復刻バレンタイン 吐く息が白く凍る寒さの夕暮れ。高校から帰宅の同田貫正国は自宅の門の前に佇む人影に気付いて足を止めた。随分と長いこと言葉を交わしていなかった、幼なじみの山姥切国広だった。
「……何でこんな所にいるんだよ」
正国は内心の動揺を気取られないよう、敢えてぶっきらぼうに聞いた。古傷の残る強面と筋肉質な体躯も相まって彼をよく知らない人は威圧感を覚える風体。しかし国広は全く臆することなく手にしていた包みを差し出した。
「これ。渡したかったから」
今日という日は所謂バレンタインデー。綺麗にラッピングされた小ぶりな箱の中身は言わずと知れたチョコレート。
「……は?」
「ずっと聞きたかった。小学校の時はこれが当たり前だったのに、どうして中学になってから急に避けられてたのか……」
目深に被ったパーカーのフードの下から真っ直ぐ見上げるその澄んだ瞳には、逃げる事を許さない強い意志がハッキリと見えた。いきなり核心を突いた問い掛けに観念した正国はきまり悪そうに
「……だってよ、なんかお前どんどん綺麗になっていくしさ」
「綺麗って言うな」
「俺みたいなのが傍をウロウロしていたら邪魔なんじゃねぇかと思って」
「……そんなの、勝手に決めるな」
「…………」
「何か嫌われるような事したのかなってずっと……」
ふいに涙ぐんで俯いてしまった国広。
「……悪かったよ」
正国が少し慌てて手を伸ばし包みを受け取った。その際微かに指先が触れ合った瞬間、気付いてしまった。そのあまりの冷たさと同時に自分の気持ちに。
「お前、いつから居たんだよ。風邪ひくから今日はもう帰れ」
「……うん。もう避けたりしない?」
「ああ」
それを聞いてようやく微笑んだその表情は、記憶の中のものと同じようで違うようで。
「良かった……じゃ、おやすみ。正国」
「……おやすみ」
見送った国広の姿は宵闇の中でシルエットでしか分からなかったが、隣家の門に消えていった足取りは心做しか軽やかだった。
(そう言えばあいつ、いつからパーカーなんて着るようになったのだろう)
容姿端麗、運動神経抜群で成績も優秀。それなのにフードを被りいつも自信なさげに俯いて目立たないようにしていた。正国が勝手に気後れして釣り合わないからと避け出した辺りだったかもしれない。
すれ違い続けた空白の時間。取り戻せるだろうか、否、きっと取り戻す。国広の思いもずっと心の底に押さえ付けていた自分の感情もようやく判ったのだから。
一度は途切れてしまった二人の物語がまた、始まろうとしていた。