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    nu_htrgoto

    ここが墓場

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    nu_htrgoto

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    夏虎/からあげをいっぱい食べるふたりのはなし。

    『それは、幸せの重さ』

    「君のせい」「君のせいだよ」

     目の前にいる傑さんがちょっと不機嫌そうな顔をして、大皿のから揚げをひょいと箸で持ちあげると、それ越しに俺をじぃとみつめながら言った。
     口のなかの飯を咀嚼して飲み込んでから「なにが?」と首を傾げる。
     一体なにが、俺のせいだというんだろう。
     朝は忘れずにお弁当を手渡したし、なんなら中身は傑さんの好きなおかずだったはず。切れかかっていたトイレットペーパーはちゃんと補充したし、干していた洗濯は冷たくなる前に取り込んだ。
     夕飯だって、疲れて帰ってくる傑さんが美味しく食べられるようなタイミングで出来上がるように作った。前に美味しいね、といってくれた、俺とっておきのから揚げだ。
     うん。思考を巡らせても、「君のせいだ」と言われるようなことはなにも浮かばない。

    「なにが俺のせいなの?」

     俺のちっぽけな頭で考えたところで、答えに辿り着くには時間がかかるので、ここは潔く、聞いてしまったほうがはやいのだ。

    「心当たり、全然ないんだけど」

     傑さんはぐあと大きな口を開ける。そうして目の前に持ち上げていたから揚げを、白米と一緒に押し込んだ。
     口いっぱいにもぐもぐと頬張る姿は、普段の丁寧な物腰からは考えられないくらいに豪快だ。
     それが嫌だとか、そういうんじゃなくて。俺の作ったものを、こんな風に食べてくれる姿をみるのは単純に、嬉しい。と、俺は思っている。
     それに傑さんがこうやって、うまそうに飯を食っている姿はなんだか無防備で、すごく好きなのだ。

     また傑さんがから揚げに手を伸ばす。こうなったら答えが返ってくるのは、もう少し食べ終わった後だろう。それまで俺も飯をつつきながら、目の前の幸せそうに頬張る傑さんをみつめながら待つことにした。



     ごっくん。と口の中のものが腹におさまると傑さんはようやく口を開いた。

    「悠仁のつくる食事が美味すぎるのがいけない」
    「えぇ?そういうこと?」

     思ってもみなかった斜め上の答えに、俺は思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
     だって文句かなにかが飛び出すと思いきや、飯が美味いだなんて、それはただの褒め言葉じゃん。

    「ええと。 ありがとう?」

     そう戸惑いながらもお礼を述べれば、目の前にずいと一枚の紙ペラが突きつけられる。
    「なにこれ?」
    「会社の健康診断、の結果だよ」
     けんこうしんだんの、けっか。
     傑さんの言葉をそのままオウム返しをして、もらった紙に目を通していく。
     なんだろう?俺が作る飯のせいで結果が悪かった?糖尿病?高血圧?
     ――まさか、重大な病気!?

    「……って、なんだよ!オールAじゃん!超健康優良児じゃん!」
    「そうだよ、オールA。なにも問題ない」
    「心配して損した!」
    「なんの心配したんだい?」
     きょとんと首を傾げる傑さん。俺は大きくため息をついた。それと一緒に力が抜ける。脱力した声で「でぇ?問題ないこれがなに?」と聞けば、傑さんはむっと眉間に皺を寄せた。
    「よく見て。体重が増えているだろう」
    「体重ぅ? …あぁ、ほんとだ。五キロ?でも毎日みてるから全然わからんね」
    「最近スーツがキツイかなって思うことがあったんだけどね。まさかこんなに体重が増えてるなんて」
    「別に太り過ぎとかじゃないからいいじゃん」
    「自分のなかの適正体重ってものがあるだろう。そのくらいだと身体が軽いとか。今回の結果だと、私はそれをオーバーしてる」
    「はぁ」
     なんでもいいじゃん。という出かかった言葉は、から揚げと一緒に腹におさめた。面倒なことになるのが目に見えてたから。

    「悠仁が作ってくれるものは、なんでも美味いからつい食べすぎてしまうんだ」
    「じゃあ食べる量減らせば?よそう量も、少なくしよっか?」
    「それは嫌」

     もうじゃあ勝手にしてくれと、白けた顔で俺はまたひとつから揚げを口に放り込む。傑さんは、葛藤するように難しい顔して、またから揚げに箸を伸ばした。
     きっともう食べるのをやめておこうかな、とでも思ったけれど、食欲に負けてしまったというところだろう。
     噛み締めるように、もぐりもぐりと口を動かして、ごくんと喉を上下させた。

    「私さ」
    「うん?」
    「悠仁と一緒に暮らし始めるまで、食事はただ生きるために仕方なくする行為、くらいにしか思ってなかったんだよね」
    「うん」
    「栄養がとれればなんでもいいから、ゼリー飲料とかばかりだったし。それこそ美味しいとか、不味いとか、そういうのってわりとどうでも良かったんだ」
    「ふぅん」
    「でも悠仁と暮らしはじめて、悠仁の作ってくれたご飯を一緒に食べて、はじめて食事が楽しいって、美味しいって感じたよ」
    「……ふぅん」

     素っ気ない返事したけれど、多分嬉しくてあがる口角は隠せてないと思う。その証拠に目の前の傑さんはクスクスと笑った。

    「…じゃあ一緒に運動する?」
    「おや、それは今夜のお誘い?」
    「違ぇよ!」

     からかうようににんまりと目を細める傑さん。俺はむぅと口を尖らせ大皿を自分の方へ引き寄せた。

    「はい、そんなこという傑さんはもう没収です」
    「あぁ、私の唐揚げが」
    「終わりです」

     未練がましく手を伸ばそうとしたけれど、ぴしゃりと言い放ち皿を持って立ち上がる。背中からは未だに呪詛のように傑さんの「私の唐揚げ」、「ちゃんと明日の弁当に入れて」という声が聞こえるがそんなのは無視だ。

    「あ、それから。 悠仁、いつもありがとうね」
    「…おう」

     まったくずるいんだ。傑さんってやつは。

     ……仕方がない。次の週末にはいつもよりふたりで早起きをして、それからランニングにでもでかけよう。




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