のべおくり 断れば良かった?
断れなかったから、こんなにもやもやしているんだけど。
尖った先端をさっくり地面に突き立てる。あんまり深く刺すと、埋めてあるものを傷つけるかもしれないから慎重に。土は思っていたより柔らかい。でも、柄を握る手はもう痛み始めている。
髭切さんが立てた二本の松明は元気に燃えて、真っ暗な空と地面をあかあかと照らしている。僕と髭切さんもその光の中にあって、にゅーっと伸びた影が近くの木立まで伸びている。僕らの動きに合わせて影はゆらゆら木立で動き、ふざけて踊ってるみたいだ。ここに居るのが清光ならすぐ言うのに。髭切さんもそういうことあるのかな。僕じゃなくて膝丸さん相手だったら、何か、冗談を、真面目に振る舞うべき時にも言いたくなったりとか。
髭切さんは黙々とスコップを差し入れては土を放り出している。耳にかけた髪の横を、汗が伝って、落ちていく。一心不乱な動きを見ていると数日前の自分たちが重なる。あの時は何も考えたくなくて、努めて身体の動きに集中していた。スコップを差し込む。傾ける。土を退かす。多分同じ動きをしている、のに、考えることを投げ出していた僕と違って、髭切さんはずっと考え込んでいるみたいな顔をやめない。
何考えてるのって、もっと早くに聞くべきだった。でも今は聞ける雰囲気じゃない。膝丸さんを見つけるまで、止まらない気がする。
風が吹いて火がたなびいた。一瞬全部が持っていかれて、辺りは真っ暗になる。髭切さんのスコップがざっくり刺さる音が闇の中で響いた。今までとちょっと違う響きだ。何かにぶつかったらしい。
「この前壊した長椅子かなあ」
火が戻ると、髭切さんが囁く。突き立てたスコップで土の中をぐりぐり探るから、思わず掴んで止めた。僕が言えたことじゃないのは分かってるけど、言わずにいられなかった。
「髭切さん、お墓だよ」
冷たい顔が僕を見るから、思わず息を呑んだ。
ここはみんなが墓地と呼んでいるところだ。本丸で壊れたものはみんなここに埋めて供養する。例外はない。家具も食器も、戦場で散った仲間も、みんなだ。
僕と髭切さんは、たぶん、本丸が始まって以来はじめて、埋めるためじゃなく、暴くために掘り返している。折れた膝丸さんを見つけ出すために。
凍てつくような目を負けじと見つめ返すと、髭切さんはスコップの持ち方を変えて土を左右に除け始めた。そのうちに、激しく割れた長椅子の座面が現れた。
何も言わないうちに、僕たちは互いに位置を入れ替わる。髭切さんが近づけてくれる松明の明かりを頼りに土を除いていくと、汚れた布地が顔を出した。
「……あったよ」
僕に松明を押し付けて、髭切さんはためらいなくそれを引き抜いた。間違いなく、数日前に部隊全員で埋めた、主手製の布袋だ。埋めるのは例外なしだけど、人の形をしていた僕らのために、主は死装束代わりの布袋を手ずから作ってくれる。
髭切さんは平らな地面まで引き返すと、袋についた土を丁寧に払って、口を縛る紐を解き始める。
掘り返した窪みに目を落とす。土の中から茶碗とか、鍋とか、網とかの端っこが覗いている。いやな気持ちになって、僕も地面まで引き返す。髭切さんは両手を突っ張り、土下座の直前みたいなポーズをとって、折れた太刀をじっと見ている。
口が重い。
「ごめんね、細かい破片は拾えなかった」
やっとそれだけ言うと、髭切さんはゆっくりと首を振って、顔を上げないまま尋ねる。
「どんな最期だった?」
どうしてもっと早くに聞いてくれないの。火に照らされた頭を見る。顎を伸ばして、介錯を待つみたいな首だ。
いつだって話す用意はあった。昨日、膝丸さんを掘り出したいってこっそり言いに来た時。主が、膝丸さんが折れたって告げた時。その間の数日だって、聞いてくれたら話した。思い出すのはつらいけど、真っ二つの刀身を見なくても信じられるように、起きた全てを伝えたのに。
でも髭切さんも僕もそうしなかった。僕は自分から話しに行かなかったし、墓暴きの手伝いを引き受けた。引き受けてしまった。悪いことだと思いながら。
「……新しい戦場、髭切さんも行ったよね」
「行ったよ。ひどかった」
「そう。ひどかったんだ。すぐ撤退することになって」
膝丸さんは敵を引き付けて、仲間を逃がそうとしていた。退けって、千切れそうに怒鳴っていた喉が、敵の一撃で本当に千切れてしまった。僕のすぐ後ろで。
思い出すと息が詰まる。どうして防げなかったんだろう。もっと早く動けたら良かった。せめて、部隊に髭切さんが居たら。後悔が波のようにやってくる。だけど、だからって。掘り返したって膝丸さんは帰ってこない。眉間に強く力を込めて折れた刀を見る。刃こぼれがひどくて、それでも鈍く光っている。
明日になったら、手伝ったことも同じように後悔するだろうか。命を失わせてしまったことと同様に、安らかな眠りを妨げたことを?
「見事な敗戦だ」
身幅を撫でながら、髭切さんは僕を見た。ふうと息を吐くと、何でもないみたいに言う。
「もうこの子に一生会えないんだね」
「……新しい膝丸さん、探そう」
意味の無い、ひどい言葉。だけど僕らに許されている慰めの文句はこれしかない。髭切さんもそれを分かっていて、ただ優しい笑顔を浮かべた。さっきの冷たい目が嘘みたいに。
「本当の別れなんか来ないと思ってた。生きてると、いろんなことが起きるね」
手が止まり、髭切さんは物思いに沈んでいく。
僕は立ち上がって、掘り返した土を元に戻した。ひと山戻すごとにスコップをぎゅっと押し付ける。胸がむかむかしてたまらない。なあ、なあ清光。おまえはどんな気持ちだったんだ。僕はきっとおまえより悪いよ。今すぐ部屋に戻って清光を叩き起こし、全部話してしまいたい。でも僕はそうしない。事が済んで部屋に戻っても、朝になって清光が起きてきても、絶対に話さないだろう。
松明の火が少し小さくなった。ありがたいことに夜はまだ終わらない。疲れてへろへろになりながら、スコップの背で土をならして周りと馴染ませる。
髭切さんは膝丸さんを袋に戻して待っていた。僕からスコップを受け取って、代わりに手ぬぐいを渡してくれる。松明もスコップも全部髭切さんが用意した。服だって、いつもの白い内番服じゃなくて、真っ黒の上下を着てる。はじめは膝丸さんのを着ていると思ってどきりとしたけど、ただの黒い服だ。いつから計画してたんだろう。
「付き合ってくれてありがとう。もう戻ってゆっくりお休み」
「髭切さんは?」
「少ししたら戻るよ」
「……どうするつもりなの」
髭切さんの手が袋の上から膝丸さんを撫でる。ほんとに、そこに居るみたいに。
「僕が、これで自害をしたり、どこかに隠し持ったままにすると思ってる?……大丈夫。ちゃんと供養するから」
「そのために掘り返したの?」
驚いて、声が大きくなる。どうにも抑えられなかった。「供養し直すために?」
「そうだよ」
「どうしてここじゃだめなの?」
髭切さんは墓地に目をやった。「ここは居すぎる」
「何が?」
「弟以外のものが」
当たり前だ、共同墓地なんだから。みんなここで別れを悔やんだり、懐かしんだり、安心して眠っているって信じてるんだから。髭切さんだけがそれを拒んでいる。冒涜だ。
「親しいひととする話、みんな聞かれるのはずかしいよね?」
撫でる手付きはずっと優しい。袋からかちゃかちゃと音がする。僕に聞いたのか膝丸さんに聞いたのか分からないような言い方だった。
話は終わりと言うように、髭切さんは松明を一つ抜きとる。「それじゃ行くから、きみももうお戻り」
「ねえ髭切さん……」
「弟の勇姿を見届けてくれて、連れ帰ってくれてありがとう。お陰でまたこうして会えた」
誉と呟いて僕の胸を軽く叩くと、髭切さんは大事そうに袋を抱えて行ってしまう。スコップはがちゃがちゃ鳴り、松明の火と煙がふーっと尾を引く。
「ずるいよ」
夜闇に溶けていく背中に、僕は声を荒げる。髭切さんは僕を騙そうとしてる。一緒に悪いことをして、僕のせいで膝丸さんが折れたんじゃないって慰めて、髭切さんの役に立ったんだって思わせて。僕が自分を許せるように、優しいふりをしてる。
自分のいないところで大切なひとを失う気持ちは、僕だって知ってる。それを受け入れるのがどんなに大変かも。だから僕なら力になれると思った。それが償いにならないとしても、大事な仲間を放っておきたくなかった。
それなのに。
髭切さんは、僕を利用して、膝丸さんの死を自分だけのものにしようとしてるんだ。
「ずるいよ……」
夜の沈黙が耳の中でわんわんと響いている。居すぎると言われた墓場は何も答えない。僕は足が溶けてしまったみたいに、そこに立ち尽くしていた。
木立に踏み入る直前、髭切さんは立ち止まって、少しだけこちらを振り返った。火が松明の中心に戻る。その明かりの下に、髭切さんのおそろしく美しい笑い顔が浮かび上がっていた。