【つのしっぽ子竜シリーズ】月夜の幻想にんげんのどなりごえと、
かあさんのひめいと、
とうさんのいかづちのおとが。
すなぼこりをまきあげて、
──────
「ーーっっ!!」
夢と現実の区別がつかないまま、子竜は跳ね起きた。
身体の震えが止まらない。怖い。
ここにいたら、にんげんに捕まってしまう。
とうさんの言いつけ通り、逃げなければ。
月明かりがほんの僅かに地を照らす、真夜中に。
子竜は小屋を飛び出した。
どこに逃げれば良いのか、全く分からないまま。
ただひたすらに走り、気づけば浜辺へと着いていて。
あの時のように船はない、それならば。
無我夢中で子竜は海へと飛び込んだ。
泳ぎ方は分からない。それでも。
逃げて、生きろと言われたのだ。
最初こそ泣いて拒否したが、父に強く諭された。生きてさえいれば、必ずまた会えると。
「ダイ!!!」
不意に、声が聞こえた。
沈みそうになっていた身体が引き上げられる。声の主は、子竜を抱きかかえて何とか岸まで連れ戻した。
「……っまだ泳ぎも教えてねぇのに……どうしたんだよ……海の向こうに呼ばれでもしたか……?」
ひぃはぁと息を乱しながら声の主である少年が問いかける。
救い出された子竜は海水を飲んだのか、砂浜に両手をついて苦しげに咳き込んでいた。
お互いに呼吸を整え、落ち着くまでの間。
月は変わらず地を照らしていた。
「……ぽっぷ ごめん」
子竜の口から、覚えたばかりの単語が吐き出されるまでそれ程時間は掛からなかった。
つい先日、急激に身体が成長した子竜は言葉を操れるようになっていたのだが。発音はまだまだ辿々しく、今までのように喉を鳴らしたり唸ったりすることのほうが多い。
「お前が無事ならいいよ。真っ暗な海に突っ込んでくお前を見た時は流石に焦ったぜ……」
はぁー、と空を仰ぐ少年の隣で、子竜は項垂れていた。
正座した膝の上に置かれた両の拳はいまだ強く握られたままでいる。
混乱して小屋を飛び出したあの時よりは落ち着いたし、今ここがどこで自分がどのような状況にいるのかまではきちんと整理できていた。
けれど、一連の行動を起こした理由を彼に伝える術がない。言葉にする力が圧倒的に足りなかった。
そんな子竜の様子を見た少年は、いつものように頭をくしゃりと撫でてやる。
「……ひとまず、うちまで戻ろうぜ。なんか理由あんだろ?教えてくれんのは話せるようになってからでいいからよ」
月明かりの下で、手を差し伸べてくる少年を。
子竜は金色に輝く瞳で見つめていた。