速やかに帰宅セヨ『おかけになったお電話番号は現在使われております』
キリッとした顔で宣っているのが目に浮かぶ。そもそも声が聴きたくてかけた電話だったものだから、目標が達成された左馬刻は早々に「切るか」と端末を耳から離す。
『ちょいちょいちょい、待たんかい! 何も言わんと切る事ないやん。もっと簓さんと話さんかい!』
簓の余りの勢いに、電話ってかけたんじゃなくてかかってきたんだったか? と自分の行動に自信がなくなる。が、せっかく珍しく左馬刻からかけてきたんやしと続けられた言葉に、やっぱり俺からかけたよなと思い直す。
「ふざけたことしてんじゃねぇぞ」
『ちょーっとしたお茶目やんか。ほんで、なんか用でもあったやろ?』
「いや、特にねェよ」
さすがに本人へ向かって「声が聴きたかっただけだ」と言うのは気恥ずかしく、元気にしてんのかと当たり障りのない言葉を電波に乗せる。簓はそれに左馬刻がテレビで聞くのと同じテンションで「元気やで~。今日もめっちゃ働いたしな」と答えた。
左馬刻の瞳の裏へスポットライトを浴びて笑う簓の姿が浮かぶ。チカチカ輝くそれに眩暈を覚え、左馬刻は「しっかり休めよ」と呟いてテーブルへ端末を置いた。
今にも電話を終えてしまいそうないつもと違う様子の相手に、そわそわし始めるのは簓の方だった。しっかり休めと簓に言っているが、実際疲れているのは左馬刻の方なのではないだろうか。
『なぁ、』
さすがに心配になった簓は、通話が切られてしまう前にと口を開く。けれど、簓の口から音が出るより先に「次はいつ帰ってくんだよ」という声が耳に届いた。端末と少し距離があるのか、聞こえた声は遠い。
現在簓の家はオオサカにある。彼が帰るという表現を使う場所はオオサカだ。けれど、左馬刻が言いたいのはそういうことではないのだろう。
簓は口の中にたまった唾をごくりと飲み込むと、遠くにいてもしっかり聴こえるように『来週……とか、左馬刻に逢いに行ってもええ?』と言葉を紡いだ。
かつて簓にとって左馬刻のいるところが帰る場所だった。彼にとっては今も変わらずそうだということなのだろうか。
嬉しいような申し訳ないような気持ちになりつつも、簓はお土産いっぱい持ってくなと言ってから重い指を使って電話を切った。