リレー小説・ショタおね→歳の差五夏♀ ⑤十年分つもり積もった初恋の欠片たち。
その気持ちはまるで夜明けに輝く金星みたいに、幼い僕にとって唯一のお守りだった。
それなのに、いつの日か心の奥底で、埃をかぶせて忘れようとしていた。
傑が好きだった。大好きだった。あの頃の僕のすべてだった。
そして今、大人になった僕の隣には、何も変わらない彼女がいる。
甘くて、切なくて、愛らしいあの感情が、再び僕の中できらきらと輝きを取り戻していた。
「ハァ、傑……すぐる……ッ!」
涙を堪えながら半ば飛びつくように、柔らかな身体へと覆い被さる。白い首筋から薫るのは、清潔な石鹸の匂い。あの頃と同じ、傑の匂いだった。
濡れた唇にキスをしようと迫りながらも、臆病な童貞の手は震えていた。ああ、ダッセ。
何度も深呼吸を繰り返してから、改めて桃色に艶めく唇にかかる髪に手を伸ばす。
こんな所もあの頃のままで、思わず笑みが溢れる。なぜかひと房だけ垂れ下がった、変ちくりんで可愛い前髪を直してやろうとすると、制するように手のひらが重なる。
「んッ……。こら、悟……。おいたが過ぎるよ……」
ゆっくりと瞼を開き、柔らい微笑を浮かべる。彼女が起きていたと知って、たちまちカアっと顔が熱くなる。
傑はくすりと笑うと、「ねえ、何の悪さをしてたんだい?」と悪戯っぽく囁いた。
子供の頃に散々あしらわれた会話が蘇ってきて、胸の奥が古傷みたいにちくりと痛む。僕は唇を尖らせて、ちょっぴり不貞腐れた気持ちになった。
「傑は僕にこうされるの嫌?歳下のガキは男として見れない?僕のこと、嫌い?」
「寝込みを襲うなんて悪い子だ。私を質問攻めにする前に、何か言うことがあるんじゃないのかい?」
言葉とは裏腹に、傑は僕の首に両腕を回す。
鼻息がくすぐったいくらい、至近距離に抱き寄せられる。
「うっ、なんだよぉ……。そんなん、ガキの頃に数えきれないくらい言ったじゃんか……!」
「ふふっ。でもね、大きくなった君からは、まだ言われてなッ」
もう、僕は限界だった。傑の言葉が途切れる前に、気がついた時には唇を重ねていた。
「ん……ッ、んん……」
可愛らしい声と共に、僕の背中に細い腕が回る。
まるで奪うように乱雑に重ねたのに、柔らかな唇は拒むことなく受け入れてくれた。
あんなにも恋焦がれた、艶っぽい大人の唇。だけど今は、僕と同じで少しだけ震えていた。
ふたつの唇の間に、銀色の糸が引く。改めて愛おしい彼女の顔を見つめて、ひとつ呼吸をした。
「傑が好き。大好きだ。今でもずっと、オマエを忘れらなかった。だから、“俺”と……」
つい一人称が乱れてしまうくらいには、焦っていた。それなのに、続く言葉を口にしようとして、何故か詰まってしまう。付き合ってとか、結婚しようとか、それらしい言葉はいくつも思い浮かんだし、そのどれも気持ちに偽りはなかった。
「悟……。どうしたんだい……?」
でも、これ以上ぴったりの言葉なんて今の僕には見つけられない。
「十年かけて、俺……いや僕は傑のために大人になったよ」
一人称を元に戻す。これは、俺から僕へ、子供から大人へと成長した証だから。
「だから、これからは僕だけの傑になってよ……」
切れ長の目が大きく見開かれる。やがて目尻に、綺麗な涙が溜まっていく。間もなくして、宝石のようにぽろりと零れ落ちた。指先で拭ってあげると、傑はゆっくりと表情を崩していく。彼女のチョコレート色の瞳がとろりと蕩けたように見えた。
「いい男になったね、悟。いいよ、おいで……」
傑は再び仰向けになると、こちらへと両手を伸ばしてくる。
僕が口を半開きにしてぽかんとしていると、傑は再び悪戯っぽく微笑んだ。しかし、彼女が口にしたのは、僕を揶揄う言葉ではなかった。
「これから、悟を大人の男にしてあげるよ……ね、だから早くこっちおいで?」