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    ⛰暮正⛰

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    第33回膝髭ワンドロワンライ「よしよし」「耳」

    ##文章

    どっちの褒美「今日なんだか調子良いんじゃない?」
     兄の言葉に応えるように、頭上に浮いた誉の印がきらりと照る。刃を納めていきながら、薄れて消えるそれへと、膝丸は気まずそうに視線を向けた。
    「兄者を差し置いて……」
    「まあまあ、競ってるわけでもないし。とはいえ今日の面子じゃ二番手は僕だろうな」
     髭切はにやっとして、当然のように胸を張る。
     連戦をどうにか切り抜け残党も討ち果たした。ここら一帯は片付いたようだから、合流地点に引き返す。道すがら髭切は思案げに顎を撫でた。
    「兄者、まだ何かありそうか」念のため腰の物に手を伸ばしつつ尋ねると、髭切は朗らかに笑う。
    「ううん、誉の褒美あげようかなって考えてただけ。久しぶりにあれしようか?」
    「褒美を頂けるのか。して、あれとは」
     喜色を浮かべる弟の顔へ向かって、手袋を嵌めた手が伸びる。すわ口吸いかと、膝丸は首をかしげて待ち構える。切り揃えた横髪がさらりと滑るそこへ手のひらを触れさせ、髭切は指先で耳たぶを掴んだ。
    「耳掃除だよ〜」
    「ぬあ〜っ?!」
     ぐにぐに引っ張る手を勢いよく払い除け、膝丸は瞬時に飛び退った。耳を押さえ、真っ赤になって震える膝丸に向かって、髭切は大笑いしてみせる。
     この膝丸は、すこぶる耳が弱いのだった。

     誉の褒美とは、誰が言い出したわけでもなく、あらゆる本丸に広がっている文化だ。主から賜ることもあれば仲間内で祝い合う場合もある。
     この本丸のこの二振りについていえば、兄弟間で褒美を送り合うことは稀だった。誉を上げることは、戦刀の二振りにとって、ある意味程度の低すぎる目標だからだ。
     その日の夜、膝丸は部屋の隅で座禅を組んで心を落ち着かせた。目の前では髭切が床を設え、必要な道具を揃え、着々と準備を進めている。衣擦れの音や器具のぶつかる音に気を取られ、ちっとも集中できない。
    「準備終わったよ」
    「……もう少し待ってもらえないだろうか」
    「待ってどうなるものでもないだろう」
     早くおいでと、床の端に座った髭切が自身の脚を叩く。膝丸はのろのろ這って行って、兄の肩口に額を押し付けて呻いた。
    「座ったまましたいの?」
    「違う…………」
    「揉む方ならできるよ。ほら、身体に塗る用の油」
     そう言って髭切は香油のびんを取り上げた。植物と花の香りがほのかに香ってくる。
    「こんなものまで持っていたのか」
    「誉の褒美だから、いろいろしてあげようと思って借りてきた」
     にっこり微笑む兄に向かって膝丸は不本意ながらも口を尖らせる。
    「……からかってないか」
    「全然」答えながら、髭切は手のひらで香油を温め、膝丸の鼻先でふわふわ動かす。「ほら、いい匂い。耳触っていい?」
     膝丸は俯いて、膝の上で拳を構える。両方の耳に手のひらが押し当てられ、ゆっくりと圧をかけられる。同じ時間かけて離れた手は、またすっぽりと耳を覆う。
     最初に耳かきしてやったのは膝丸の方だった。遠征先の市で耳かき棒を売る店を見つけて、髭切が興味を示した。いきなりやって鼓膜を突き破られては堪らないから、手本のつもりだった。
     髭切は結構気に入って、何度か膝丸に掃除を頼んだ。自分でできるようになってからは、梵天付きのや、へらのような耳かき棒を買ったりして膝丸を驚かせた。髭切がそういう趣味を持つのが意外で、そんなに良いのかと尋ねたのが運の尽きだった。
    「気持ちよくなってきた?」
     油のついた指がすりすりと上の方を擦っている。膝丸の目はもうとろりとしているが、まだ恥ずかしそうに兄を見た。
     でこぼこした軟骨をぎゅっと潰され、すぐに解放される。血の巡りが良くなり、耳はぽかぽか温かい。微笑み顔で見つめ返されるのが恥ずかしくて目を閉じると、指と耳の擦れる音が強く感じられる。慌てて目を開き、唇を噛んで耐える。
     指が耳の穴の縁をかすめるたび、膝丸は肩をこわばらせる。髭切は最後に、耳の裏から頭の皮膚まで揉みこんで、余分な油を布巾で拭った。
    「はい、ほぐすのおしまい」
    「どこで覚えるんだ、こういうのは……」
     按摩師のようだと眠そうに呟きながら、膝丸は緩慢な動きで布団に横になる。髭切の腿に頭をのせると、両手で縋りつくように抱え込む。
    「どっちの耳からするの」
    「うう」
    「褒美なんだから、とびきり気持ちよくなっていいんだよ」
     それが嫌なのだと、膝丸は目の前の暗闇を睨みつけた。この髭切でさえ、耳掃除中は安心しきって身を任せてくれていた。ふつうの感覚でも気持ちが良いことなのは想像がつく。
     しかし膝丸の耳は敏感で、たかが掃除から過ぎた快楽を拾い上げる。気持ちよくなりすぎて、半分眠っているみたいに頭がぽーっとしてしまう。おまけに下半身まで良くなることもあった。面白がる髭切に耳かきされて、何度なし崩しになったことか。
     髭切は上体を倒し、動かなくなった膝丸の背にのしかかる。「寝ちゃった?」
    「うう」
    「起きてる。じゃあほら、どうせ気持ちよくなっちゃうんだから、とくべつ弱い方からしようか」
     えーと、こっちかな、と耳のそばで囁かれ膝丸の体からまた少し力が抜けた。
     横向きに転がされ耳周りの毛を退けられる。枕をそばに持ってきて、膝丸は顔に被せた。せめて呆けた面を見られないようにという抵抗だ。
    「いいこいいこ。びっくりしないように外側からしようね」
     兄がことさらに子ども扱いしてくるのがなおのこと嫌だった。耳の垢を見られるだけでも膝丸は多少羞恥を感じる。そのうえ呆けて、あやされるなんて。
     断れば済む話だが、せっかく兄が褒美をくれるというのだから、受け取らないわけにはいかない。それに、気持ちいいにはいいのだ。もちろん。
     ふう、と枕に向かって息を吐く。同時に耳が引っ張られ、端の方に丸いものが当たった。体をこわばらせると、その場でくりくり揺らしながら「綿棒だよ」と宥められる。じっくりと耳殻を往復し、耳穴へと近づいてくる。
    「まだ中まで入れないから」
     穴を塞ぐように浅く抜き差ししながら、髭切はちらりと弟の肉体へ注意を向ける。指圧で緊張をほぐせたと思ったが、まだ時折こわばってしまう。早く楽になれるよう、ゆっくりと手を動かしつつやわらかく声をかける。
    「そろそろ慣れた? 耳垢取っていくからね。奥に入れるよ」
     入りすぎないように軸を持つ位置を調節して、穴の中へと進める。耳の壁に当たるようにすると膝丸の体はぴくぴく震えた。思惑通りにいったのがかわいくて、髭切はひっそり笑みを浮かべる。
    「どれどれ……ん〜、あんまり汚れてないみたい」
    「……それは、よかった」
    「汚れてないのに擦ると良くないよねえ」
    「……」
    「ちょっとくすぐるだけにしておくね」
     髭切は耳掃除それ自体が好きなのだ。膝丸は、いらないと言いたかったが、言葉にならなかった。
     綿棒をくるくる回されたり、耳の中を撫でられたりすると、音と感触が鼓膜を揺する。行き来する感覚があまりにも正確に伝わってきて、膝丸は目を回しかけた。
    「よしよし……いいこいいこ……」
     時々呟きながら、髭切は休まず綿棒を動かす。耳垢がある方が拭い取るための中断があってましだったと、膝丸は鈍くなった頭で嘆いた。
     ようやく引き抜かれても終わりではない。今度は梵天で、耳の裏から中までやさしく触られる。穴に差し込まれると、綿毛が音を遮ってぼわぼわする。綿棒とは違った圧に背中がざわつき、膝丸は身をよじった。ああ、よくない。分かっているのに、もっと撫でてほしいと思い始めている。
     梵天が終わると、髭切は耳を引っ張って中の様子を確かめた。暗くてよく見えないが、梵天に血がつかなかったし、怪我はさせていないだろう。ついでに弟の様子を見やる。半ばうつ伏せの体はほとんど弛緩している。屈んで「おしまい」と伝えると、枕の奥からとろけた返答があった。
    「ふーってする?」
     頭が左右に揺れる。しかし髭切は、構わず息を吹き込んだ。
    「あぁ……っ、にじゃ、!」
    「あははは、気持ちよかった?」
     いい顔、と頬を撫でられ、膝丸は兄を睨む。しかし髭切は目を細めるだけだった。少し荒くなった呼吸を押さえ、膝丸は枕に顔を戻した。情けなくとろけた顔を見られたと思うといたたまれない。でも、気持ちは、いい。ほんの少しだけだが、もうちょっと吹いてほしかったと思っている。
    「さあさ、反対するから、今度はあっちを向いてね」
    「こっちが汚れてないなら反対も同じだろう……」
    「兄らしいことなかなかしてやれないからねえ。今はいっぱい甘えていいんだよ」
     それは兄とは関係ないのではと思いながら、気だるくなってきた体の向きを変える。ぐらぐらの理性でも、甘えるのは矜持が許さない。けれど、甘えさせたいという兄の心は貰い受けたい。
     枕はもう抱かず、目の前にある髭切の腹に腕を回す。
    「ありゃ、くっつき虫だ。かわいいかわいい」
     頭を撫でられ、膝丸は喉を鳴らしながら目を閉じた。兄の手指が次第に耳まで移動していく。触れられることを期待して、胸が、ことこと鳴っていた。
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