【降風・ワンドロ】少なくとも友ではない【抱き寄せる】「あら、ここに降谷君がいるって聞いて来たんだけど」
カランとベルを鳴らして店内に入ってきたショートカットの金髪の女性はキョロキョロと店内を見渡した。女性の後ろにはニット帽をかぶった男性が立っている。
「ジョディ」
「あ、ごめんなさい」
男性が女性を呼ぶ。すると女性はバツが悪そうな顔をしてへこんだ様子を見せた。どうやら見知らぬ彼らも降谷が安室として生きていることを知っている人間らしい。
「いらっしゃいませ」
風見は詮索するのは後にして、とりあえず二人を人目につきにくい位置にある席へと案内する。
「こちらがメニューです。お冷をお持ちしますね」
席に着いた二人はメニューを開くとあれこれと話している。距離感からして二人は職場の同僚といったところだろうか。降谷のことを知っていることから、警察時代の関係者なのだろう。
風見は水を注いだコップを二人の間へと置いた。
「ご注文はお決まりですか?」
「アメリカンコーヒーをブラックで」
「私はバナナチョコホットケーキと紅茶をいただくわ」
「かしこまりました。少々お時間を頂戴いたしますがご了承くださいませ」
伝票へ注文を書き記し、風見はキッチンへと引っ込む。時計を見ると安室が出て行ってから四十分が経っていた。そろそろ店に戻ってくる頃だろう。店に来た二人と安室の関係が諸伏とまでは言わずとも、良好なものであることを祈りながら風見はホットケーキミックスをボールへと入れた。
「はぁ!? どうやっ……なんで、貴方たちがここにいるんです!」
そんな声が響いたのはもうすぐホットケーキが焼きあがるという頃だった。
「久しぶりだな、安室透君。あの日以来か」
「まぁ、ちょっとね。貴方もこういうの得意でしょう? 思ったより元気そうで安心した」
「はぁー……久々に孫にでも会ったみたいなしみじみした顔をしないでください。ご心配どうも、この通り元気にやっていますよ」
買い物袋を両手に握りしめた安室は、ずんずんといつもより荒い足取りでキッチンへと入った。ホットケーキへバナナを乗せていた風見と目がバチリとあう。
「あの二人は余計な事を言ってないか」
「はい。特には何も」
そう伝えるが、風見は安室にぐっと引き寄せられ、抱きしめられる形で背中や腕をパンパンと叩かれた。
「うん、大丈夫そうだな」
ひとしきり点検をして満足したのか、安室は風見を開放して作業へ戻るよう促した。
「そうだ、男性の方からアメリカンブラックの注文を受けているので、帰ってきて早々申し訳ありませんが、そちらお願いできますか」
「あぁ、すぐに用意しよう」
風見はホットケーキと紅茶、コーヒーをトレーの上に載せた。安室のことを脅かすような相手ではないようだし、安室が席へ持っていくのかもしれないと様子を窺うが、むすりと腕を組んだ安室は動きそうにない。
「お待たせいたしました」
二人は安室が給仕することを望んでいるだろうにと思いながらも、風見は二人の前へ注文の品を並べた。
「ありがとう。このホットケーキは貴方が焼いたのかしら?」
「はい」
「へぇー。ここは貴方と安室君が?」
「はい。ホールは自分、キッチンは安室さんが担当しています」
「安室君とは古い知り合いなの?」
「え、いや。そんなに前ではないです。共通の知り合いからの紹介でちょっと」
そうなのねとニコニコと風見へ話しかけるジョディを放って、男性はコーヒーカップを黙って傾けている。
「また来るから、安室君に宜しく伝えてくれる? 私はジョディ、彼は赤井よ」
「はい、風見といいます。是非お待ちしております」
ぺこりと風見がお辞儀をすると、男性――赤井がくいっと親指をキッチンの方へと向けた。風見が指の方向を見ると、そこには背後に重い空気を背負った安室が立っている。
見えない三人の関係に風見は内心首をかしげながらもキッチンの方へと足を向けた。