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    膝髭ワンドロワンライアゲイン / 第5回「梨」

    ##文章

    果木の巡り 土手に並んだ木に、白い花がいっぱい咲いている。
     淡雪のように微かな感嘆の溜息を髭切は聞き逃さなかった。「寄り道して行こうか」と声を掛けると、振り返った蛍丸が、笑みに丸まった目で合図をして、ひとり足早に木の下へ向かっていった。
     今日髭切が率いた第三部隊は練度も十分、百戦錬磨のつわもの揃いだ。遠征を無事に終え、あとは落とし物や忘れ物がないように気をつけて帰るだけになった。
     行きと同じではつまらないと川沿いを行き、花芽吹く木が植えられている土手に出た。こういう小さな発見が得意だと、髭切は本丸の仲間から褒められたことがある。髭切は自覚がない。そういうゆとりを持とうとはしているけれど、良い景色に出会えるのはいつも偶然だ。
     ただし今回は、狙って選んだ道だった。ここにこの並木道があることを、髭切はとうに知っていた。
    「きれいだね」
     だれに言うでもない蛍丸の発言に、追いついた浦島虎徹が賛同する。「うん、兄ちゃんたちにいい土産話ができたな」
    「確かにきれいだけどさあ、なんかすっごいにおいしない?」
    「桜ってこんな臭かったか?」
     言いながら、御手杵と姫鶴一文字が手近の花房に顔を寄せて、顔をぎゅっとしかめた。浦島たちは笑い声をたてる。
    「俺にも嗅がせて」と言う蛍丸を、御手杵は軽く抱え上げた。
     はしゃいでいる仲間たちの最後尾を歩きながら、髭切は遠く続く並木を眺めた。可憐な花は、一見すれば桜のようでも、桜よりずっと白くてしべが目立つ。この花の正体を知っているけれど、胸に秘めたままでいたくて、髭切は黙っている。
     今でこそ髭切は、戦場で立派に活躍し、隊員からも慕われる部隊長だ。けれど顕現してすぐの頃は、当然怪我もするし、任務をやりそこなって帰ることだって少なくなかった。
     今は、審神者の不思議な力を蓄えた根兵糖を食べれば強くなることができる。そんなのができる前は、たくさん励む以外に力をつける方法がなかった。髭切も毎日必死の覚悟で駆け回り、ぼろぼろになって帰陣した。それがあまりにも当たり前になった頃、弟の部隊に配属された。
     髭切よりもずっと早くに励起された膝丸は、本丸を支える立派な戦力だった。顕現できるかどうかは審神者との相性や運も大切だから、弟が先に喚ばれたことに不満はない。だけど実力で遅れをとっているのは悔しくて、その時も髭切は、がむしゃらに戦って怪我をした。
     歩けないほどではなかったのに、膝丸はおぶると言って聞かない。一度は抵抗したけれど、あまり言うのもみっともないから、黙って背負われることにした。そうして膝丸が帰路に選んだのが、この川沿いの道だった。
     花の時期はとっくに過ぎ、木はたくさんの実をつけ、枝をしならせていた。膝丸は並木の途中で「休憩にしよう」と声を上げた。無傷で元気な仲間たちが、思い思いにおいしそうな実を選んで枝から切り落とす。髭切は、歌仙兼定と小夜左文字の手を借りて、木の根元に座らせてもらった。すぐさま、膝丸が傷の具合を確かめる。
     歌仙たちが木の実狩りへ行くのを見送ると、膝丸も立ち上がって、熟し具合を確かめだす。髭切はもたれかかったまま、膝丸の率いる部隊を眺めた。みながみな膝丸のように強い刀ではない。膝丸は決して彼らに無理をさせなかった。従わなかった髭切だけが、こうして深手を負っている。
    「どうだ、これはうまそうじゃないか」
     膝丸はもいできた実を見せた。髭切は初めて見る実だから、味がどうかは分からない。膝丸は無言の兄に文句も言わず、傍に腰を下ろすと、懐から出した小刀で皮を剥き始めた。
     薄く細長い皮は蛇のようにとぐろを巻きながら、下の草葉に向かって伸びていく。はだかになった白い実に刃が入ると、しゃくりと小気味良い音がして、果汁が髭切の頬まで飛んできた。
     食べやすい大きさのひとかけが髭切の口に運ばれてくる。髭切は痛みにしかめた顔で、薄く口を開いた。
     優しく押し込まれた果肉は固くて、噛み締めるとじゃりじゃりした。たっぷりの水分と爽やかな甘みが喉を潤していく。飲み込むとすぐに次が差し出される。髭切は少しずつ食べて、飲み下した。
    「これは、なんていう実?」
    「梨の実だ」
     梨なつめ、きみに粟つぎ這う葛の……と諳んじて、膝丸は微笑む。
     髭切が拒むまで食べさせたあと、膝丸は残りを切らずに平らげた。川に浸してきた冷たい布巾で自分の手指と髭切の口元を拭って、頭上に生る梨の実を見上げる。風に吹かれる膝丸の髪は、梨の実と似た色をしている。
    「焦らないでくれ」
     膝丸は静かに言った。
    「ちゃんと強くなれるから。そういうふうに身を使うのはやめてほしい」
     固い指の腹が、いつの間にか切れていた頬を撫でる。固まった血が肌をこすってひりりと痛かった。
     あの時膝丸が担っていた役割は今、髭切が引き受けている。しゃにむに刀を振るうのをやめても、髭切はちゃんと強くなることができた。今はよくよく指揮を執り、無傷で戻るのを当たり前としている。
     髭切は、こちらに笑いかけるように咲き揃った花房に近付いた。ささやかではあるけれど、弟の慰みになることを祈りながら手折って、腰帯に差す。弟はいまら極の太刀として、より過酷な戦場で毎日戦っている。
    「げ。持って帰んの?」
    「部屋臭くなるぞー」
    「これぽっち大丈夫だよ」
     並木道を歩き始めると、蛍丸たちも花を見上げながら着いてくる。髭切はこっそり、白くてまあるい花びらに触れた。花は揺れて、しゃらしゃらと鳴りだしそうだ。
     頬を撫でた膝丸の指と、梨の実の甘さを髭切はずっと覚えている。あの日からずっと、静かに、髭切の心を潤し続けている。
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