水も滴るなんとやら ぶうぶうと煩く震える携帯端末をがしりと掴んだ左馬刻は、画面に表示されている名前に一瞬通話のボタンをタップする指を止めた。外はごうごうと音を立てて鳴る風とバタンバタンと叩きつけてくる雨の音で煩い。
嫌な予感がしつつも最早この男からの連絡を無視するという選択肢が存在しない左馬刻は、寝起きで重たい頭を抱えて通話開始のボタンを押した。
『左馬刻~~、新幹線止まってもうた!』
「何日も前から止まるってたろ、ダボ」
『仕事やからしゃぁないやん』
自宅で大人しくしておけるものならしておきたかったとぶうぶうと電話口で口を尖らせる簓に、左馬刻は「それで?」と話の流れから分かり切っていることをそれでもなお尋ねた。
『これから左馬刻の家、行ってもええ?』
まだ探せば空いているホテルもあるだろうに、わざわざ自分へ連絡を寄こしてきた簓の可愛げに免じて男は「おう」と短く答えるとベッドから起き上がる。車や人でごった返しているだろう駅へ真正面から迎えに行くのは自殺行為だろうか。
「まだ駅にいんのか?」
通話をスピーカーモードにして手早く着替え、身支度を整えていく。
『あ~~、ん~~、ちょいまってなぁ』
ぎゃっ、傘使い物にならへんやんという叫び声と共にスピーカーから聞こえる音が荒くなる。どうやらこちらの話も聞かずに外へ出たらしい。
「おい」
『あんな、もうちょいで左馬刻んちやから、着いたらピンポンするわ!』
じゃっと言うだけ言ってブチリと切られた電話は、空しくつうつうと鳴くばかりだ。この大雨のなか濡れネズミになって現れるだろう男を迎えるため、左馬刻はお湯張りのスイッチを強めに押した。