ごむしばしもやまずに つちうつひびき
とびちるひのはな はしるゆだま
「あ、ごむ跳びしてる」
兄の声に顔を上げ、膝丸は落葉を掃く手を止めた。ちりとりを持って押しやられる葉を待ち構えていた髭切は、見えもしないのに、中庭の方へ顔を向けている。動かずじっとしていると、幼い声で織られた薄布のような歌声が、膝丸の耳にも届いてくる。
ふいごのかぜさえ いきもつかず……
靴脱げたあ
足、足。絡まっちゃった
衣擦れのように笑って、髭切は、箒の房に近い部分を何度か自分の方へ引き寄せた。膝丸の手の中で竹の柄は振り子のように揺れて、拙い往復が少しずつ落葉をちりとりへ掻き入れる。兄のつむじに向かって、膝丸は声を掛ける。
「行ってきていいぞ」
「行かないよ」
「前は兄者も跳んでいたじゃないか」
随分前だねえと髭切は小さな声で呟く。そう前のことではないと、膝丸は思う。刀だった頃の千年を思えば。
他の幾口かの刀と同時に励起された二振りは、出陣の機会になかなか恵まれなかった。本丸の戦力は不十分で、当時第一線を張っていた刀剣の育成で手一杯だったから、集団生活を送るすべを学んだ。こうして庭を掃いたり、洗濯をしたりする方法以外にも、余暇の過ごし方も身につけた。膝丸は読書や双六遊びの方が面白かったけれど、髭切はよく、外に出て遊んでいた。
まとめた落葉をびにる袋に入れる髭切を手伝いながら、膝丸は兄にじっと目を注ぐ。気づかない髭切は辺りを見渡して、落葉の残っている箇所を探した。
「あっち」
少し、中庭から遠ざかる。
その頃はまだちゃんと見ていなかったから、膝丸の頭の中には、ぼんやりとした姿しかない。髭切も以前は、短刀や脇差に混じってごむ跳びをしていた。
わらべ歌を歌いながら、びよびよ伸縮するごむに足を絡めて、おとなの体躯で軽く跳んでみせる。てんてんと跳ねるたび上下する淡色の髪や、羽織った上衣の袖、飾りが、一緒に踊っているみたいだった。
あんなに上手だったのに、小烏丸が来てから、髭切はごむ跳びに混じるのをやめてしまった。
いつしか部隊に組み込まれることも増えて、余暇は部屋でゆっくり過ごすようになった。膝丸は時々、悔やむような思いで以前のことを思い出し、そういう自分に驚く。忙しくなって、あるいは顕現から日が経って、髭切がやらなくなったことがたくさんある気がする。そう思う時、きちんと見ておかなかった自分を悔いる気持ちが沸き起こってくる。
過去に遡ってまで、兄のいろいろな姿を記憶したいと思うのはいったいどういう感情なのかと、膝丸は少しだけ困惑している。
ごんべさんのあかちゃんがかぜひいた
ごんべさんのあかちゃんがかぜひいた
「ごんべさんのあかちゃんが……」
膝丸が一緒になって口ずさむと、髭切は目を丸くした。なんだその顔はと、照れをごまかして文句を投げる膝丸に、また衣擦れのように笑って首を振る。伏せられたまぶたと、まつ毛の繊細な束に膝丸は目を奪われる。
「続き歌っていいよ」
「……もう終わった」
「向こうはいいから、おまえひとりで歌って」
苦悩の末、いやだと、膝丸は吐き出した。髭切はそれ以上求めず、また箒の柄を掴んで、拙く自分へ引き寄せる。
膝丸は兄のつむじを見下ろしながら、自分の身体の変化を静かに感じ取っていた。喉の下から胸にかけてがぎゅうっと縮こまっている。痛くも苦しくもないけれど、縮こまった感覚は、次第にやさしいめまいのようにびよびよと全身へ伝わりはじめる。
兄がごむ跳びをしていた頃には、兄にからかわれてもこんな風にはならなかった。何が変わったのだろう。
「ごむ跳びは、失敗すると痛いのか?」
「痛くないよ。変に転ぶだけ」
膝丸はひっそり、自分の胸を撫ぜた。ここがいつかはじけても、同じだといいのだけど。