Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    kabeuti_senyou

    @kabeuti_senyou

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 2

    kabeuti_senyou

    ☆quiet follow

    北海道を目指す道中の話。ブロマンス

    #ミツイト
    mitsuite

    ミツイト 二人で金を出し合ってバイクを買うと決めたとき、三橋はバイク選びに対して妥協に妥協を重ねた。俺が買ったバイク雑誌の1ページ1ページを食い入るように眺め、やれ二人で乗るにはこれはちいせぇだの、見た目の割にガソリンが入らねぇ値段が高すぎると、ぶちぶち文句を言うこの男にそういうもんだと返したのは一度や二度のことではない。俺ほどではないとはいえ、あのシルエットに動かされる男心をちゃんと持っている三橋は、最初は二ケツしてもカッコイイと思えるぐらいデカいのがいいと言って譲らなかった。目当てのもの――というより、三橋が我慢できる値段のものだ。デカくてかっきーバイクはいくらでもある――が見付からないと、最後は決まって三橋は俺の顔に向かって雑誌を投げつけてきたし、俺はそれを毎回顔面で受け止め続けてきた。
     金がかかんだなぁ、独り立ちって。と、柄にもなくまともなことを呟いたあいつの横顔。俺のかつての相棒・ディオ君(彼とは本当に短い付き合いだった……)をぶっ壊した頃の三橋に比べると、少しだけ大人びて見えた。

     バイクを買うとき、意外にも三橋はキッチリ半額を出してくれた。なんだかんだと理由をつけて俺の方に多く出させるつもりだろうと思っていただけに、拍子抜けしたのも事実だ。思わず、いいの? と確認してしまった俺の気持ちも理解してほしい。
     血の涙でも流しそうな形相で、明後日の方向を睨みつけながら「早く受け取れ!!」と金の入った封筒を俺に押し付けてきたときの三橋といったら。三橋にとっては、初めて感じる金の重みだったに違いない。
     学校が終わればほぼ毎日バイト、バイト、バイトだった日々を思い出す。
     自分の壮大な目的のためだからと三橋が時に怖いほど従順に働いていたのを間近で見ていたのもあって、その目的の足掛かりであるバイクを買うとき、気まぐれを起こすことなく当初の約束を守ったことに俺は正直感動さえしていた。こんな気持ち、三橋と付き合ったことがない人間には理解されないかもしれない。だが、俺はそこにこいつの本気を見た気がしたのだ。たかが半額。されど半額だ。俺が最初に買った原付バイクとほぼ同額だ。
     こうして俺たちは、ごくごく普通の、身の丈に合った二輪自動車を手に入れた。俺が提案し、三橋が渋々納得した一台だ。残念ながら三橋ご所望のイカつい大型バイクは、現実的に考えて高校生が数ヶ月バイトに精を出したぐらいでは到底手が出せる代物ではないと、割と早い段階で諦めざるを得なくなった。その分、旅費に回せる金が増えたと思えば悪くない買い物だったと俺は思っている。
     ――まぁ、ガソリン代その他は全部俺持ちになったのだけれど……。

     卒業して間もなく、俺たちは計画通り千葉を離れた。見送りに来てくれた理子ちゃんの弁当は三橋が早々に一人で全部食っちまうし、京ちゃんが俺にくれた『交通安全』のお守りは「小学生のガキかよ!」と笑われるしで、よっぽど後ろの馬鹿を振り落としてやろうかと思ったのは、多分改めて言うまでもないだろう。
     道中、運転手は専ら俺だった。当然というか、教習所に行く金もない貧乏人の三橋は無免だし、さすがにその状況で「ちょっと乗せてくれ」が通用しない長距離を走るのは、いくらなんでも法が許さない。俺たちはツッパリはツッパリでも、犯罪には手を染めないよいツッパリなのだ。
     ディオ君の時みたいに多少はごねるかとも思ったが、三橋は聞き分けがいい子供みたいに俺の後ろに乗るのを受け入れた。腹に回した腕に力を込めながら、「事故ったらお前をクッションにして俺だけ助かってやるのだ」と縁起でもないことを嬉嬉として語るのが三橋らしかった。
     俺たちは、できる限り北海道までの旅費を安く済ませようということで、高速を避けて走ることだけは決めていた。どれだけ遠回りでも予定より時間がかかっても道に迷っても野宿することになっても、三橋と一緒ならなんとかなる気がしていたし、実際何とかなってきた。
     北へ近付くにつれ、頬を掠めていく風が変わっていくのを感じる。出発地点で感じた春の空気を追い越し、冬へ逆戻りしたような感じだ。寒いのが嫌いな三橋は俺を風避けにしながら猫のように丸まっていたし、雪の気配を感じるにつれて密着度合いも増してきていた。意外と子供体温なこいつに背中にへばりつかれてると、それなりに俺も暖かかったので文句は言ったことがない。

    「イトー、おめーの背中はなかなか見所がある」うなじのすぐ側で、そう囁かれたことがある。伸びた後ろ髪に、ほとんど鼻をくっつけながら喋っているような距離だった。くすぐってぇな、と頭を振ると離れるが、すぐにまた三橋の鼻は俺の首筋に埋まった。なんとなく背中にくっつく三橋の胸や、腹に当たる手がいつもより熱い気がして、少し心配になった。おい、まさか熱あんじゃねーだろーな、と一瞬バイクを停めようかと思った俺を引き止めたのは、それはそれはデカくて長い長い、三橋の欠伸だった。
     なんてことはない、ただ眠かっただけである。
    「この野郎……人に運転させといて自分は大欠伸か、アァ?」
    「うるせーカッパ、おめーの背中はいい枕じゃ」
     そう言って、今度は頭を擦り寄せてきた三橋に思わず鳥肌が立った。パーマで傷んだ髪の毛に首をくすぐられるなど、到底耐えられるものではない。「何言ってんのお前……」ぞわぞわしながらなんとかそれだけ返せた俺のなんと気丈なことか。
     アブネーから寝るんじゃねーという俺の親切な忠告も無視して、次に振り返ったとき三橋はニヒヒと笑いながらどこからともなく取り出したロープを手にしていた。
     飽きるほど見た笑顔だ。楽しい名案を思いついたと自画自賛する笑み。
     三橋がそういう顔をする時、大抵の場合において誰かが不幸になるのだ。そして今回は俺だった。
     お前それでなにするつもりだ、と俺が聞く前に、三橋はロープで自分と俺をがっちり括りつけると、これなら文句はあるまいとまた満足そうに元の体勢に戻ったのだった。丁度、抱っこ紐みたいに三橋を強制的に背負わされた俺は、さすがに絶句した。
    「これなら絶対に落ちん! 落とそうとしたらお前も道連れじゃ!」
    「おっまえなぁ〜〜! ヤメロって! まじで事故ったらシャレになんねーダロ!」
    「だから安全運転で頼むヨ! イトーちゃん!」
    「うぅ……病人背負ってるみてぇで気味悪ぃよぉ」
     三橋の微かな笑い声さえ、首筋にあたってくすぐったかったのをよく覚えている。
     結局俺は、これって道交法的にセーフなんだろーかと考えながら田舎道をノロノロ走る羽目になったし、脱力して完全に俺にもたれかかった三橋は昼メシ時になって腹が減るまで目を覚ますことはなかった。
     思えば、あの日がこの旅の中で一番静かな日だった。話し相手もいないので、俺も黙ってバイクを走らせ続けた。景色を見ながら、三橋の強すぎる気配を感じながら。
     本能か執念か知らないが、三橋は俺の背中で危ういと思うような瞬間もなく、いびきもかかず器用に眠っていた。背中を枕にしているというよりは、俺自体が抱き枕にされているようだ、と思った。

     今こんなことを思い出しているのは、三橋がどこだろうと自分の居場所を作ってしまうのが上手い、というのを改めて実感したからだ。
     青森までどうにか辿り着いた俺たちは、フェリーで北海道へ向かおうとしていた。
     バイクも乗せられるんか! と、受付にてまるっきり未知のものに遭遇した子供のように興奮する三橋に、得意げな顔で解説してやれたのもほんの数分のこと。無情にも今日の便にはもう空きがないと言われ、待合室で一晩明かすことが確定すると、途端に罵詈雑言とともに容赦ない蹴りが飛んできた。
    「いててて、いて! いて! なにすんだヨォ! 俺のせーじゃねーだろー!?」
    「お前のせーじゃこのバカッパ!! おめーが計画性のカケラもないヤツだからこんなしょーもないことで足止めくらったんだろーがボケ!」
    「いーじゃねーか!! 明日にゃ北海道行けんだから!! 今まで散々寄り道して予定狂いまくってんだよ! 今更一日遅れたぐれーなんでもねーだろが!!」
    「うるせー! 俺はもう北海道の口になっとんじゃ! ラーメンおごれカッパ!! チャーハンとギョーザもつけろ!!」
    「はぁ!? なに!? イライラしてると思ったら腹減ってんのか!!?」
    「減ってる!!」
    「ラーメンでいいんだな!!?」
    「おう!!」
    「…………」
    「…………」
     男が二人、向かい合って怒鳴り合う姿はさぞ見苦しかったことだろう。久々に大声を出したせいか、お互い黙りこくったままただ睨み合い、肩で息をしているのが自分でも少しおかしかった。
     三橋の良いところは、苛立ちを長引かせないところだ。無言でくるっと向きを変えて、施設内にあるレストランへ足を向けた時には確かにまだ「俺は怒ってんだぞ」というポーズをとっていたくせに、俺のラーメンからチャーシューを強奪していった頃にはすっかりいつもの三橋だった。
     待合室で寝泊まり、といっても、体を休めるために出来るのは精々ソファに横になるぐらいだ。今日の便でフェリーに乗れなかった連中は俺たちの他にも何組かいて、売店で買ってきた雑誌を読んだりツレと会話したりでそれぞれ夜を明かす準備をしていた。
     眠るやつもいれば、眠らず朝を迎えるやつもいる。三橋は眠るやつだった。
     サバイバル経験は何度かあるし、この旅の中でも宿が見つからず、かと言って夜通し走るには道が暗すぎるからと野宿した日もあった。それに比べれば、宿泊施設でないとはいえ屋根があって空調がきいてて明るくて、というのはかなりの好条件である。が、俺はどうもこういう場所で眠れる気がしなかった。
     長ソファを早速自分専用のベッドに仕立てながら居心地の良い場所を作り出していく三橋は、さながら巣作り中の動物のようだった。鞄を枕替わりにして、今しがた自分が用意したベッドの寝心地を確認した三橋は「うむ」と満足気である。
    「見ろ! イトー!」
    「え? ああ、下にも毛布敷いたんだ……ってお前、それ俺のじゃねーか!」
     よくよく見ると鞄の上にクッション代わりに重ねられているのも俺の上着だ。なんだそれ。枕カバーのつもりか。
    「ケケケ、早いもん勝ちじゃ」
    「早いもん勝ちって言わねーんだよそういうのは……」
    「お前には特別に三橋様の上着を貸しちゃる。感謝しろ」
    「おわっ! ……自分の使えよナー、ったく」
     投げつけられた上着を受け取り――というより、押し付けられたが正しい――、三橋が寝そべるソファの向かいに腰掛ける。使えというならありがたく使わせてもらおうじゃねーか、と、上着はとりあえず膝にかけた。
    「嫌じゃ。自分の使ってヨダレまみれにしたくねー」
    「俺のはいいってのか!?」
    「いい!! なぜなら嫌な思いするのは俺じゃないからだ!」
    「ウフフフ……」
     しょうもない言い争いの最中、突然聞こえてきたクスクス笑いに俺も三橋も思わず硬直した。二人して声のした方を向くと、そこに立っていたのは二人組の女だ。俺たちが一斉に振り向いても、両方ともまだクスクス笑っていた。
    「仲良いのねー、君たち。さっきも受付のとこで喧嘩してたデショ」
    「あっ、いやっ、ドーモお騒がせして……」
    「フフフ、はじめは何事かと思ったけど、聞いてたら可愛いんだもん、ちょっと和んじゃった」
    「あっ、毛布二枚重ねてるんだ!? 私も戻ったら真似しよーっと!」
    「お、おぉ……」
     この突然の介入者に、さすがの三橋も多少狼狽えているようだった。こ、こりはもしや……と三橋の方を見ると、三橋も神妙な顔をして俺の方を見ていた。
     振り返ればそれなりにモテてきた高校時代だったが、卒業した今異性にきゃあきゃあ絡まれるのは久々のことである。ところがこの人たちはちょっと違った。
     同年代の女子からのアプローチよりもちょっと強引で、こっちを子供扱いしてくる感じ。地元じゃ金髪とトンガリ頭が揃えば開久すら思わず目を逸らすツッパリだったのに、数々の恐ろしい卑怯伝説を知らない年上の女にかかれば、三橋なんかちょっとやんちゃな奴扱いだ。
    「あたしたちねー、大学のツーリングサークルで来てんだー。二人もツーリング? どっから来たの?」
    「千葉から……俺たちはツーリングっていうか……なぁ?」
    「お、おう……ロマンだ、俺たちは北海道にロマンを探しに行くのだ」
    「えぇ? ウフフ、なにそれェ」
     おぉ、もうこれは……。
     三橋にアイコンタクトを送ると、こくんと頷いた。相手は二人でこっちも二人、向こうから話しかけてきて、意味不明な返しをされても引くどころかなお会話に積極的だ。
     間違いない。
     俺たちは今、人生で初めて逆ナンされている。

     三橋との言い争いに女の笑い声が割って入ったとき、俺は一瞬、京ちゃんが笑ったのかと本気で思った。京ちゃんの声を聞いたのは千葉を離れた日が最後だ。もう何日前だっけ? そんなに経っていないはずだが、なにしろこんなに長い間連絡もとらず離れるなんて、今までなかったことだ。体感としてはもう一ヶ月ぐらい離れ離れな気がしていた。
     これまで、どうにか北海道へ行くことと着いた後のことしか頭になかった。京ちゃんのことを考える余裕がなかった。そのせいだろうか。自分の記憶の中でしか見ることができない彼女の笑顔が、やたらに懐かしい。
     電話しちゃおうかな。いやでも仕事見つけたら連絡するって言っちゃったしな。俺まだ仕事見つけてないし、約束を違える男と思われたくないしな。でも京ちゃんの声が聞きたかったんだって正直に言ったら、京ちゃんなら私も伊藤さんの声聞きたかったワとか言ってくれるんだろうな。ウン、そーだ。今日はもう遅いけど、明日にでも電話しよう。無事北海道に着いたよってことだけでも伝えよう。そーだそーだそうしよう。
    「おめーは考えてることが顔に出すぎだ、エロガッパ」
    「はぇっ!?」
     とっくに眠っていると思った三橋に声をかけられて、俺は危うく握っていたコーシーの缶を落とすところだった。
    「どーせ京子のことでも思い出してたんだろ」
    「わ、悪いかよ」
     低い、掠れた声だった。一度寝たらなかなか起きない男だが、さすがにこの明るさの中では熟睡できなかったのだろうか。あるいは、眠れずにただじっとしていたかだ。もしかしたら考え事ぐらいはしていたかもしれない。
    「アレか、お前はあの逆ナン女たちが京子よりブスだったからフッたんか」
    「んなことねーよ、どっちもマブかったよ。でも俺が好きなのは京ちゃんだけだし、裏切れねーよ」
    「ここに京子はいないのに?」
    「京ちゃんいなくてもお前がいるんだもん」
     俺の言葉に三橋が押し黙った。なんとなく、動揺しているのがその沈黙から伝わってくる。
    「おまえ、俺が浮気しようもんなら喜んで京ちゃんに告げ口するでしょ」
    「あ、あぁ、そーいう……」
     この男ならきっとやるだろう。京ちゃんと一緒になってイトーさんサイテー! と罵ってくる金髪の悪魔は、あまりに想像に容易い。
     ――逆ナンお姉さんたちの誘いは、三橋の言った通りキッパリ断った。連絡先を書いた紙を渡されたものの、京ちゃんを思うと受け取ることすら憚られた。三橋は、俺が「彼女がいるから」と答えるのを見計らったように俺の方に渡された連絡先をひったくると、「じゃー僕が両方もらいましょう! あんなオタクはほっといて!」と愛想のいい顔で言った。そうだった。こいつは女にチヤホヤされるのが特に好きな奴だった。
     その後はもう、再び俺と三橋の言い争いだった。「おめーにだって理子ちゃんがいるだろーが!」「なんでそこで子狸が出てくんだ!」とか、そういう不毛な言い争いだ。お姉さんたちはしばらくは黙ってその応酬を聞いていたが、はじめに声をかけてきた時と同じように突然笑い出したのだった。
    「そっかそっか、二人とも彼女いるのか。じゃ、ダメだね、浮気は」
    「あぁ〜やっぱりイイ男はみんな彼女持ちかぁ」
     残念がっているのか面白がっているのか、判断に困る声だった。年上の余裕か経験の差か、二人がヤンキー女のように騒ぐことも同世代の女子たちのように食い下がることもなかったのが、俺にとってはちょっとだけ新鮮だった。大学生とはかくも大人な生き物なのか。
    「でも彼女持ちじゃなくても、あたしたちじゃ君たちの間に入れなさそうだわ」と、二人は最後までにこやかに、嵐の後の全部洗い流された清々しさとどうにも腑に落ちない言葉だけ残して、仲間の元へ帰っていった。
    「あの人たち、俺らよりふたつかみっつしか違わないのにミョーに大人だったよなぁ。やっぱ大学行くと変わるんかね」
    「さーな」
    「京ちゃんもさー、あんな感じで大人になっちまうんかなぁ」
     俺をおいて。という一言は飲み込んだ。口に出してしまうと、それこそ子供みたいだと思った。
    「ケケケ、そうなったらついにフラれるなイトー。大人な女は定職にもつかず夢だけ追ってる男なんか相手にしねーぞ」
    「おめーも道連れなんだよバカ。理子ちゃんだってそーなるんだぞきっと」
    「バッキャロー、俺はスゲー男なんだ、お前みてぇなカッパと一緒にすんなボケ」
     一緒にすんな、とは言われたが、俺と三橋は変なところで思考が似通っている。と思う。喧嘩のスタイルも性格も全く違うが、たとえば同じ日に今日からツッパろうと決めたこととか、言葉がなくても引くか攻めるかわかることとか――お互い拳を空振ったこととか。
     あの人たちと話していて俺が京ちゃんを思い出していたように、三橋も理子ちゃんを思ったりしたんだろうか。

    「後悔してんのかよ」
     俺は、それが三橋から出てきた言葉だと気づくのに少し時間がかかった。後悔? なにを? と一瞬浮かんだ疑問も、すぐ自分の中で答えが出た。多分、というか絶対、その質問をさせたのは俺だ。好きな子を地元に置いてきたこと、あったかもしれない安定した未来を手放したこと、図らずもそれらを惜しむような口振りで、彼女たちの名前を出してしまったからだ。
     なんにせよ、三橋にしては随分と優しい言葉だった。
    「バカにすんじゃねーぞ三橋。俺はおまえに無理矢理連れてこられたんじゃねぇ、自分でお前について行くって決めたんだ」
     自分でも驚くほど剣呑な声が出た。
     三橋がぎょっとしたような顔をしてこっちを見た。
     フツフツと沸いてくるこの気持ちは、なんだろう。俺、悔しいのかな。三橋にその程度の覚悟しか持ってないって思われてたのが。俺の気持ちとか思いとか、全然こいつに伝わってなかったのが。三橋が俺を認めてくれたように、俺が、俺の意思で三橋を選んだのだ。
     喧嘩で啖呵を切る時とは違う。そんなに熱くなっていない。頭も冷えている。それでも俺はちゃんと言葉にして、喧嘩と同じぐらい熱を込めておまえにぶつけなきゃいけないと、そう思ったから。
    「お前がもういいっつっても、俺はお前の隣に立ち続けるぜ」
     決めたのは俺だ。
     それを疑うなら、たとえ三橋でも俺は許せなかった。
     三橋はしばらく、得体の知れないものを見るような目で俺を見ていた。どうした、いきなり。困惑気味に泳ぐ目線がそう言っている。その様子に途端に恥ずかしくなったのは、三橋と俺の間の温度差に今更気付いたからだ。じわ、と頬の辺りから熱が広がっていくのを感じる。空調は丁度いいのに、額に汗が滲み出てきた。
    「イトー」
    「……なんだヨ」
    「照れるぐらいならあんなクセーこと言うなよ」
    「照れてんじゃねーよ。俺ばっか熱くなってんのが馬鹿らしくなっただけだ」
     プクク、と明らかにこっちを馬鹿にした含み笑いに、またカッとなりそうな頭を落ち着けるのに苦労した。俺の顔がひきつればひきつるほど三橋は楽しいのである。
    「ま、イトーちゃんがそこまで言うならしょーがねー。俺様のスゴさを一生隣で見続ける権利をお前にやろう」
    「……オー、ソリャドーモ」
    「もっとありがたがれ。崇めろ。俺を」
     一体なにモンなんだよ、お前は。

     しばらくして、三橋の寝息が聞こえてきた。俺の上着で包んだ鞄を抱き込みながら、すやすや眠っている。宣言通りヨダレで汚されたらどうしよう、と思ったが、そういえばこちらの膝にも三橋の上着という人質がいるのを思い出した。その時はこいつの上着にコーシーぶちまけてやる、と俺は密かに決意した。
     北の夜は長い。
     北海道は、もうすぐそこだ。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😭🙏🙏🙏🙏💖💖💖✨✨☺😭😭😭👏👏🙏🙏🙏💴💴😭😭😭👏👏😭😭😭😭😭🙏👏👏👏💕
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    kabeuti_senyou

    REHABILI人が死ぬことを軽く見てたド氏が死にかけルドでわからされる話。もしくは思ったよりもド氏が自分にとって大事だったことを土壇場でわからされた死にかけルドの話。ロ君はこの後ちゃんと病院行って助かります。
    無題 人は死んだら広い広い一面の草原に行く。
     しかしそれはよく見ると全部セロリだ。
     いつだったか、死んだらどうなるのか気軽に死ぬアホに気軽に尋ねた。返ってきた答えは衝撃的で、死んだら問答無用で地獄行き確定。ひどすぎる。右を見ても左を見ても地平線の彼方まで続く悪魔の草原を想像して、死にたくないと泣き喚く俺にドラルクはなんて言ったんだったか。笑っていたのは間違いない。真っ白で無駄に立派な牙を剥き出しにしながら、俺を指差してムカつく顔で笑っていた。

     ドラルクの声が聞こえにくい。最初はあいつが小さな声でボソボソ喋っているせいだと思っていたが、どうもそうではなくて、俺の耳がおかしくなっていただけらしい。もしかすると意識が一瞬飛んでいたのかもしれない。危なかった。うわんうわんと邪魔していた耳鳴りがチューニングを合わせるように徐々に治まり、声がはっきり聞こえ始める。それでも俺はまだドラルクが呪文か何かを唱えていると思っていて、それがちゃんとした日本語だと気付くのに更に少しだけ時間がかかった。
    3026

    related works

    recommended works