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    膝髭ワンドロワンライアゲイン/第63回「温泉」

    ##文章

    剥き身「うまそうだな」
     やにわに右腕をすくい上げられても髭切は動じない。なにせ相手はざぶざぶ湯を蹴って近づいてきていたのだ。伏せていた目を開けば、白みがかった視界が焦点を結ぶ。節立つ男の腕が伸び、同じく筋ばった男の手に繋がるのを見る。
    「……おまえまた、蟹とか海老のことを考えているね」
    「ばれたか」
     間抜けな中腰になって腕を検分していた膝丸は悪びれた様子もなく顔を上げた。髭切の腕は、水位の高さを境に、鮮やかな桜色に染まっている。
     そこらに服を脱ぎ捨て湯に浸かった髭切と違い、膝丸はきれいな岩を探し、兄の衣類もろともかけてようやく入ってきた。服を放るのは許せず、裸を晒してうろつくのには頓着しない弟が髭切にはよく分からない。こんな奥地の秘湯で見る人も無し、興味本位で衣類を食むような獣の類もいないだろうから、まあどうでもいいかと髭切はまた目を閉じる。
     無遠慮に波を立てて膝丸は兄の隣に腰を下ろす。片足を上げ、水面から指を出すとそこは真っ赤に染まっていた。湯だった蟹、海老の身の如く。
     数週間前、審神者の就任記念日に食べた甲殻類がそれはうまくて、どうにも忘れられない。祝いの席で出るくらいだから、そうそうありつけないご馳走だ。故にいっそう惹きつけられて、金子を貯めるのに兄も付き合わせて、出陣の機会を増やしてもらっている。うまい食事は兄も好むところではあるが、甲殻類に魅せられたのは膝丸だけだ。兄を巻き込んだことに多少の負い目を感じていたので、遠征に出たこの川べりに湯が湧いているのを見つけて、膝丸はほっとしていた。
    「湯上がりに、蟹やらの鍋を出してくれる宿が、主の時代にはあると聞いたよ」
     半ば眠ったような顔つきで髭切が言う。
    「なんと。すばらしいな」
    「酒もうまい土地だって。おまえには極楽だろうねえ」
     言いながら、ざふりと波音を立て、髭切は背後の岩に上体を預ける。あらわになった胸もまた美しく色づいていた。はじかれた湯水が肉体のおうとつに沿ってつるつると流れ落ち、輝くように湯気が上っている。膝丸はつい指を出して、肌の白い部分と、染まった部分とを押した。
    「なに」
    「本丸の風呂では、こんなふうにならんだろう」
    「湯が熱いからじゃない? 僕これくらいがいいなあ」
     うっとりと息を吐き出して髭切はまた目を閉じる。まつ毛に、雫か汗か、水玉が乗っているのを膝丸は眺めた。湯に浸かっていないその顔も上気し始めている。髭切は風呂が好きだった。本丸でも長風呂をして、ほこほこ湯気を立てながら部屋まで戻ってくるのは冬の常だ。見慣れているはずなのに、見慣れぬ外の景色のせいか、やたらに活き活きとしているようだ。やはりうまそうだと心中に思って、膝丸は顎まで湯に身を沈めた。
    「……ふつうに蟹を食べに行くより、その湯屋は値が張るだろうな」
    「どうかなあ……食事と湯だけで帰る手もあるよ。それならそこまでしないんじゃない」
    「泊まれば湯に浸かり放題ではないか」
    「じゃあ、がんばって稼がないと」
     濡れた手が膝丸の後頭部をかき撫ぜる。押されて鼻まで湯に突っ込んだが、膝丸は笑わずにおれなかった。
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