【節分】 とある本丸。月が冴える如月の夜空を見上げる影が二つ。
今日は節分。昼間は本丸総出で豆まき大会、日が暮れてからは燭台切や歌仙の指揮の下、彩り良く仕上げられた太巻きと御神酒が供され、宴のただ中。一時の間抜け出してきた大倶利伽羅と山姥切国広だった。
特に言葉を交わさずとも、大倶利伽羅は傍らに国広の気配を感じながらの静寂を愉しんでいた。
その時予測だにしなかった事が起こった。
「…大倶利伽羅?」
おや?という様子で大倶利伽羅に視線を向けた国広がそっとうなじの辺りの髪、そう癖が強いその辺りに手を差し入れてきたのだ
ざわり
瞬間、大倶利伽羅は自分でも訳が分からないほどに込み上げてきた感覚に動揺し、身を固くした。それは国広にも伝わってしまい、
「っ……、すまない。驚かせてしまったか」
「いや、問題ない。気にするな」
表面上は平静を取り繕って国広に目を向けるとその手には一粒の炒り豆が。
「昼間の豆が引っかかっていたみたいだな」
と目元を緩ませ微かに笑いを含んだ声で国広が言う。素直に可愛いと思いつつも、俺としたことが何たる失態と憮然とした大倶利伽羅が何か言おうとした刹那、こともあろうに食べてしまったのだ。それを、国広が。
パクリ
と当たり前のように。
ポリポリと子気味良い音を立てて咀嚼された豆が喉を通る様を大倶利伽羅は、まるで夢の中の出来事のように眺めていた。
ようやく国広は自分を凝視したまま固まっている大倶利伽羅に気付いて、狼狽えた。
「なっ、何か俺は不味いことをしたのか?あ!食べたかったのか?豆…」
いやいやそうじゃないだろ!と大倶利伽羅は内心声を上げたいのを辛うじて飲み込み、揶揄するようにいった。
「一つ、余分に食ったな」
そう、それは宴会の前に福豆は歳の数だけ食べなきゃと主が言い出して、いやそれではいくら何でも刀剣男士は腹が弾けてしまうとひと通り皆で大笑いした後に、
それではこの本丸誕生からの年数分を全員で食べて、今後の幸いを祈ろうということにしたのだった。
「鬼になってしまうかもな」
「ああ、そうかもな」
大倶利伽羅がからかっているのが伝わったから、国広もそう答えた。そして不意に距離を詰め、真っ直ぐに大倶利伽羅を見据え
「もし俺が鬼になったら、あんた俺を切ってくれるか?」
大倶利伽羅は瞠目した。
なんという目をしているのだろう。月影でさらに深みを増した彼の瞳の底に、何故かいつもとは違う翳りが見えて吸い込まれてしまいそうだった。思わず両手で頬を包み込み引き寄せる。
「その時は俺も一緒に堕ちてやる」
国広は大きく目を見開いた後パチリと一つ瞬き、頬に当てられた大倶利伽羅の手を外しながら
「はは、それじゃ絶対に鬼なんかにはなれないな」
す、と俯きながら離れていった。
「すっかり冷えてしまった。燗酒でも飲んで温まろう」
そう促して厨に向かって歩き出した国広の瞳に先程の翳りはもうなかった。
大倶利伽羅は少し遅れて後を追いながら。
お互いの気持ちを確かめ合い共に過ごす事が多くなってから結構な時を経たはずだが、国広はまだどこか遠慮がちで堪らなくもどかしく思う。
もっと、もっと触れたい。長く深く。
募る思いを国広の背に向かって呟く。
どうせ堕ちるなら……早く、俺に堕ちてくれ