あと少し、もう少し【さまささ】 左馬刻、一郎、空却と久々に顔を合わせた日の帰り道、簓は煙草をくわえたまま火をつける様子の無い男に「なぁ」と声をかけた。もう夜も遅いため直帰するとばかり思っていた一郎と空却はそのままファミレスに行くと言ってさっさと闇夜に消えてしまったし、男が煙をふかすのに遠慮する理由もない。
簓は吸いもしないのにポケットへ入れたままにしているライターを取り出し、火をつけて左馬刻へと差し出す。
「火傷してまうから、はよ」
簓の気まぐれな行動に、左馬刻は「はぁ」とため息をつきたげな顔をしてから煙草の先端を炎へ近付けた。じりと紙が焼ける音がして煙草へ真っ赤な色が燈る。しっかりと煙草に火が付いたことを確認してからようやく簓はライターのボタンを押し込むのを止めた。
ふーっとワザとらしい音と共に夜空へ白い煙がかかる。最初は濃く細かったそれは、左馬刻から遠ざかると散り散りになって消えていく。昔は自分もこうして男の隣で星に向かって煙を吐いたっけ、と簓は懐かしい気持ちになりながらライターをポケットへ仕舞い込んだ。
「楽しい時間はあっちゅう間やな」
再び四人で飲んで喋って笑いあえる日が来るなど思ってもみなかった。明日も朝からロケの予定が入っている。本当は早くここから離れなくてはならないのだが、どうしても名残惜しくて簓は男へへらりと笑いかけた。
左馬刻は吸っていた煙草を口元から離し、だらりと右手にぶら下げて「ふうん」と隣で笑う男の顔を見返した。
「……そうかよ」
それなら吸い終わるまでこのまま付き合えと、燃えるに任された煙草の煙に簓は口をむにむにと緩めた。