Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    okusen15

    まほ晶が好き

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 17

    okusen15

    ☆quiet follow

    展示です。PASSはお品書きにあります。

    分け合えば軽い 取りすぎたビュッフェの皿の上みたい、と晶は呆然と天井を仰いだ。
     各地から寄せられた異変の報告。任務の報告書。スケジュール調整。その他諸々の書類。各国の先生陣たちとの会議の予定も組まなければならない。
     机は紙の束でいっぱいだ。たまった疲れと、終わりの見えない書類に頭痛がした。
    「いやいや、折れちゃだめだ……。ここまで溜めちゃったのは私なんだから……」
     今日まで慌ただしい毎日で、後回しにしていた書類仕事がついに爆発してしまった。すでに全てを放り出したい晶だが、なんとか己を奮い立たせて、厚さ三センチはありそうな束の下から羽ペンを引っ張り出した。積み上がって塔のようになった書類の束が、ぐらりとバランスを崩す。「あっ!」その時には、すでに遅かった。
     派手な音を立てて、塔が床に崩れ落ちた。揺れは隣の、そのまた隣にまで伝播する。ドミノ倒しが収まる頃には、晶は再び天井を仰いで、深いため息をついた。熾火程度にはあったやる気が、消え失せていくのを感じた。椅子から立つことすら億劫だった。
    「賢者様?すごい音が……入りますね」
    「わあっ!ヒース!?今はだめです!」
     晶の制止の前に扉は開いた。机の周りに散った無数の書類を目にした瞬間、警戒するような表情をしていたヒースクリフが、目を丸くする。呆気にとられている気配から逃げるように、晶は俯いた。
    「汚くしていてすみません……。だらしないですよね……」
    「いえ、そんな……!ここ最近、賢者様は忙しかったですし……」
     ヒースクリフが素早く扉を閉める。席を立った晶は書類をかき集めながら、恥ずかしくてたまらなかった。
    「賢者様、俺が」
     まだまだ床を隠している書類を拾い上げようとした矢先、ヒースクリフが呪文を唱えた。書類が羽のように舞い上がって、元の位置へ戻っていった。その光景に呆気に取られていた晶は、はっとして立ち上がった。
    「あ……、ありがとうございます」
    「いえ、これくらい……。にしても大変そうですね。俺も手伝いましょうか?書類の整理や添削なら、お手伝いできるかも」
    「いえ、そこまでしてもらうわけには……!十分助かりました」
     晶はそう言って首を横に振った。「でも……」と納得いかなさそうなのは、ヒースクリフだ。心配そうな視線の先には、晶の目元のクマがある。
     ヒースクリフの申し出は、とてもありがたいものだった。けれど今の晶には、迷惑をかけたくないという思いの方が先に立った。この惨状を作り出したのが、己だという自覚があれば、それはなおさらだった。
    「大丈夫です。心配してくれてありがとうございます」
    「……なら、少しだけでも仮眠をとって欲しいです。賢者様は頑張りすぎるところがありますから」
    「でも今、休んでしまうと、起きれなくなりそうなので……」
    「じゃあ、俺が起こしにいきます。それならどうでしょう?」
     ヒースクリフは、なにがなんでも晶に休んで欲しいようだった。常なら一度断られれば、引き下がるのに、今日は諦める気配がない。切実に訴えてくるヒースクリフに根負けした晶は、控えめに切り出した。
    「……じゃあ、お願いしてもいいですか?」
    「もちろんです。さあ、どうぞ」
     安心したように笑ったヒースクリフが、晶が横になりやすいように、ベッドの布団をめくってくれる。晶がその下に体を横たえると、労るように肩まで布団をかけられて、額にキスが降ってきた。
    「……おやすみなさい。一時間後に起こしにきますね」
    「は、はい……」
     当然のようにされたキスに、心臓が跳ねる。一瞬で頬が赤くなった晶を、慈しむように見つめて、ヒースクリフは静かに部屋を出て行った。鼓動だけが、静寂を裂くように晶の中で響いている。
     それでもなんとか眠ろうと目を瞑る。そうすると、羽を休める小鳥の囀りや、カーテンを揺らす風の音が心地よく耳に流れてきた。音に絡みつかれたように、手足から徐々に力が抜けて、意識が遠ざかっていくーー。
    「わぁっ!」
     突然、窓枠を叩きつけるように風が吹き込んできた。舞い上がった報告書が、寝ている場合じゃないと言うように、晶の顔にへばりつく。報告書を引き剥がした晶は、たまたま目に入った提出期限に目を見開いた。提出期限は明日だ。
     晶は息を呑んで、ベッドから飛び起きた。机までの行き道に落ちた書類を拾って、窓を閉める。先ほどまで座っていた椅子に、あっという間に逆戻りした晶は、羽ペンを手に取った。
     ベッドを抜け出している後ろめたさが、晶の胸を一瞬刺す。晶は眉間にシワを作って逡巡した後、思い切るようにペン先をインクに浸した。
    「ごめんなさい、ヒース……!これだけ、これだけですから……」
     ここにはいないヒースクリフに謝り倒して、晶は報告書と向き合った。後ろめたさは、文字と格闘している内に、なぜもっと早く取り掛からなかったのかという己に対する腹立たしさや、後悔で追いやられてしまう。
     格闘を終えた頃には、晶は疲労困憊だった。この後、魔法使いたちの誰かに、添削してもらわなければならないというのに。膝を痛めた老人のように立ち上がった晶は、のろのろと歩を進めた。
     異変はドアノブを掴もうとした時に起こった。頭痛がひどくなったのを皮切りに、圧搾機にかけられたように、突然、膝から力が抜けていった。力が搾り取られた体は、足の折れた椅子と変わらない。立っていられなくなった晶の視界は、下へ下へと落ちていく。頬が床の冷たさを知った頃には、瞼も頭も重くてたまらなかった。
    「晶様!」
     それが、晶が気を失う直前に聞こえた最後の声だった。



     誰かが額を撫でている。乱れた前髪を撫でつけるように指の背は数度、額を行き交い音もなく引っ込められる。その気配を追いかけるように、晶の瞼は開いた。見慣れた天井が、晶を出迎える。まだ脱力している体で、ぼんやり呼吸を繰り返していると、ペン先が紙を走る音が聞こえた。瞬間、スイッチが入ったように晶の意識は、はっきりと覚醒した。
    「期限が……!!」
     勢いづいたせいで、ベッドが音を立てた。晶は慌ててベッドから降りようとしてーー肩をそっと手のひらで抑えられた。
    「まだ休んでいてください、晶様」
     抑えてくる手のひらは、ヒースクリフのものだった。肩を押してくる力は、決して強いものではないのに、晶の体は自然とベッドの方へ押し戻される。手つきは数時間前と同じように優しいが、ヒースクリフの固い表情が、彼の本心を伝えてくる。
     無言で従った晶は、背もたれに体を預けながら、じんわりと汗が滲むのを感じた。
    「水とシュガーをどうぞ。体調はどうですか?」
    「あ……ありがとうございます。平気です……」
     少し眠ったためか、頭痛や気だるさからは解放されていた。こんな状況でなければ、すっきりとした爽快感を喜べただろう。
    「なら良かったです」
     ヒースクリフはひとまず安堵したように小さな息をついた。それに連動して、晶の中で後ろめたさと罪悪感が、一つ一つ石を積み上げていく。まばらな形のシュガーが、舌の上で溶けいくのを感じながら、晶はコップを傾けた。そうしながら、ベッドサイドの椅子に腰掛けているヒースクリフを盗み見る。
     一番に目に入ったのは、ヒースクリフが手にしている書類だった。見覚えのありすぎる提出期限に、倒れる前に手がけていたものだと気づく。一緒に添えられたメモには、ヒースクリフによる添削があった。
     次に晶の視線は、壁掛け時計に動いた。ヒースクリフが起こしにくると言った一時間後は、とっくに過ぎていた。寝ている(と思っていた)晶を起こしにきたら、床で倒れている晶を発見した、その時のヒースクリフの気持ちは察するにあまりある。晶は水を飲み切って、口を開いた。
    「あの……すみませんでした。休むって言ったのに、守らなくて……」
     ヒースクリフの眼差しに厳しさが混じる。見据えられた晶は、崖下の氷河を見下ろした時のように、ごくりと生唾を飲み込んだ。
    「……どうして、守ってくれなかったんですか?」
    「しょ……書類の提出期限が明日だと、ヒースクリフが出て行った後に気づいて……。嘘をついたつもりじゃなくて……」
     そこだけは勘違いして欲しくなくて、晶の口調はつい早足になった。けれど結局、言ったことを守らなかったのなら、同じではないかと思い直して、口をつぐんだ。
     ヒースクリフはすぐには答えなかった。窓が閉められた部屋で、逃げ場のない空気は、二人の形を型取るように停滞している。
    「……倒れているのを見た時、晶様がきちんと眠るまで、傍にいるべきだったと心底後悔しました」
     ヒースクリフは緩く組んだ己の手に視線を落として、平坦な声で語った。彼の親指が、手に跳ねたインクの汚れを拭き取ろうと、皮膚を擦り上げる。失敗を取り消すように。
    「でも一番悔やんだのは、俺が、晶様が頼ってくれる俺でなかったことです。もっと俺が気を配っていれば、もっと俺が習熟していれば、こうはならなかったんじゃないかって」
     未熟さに沈み込んでいるヒースクリフに、晶は無意識に布団を握りしめた。
    「そんなことないです……!私が自分の力を見誤ってただけです。ヒースは何も悪くありません」
    「……ありがとうございます、晶様。でも、いいんです。俺が俺を許せないだけですから。ただ……大切な人が大変な時に、頼られないのは辛いです」
     ヒースクリフは静かに首を振って、晶を制した。背を丸める姿は、誰にも顧みられずに咲く花のようだった。晶は心臓が、石で削られたように痛むのを感じた。
     ーー迷惑をかけたくなくて遠ざけた結果、ヒースを傷つけてしまった。もし、自分がヒースの立場だったら、どうだっただろうか?きっと今の彼と同じように、心底後悔したはずだ。
    「ヒース、ごめんなさい……。私、必死で周りが見えてなくて……次からは無理をする前に、ちゃんと頼ります。……頼ってもいいですか?」
     晶は恐る恐る尋ねた。握ったままだった空のコップを取り上げられる。ふと顔を上げると、そこにはいつもの優しい表情に戻ったヒースクリフがいた。
    「次とは言わず、そうしてください。それから、こんなことは二度としないでください。本当に心配したんですから」
    「は、はい……」
     念を押すように手に触れられる。釘を刺された晶は、体を縮こまらせて、それを受け入れた。
    「さあ、もう少し横になっててください。その後で続きをしましょう。二人でやれば、すぐに終わりますよ」
    「ヒース……」
    「はい?」
    「手伝ってくれて、ありがとうございます。本当に助かります」
    「……俺もあなたの助けになれて嬉しいです」
     そう言って、ヒースクリフは照れ臭そうに笑った。
     大好きなひとがいて、昼をすぎたばかりの日差しが、部屋をいっぱいに満たしていて。頭を枕に落ち着けた晶は、すぐに眠たくなってきた。微睡んでいる晶の額に、もう一度ヒースクリフがキスを落とす。蜜を分ける花のように優しいキスだった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😭💘💘💘👏💗💕❤❤😭👏❤💖💘💖❤☺☺☺👏💖☺💕✨💖❤😭❤❤❤❤❤💖💖💖💖❤❤❤❤😭🙏❤☺😭👏👏💘💖😭💐☺
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works