よるをわたる 夕飯をたらふく食べて、帰宅したのが午後八時。
風呂に入って、髪も乾かないうちにベッドに押し倒したのがおそらく午後九時前。
ズルズルと音を立ててカップ麺を啜ったのが午前一時頃。
ふわ、とあくびをして船を漕ぎ出したのが三十分前。
そして現在午前二時。
簓の膝の上でぐーぐー寝息を立てて眠る空却。テレビの光だけがぼんやりと暗い部屋に点っていた。
空却はタンクトップにパンツ姿で、膝を折り曲げて、丸まって寝息を立てている。それを見下ろしながら、床に放られた上着を手繰り寄せた簓は、ゆっくりとそれを空却に被せた。
テーブルの上に置かれた箱から煙草を一本取り出して咥える。
ジッポは……、と。
テーブルの上を一瞥するが、無い。ぐるりと記憶を辿るが、箱と一緒に置いていないのなら、おそらく事務所のデスクの上。
コンロで着けるか、とも思ったが、空却が膝で盛大な安眠をカマしているのでそれも叶わず。
ハァ、と溜息を吐いて、箱に煙草を戻そうとしたところ、テーブルの下にグシャッと丸まったシャツの下に、真っ黒の紙マッチが転がっていたのに気付く。
ラッキー! そしてセンキュー! ここに放り投げた数日前の俺
どこかのホテルの名前が入ったそれを手に取り、マッチを千切って蓋で挟む。それを引っ張ると、静かに火が灯る。音を立てながら煙草に火を移して、手早くマッチの火を消す。それをゆっくり吸うと、たちまち脳が。身体が。多幸感に包まれて肩の力が一気に抜けた。
……この一瞬のために生きてるようなもんやな。
毎回コレを思う俺の脳細胞は三種類くらいで構成されてるのでは、と思ってしまう。
簓は、自分の吐いた紫煙がぼんやりと暗闇にくゆる様を見上げながら、もう片手で空却の髪をゆるりと梳いた。
テレビからは実のない笑い話。内容は右から左へ。頭には全く入ってこなかった。
コレ吸い終わったら寝るか。
そう思った矢先、膝のあたりで身じろぎ。煙草の灰が落ちそうになり、慌てて灰皿代わりにしているせいで吸い殻でぎゅうぎゅうになった小皿を手に取る。
セーフ。危うくまた畳を焦がすところだった。
「……ん、ァ? ……オメー、まだ、寝てねーのかよ」
掠れた声。うっすらと開けた瞼から金の瞳が覗く。
「もう寝るで」
ぎゅうぎゅうの灰皿に持っていたものを詰め込んで、火をもみ消す。もうとっくにそれはキャパオーバーを迎えていて、いつも捨てなければと思いつつ、そのままにしていた。
「そー……かよ」
微睡のなか、ゆっくりと瞬き。それでも眠いのか、瞼がゆっくりと下りる。
「おねむさんやな、……てしゃーないか」
背にしていたベッドの上で乱れっぱなしだったシーツを適当に整える。
「ほら、空ちゃん起き! こっちでネンネするで」
そう言って、空却をゴロンとベッドに転がし、簓自身もその横に転がった。
いつも狭いだの、硬いだのお互い文句を言っていて、そのうち買い換えるかと思いつつ、そのままにしていたのをふと簓は思い出した。
ま、そのうち。
そう思いながら、卓上のリモコンに手を伸ばして、未だに笑い声を上げるテレビの電源を切った。
相変わらずスヤスヤと安らかに空却は寝息を立てている。
簓はゆっくりと目を閉じて、一つ息を吐き、どこからともなく込み上げてくる眠気に身を委ねた。
午前三時頃のことだった。
終