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    okusen15

    まほ晶が好き

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    okusen15

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    オー晶♀・後編 
    モブに対する残酷表現があります

    銀の残影 祝杯が乾くことはない。飲み干したそばから、新たな酒が注がれ、男たちの口元に運ばれる。一室の片隅に山と積まれた金品が、明日には懐を温めている。その未来図が、男たちを浮き足立たせていた。
     宴は続く。各々が盗ってきたものを、魔法の灯りに照らしながら、持ち主がいかに愚鈍で間抜けだったのか、大げさな身振り手振りを交えて、自慢げに解説している。盗ってきた物が、高価な品であればあるほど、品評会は盛り上がった。
    「ーーそうして手に入れたのが、この指輪ってわけだ」
     歓声がわっとあがり、杯をぶつけ合う音が響く。家には結界と、防音の魔法をかけているので、遠慮をする必要はない。もっとも魔法をかけていなくとも、遠慮などしなかっただろうが。
    「この繊細な彫りを見てみろよ。ブランシェットの品に勝るとも劣らねぇ」
     今日一番の成果を出した男が、指輪を見せびらかした。彼の頭に巻かれたターバンの飾りが、涼やかな音を立てる。仲間の二人は物珍しそうに指輪に、顔を寄せた。
    「見せてみろよ。へぇ……、プラチナとタンタルか」
    「かってぇタンタルに彫りいれるなんざ、そこらの店じゃ扱ってないな」
     プラチナの白銀と、タンタルの灰色。二つの細いリングが、クロスを描きながら組み合わさっている指輪は、男達の手を順繰りにまわった。ターバンの男の手に戻ってくる頃には、指輪は男達の指紋で輝きを鈍くしていた。まるで、彼らの未来を暗示しているかのように。
    「なんて書いてあるんだ?」
    「急かすな。よく見えねぇだろ。えっと……あきら……と」
     指輪を灯りに近づけた男は、小さな目をますます細くして彫りに目を凝らした。
    「ーーオーエン?」
    「お前、飲みすぎろ」
    「何をどうしたら人間の持ち物に、北の魔法使いの名前が刻まれるんだよ。貸せ、俺が見てやる」
     その時、ふっと室内の灯りが途絶えた。魔力で灯していた灯りが消えるのは、同じく魔力ででしかありえない。指輪に手を伸ばしかけていた男は隣を見やって、顎をしゃくった。
    「おい、お前ら、悪ふざけはやめろよ。おもしろくねぇぞーー」
    「ぎゃあっ!!」
     突然、隣から悲鳴があがった。ぼとり、とそれなりに質量のあるものが落ちた音と、繰り返される浅い呼吸音とが、宴を氷つかせる。
    「今度はなんだよ!」
    「て、て、手が……!俺の……!」
    「お、おい……!大丈夫かよ!?」
    「くそ……!侵入者か!?」
     スン、と鼻を鳴らした盗賊は、濃い血臭に全身を緊張させた。先程の音は、片手が切り落とされた音だろう。痛みで呻く仲間と、止血を試みようとしている仲間との、二人の前に立った男は、魔道具の短剣を出現させた。
     全身の毛穴が、じわじわと開いていくのを感じる。結界をくぐり抜けて侵入し、仲間の片手を切り落としておきながら、気配すら感じ取れないーー不気味さに。
    「最悪。血がついたんだけど」
     それは、この場の惨事など、気にも留めていない口調だった。舞台の中幕が突然、背後で開いた役者のように、三人は声の方を見た。
     そこには男がいた。室内で唯一、月光がさす場所で、彼はハンカチで指輪についた血を拭っている。窓際に寄せられた椅子に腰掛けて、指輪を月光にかざし、他に瑕疵がないか確認している。月光が、指輪と彼の銀髪を美しく輝かせていた。
    「誰だ、お前……。いや、それよりもいつから……」
     男が短剣を構えても、彼は焦る様子もない。最後に魔法で指輪を清めてから、彼は口を開いた。
    「ーーおまえたちが最後に口にした、北の魔法使い。それが僕だよ」
     ゆっくりと向けられた視線には、嘲りと怒りの火が、はばかることなく燃えていた。ガラスの破片のような鋭い眼差しに、男達の足がすくむ。
     この世で手を出してはいけない人物のものを盗んだ。すぐさま理解した彼らの背筋を、死の予感が走る。
     立ちも近づきもせず、ただ座っているだけなのに、オーエンから放たれる殺気は、男達の生存本能を刺激する。殺気と圧倒的な魔力量の違いから逃れるように、男達は無理やり足を動かして、じりじりと後退した。
    「どこに行くの?ここはおまえたちの家なんだろ」
     三人の中で一番後ろにいた、手負の男の背中が、そっと扉に触れた。不自由な片手でドアノブを探り当て、縋るような気持ちでひねるも扉は開かなかった。
     閉じ込められているーー。それも、オーエンの魔法で。絶望が三人の胸を満たした。
    「とーー、取引を、しませんか」
     このままでは石になる。そう予感した一番前に立つ男は、震える体を必死に宥めながら、短剣の切先を床へ向けた。
    「取引?」
     と、オーエンは口端に嘲りの微笑みをのせたまま、小首を傾げた。
    「お、俺たちが今まで盗ってきたもの、全て差し上げます。もちろん、その指輪もお返しします!だから、どうか、見逃していただけないでしょうか?」
     オーエンの視線が、山積みの盗品に動いた。丸く太った麻袋からは、ゴールドの腕飾りや、宝石のついた髪飾り、豪奢な刺繍のハンドバックが覗いている。質屋に持っていけば、どれも素晴らしい値段がするであろう物の数々だ。少し考えている様子のオーエンに、もしやと男達の胸に希望が湧き上がる。
    「……いいよ。でも、もう一つ欲しい物がある」
    「な、なんでも用意します!言っていただければ、すぐに!」
    「本当に?言葉はもっと慎重に扱った方がいいんじゃない?嘘だったらどうなるか、分からないわけじゃないだろ?」
    「嘘だなんて……!とんでもない!」
     三人全員が忙しなく首を縦に振る。その様子は、中身を良く知りもしないのに、餌をつつく鶏によく似ていた。一体どの鶏からひっ立ててやろうか。そんなふうにオーエンは盗人たちを一瞥して、告げた。
    「ーー僕はマナ石が欲しい。おまえ達の、ね」
    「えっ……」
    「どうしたの?嘘じゃないんだろ?」
    「そ、それは……」
     オーエンは深く腰掛けて、足を組んだ。彼らの恐怖と怯えが、オーエンの牙を研ぐ。なだれ込んでくる負の感情が、力に変わっていくのを感じる。「出来ないのなら、僕がやってあげる」指輪をポケットにしまって、オーエンは呪文を唱えた。
    「〈クアーレ・モリト〉」
     握られていた短剣が、突然するりと抜け出し、手負いの心臓を一突きした。パキン、と薄氷を割ったような音が、間もなく続いた。
    「ひ、ひぃっ……」
    「ふ……ふざけるな!こんなの、取引なんかじゃねぇ!」
     止血を試みていた男に、ターバンとマナ石の欠片が雨のようにパラパラと降り注ぐ。反撃の気力など、湧き上がるはずもなく、男はただそれを呆然と見ていた。
     短剣の本来の持ち主は、最初から取引する気など無かったのだと悟り激怒した。取り繕っていた敬語も忘れて、オーエンを睨みつけるも、短剣は止まらない。
    「なに被害者ぶってるの?被害者はこっちなんだけど」
    「ここまでする必要ねぇだろうが!こっちは全部差し出してーー」
    「あるよ。おまえ達、僕の晶を泣かしただろ。侮辱もした。“カワイイ黄色の服着て、お友達とお喋りしながら、でかい顔して歩いてやがった。今頃、必死になって探してるぜ”だっけ?」
     パン!とまた一つ、割れる音が響く。一人残った盗賊の背後には、二人分のマナ石が、物言わずに横たわっていた。
    「全部差し出すなんて、それでも足りないくらいだよ。おまえ達が僕のように何度も死ねたら、そのたびに、いたぶってやりたい気分なのにさ」
    「こ、の……イカれ魔法使いが!」
    「誰に向かって言ってるんだよ」
     床板を踏み抜く勢いで一歩踏み込むも、オーエンにそれが届くことはない。背後から刃を受けた男は、つま先からマナ石になって、床に倒れ込んだ。床に積もった埃を、肺が取り込んだ頃には、彼は頭までマナ石になって、砕け散った。復習する相手を失った短剣が、三人分のマナ石の真ん中に、墓標のように突き立つ。彼らを埋葬する者も、墓を参る者もいないのに。
     正しさを証明するように、途切れることなくオーエンに降り注いでいた月光は、いつの間にか朝日の光に変わっていた。眩しそうに目をすがめて立ち上がったオーエンは、憂鬱なため息をついた。
    「あーあ、また急いで帰らなきゃ……。晶が起きる」
     今はベッドで眠りこけているであろう晶も、あと一、二時間もすれば目を覚ます。一体、今夜はーーもう今朝だがーー何度箒を飛ばせばいいのか。しばらくこんな激しい移動はごめんだと思いながら、オーエンは箒を取り出した。
     家主が死んだので、盗賊たちの家に元からかけられていた魔法も解かれた。そのうち、近隣の住民の通報で、盗品も元の持ち主の場所に帰るだろう。それまでに、この家を見つけた誰かが、盗品を持ち去らなければの話だが。
     通報までしてやる義理のないオーエンは盗品を無視し、マナ石を踏み越え、家を出た。眠たそうにあくびをするオーエンの後ろ姿を、暖炉に残された、冬を越した灰だけが見ていた。



    「ん……」
     優しい声に呼びかけられて、振り向くように晶は目覚めた。天井をぼうっと眺めていると、昨夜のショックが、じわじわと染み込んでくる。浮かんできた涙を拭うと、頬に冷たい金属の質感が触れた。なんだろうと、と頬から手を離した晶は、息を呑んでベッドから飛び降りた。
    「オーエン!」
    「なに、朝からうるさい」
     ネグリジェの裾をはだけさせながら、寝室から居間へと晶は走った。勢いよく扉を開けると、沈没しかけのマシュマロを救出するように、ココアを飲んでいたオーエンが、ちらりと晶に視線をやった。
    「これ!」
    「近い」
     大股で近寄ってきた晶が、左手をずいっとオーエンの目の前にかざした。オーエンは鬱陶しそうに、晶の手を顔の横にずらした。
    「ありがとうございます!探してくれたんですね!」
     晶は気にせず、胸の前で大切そうに、左手を握った。その薬指には結婚指輪が戻っている。素直な感謝と好意が、どうにもむず痒くて、オーエンは顔を背けた。
    「別に……」
     探してない、と嘘と分かりきった否定をするのも、喜びで上気した晶の笑みを見ていると、なんだか馬鹿らしくなってくる。誤魔化すように、オーエンは再びマグカップに口をつけた。
    「本当に嬉しいです……!どこにあったんですか?」
    「……お前のいた通り。今度からは失くさないように、紐でもくくりつけとくんだね」
    「そうだったんですね……。あの時は暗くてよく見えなかったから、見逃してたのかな……?」
    「そうなんじゃない」
    「ごめんなさい。今度からしっかり身につけておきますね」
    「ふん」
     そう言って、オーエンはこっそりと、晶に守護魔法をかけ直した。以前のものは、攻撃や呪いから守ることに特化したものだったが、今かけ直したものは、盗みや、悪意ある行動からも守るものだ。晶は何も気がつかず、ただ、再度戻って探してくれた喜びに浸っていた。帰る前に魔法で見つけ出さなかったのは何故なのか、そんな考えは浮かび上がりもしなかった。
    「今日は気合を入れて、朝ごはんを作りますね。何食べたいですか?」
    「生クリームと、はちみつたっぷりのパンケーキ、イチゴと砂糖が入ったヨーグルト、ココアももう一杯つくって。マシュマロ入りで」
    「分かりました。腕によりをかけますね!」
     袖をまくった晶が、パンケーキの粉を取り出そうと、戸棚に白い腕を伸ばしている。オーエンは徹夜明けの眠気をこらえながら、肘をついてそれを見守った。晶の鼻歌が、オーエンの口端を持ち上げさせた。春の陽気に満ちた部屋で、揃いの指輪が、春光に柔らかく光っていた。
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