Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    okusen15

    まほ晶が好き

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 17

    okusen15

    ☆quiet follow

    オー晶♀展示・前編 
    ツイッター公開分ですが、これは修正verになってます。内容は変わってないです。

    銀の残影ーーいくらなんでも遅すぎる。
     オーエンはショートケーキの苺に、力一杯フォークを突き立てた。潰れたイチゴの果汁が飛び散って、血飛沫のように皿を彩った。


     遡ること数時間前の話だ。
     箒を飛ばし、オーエンと晶が住まう北の国から、春の泥濘の大地を抜ける。広大な野原と、そこを行き交う旅人や商隊を追い越せば、じきにグランヴェル城の城壁が見える。グランヴェル城を中心とした城下町が、緩やかな傾斜を伴いながら広がっている様子は、城の尖塔を蝋燭に見立てれば、段差のある豪華なケーキのように見えた。
     箒の高度を下げつつ、オーエンは背後の晶を見やった。晶は待ち合わせ場所の目印ーー緑色の風見鶏だーーを探して、きょろきょろと目を振り回している。
     やがて、晶が「あれです!」と指さした近くの、人通りの少ないところで、オーエンは晶をおろしてやった。他の人間に、魔法使いだと騒がれても面倒だったからだ。
    『今日は送ってくれて、ありがとうございます』
    『本当にそう思ってるなら、アレ、忘れるなよ』
    『もちろんです。明日はオーエンの食べたいものを、いくらでも作りますね!』
     今日のオーエンは、晶がカナリアと開く近況報告会のための足だった。そのための条件を、晶が忘れていないことを確認して、オーエンは不機嫌そうに鼻を鳴らして肯定した。
    『終わったらベルを鳴らせよ』
    『はい。陽が落ちる前には鳴らしますね』
     晶はベルが入っているのを確認するように、バッグを撫でた。使い込まれた革の下には、硬い金属の触感がある。そのベルは、オーエンが持っているもう一つのベルと繋がっていて、晶が一振りすれば呼応してオーエンのベルも音を立てる。危機の合図は一回、迎えの連絡は二回。携帯が無い世界の、魔法の連絡手段だ。
     はたはた、と近くで洗濯物が青空を泳いでいる。昨夜、雨が残していった水溜りが、日差しを照り返す。その中で一際眩しく、晶の結婚指輪が煌めいていた真昼のことだ。


     それがどうだ。今や燃え尽きる直前の蝋燭のような夕日の光が、木立をもの悲しく演出している。泥濘の吐いた空気は冷たく、絡みつかんばかりだ。なのにベルは、うんともすんとも言わない。
     まさか本当に忘れたわけじゃないだろうな、とオーエンは額に青筋を浮かべながら、椅子を蹴倒すように立ち上がった。晶自身にかけた守護魔法は破られた気配はない。なら、何かのトラブルで鳴らせない状況にあるのか。ベルを無くしたとか、はたまたカナリアと遊ぶのが楽しすぎて、自分の発言も忘れたとか。
    「(あり得る)」
     オーエンは眉間に一層皺を深めた。その眼差しに怯えるように、ベルは沈黙を保ったままだ。
     飛び立った鳥の羽音が思考を途切れさす。曇った窓には、連れ合いながら巣穴へ帰る番の後ろ姿が、ぼんやりと映っていた。やがてそれも、夕日の最後の一滴に吸い込まれるように、見えなくなる。オーエンは舌打ちを一つこぼして、ベルをわし掴んだ。




     そして箒は北の国からブッ飛んだ。森を超え、川を超え、その速さは空を見上げた子供が「流れ星!」と指さしたほど。流れ星は晶の気配を辿って、中央の国の都へ。目当ての人物を見つけるのに、それほど時間はかからなかった。その間も、ベルは一向に鳴る気配を見せなかった。
    「晶!」
     オーエンは昼間来た通りに降り立った。血管が数十本、派手にブチ切れたのではないかと思われるほどの声に、晶は大きく背中を震わせた。どんどん近づいてくる靴音に、晶は身動きできず、その場にしゃがみ込み、地面を見つめるしか出来なかった。頭の中を駆け巡る言葉はただ一つ。ーーどうしよう。
     晶が無事なのに安堵したのも束の間、なんの反応も返ってこないのに腹が立ったオーエンは、晶の肩を掴んで振り向かせた。その瞬間、オーエンの目は見開かれた。
    「ーー誰に何をされたの?」
     晶は泣いていた。オーエンの冷酷で残忍な気質の牙が、まだ見えない敵に向かって、その鋭さを見せつけようとする。思考は晶の涙を問題と判断し、全ての魔力は解決のためにみなぎり始める。晶を悲しませるものを排除するために、それまでの安堵と心配からくる怒りが塗り替えられた。
     それほど時間も経っていないのに、焦れたオーエンが「ねえ」と口を開く。晶は急いで涙をぬぐって否定した。その際に、靴擦れの痛みで晶の足元がふらついたのを、オーエンは見逃さなかった。
    「ち、ちがいます。だれにも、なにも、されてないです」
    「嘘つくなよ。それなら、おまえがそんなに泣くわけないだろ」
    「な、泣いてないです」
    「泣いてるだろ!」
    「……っ」
     つい強くなった語気に晶が萎縮して、二枚貝のように心を閉じていく。どうしてこんなに頑ななのか、オーエンは困惑した。そして、ふと、いつか見た傷を負った番の獣を思い出した。
     オーエンは心の中で舌打ちをして、寒そうに震えている晶に、コートを羽織らせた。意識して優しさを取り扱った経験が乏しいせいで、上から落とすようになったコートは、晶の全身をすっかり覆い隠した。次に靴擦れを治して、晶が落ち着くのを待つ。
    寒くないように、傷を癒すように寄り添い合うーー傷を負った番の獣のように。晶を慰める術なんて、オーエンにはそれくらいしか分からなかった。それでも晶は、ただ俯く角度を深くするばかりだ。
     二人がいる道の両隣には、小さな庭を備えた家がある。そこから漂う、美味しそうな夕食の匂い。カーテンで漉された薄ぼんやりとした灯りが、四角い窓を縁取っている。穏やかで暖かな夜からあぶれた二人の傍を、冷たい風が通り過ぎていく。
    「ごめんなさい」
     何も返ってこない反応に、表情に出さずとも、不安になって焦り始めていたオーエンは、弱弱しい謝罪に目を瞬いた。何に対しての謝罪なのか分からなかった。
    「ゆ……、ゆびわを、無くしてしまったんです」
    「指輪?」
     淡々と単語を復唱しただけなのに、晶はひどく怯えた様子を見せた。そして恐々と、それまで隠していた左手を見せた。爪の間に詰まった土。無くなっている結婚指輪。それらのことに、オーエンはその時初めて気づいた。
    「カナリアさんと別れて、ベルを鳴らそうとした時に、無くなってることに気づいて……。一回も外してないのに……。だから、気づかないうちに落としたのかもしれないって、探して、でも……」
     雑草をかき分けて探していたせいで詰まった土が、ぽろぽろと剥がれ落ちていく。浅い息継ぎを繰り返しながら、必死に言葉を紡いでいた晶の唇が引き結ばれる。一瞬の後、晶は堪えきれずに泣き伏せた。
    「ごめんなさい……!オーエンと交わした約束の証明だったのに……!」
     生粋の北の魔法使いであるオーエンが、人間の己と約束を交わしてくれた重大さを、晶はよくよく分かっていた。晶がいた世界のやり方に則って贈られた指輪は、晶にとって、命と同じくらいに大切なものだった。
     だからこそ、晶は自分が情けなくて仕方がなかった。そんなに大切なものを、自分の不注意で無くしてしまったことが。
     知られたくもなかった。夕日が地平線に沈み、歩き回った足が痛みを訴えても、決してベルを鳴らさなかったくらいには。

    「……それならそうと、早く連絡しろよ。探し回ってる内に、僕が魔法使いだって記憶も落っことしたわけ?」

     不安で押しつぶされそうだった晶は、呆れた声に目を見開いた。続いて吐き出された、オーエンの長く大きなため息は、そんな理由かよ、と言っていた。
    「……怒ってないんですか?」
    「僕の足をわざわざ使わせたんだ。怒ってるに決まってるだろ。だから、明日だけじゃなく一週間、僕の食べたいものを作れよ」
     オーエンはそっぽ向きながら、手を差し伸べた。晶の心が、じんわりと温かなもので満たされていく。
    「だから……はやく泣くのやめて、立てば?」
     雲間に隠れていた月が顔を出す。月光に弾かれて、晶の最後の涙が頬から滑り落ちた。と、ほぼ同時に晶はオーエンに抱きついた。小さな額が当たって、オーエンのネクタイの形が音もなく潰れた。
    「オーエン……。迎えにきてくれて、ありがとうございます。一人で、すごく心細かったから……」
    「……あっそ。じゃあ、一生感謝して」
     恩着せがましい物言いに、晶が微笑んだ気配がした。分かったと言うように、回った腕に力がこもる。オーエンは抱き返しはしないまま、晶の頭に頬を乗せて、目を閉じた。
    「うっ、重たい……」
     と強制的に下を向かされた晶がうめく。オーエンは、つんとした表情のまま、心の中で呪文を唱えた。
     閉じた視界の中を、細い光の糸が伸びていく。視覚を鳥のように飛ばして糸を辿る。曲がりくねった路地を抜け、大通りを走る。民家の隙間の、私道か公道か分からないような道を通ったところにある、うらびれた家屋の前で糸は止まった。
     家屋には目眩しの結界が張られている。魔法使いの家らしいがーーオーエンの敵ではない。粗雑に編まれた結界の隙間から、そうっと視覚を侵入させる。
     外見の期待を裏切らず、室内も相当に荒れていた。少し体重をかけただけで踏み抜けそうな床板。一番奥には使い古された暖炉があり、冬を越した灰がそのまま残されてある。隅には麻袋に詰め込まれた金品が寄せられ、三人の男たちは酒を片手に、一つ一つを検分していた。
     ーー見つけた。
     晶の指輪を見つけて、オーエンは口端を吊り上げた。指輪は息苦しそうに、男の手に握られている。感覚をもっと研ぎ澄ませると、彼らの声が聞こえてきた。
    “良い指輪だ。今日一番の収穫じゃねえか”
    “昼間、通りを歩いてた女から盗った。カワイイ黄色の服着て、お友達とお喋りしながら、でかい顔して歩いてやがった。今頃、必死になって探してるぜ”
    “明日売っ払っちまおう。ああ、酒がうめえなあ”
     盗人たちは楽しそうに乾杯を交わしている。飛び散った酒の泡が指輪に付くたび、つまみのオリーブを触った手で、指輪をこねくりまわすたび、ふつふつとはらわたが煮えくり返る。オーエンは全てを飲み込むように深呼吸をしてーーそっと目を開いた。ふっつりと盗人たちの声が途絶え、夜闇が優しくオーエンを迎える。
    「あーあ、疲れた。おまえのせいだからな」
    「う……、心配かけてすみませんでした……」
    「は?してないけど」
    「……じゃあどうして迎えに来てくれたんですか?」
    「……別に。そろそろ甘いものが食べたくなったから」
     右に左に、オーエンの視線がさまよった。苦し紛れの誤魔化しを、すぐに晶は見破った。
    「家にショートケーキがあったと思うんですけど」
    「知らない。ケルベロスが食べたんじゃない?」
    「お腹壊しちゃいますよ……って、一人で帰ろうとしないでください!」
     体を離して箒に乗り、今にも一人で飛び立ちそうなオーエンの後ろに、晶は慌てて乗り込んだ。そうすれば、二人はすぐに重力とは無縁になる。
     晶は遠く小さくなっていく街並みを眺めながら、オーエンの腰に手を回した。揺れのない飛行は、ゆりかごの中にいるように安心できて、急に眠気が襲ってくる。「あとおまえ、しばらく一人での外出禁止だから」というオーエンの言葉に、頷く気力もない。
    「おい、寝るなよ」
    「ん……はい……」
     その時すでに、晶の意識は夢の世界に旅立っていた。手間のかかる奴だな、とオーエンは本日二度目のため息をついて、晶が落ちないようにしてやった。
     揺れを抑えながら、密かに箒のスピードをあげる。なぜなら今夜は晶を家のベッドに寝かした後、もう一度箒を飛ばさねばならない。晶を泣かせた連中に、明日の朝日を拝ませない、大事な大事な予定だ。
     オーエンは晶に何も話さなかった。盗まれたと知っても晶が傷つくだけだ。大事なのは、明日の朝には指輪が戻っていること、それだけだ。
     傷を舐める獣のように優しく、オーエンが晶の薬指を撫でる。清められた指は、白くけがれない。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😍💯💯👏💞💞💞💖💖👏👏❤💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works