お題【バレンタイン】元来"なれつも"が信条の大倶利伽羅にとって今年の二月某日は非常に大きな意味があった。
例年この日と言えば、燭台切光忠をはじめ加州や短刀たちから寄越される"チョコレート"をウンザリしながらしぶしぶ受け取り一ヶ月後には素っ気なく返礼の菓子を渡し、その後数ヶ月かけてやっとの思いで大量過ぎるチョコをただ黙々と消費する、それだけのやっかいな催しだった。
だが今回は違う。密かに想いを抱いてきた相手との恋をついに実らせ付き合うに至った、そう山姥切国広がいる。
この日に彼の方からチョコレートを貰おうなどと浅はかな望みは毛頭なかった。自分から嬉々として贈り物をしてくる性格でないのは端から承知している。ただ、山姥切も大倶利伽羅同様貰ったチョコは無下にせずきちんと返しているのも知っていた。
それで、だ。いっそこちらから渡せばいいのである。順番など些細な事だ。
彼を誘う口実ならこのくだらない慣習を利用するのもやぶさかでない。
さて、ならばどんな代物を用意するべきか。思案した挙句、部屋に誘って酒でも飲みながら摘めるような小粒の……どうせなら出来合いではなく僅かながらでも自分の手が入ったもの。
結局不本意ながら燭台切に相談したところ、洋酒に漬けて柔らかくしたドライフルーツにチョコをコーティングしたものを提案され、それに決めた。
これで少しでも……いや、現状に満足していない訳では決してないのだが、もう少しだけ関係を進展させたい。なにせ半年以上経つのにキスとハグ、それさえまだ数える程しかしていない。懸命に受け入れようとしながらも明らかに緊張しているのが分かる、その初心な反応も可愛らしくはあるのだが……。
まあアイツは奥手だからな。と山姥切の様子を思い出して一人笑みを浮かべる、無自覚だがやはり奥手な大倶利伽羅なのであった。
かくしてバレンタインデー当日。
いつもはチョコまみれになるところだが、今年は大倶利伽羅にも山姥切国広にも渡す者は誰もいなかった。二人の仲はすでに本丸中の知るところであり、邪魔はするまいと皆は彼らの目に付かぬように密やかにチョコの交換会を楽しんだようだ。
そのせいか山姥切は今日という日がそれだと全く認識していなかった。夕食後誘われるままに大倶利伽羅の部屋を訪れてワインを薦められた。濃厚な味と甘みのいわゆる貴腐ワイン。山姥切はことのほか気に入ったようでいつもより若干ペースが早い。頬がほんのり桃色に染まっているのが分かる。
その様子に気を良くした大倶利伽羅は頃合いを見て、綺麗に皿に並べた例のものを彼の目の前に置いた。
「これは……チョコレート、なのか?」
山姥切は艶やかなセピア色のそれを手に取ってまじまじと眺めた。そこでハッとしたように
「そうか、今日はあの日か!」
「まあ、食べてみてくれ」
そう大倶利伽羅に促された山姥切は気を取り直しておそるおそる口に運んだ次の瞬間
「!!」
目が真ん丸に、それからゆっくりと味わいながら咀嚼して全て飲み込んでから
「これ……美味いな。多分今まで食べた中で一番だ」
「お褒めに預かり光栄だな」
笑みを含んで応えると
「これは……あんたが?」
「お前のためだけに、な」
多少照れながらもしっかりと彼の碧い瞳を見つめて大倶利伽羅は言った。
「嬉しいな……ありがとう、伽羅」
酔いも手伝ってか、いつになく素直に気持ちを伝えてくれた山姥切。普段は伊達の者達に遠慮してなかなかしてくれない"伽羅"呼びも。大倶利伽羅は胸に温かな思いが満ちていくのを感じる。それで十分だった、が更なる驚きの出来事がもたらされた。
さくらんぼの入ったチョコを摘んでそれを素早く口にくわえた山姥切が、そっと大倶利伽羅の口内に差し入れてきた。直後に柔らかく温かな感触。つまり、口移しで。
何が起きたか判然としないまま、大倶利伽羅はほろ苦さを纏った甘い果実をぎこちなく飲み込んだ。
一方山姥切は少し身を離して悪戯っぽく上目遣いで
「また日を改めて礼はするが、今日のところはこれで勘弁してくれないか?」
その破壊力たるや。衝撃から辛うじて自我を取り戻した大倶利伽羅は、そのまま離れていこうとする山姥切の手を掴んで深く抱き寄せた。肩に顔を埋めながら
「ああ。待ってる」
と返答すると、いつもはただされるがままの山姥切が躊躇いがちに腕を背に回し、初めて抱き返してきたのだ。大倶利伽羅は不覚にも目頭が熱くなりさらに抱く腕に力を込めた。
ああ、俺はどれだけコイツに惚れているのだろうか。
お互いの鼓動と体温がかつてないほど近くに感じる。いっそこのまま押し倒して最後まで致してしまおうか、そんな不埒な考えが頭を過ったその時。
軽い小走りの音と共になんの前触れなく障子が勢いよく開かれた。
「お、おおくりからさ~~ん!!虎さんこちらにきてませんかぁ~~~」
半べそをかいた五虎退だった。一瞬の間の後すぐさま状況を理解したようで
「ひゃあっっ!!すっ、すみません、ボクそんなつもりじゃ……」
「あ、いや、別にこれは」
狼狽えまくる山姥切を宥めて大倶利伽羅は至って落ち着いた様子で
「ここには来てない」と応じた
「探してやろうか?」
「いっ、いえ!それには及びません……その、失礼しました!!」
あたふたと足元にいた虎たちを抱き上げペコりと礼をし去りかけた五虎退が、あ、と思い出したように立ち止まり
「あ、あのっ。ごゆっくり……」
と精一杯気を遣ったであろう一言を置いていった。
そうは言っても。先程の甘い空気も消え失せすっかり酔いも覚めてしまった体だが、何となく二人で顔を見合わせて笑った。
「そろそろ俺も帰る。また明日」
退室しかけた山姥切を大倶利伽羅が引き止めた。
「な、なんだ?」
残りのチョコを手早く包んで手に握らせながら肩を抱き耳元で低く囁いた。
「国広。いつでもいいんだがな……さっきのあれ、もう一度やってくれないか」
目を見開いた山姥切の顔がみるみる朱に染まる。
「あっ、あんたがそう言うなら」
やっとの思いで言葉を絞り出すと足早に去っていった。
てっきり断られるかと思っていた大倶利伽羅はその言葉に大いに満足したのだった。