某菓子ゲームをする(?)使徒達「ポッキーゲーム?」
恒例となったレオナの午後のティータイムの相手を務めながら、ダイはその言葉を口にした。
ポッキーというのは、ベンガーナ発祥の、今は各地で若者を中心に人気となっているお菓子のことだ。
プレッツェルを細く焼いた物にチョコレートをかけたその菓子に、近頃レオナも嵌っているらしく、今日のティータイムのお供としても出されていたのだった。
「そう!今若い子は、ポッキーを買ったら絶対にコレをするらしいの!すっごく盛り上がるんですって!」
「そうなんだ……!」
何やら熱の篭ったレオナの言葉に、ダイは余程楽しいゲームなのだろうと興味が湧く。
「それってどんなゲームなの?」
そう、彼は聞いてしまったのだ。
「……知りたい?」
ワクワクとした表情でレオナに尋ね返され、ダイはこくんと頷いた。
「んっふっふ〜。じゃあ教えてあげるわ。あのね、まずポッキーを咥えて……」
「うん……」
猫撫で声のレオナに言われた通りにダイがポッキーを咥える。
そしてレオナが無防備な彼に近づこうとしたその時だった。
コンコンコン、とノックが響き、「失礼します」とアポロが入ってきた。
「姫、そろそろお時間が……」
「ああん、もうっ!アポロったら!!もう少し空気を読んでちょうだいっっ!!」
「えっ!?あ、あの、私は……」
「あっ、もうそんな時間かぁ。レオナ、じゃあおれ、行くね」
ポリポリとポッキーを咀嚼しながら、ダイがご馳走様と言い席を立つ。
はぁ、と酷く残念そうに溜息をついたレオナは、テーブルに置いてあったポッキーの箱をダイに手渡した。
「ええ……またね。これ、良かったら持って行って」
「いいのかい?ありがとうレオナ」
手土産を持ち、ほくほくとした顔でダイはレオナの執務室を後にした。
閉じられた扉の向こうでは、レオナが盛大な文句をアポロにぶつけていたが、厚い扉に阻まれ、ダイの耳には届かなかったようだ。
ポッキーの箱を手に、ダイは先程レオナに聞いた言葉を思い返した。
──結局ポッキーゲームってどういう事をするんだろう?
うーんと首を傾げたが、ちっとも思い浮かびそうにない。
こんな時は、兄弟弟子に聞くのが手っ取り早いだろう。
そう思った彼は、早速行動に移すことにしたのだった。
「あっ!いたいた、マァムー!」
最初に声をかけたのは、姉弟子であるマァムだった。
「あら?どうしたの、ダイ。私に何か用事?」
「うん。あのさぁ……マァムはポッキーゲームって知ってる?」
手に持った箱をマァムに見せながら、ダイは尋ねる。
「ポッキーゲーム?なあに、それ?」
「そっかぁ……マァムも知らないのかぁ」
少し困った顔をしたダイに、マァムは返した。
「ええ、残念だけど。ダイは知ってるの?」
「名前だけレオナに聞いたんだ。すっごく盛り上がるんだってさ」
「へぇ。何だか楽しそうね!」
「だろ?ポッキーを咥える所からスタートするらしいんだけど……」
「うーん……そうねぇ……」
ダイの話すヒントを元に、マァムはポッキーゲームなる物を考える。
──ポッキーを咥える、つまり食べるってことよね……。すごく盛り上がるって言うけれど、盛り上がると言えば……。
「もしかしたら……!」
ピンと閃いた様子のマァムに、ダイが食いついた。
「何?分かったの、マァム?」
「ええ……あのね……」
それから少しして──
ダイは封の開いたポッキーの箱を手に、再び歩いていた。
兄弟子にも聞いてみよう、そう思ったからである。
程なくして、彼は見つかった。
「ヒュンケルー!」
「……ダイか。どうした?」
「あのね……」
かくかくしかじか、と先程マァムへしたのと同じ事を兄弟子へ尋ねるが、やはり彼も知らない様子であった。
「ヒュンケルも知らないかぁ……」
「ああ。すまんな……」
「ううん!気にしないで。あ、じゃあヒュンケルはどんなゲームだと思う?」
「ふむ……」
弟弟子に尋ねられ、兄弟子は手を顎に当て考え込む。
──ポッキーを咥える……。盛り上がる……。何だ……?この形状に何か意味が……?
「なるほどな……!」
「え?ヒュンケルも分かったの?」
流石兄弟子だ、とダイは思いながら、彼に先を促した。
「ああ。もしかしたら……」
それからまた少しして──
ダイは先程よりも中身の減った箱を手に、もう一人の兄弟子であるポップの部屋を訪れた。
部屋に入れてもらい、手に持った箱を見せる。
「あ?何だよ、ポッキーじゃねえか」
「そうだよ。レオナに貰ったんだ」
「そうか。でも随分少ねえなぁ」
「あ、うん。ポッキーゲームしたから」
「……は????」
ポップは固まった。それはそうだろう。
この、純粋無垢なまだお子様の筈のダイから、衝撃的な発言を聞かされたのだから。
因みに、レオナ同様、ポップもまた、ポッキーゲームのルールはしっかりと理解していた。
「おい……今なんつった?」
「だから、ポッキーゲーム。ポップは知ってる?」
「そ、そりゃまあ……。っておれのことはいいんだよ!おめえ、ポッキーゲームって言ったか!?だ、誰としたんだよ姫さんか」
ガクガクとダイの肩を揺さぶりながら、ポップが問い詰めると、ダイはあっさりと、だが更に衝撃的な発言をした。
「ううん、レオナじゃなくて、マァムとヒュンケル」
「マァム……とヒュンケルだと……!?」
思わずくらりとするポップ。
──何だおれの知らねえとこで何が起こってやがるんだ……
パニックになるポップを他所に、ダイはのほほんとした様子でその時の事を語る。
「そうだよ。最初はマァムとしたんだけど、マァムすごいんだよ!おれ、全然敵わなくてさ……」
──マ、マァムがすげえだと……いや、ダメだろ。こいつに手ぇ出すとか……あ、いや……つうかおい、ダイ、おめえマァムの何を知ったんだよ⁉
ポップの心中など知らず、ダイは話を続ける。
「それにヒュンケルも流石だよね。やっぱり経験の差なのかなぁ。ゲームは初めてだって言ってたのに、上手なんだもん……」
──まぁあの面だし、そりゃあ経験はあるだろうよ……って、おめえ、どこまでされたんだよ
がっくりと気落ちするポップに、無邪気なダイが会心の一撃を食らわせる。
「でも二人と沢山したから、おれ、口が疲れちゃったよ」
──嘘だろ……ダイ、おめえ……。
最早泣きそうな顔を浮かべるポップ。彼の脳裏には、これまで想像もしなかったようなめくるめく兄弟弟子の姿が映し出されていた。
「ポップ?どうしたのさ」
一方のダイはきょとんとした顔で彼を見つめた。
「……色々と衝撃的でな……」
「……?ふーん……あ!そうだ!」
何とか冷静になろうとしていたポップだったが、続くダイの言葉に彼は更なる衝撃を味わうこととなった。
「ポップは知ってるんだろ?ポッキーゲーム!おれに教えてよ!」
「……は?」
──おい、おめえ、マァムやヒュンケルだけじゃなく、おれともするつもりなのか……!?
おまえの本命は誰なんだよ、そう問い詰めそうになった彼は、しかしながらダイの言葉に疑問を抱く。
「ちょっと待て……!おめえ、ポッキーゲーム、知らねえのか……?」
「……?うん」
「ポッキーゲーム、したんだろ?」
「こういうゲームなのかな、って予想してやっただけだよ。本当はどうするのか知らない」
「…………」
頭に上りきった熱が、急激に冷めていくのをポップは感じた。
「……二人とやったポッキーゲームの内容、話してみろよ」
「うん、いいけど。あのね……」
話を聞いていくうち、ポップはとてつもなく大きな、甚だしい勘違いをしていたことに気がついた。そして、同時にズキズキと頭が痛くなった。
──ダイはともかく……あの二人、天然すぎだろ!?
ポップが聞いた、ポッキーゲームの内容はこうだ。
マァムが予想したポッキーゲーム……それは、それぞれがポッキーを咥えた状態から、開始の合図と同時に食べ始め、早く食べ終えたほうが勝ち、という──つまりポッキーの早食い勝負だった。
盛り上がる、ということから、どうも武術大会のような力量を競う勝負事だと勘違いしたらしい。
そして、ヒュンケルの方はというと……マァム同様、それぞれがポッキーを咥え、それを剣に見立ててぶつけ合い、折れた方が負け──つまりいつもの修行のポッキーバージョンということだ。
要は二人……ダイを入れれば三人が、全く違うゲームをしていた訳だ。
──ああもう。何なんだよ……。おれの心配を返せ……!
とりあえず、自分が思うような事態にはなっていなかったことにほっとする。が、マァムはともかく、ヒュンケルとは至近距離でゲームをしていたことには変わりはなく、ポップはなんとなく胸がムカつくのを感じた。
──ん?なんだ?何でこんなイライラするんだ?
はて、と首を傾げるポップの腕を、様子を見ていたダイがくいとひいた。
「ねえ、ポップ。教えてよ」
「え」
「知ってるんだろ?本当のルール。どうやってやるんだよ」
「あ……いや……その……」
「?」
あー、うーなどと言いながら、ポップは天を仰ぐ。
──どうする教えんのかいや、こいつにはまだ早え!でも、この様子じゃあ他のヤツにも聞くかもしれねえし……。
可能性としてはレオナが一番高いが、恐らく彼女ならば嬉々としてダイに実践で教えるだろう。
また……胸がムカムカする。
──よし……!
「ああ……じゃあ教えてやるよ。いいか、ポッキーゲームってのはな……」
箱から1本ポッキーを摘むと、ポップは先端をダイに咥えさせる。
「こうやって1本のポッキーを……」
そしてもう片方を、
「両端から食べていって、最後まで離さなかったヤツが勝ちだ」
自分で咥えた。
至近距離で、二人は見つめ合う。
「じゃあ始めるぞ」
ポップがそう言い、ゲームをスタートさせた。
先程とは逆に、今度はダイがパニックになる番だった。
──え。こ、これ食べていったら……ぶつかっちゃうじゃん
ぶつかる……つまり唇と唇が触れ合うということだ。
──ど、どうしようどうしよう……!!
固まるダイを差し置いて、ポップはどんどん距離を詰める。
だが、二人の唇がぶつかるまであと数cmという所で、ぽきりと軽い音がしてポッキーが折れた。
「あ……」
「わかったか?これがポッキーゲームだ。もう他のやつに聞くんじゃねえぞ」
ダイの視線から逃げるように、ふいとポップがダイに背を向けた。
「う、うん……」
「ほ、ほら!おれは忙しいんだから、分かったんなら部屋……戻れよ」
「あ……そ、そうするね……」
二人の態度は何時もよりも明らかに挙動不審だったが、それを指摘出来る者はその場にはおらず、ダイはぎこちなくポップの部屋を後にした。
ぱたんと自室の扉が締まると、ポップは肩の力を抜いた。
「危なかった……!」
何がだよ、と心の中の自分が問いかける。
──そりゃあ、ダイとキスしちまったらマズいだろうが。
何がマズイんだ?
──だって……あいつは男で、可愛い相棒で、まだあんなに小せえのにそんなことしたらおれの理性が……。
自問自答し、ふと気づく。
──なんでおれ、イヤじゃねえんだよ……!
答えは、先程から取れない顔の熱が物語っていた。
頭から離れないのは、先程の彼の表情。緊張で潤んだ瞳、震える睫毛、ピンク色に染まった頬、そして僅かに開いた柔らかそうな唇。
そこに嫌悪感など一欠片もないことに、ポップは気づいてしまった。
頭を抱え、その場にしゃがみこむ。
はっきりと理解ってしまった。何故ポッキーゲームの顛末を聞いて、あれほど感情が揺さぶられたのか。
「ああもう……どうすんだよ、おれ……」
先程とは別の問題に、ポップは悩まされることとなった。
一方、自室に戻ったダイは、扉を閉めるとぺたりとその場にしゃがみこんだ。
「びっ……くりした……!」
先程から心臓がバクバクと煩い。
ポップがこちらに背を向けていて良かったと思う。
こんな真っ赤な顔を見られずにすんだから。
──ポップとキスしちゃうかと思った……!
身長差のせいで下から見上げたポップの顔は、ゲームだというのに真剣な眼差しで、何というかとても男らしい表情で。
──何か……ドキドキしちゃった……。
まだ激しく脈打つ心臓に、落ち着け落ち着けと言い聞かせる。
それでも、ポップの真剣な顔なんて何度も見てきたのに、こんなにも脳裏に焼き付いているのは何故なのか。
たかがゲーム。なのに途中で止めなかったのは何故なのか。
「んんん?……何で……?」
ダイはまだ答えの分からない悩みに、首を傾げた。
終