベッドに置いていた紙袋をつかんで、本日二度目のいってきますを告げる。
そうして冬美家のインターフォンを押したのは、午後五時半を数分ばかり過ぎた時刻だ。
出迎えた祖母は、一応、話は通してあるのかを確認してくる。頷くと二つ返事で、きっと夏来の分の夕食も用意してくれるのだろう。
勝手知ったる階段を上がり、旬の部屋の扉をノックする。
「どうぞ」
打てば響く、よりはワンテンポ遅い返事であった。
扉を押し開けると、旬は澄ました顔で部屋の中央よりやや左、ベッドの傍らに立っている。その更に左手、白い壁には、先ほど四人からの誕生日プレゼントとして渡したカレンダーが掛けられていた。下半分は一月のカレンダー、上半分では、ふわふわとした毛並みの白猫が寄り添い、つぶらな瞳でカメラ目線を決めている。
マフラーの奥で、夏来は小さく笑った。
「何だよ」
不機嫌そうにも見える目つきで、旬がつぶやく。ちらりと、カレンダーに視線を向けてから、ほんのり赤くなっている旬の顔を見つめた。
「……斜めになってるな、って」
「……うるさいな」
口を尖らせて、旬は少しだけ傾いていたカレンダーをまっすぐに直した。きっと、十二枚分の写真を愛でていたところに来てしまったのだろうけれど、そこまで指摘しては本当に不機嫌にしてしまう。
これでいいだろうとばかり、実際は撫でるように子猫の写真を柔らかく叩いて、ベッドから離れた。そうして差し出された手にマフラーとコートを渡し、促されるままにソファへ座る。
主が客の上着をクローゼットへしまう間に、夏来はいそいそ、ローテーブルに紙袋の中身を並べていく。
「……多くないか?」
クローゼットの扉を閉めて、ソファへ近づきながら、旬は不審げに眉を寄せた。
夏来は、一番右端に置いたキャップの、青いツバをつまんで持ち上げる。
「これは、ハヤトのチョイス……」
旬が隣へ座ると同時にキャップを戻し、大きなボウタイ付きの白いシャツを指す。
「シキのオススメ」
その隣には、フェイクレザーのブレスレット。
「これはハルナ……」
「何か……、こんなにもらったら悪いよ」
グラデーションカラーのニットカーディガンを膝に置き、夏来は眉を八の字にする旬を見つめた。
「大丈夫……、俺が全部買ったから……」
「……ありがとう。でも、どっちにしろ貰いすぎになるじゃないか」
「うん、だから」
広げて見せたふわふわのニットは、肩口のスノーホワイトから少しずつ水色へ変化し、袖や裾に至って濃い青になる。
「全部、写真撮らせて……?」
じとりと、ニット越しに旬の視線を感じる。
「俺ももらって、イーブン……、とか?」
「……いいけど」
真っ白にけぶる輪郭を透かして、頬の赤さを確認した。感触は悪くない。
「あと……、アドバイスもらったから、みんなにも……」
「いい、けど。全部着けると、統一感がなくならないか?」
「ひとつずつ……」
「それ、もう」
「……ファッションショー……みたいだね」
プレゼントが揃ってから、それより以前からも妄想に描いていた様子をまた思い描きながら、小さく笑うとニットの中心がぷかりと浮かんだ。どうやら軽く叩かれたようだが、拳はここまで届かない。
「夕飯の後だからな」
手触りがお気に召したのか、拳を解いてニットの表面を撫でる。カレンダーの猫を思い出しているのかもわからない。
しばらくなでていたが、満足げに手を下ろしたところで、ニットごと、小さな体を抱きしめた。頬を摺り寄せてきたのは顔回りにある白い毛糸であるのだが、腕に頬ずりをされたような感覚に、夏来はいよいよ幸福を噛みしめた。
「次は、両手を肩まで上げて、白に青が映える感じで……」
「何枚撮るんだよ!」
「あと一枚、あと一枚だけ……っ」
旬が自らカーディガンを脱ぐに至るまで、同じ言葉は延々と繰り返されることとなる。