るりちぇり 初夏、うんざりする程の日ざしが肌をじりじりと照り向ける。気付かぬ間に肌を濡らしていた汗が、防水性の絆創膏をするっと避けて流れ落ちる。まだ夏は本番では無いというのに、この調子では来月の自分がちゃんと生きているかすら、ひどく不安になってしまう。
「ねぇ、どうしてこんなに暑いんでしょうかね…」
「知らなぁい……」
きっちりまとめられたヘアアレンジから長く伸びている蒼髪が風に吹かれて揺らぐ。頼れる相方のヤヨイが動きを止めて、それはそれは暑そうに手を団扇みたいにして動かす。我慢強い方である彼女が愚痴をこぼすのは珍しい、きっとこの暑さには勝てなかったのであろう。
それでも絶対に休んだりしないのはいつも通りだ。魔法少女としてのこだわりが強い故に、見つけた仕事は全てこなそうとする姿勢にはちょっぴり尊敬するけど、本当に無理をしていそうに見えるときがあるから直してもらわないとそろそろ困る。自分ならめぼしい報酬の依頼だけ受けて、他は全部無視するのにヤヨイは対照的に片っ端から受けていく。人助けにやりがいを感じる程まっすぐな人間ではないからと流しているが、いつも一緒に行動する相方として少々肩身が狭い思いをするのは、少なくはない。
「ヤヨイはさぁ、ちょっぴり休もうとか考ないの?」
「たぶん…駄目。……あたし、魔術師さんとの約束があるから休んじゃいけないわ……」
「だーめ、適度な休憩が効率的なお仕事をこなすコツなんだよ。とりあえず来て来て」
陽の光の差さない木影まで、ヤヨイの手を引っ張って歩いていく、こうでもしないと彼女は休もうともしないから。コンビとして、相棒として、サポートするのが本業だ。自分に与えられた役割を全うするのは当たり前だが、そもそも彼女は一人にしてはいけないタイプだ。
『あたしがやらなきゃいけないの』
ヤヨイの口癖。こう言ってなんでも一人で抱え込む癖が彼女の長所であって、短所でもある。
たかが年頃の女の子が。ありふれた普通の、特に変哲もない魔法少女なのに彼女が『世界を守る』なんてスケールの大きなことを願いにするのは、少し変な話だと思われるかもしれない。言ってしまえば、自分もすこし変だと思っているところはあるけれど、それがヤヨイにとっての生き甲斐であるのなら。大切な友達の願いを手伝うことに、深い理由は不要だ。
「ほら、ここ。さっき怪我したんでしょ?」
「……ほんとだ、知らなかった」
「…洗う為のお水汲んでくるから。ここから動かないでね?休んでるんだよ」
離れる時は再び念を押して、決して動かない様に伝えておく。とりあえず傷は洗って清潔にしておかなきゃと、必要なものを調達しに近くの水辺まで一人で向かう。…水のあるところはあまり好きではないけれど、やらなきゃいけない時はやる。足取りはやや重く、低めのヒールで軽い音を鳴らしながら、ギリギリセーフのスカートの丈をちょっぴり気にしながら、手早く目的地へ向かうのに専念にした。
*☆。
「やっほよ〜!」
「ウゲッ、帰ってくれない?」
絶対に、何があっても会いたくない、今この世で一番顔を見たくない。大きなうさ耳とぽよぽよ跳ねる尻尾を両手に抱えた少年と目が合った、決して偶然では、ばったり出会ってしまったのでない、彼は毎日こうして死角から姿をひょこっと出すのだ、胡散臭い程のにっこり顔を引っ提げて。
まぁ、言ってしまえばストーカー、
差し障りの無い言い方をすれば『魔法少女のファン』
「ちぇりきゅんってお友達思いで可愛いよねっ!!…とりあえずギューってしてもいい?」
「げっ…見てたの?いい加減にさぁ、ストーカーやめてくれない?」
「ちぇりきゅんのこと大好きだからさ〜〜…やめられないと言うか…ええっと、とりあえず俺からのプレゼント!!受けとめてー!…えいっ!」
「ひゃ、っ…ぅ………やめろ変態ッ!!!…?これって…」
『プレゼント』と名付けられた物体は見事にぶつかることなく、ぴったり自分の真横に着地した。よく見てみると、応急手当セットと書いてある。先程のヤヨイとの会話を聞いていたのは本当だったのか。むしろそうでなければ早々用意できるものではない。
……こういう細かい所は丁寧だと言うべきか、決して自分が怪我を負う様な、危害を加えてこないところは厄介だ。彼の好意をちゃんと受け取れていたら、差し入れも何もかも欲しい物をくれる良い人だと認識できていた。けれど、どうしても素直になれない。絶対に彼は弱みを見せてこないからだ、何というか、掴みどころが無くて不気味な感じがする。
「ち、ちょっと待て青うさぎ!お前の耳って本当に遠くまで聞こえるのか…?」
「まぁ〜ちょっとだけ…ねっ、別にこの耳が無くたってちぇりきゅんの声は聞こえてるつもりだけど〜!それと…悪いけどお先に失礼するよ、用事があるからね!ばいばぁ〜い!」
やたら長い台詞を噛まずによくスラスラ言えるな。思わずツッコミを入れようとする前に彼は、何週間か前に偶然出会って、るりと名乗った少年は景色に溶け込む様に姿を消してしまった。お礼を言っておけば良かったな、なんて言葉を口に出せば振り返る時間もなく出てきてまた会いに来るのだろう。いつだって変わらない彼に何だか苛立って、軽く溜息をついた。