逢瀬はまどろみのなかで「先生、今日はありがとう!」
隣にいる悠仁はちょっと覗き込むように僕をみあげると、二カリと眩しいくらいに笑った。
「どういたしまして。楽しかった? 初デート」
と僕も笑って問いかければ、悠仁はほんのりと頬を染めて、「へへ、うん!」と大きく頷いた。
それに年甲斐もなく心臓の辺りがむずむずとして、繋がった手にきゅうと力を込めれば悠仁は一瞬、動きを止めて。けどすぐに子どもがするように、ぶんぶんと大きく手を揺らす。
「でもさ、先生が食べたがってパンケーキ屋、人がいっぱいで行けなかったの残念だったね」
「平日でもあんなに混むんだね~。けど、その代わりにおいしいたいやきに巡りあえたから結果オーライだよ」
「えー、でも先生、めっちゃ楽しみにしてたじゃん。それに、俺も食べてみたかったし」
少し拗ねたように口を尖らせる悠仁。それに僕はふ、と頬を緩める。
「じゃあさ、また行こう」
「また?」
「そ、また」
悠仁は、ちょうど僕たちの真上にある月のような瞳を向けた。自然の柔らかい光が差し込んで、優しくきらきらと輝いている。
「そうだよ。なにもデートは今日が最後じゃないんだから。むしろ今日は初デートだよ? 僕たちは始まったばっかり。これから、たくさん色んなところにさ、行こうよ。 悠仁はどっか次に行きたいところ、ある?」
「……遊園んち、とか?」
「いいねー! 学生って感じ」
「なにそれ、馬鹿にしてンの?」
「いいや、全然」
「じゃあ逆に、先生はどこに行きたい?」
「えぇ、そんなすぐ思いつかないな。 だって悠仁といたらどこだって楽しいもん、僕」
んぐ。と息の詰まる音がした。隣の悠仁が耳まで真っ赤にしたのをみて。それがたまらなくかわいくて。クツクツと喉を鳴らせばじとりとした目で僕を見上げてくる。
「わざとかよ」
「さぁ?」
タチ悪。と悠仁は怒ったように言うけれど、繋がった手は離されやしないのだ。
そんな風にして歩く帰路は、いつもの飛んで帰るよりもずっとあっという間で、もう別れの分岐点はすぐそこだ。
「……先生、今日はホントにありがとね。 めっちゃ楽しかった!」
「僕も、めちゃくちゃ楽しかったよ」
手を離さなきゃ、とは思っているけれど。どうにも名残惜しくて、離すタイミングを逃し続けている。僕も、悠仁も。
明日だって普通に顔をあわせるのにも関わらず、今日という日が終わってしまうのが、すごく、嫌だった。
それでも、ずっとこのままでいるわけにもいかない。そう示し合わせたわけじゃないけれど、僕と悠仁は同じタイミングで、惜しむようにゆっくりと、繋いだ手を離していった。
まだ、手には悠仁のぬくもりが残っている。それが余計に、別れがたさを膨れ上がらせるのだ。
お互い、きっと同じことを思っているんだろう。正面に向き合った僕らは、瞳を重ねて、ふ、と笑いあって。お互い、片手をあげた。
「それじゃあ」
「うん」
――またね。
* * *
ゆっくりと。意識が浮上していく。
覚醒しきらない頭を持ち上げて、徐々に耳から頭へと届き始めたスマホのアラームを止めた。
ほのかに霞む視界をクリアにしようと、ぐしりと目を擦れば、僕は自分の瞳が濡れていること気がついた。
なんだろう。……なにか、夢でもみていたんだろうか。
けれど。
「なんの夢、みてたんだっけ」
ただ、胸に残るのは。誰かのあたたかなぬくもりと。ほんの少しのさみしさだった。