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    こたなつ(ごゆ用)

    @natsustandby

    しぶに置いてある話の番外編が主。
    予告なくひっそり加筆したり消したり。

    いつも応援ありがとうございます。
    ニヤニヤしながら創作の糧にしていますもぐもぐ。
    ぴくしぶ→https://www.pixiv.net/users/1204463

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    POIPOI 8

    「チェリーに初恋」の番外編

    チェリーと初恋・しぶの「チェリーに初恋」の番外編
    ・悠仁視点の補完話
    ・本編の補完なので、場面がポンポン飛びます
    ・悠仁も大概初恋ドボンしてたってよ、的な


    ✳︎


     悠仁が「五条悟」を認識したのは宿儺の指を飲み込んですぐのことだった。
     伏黒が「本当は絶対頼りたくない人だけど背に腹は変えられない」と苦渋の顔で連絡を取った時は一体どんな人物かと思ったものだ。ただ、その時はおよそ悠仁の人生で一二を争うだろう出来事が立て続けに起こっていたため、そこまで気に留めていなかった。
     そして一週間後。いざ五条に挨拶することになったのだが、その出会いも方向性は違えどなかなかの衝撃だった。
     サラサラとした白い髪に、サングラスの下に見えた澄んだ青い瞳。目の前に立たれた時は「でか!てか脚長くね!?」と困惑したほどの体躯。そんな、テレビで見るどの芸能人よりもよっぽど恵まれた見た目の人物が普通に学生をやっているとは。
     そしてそんな人が、生まれて初めて見るDomで、プレイ相手になるとは。
    「東京はすげえなあ。伏黒とか夏油先輩もイケメンだけどさ、ああいう綺麗?なタイプのイケメンは初めて見た。しかもDomって、似合いすぎかよ」
    「中身は園児以下だぞ」
    「マジ?」
    「人を煽ることに関しては天才的だ。……それよりお前、本当に大丈夫か」
    「ん?ああ、Subのこと?そりゃびっくりしたけど、まあ何とかなるっしょ」
     チラリと手元の冊子に目をやる。悠仁にとって第二性は遠い存在だったが、今日からは身近なものとなった。ただ、プレイをしてみて一応「こんな感じか」とは思ったものの、それ以上のことはよく分からなかった。
    「何かまだ地に足がつかない感じっつーか、実感湧かねえんだよなあ」
    「顕在化したばかりならそんなもんだろう」
    「そっか。な、伏黒はNeutralなん?」
    「ああ。高専内でも殆どがそうだ。つっても、公にする人の方が少ないから実際分かんねえけどな」
     特にSub性は隠す傾向にある。Domによるプレイを悪用した事件が絶えないからだ。それはあの冊子にも書かれていた。
    「お前も人にベラベラ喋らねえようにしろよ」
    「はーい」
    「……お前さ、なんで最初あの人のことじっと見てたんだよ。あの時まだ命令されてなかっただろ」
    「んー何か逸らしたら負けな気がして?」
    「野生児かよ……」
    「へへ。でも勝てる気しなかったし、ヤバそうな匂いがプンプンした。あれもDomだからなんかな?」
    「さあな。けど第二性に関係なくそう簡単には勝てねえよ。腹は立つが、あの人は最強だからな」
     そう言った伏黒はその「最強」を見やる。
     これから任務だという五条は夏油と共に、というより夏油に引っ張られながら遠ざかっていく。ただ時折こちらをチラチラ振り返っており、伏黒は「何やってんだあの人」と訝しげに顔を顰めた。
    「何か言いたいことあったんかな?…まあいいや、手ぇ振っとこ」
     悠仁はブンブンと音が鳴りそうなほど大きく手を振り返す。その瞬間、五条と目が合った気がした。
    「アレ?先輩止まってね?」
    「……おい、俺たちも急ぐぞ。マジで時間がやばい」
    「ほーい」
     踵を返した伏黒に続き、悠仁も足早に教室を目指して駆け出した。
     次はいつその「最強」に会えるだろうかと、早くその実力を間近で見てみたいと。そう思う悠仁の頬は自然と緩んでおり、ダイナミクスのことなどすぐに頭の隅へと追いやられた。
    「あ、ケツがデカい子も好きって言うの忘れた」


     *


     五条と会う機会は存外すぐに訪れた。
     顔合わせから数日後、五条を同行者とする任務が割り振られたのだ。
    「先輩!今日はよろしくお願いしゃす!」
     待ち合わせ時間よりも少し早く来た五条にニコニコと悠仁は挨拶をする。返ってきたのは「おー」という気のない返事と「足引っ張んなよ」のつれない言葉だったが、そのわりに纏う空気に棘はなかった。
     嫌われているわけではないが、人に馴れ馴れしくされるのが好きではないのかもしれない。そう思い、悠仁はひとまずあまり五条に対して話しかけないようにした。
     無理に仲良くなる必要はない。ただ、五条の強さを間近で見られるのが楽しみだった。

     その「最強」の片鱗は、すぐに見えた。


    「すっげぇ〜〜!!」
     現場に着いて僅か数十分。その間に数体いた呪霊が一瞬にして全て祓われた。しかも全てが低級というわけではなく、悠仁が手こずった二級相当も瞬殺だった。
     鮮やかな討伐劇に悠仁は凄い凄いとはしゃぐ。その姿を見下ろし、満更でもない様子で五条はフンッと鼻を鳴らした。
    「大したことねえよ。全部雑魚だろ」
    「そりゃ先輩にとってはそうかもしれんけどさあ」
    「お前クソ弱いもんな。だからあんな雑魚の攻撃も受けんだろ」
    「うぐっ……」
     反論のしようはなかった。怪我をするほどではなかったものの、呪霊の攻撃を避けきれずにいくつか食らってしまった。
    「そもそも呪力の使い方が下手クソすぎ。馬鹿正直に火力だしゃいいってもんじゃねえんだよ。もう少し頭使えや、その頭は飾りか?」
    「う……はい」
     尤もな意見に悠仁は俯く。これまで数回行った任務ではそれなりに上手く立ち回れていただけに、五条からの指摘は「まだまだだ」と未熟さを突きつけられているようで胸に刺さった。
     シュンと首を垂れた悠仁に、五条は言葉を詰まらせたかと思うと、「でも」と絞り出した。
    「最後の、攻撃までの組み立ては……良かった」
    「えっほんとに!?」
    「っ……お、おぉ」
    「うっしゃー!」
     褒められたことに嬉しくなり、悠仁はその場で拳を上げる。ついでにぴょんぴょん飛んでいると、五条に無言で頭を叩かれた。
    「いってぇ!!」
     悠仁は頭を押さえてしゃがみ込む。チラリと上を見ると顔を歪めた五条が「はしゃぎ過ぎだ馬鹿」と言った。
    「へへ、ごめん!何か先輩に褒められると嬉しくて」
    「……お前、Subだしな」
    「ん?あ、そっか。Subは褒められたくて、Domは褒めてあげたいんだっけ」
    「お前なあ……他人事みたいに言ってるけどそういう欲求はねえのかよ」
    「んー特にはないっスかね」
     第二性が分かってからまだ数日。その間に例の冊子に書いてあったような欲求が湧くこともなければ不調もなかった。おかげで指摘されるまで自分がSubだと忘れていたほどだ。
    「そういう先輩はどうなん?」
    「……なくはない、けど」
    「えっじゃあプレイした方がよくない?今する?」
    「おま……マジか」
    「ダメ?」
     悠仁としては五条にそういう欲求があるならその発散の手助けをしたい、くらいの気持ちだった。まだ一度しかプレイしていないが、五条の撫でる手は心地良く、またされたいというほんの少しの下心もあった。
     五条はしばし迷った末に、「少しだけだからな」と絞り出すように言った。
    「おっけ。コマンドは何にするん?」
    「……お前、あれ以来プレイしてないんだよな」
    「うん。今んとこ先輩以外のDomに会ったことないんで」
    「あ、そ。なら一回目と同じ『お座り』と…そうだな、簡単なやつをいくつか試してみるか。セーフワードは前と同じ。それでいいか」
     悠仁が頷くと、五条は大きく後ろに三歩ほど下がった。そして少し逡巡した後、徐に自分の制服を脱ぎ出した。
    「先輩どしたん?暑い?」
    「違えわ馬鹿。ここ下コンクリだし、そのまま座ったら痛ぇだろ」
     そう言って五条は脱いだばかりの制服を自分の足元に広げる。つまり、そこに悠仁を座らせるつもりなのだろう。
    「いやそれだと汚れるじゃん!俺平気だよ?頑丈だし」
    「煩い。ーーいいから、『来い』」
    「っ!」
     五条からコマンドが放たれた瞬間、悠仁は何かに突き動かされるがまま足を一歩踏み出した。なぜ動くのか、動かなければと思ったのか何も分からない。ただ、逆らう気は起きず、そのまま一歩、もう一歩と進んだ。
     五条の目の前まで来て、立ち止まる。次はきっと「お座り」だろう。足元には先程五条が敷いた制服があった。この上に座っても本当にいいのか、と悠仁の眉が寄る。
    「……おい。こっちを『見ろ』」
     視線を彷徨わせていたところへのコマンドに、悠仁はパッと顔を上げた。
    「…ぁ」
     いつの間にサングラスを外したのか。そこには綺麗な青空が広がっていた。
     大丈夫だと思った。叱られることはない、言う通りにしたら喜んでくれる、褒めてくれる。
     自然とそう思え、悠仁は続いた「『お座り』」を合図にその場へ膝をついた。それなりに勢いがついたが、五条の制服のおかげか痛くはなかった。
    「いい子」
    「っ……」
     五条の手が悠仁の髪を撫でる。「よくできた」「上手に座れたな」と褒め言葉を囁かれ、悠仁の頬は緩む。
     嬉しかった。五条の要求に応えられたことも、こうして褒められたことも。嬉しくて幸せで、そして「もっと」と欲が見え始めたところで、いつかのように電子音が鳴った。今度はタイマーではなく、五条の携帯だった。
     五条は舌打ちするとその携帯を取り出し、顔を歪めた。どうやら電話の相手は今回ここまで送ってくれた補助監督で、終わり次第別の現場に向かわなければならなくなったらしい。
     五条は呪霊は全て祓除済みであることを伝えると通話を切った。
    「帰り電車かよ。面倒くせえ」
    「高専遠いもんなぁ。先輩、これあざっした」
     念入りに払った上着を五条に返す。五条は黙ってそれをじっと見下ろした。
    「先輩?あ、まだ汚れてた?」
    「……違ぇよ」
     五条が引ったくるように上着を取り、羽織った。
    「それよりお前、プレイの途中だったけど違和感とかねえの?」
     違和感はない。ただ、もう少し褒められていたかったと思うくらいだ。しかしそれは贅沢だろうと悠仁は首を振った。
    「平気!先輩は?少しは欲求解消された?」
    「……まあな」
    「そっか、ならよかった!」
     心からそう思って笑うと、五条は複雑そうに眉を寄せた。
    「お前はそれでいいのかよ。別にプレイしなくても平気だったんだろ?」
    「そうっスけど……でも先輩の役に立てたなら嬉しいんで。俺、先輩と一緒の任務って聞いて楽しみにしてたんスよ。先輩の凄いとこ見たいな〜って。で、実際見せてもらったし、こんくらいは」
    「ハッ、あんなの準備運動にもなってねえっての」
    「やっぱり?すげえな先輩」
     キラキラと効果音がつきそうなほどの羨望の眼差しを向ける悠仁に、五条はふいと目を逸らす。
     そうだった。五条は馴れ馴れしいのは嫌いだったことを思い出し、悠仁は「やっちまった」と反省する。普段ならこの手の距離感は間違えないのだが、どうにも五条相手だとついつい近付きがちになってしまう。プレイの影響もあるのだろう。
     再度気をつけようと心に誓っていると、五条が、向こうを向いたままぼそっと言った。 
    「稽古、つけてやってもいいぞ」
    「…え?」
     一瞬何を言われたか分からず、悠仁はポカンと固まる。それをどう捉えたか、五条は顔を歪めてフンッと鼻を鳴らした。
    「べっ別に嫌ならいい。つーかどうせお前も恵みたいに俺より傑の方がいいって、」
    「嫌じゃない!絶対稽古つけてほしい!!」
     悠仁は五条の手を取ると食い気味に頼んだ。
    「俺、稽古つけてもらうなら先輩がいい!さっきもマジですげえなって思って、かっこいいなあって!俺も先輩みたいに強くなりたい!だから、先輩さえよければ、稽古つけてほしい!」
    「っ……わーったから、手ぇ離せ」
    「あ、すんません」
     悠仁がパッと離すと五条は自身の手を引く。しかしすぐにまた手のひらを差し出すと、今度は悠仁の頭をぐしゃりと撫でた。
     プレイの時に褒めるのとは少し違う、雑だけれど優しい手だった。
    「ま、精々頑張れば」
    「っ…うっす!頑張ります!!」
     元気よく返した悠仁に、五条は「だからはしゃぐなっつの」と苦く笑った。



    「って感じで先輩に稽古つけてもらえることになった」
    「は?」
    「うわ顔怖っ。てかイケメンの『は?』って結構怖えよな。五条先輩にも言われるとドキッとする」
    「……はぁ」
     深い深いため息をついた伏黒に悠仁は首を傾げる。俺何かまずいこと言っただろうかと、これまでの会話を思い返した。

     今日は休日だが、悠仁と伏黒、そしてもう一人の同期である釘崎での共同任務があった。高専へと帰ってきたのはつい先程だ。釘崎は一足早く「シャワー浴びる!」と寮に戻ったが、残る二人は戦闘時の連携についてもう少し話を詰めようと、こうして共有スペースにいた。
     そして反省する中で悠仁が発した「次の稽古の時に五条先輩に聞いてみよ」の一言に伏黒が固まってしまったのだ。
     しばしの沈黙の後に出てきた言葉は「どうしてそうなった」で、悠仁はあの日の顛末を話した。その結果が、「は?」と溜め息だった。
    「いや溜め息も怖いんだけど。…あ、もしかして伏黒も先輩に稽古つけてもらいたかったとか?」
    「いや……そうじゃなくて……」
     伏黒は言い澱むと、意を決したように絞り出した。
    「お前マジであの人に稽古つけてもらってんのか?」
    「応!まだ二回くらいだけどな。先輩特級?ってやつで忙しいらしいし」
    「……いつから」
    「この前一緒に任務に行った日から」
    「それ先週だろ……お前、マジで何したんだよ」
    「えー普通に任務やって、帰りに飯食ってきただけだよ。先輩がマック行ったことないっつーから行ってきたんだけど、先輩めちゃくちゃ浮いててちょっと面白かったんだよなあ」
     思い出しながら笑みを零す悠仁に、隣の伏黒は頭を抱える。
    「そうじゃなくて。そもそもあの人、」
    「悠仁」
     横から聞こえてきた声に二人がそちらを向くと、五条がいた。
    「お疲れ先輩!任務終わり?」
    「まあな。お前らもか?」
    「そ!んでいま振り返り反省中!」
     元気よく返した悠仁に五条はあまり興味なさそうで、「弱い奴は大変だな」と嘲笑混じりに煽るだけだ。ただ、かといってすぐに立ち去るでもない。
     それに怪訝な顔をしたのは伏黒一人で、悠仁はソファから立ち上がって五条に駆け寄った。
    「はい先輩!暇なら稽古つけてほしい!」
    「あー?暇じゃねえっつの。……でも、おまえがどうしてもっていうなら、みてやらんでもない」
    「マジ?やったー!」
     悠仁は両手を挙げて飛び上がると、五条に向かって「よろしくおねしゃす!」と頭を下げた。
    「っ……終わったら飯だからな」
    「おっけー!どこ行く?またマック?」
    「ファミレス。パフェ食いたい」
    「先輩たまに女子高生みたいなこと言うよね」
    「んだとコラ!」
     五条にヘッドロックをかけられ、悠仁は笑い声を上げながら「ギブギブ!」とタップする。一般人ならまず間違いなく意識を飛ばしているだろうが、悠仁にとってはじゃれあいの延長だった。
     何とか拘束から抜け出して、悠仁は伏黒の方を振り返った。
    「伏黒も来る?」
    「絶対行かねえ」
     軽い誘いのつもりだったが見事に一刀両断された。てっきり伏黒も五条に稽古をつけて欲しがっていると思ったのだが、違ったようだ。
     それにしても顰めっ面だなと思いつつ、悠仁は「んじゃお疲れ!」と手を振った。背後ではすでに五条が歩き出している。悠仁は慌てて追いかけた。
    「今日こそ一本取るから!」
    「おーおー生意気言うじゃねえか。取れたら昼飯奢ってやるよ」
    「マジ!?よっしゃ今日はランチメニュー制覇してやる!」
     ひとりテンションを上げる悠仁の隣で、五条は「言ってろ」と密かに笑った。

    「……いや誰だよ、あの人」
     二人が去った後、ぽつりと溢れ出た伏黒の呟きを拾う人間はいなかった。




     距離を詰める。軸足を狙った攻撃は最初から予想していたように躱され、それならばと二手三手と攻撃を続ける。向こうの攻撃をギリギリで逸らし、四手目はブラフを張り、次の攻撃に繋げる。が、それすらも想定内だと言わんばかりにニヤッと笑われ。
    「ッぅぐ!」
     ダァンと派手な音がして畳に叩きつけられる。一瞬瞑った目を開ければ、真上には意地の悪い笑みが広がっていた。
    「はい、お前の負け」
    「〜〜〜っくっそぉぉ…!」
     悔しい。悔しいが完敗だった。
     バタンと畳に四肢を投げ出し、悠仁は上がった息を整える。自分はこれだけ消耗しているが、相手の五条は未だ汗もかかずに涼しい顔だ。それがまた悔しく、情けなかった。
    「お前のブラフは分かりやすいんだよ。ま、最初の頃の馬鹿正直なのに比べたらだいぶマシだけどな」
    「う〜……頑張る、ます」
    「ぶはっ!なんだその変な敬語。だから馬鹿のくせに無理して使うなつったろーが」
     その美しい相貌を崩して笑う五条を悠仁はじっと見つめた。
     初めの頃は馴れ合うのは嫌いだろうと思っていた五条は、存外ノリが良かった。澄ました顔に似合わず馬鹿に付き合ってくれたり、面倒くせえなと眉を寄せつつも面倒見が良かったり。これがギャップかそりゃみんなやられるわ、と何度思ったか。
     そんな五条のギャップの中でも、とびきり一番ヤバいものがある。それはただ一人、悠仁だけが知っていた。
    「そろそろやるか」
    「っ……うす」
     悠仁はゆっくりと立ち上がった。
     稽古中のプレイは余計な思考が入るから無し、と言ったのは五条で、悠仁もそれには同意した。そのあと続いた「そういうのは稽古が終わった後な」との言葉にもまた、悠仁は照れながらも頷いた。あれは多分、最初に稽古をつけてもらった時だった。
    「今日も新しいコマンドを試すから、嫌ならセーフワードな。いいか?」
     毎回確認してくれる五条に頷いて返す。初回の時のように心臓はやはりドキドキと煩かった。
     五条は携帯を取り出すと、タイマーをセットした。これもまた、初回から何となく続いている「プレイの区切り」だった。
     五条が携帯をポケットに仕舞い、その目がこちらを向く。ああくる、と悠仁は思った。
    「『来い』」
     足は勝手に出た。一歩、また一歩と畳を踏み締め近寄り、悠仁は五条の目の前で立ち止まる。
    「『お座り』」
     悠仁は膝から力が抜けてその場に座り込んだ。おずおずと顔を上げると、サングラス越しに五条と目が合った。
    「ん、上手。このままもう少しコマンド試すぞ。……今日の任務の反省点を簡潔に『話せ』」
    「…伏黒との連携がちょっとズレた。多分、俺がまだ伏黒の式神の動きを把握しきれてないから、だと思う」
    「ふーん。基本肉弾戦のお前と違って恵は手数が多いからな。予め決めとくにも限界はあるし、その辺は実戦形式で鍛錬重ねるしかねえな。出来るだけ式神は複数体でな」
    「分かった。伏黒とも相談してみる」
    「おー。…ちゃんと話せたな、いい子だ」
    「ッ……」
     ぶわあっと悠仁の顔に熱が溜まる。心臓も祭りかと言いたくなるほどドコドコ煩い。それもこれも、普段からは想像もつかないような優しい顔で、甘い声で、そして蕩けそうな目で、「いい子」と伝えてくる五条が悪いのだ。
     ギャップなんて簡単な言葉で片付けられない。こんなタチの悪いものを悠仁は他に知らなかった。
    「あとは……そうだな。あの辺のやつ『持って来い』」
     五条が稽古場の隅を指差した。悠仁はすぐに立ち上がり、そこに一纏めにしていた自分の制服を手に取ると足早に五条の元へと戻った。
     すると五条の手のひらがこちらに向けられた。
    「あー……携帯、『渡せ』」
    「…え」
     固まった悠仁に五条はほんの少しだけ眉を寄せる。たったそれだけの仕草でもSubにとってはDomの機嫌を損ねたように思えてしまい、悠仁は慌てて「違うっ」と言い繕う。したくないんじゃなくて出来ないだけだと言葉を重ねようとしても上手く声が出ない。なぜ、どうしてと混乱していると、五条が顔を覗き込んできた。
    「悠仁、落ち着け。大丈夫だ。俺は別に怒ってねえから」
    「ぁ…せ、先輩」
     青い瞳と視線がかち合い、悠仁は知らずうちに止めていた息を吐き出した。
    「セーフワード使わなかったってことは、出来ない理由があるんだろ?それ『教えろ』」
    「っ……俺、自分の携帯、持ってない」
    「はぁ!?マジか!?」
     サングラスの下で目を大きく見開いた五条に、悠仁はこくんと頷く。
    「こっち来てからそのうち買おうと思って、書類とかは用意したけど、バタバタしてて……」
     任務中は支給品が渡されるため不便はない。そもそも今まで無くてもなんとかなっていた悠仁にとって、携帯の購入は急ぐものではなく、金が溜まってからでもいいか、くらいに思っていたのだ。
     詰まりながらそう言うと、五条は一度息を吐いた後、悠仁の頭を撫でた。
    「教えてくれてありがとうな。…いい子」
     大きな手で包まれるようにして撫でられる。よかった、褒められた、と安堵していると、五条のポケットからアラームの音がした。プレイが終わった合図だ。
     すっと離れていった手を名残惜しく思いつつ、悠仁は「ごめん」と先手を打った。
    「携帯持ってねえの言ってなくて……先輩、せっかく新しいコマンド試してくれたのに」
    「気にすんな。俺も確認してからコマンド出せばよかった。それより大丈夫かよ。お前、コマンドに従えなかったの初めてだろ。嫌な感じとか残ってないか?」
    「んーん、全然!出来ねぇって上手く伝えらんなくてちょっと混乱したけど、先輩のおかげで落ち着いたし。あんがと先輩!」
    「っべ、別に……俺は、Domとして当たり前のことをしただけで…」
     ブツブツと五条は言葉を重ねるが、その頬はほんのり赤い。照れているのだ。これもある意味ギャップだと思い、悠仁は声に出して笑った。
    「は!?てっ、テメェ悠仁!何笑ってやがる!」
    「うぉっ!ちょっ、まっ…先輩!ギブギブ!」
     本日二度目のヘッドロックをかけられ、悠仁が慌ててタップしたところで五条は突然腕を離した。
    「買いに行くぞ」
    「え?」
    「携帯。お前のやつ」
    「えぇ!?」
     返事も待たずに歩き出した五条を、悠仁は慌てて追いかけた。



    「携帯ゲットー!」
     街へ繰り出してはや数時間。悠仁の手には真新しい携帯があった。
     くふくふと笑いながら何度も開けては閉じてを繰り返す。その悠仁を、向かいの席から五条が呆れたように見ていた。
    「お前、浮かれ過ぎだろ」
    「だって初携帯だし!」
    「必要ねえとか言ってたくせに」
    「いざ持ったらテンション上がるの!てか先輩だってそのパフェ来てテンション上がってたじゃん」
    「うっせ。やーっと食いに来れたんだよ」
     苺とクリーム、更にチョコレートをふんだんに使ったそのパフェは期間限定品で、何かと忙しい五条はなかなか食べに来られなかったらしい。それもあり、五条が今食べているのは二個目だった。
    「先輩、あんがとね。忙しいのに付き合ってくれて」
    「っ……別に、これのついでだ。そもそも言い出したのはこっちだろ」
    「それも含めてさ、俺一人だといつ買えてたか分かんないし。それに俺、誰かとお揃いって初めてだから……なんか嬉しくて」
     ピタッと五条の手が止まる。サングラス越しでも分かる視線が、机の上に置かれた五条自身の携帯へと注がれた。
     どの携帯にしようかと悩む悠仁に、五条は自分と同じ機種を勧めてきた。聞けば使いやすいというし、機能も充実していたため、断る理由もないと悠仁は即この携帯に決めた。せっかく五条が勧めてくれたのだから、というのもあった。
     今となってはすっかり気に入ったオレンジの携帯を、五条の真っ白なそれのすぐそばに並べる。
    「へへっ、お揃いだね!先輩」
    「…………おー」
    「あ、そうだ!折角だから先輩の連絡先教えてよ」
     五条は一瞬動きを止めたものの、無言で手を出した。
    「ん?」
    「携帯。お前の」
     言われるがまま携帯を手の上に乗せる。五条はそれを慣れた様子で操作し出した。
    「そっか!同じだから使い慣れてんのか」
    「そういうこった」
    「あ、じゃあ困ったら先輩に聞けば教えてもらえるじゃん!……あれ?でもこういうのって直接打たなくてもいいんじゃ…」
    「ほらよ」
     あっという間に手元に帰ってきた携帯の画面を見ると、そこには五条の連絡先と、登録名のところに「五条悟大先輩」とあり、悠仁はブハッと吹き出した。
    「せ、せんぱっ…ふふっ、じ、自分で大先輩とか言っちゃう?」
    「事実だろうが。安心しろ、お前の連絡先は『下僕』で登録しといてやるよ」
    「安心できる要素がないんよな〜。せめて『弟子』くらいにしといてよ」
    「稽古料取るぞ」
    「えー絶対高いやつじゃん。てか先輩、正直金とかいらんっしょ」
    「まあな。任務やってりゃ勝手に貯まるし。この業界、金払いだけはいいからな」
     それは悠仁もつい最近実感したばかりで、初めて貰った報酬は二度見するものだった。
    「やっぱ先輩くらいのレベルになると凄い?」
    「少なくとも買い物するのに値段とか見ねえな」
     悠仁はマジか、と固まる。根っからの庶民には想像し難いが、命の危険がある以上報酬が高額なのは当然かもしれない。とはいえ五条に比べれば悠仁はまだまだ庶民に毛が生えた程度の報酬だ。財布の紐は今まで通り締めていこうと密かに思った。
     ぽちぽちと操作しているとアドレスの一覧へと移る。そこには当然、五条の名前しかなかった。
    「あ、先輩ほら見て!先輩が一番乗り〜…って何かこれ恋人みたいじゃね?」
    「こッ、……光栄に思えよ」
    「うははっ、はーい。帰ったら伏黒と釘崎にも番号聞こーっと」
    「………」
     五条は何やら言いたそうに悠仁を見たが、結局黙ってパフェをまたつつき出した。


     *


    「臭い」
     朝、顔を合わせるなり同期唯一の異性にそう言われたら、いくらメンタルも頑丈の悠仁とてショックで固まる。しかし釘崎は容赦なく、更に追い打ちをかけるように「臭いのよアンタ」と言った。
     ガァンと、それこそ金槌で頭を叩かれたような衝撃だった。
    「ふ、ふし、ぐろ……」
     隣にいたもう一人の同期に救いを求めたが、なんとその伏黒も「ああ」と何か納得していた。
    「え……え、俺臭いの?マジ?」
     悠仁は自分の腕やら制服やらをスンスンと嗅ぐ。朝起きてから運動などはしていない。いつものように顔を洗って、身支度して、朝食を食べにこの食堂まで来ただけだ。そこでばったり、というより同じ寮で暮らしているため必然的に二人に出くわした。
     からの、「臭い」だ。
     二人が言うのだから本当に臭いのかもしれない。一度シャワーを浴びようと、もらったばかりの朝食を置いて自室へ向かおうとした時だ。
    「五条臭い」
    「……へ」
     釘崎の指摘に悠仁はぽかんと口を開ける。
    「あの男と同じ匂いがしてんのよ」
    「……ああ!」
     そういうことかと合点がいった。
    「昨日は先輩のシャンプーとか借りたからな?なんか高そうな横文字のやつ」
    「絶対サロン系でしょ。はームカつく」
     言うだけ言うと、釘崎へ手元の朝食に集中し始める。ご飯に味噌汁に卵焼き、それに鮭。いいよな、やっぱ朝飯はこういうのだよなあ。
     自分も同じものを頼んだ悠仁は、先に座った伏黒の隣に腰を下ろした。
    「虎杖。お前、またあの人の部屋に泊まったのか」
    「うん。徹夜でマリパやってた!」
     あの四角い凶器になりそうなゲーム機は五条の部屋にあり、度々お世話になっていた。
    「先輩めちゃくちゃスター集めんの上手くてさあ、でもプクプク避けんのはめっちゃ下手なんだよ。普段避ける習慣がないからだ!っつってたけど。ウケるよな」
    「どこにウケる要素があるのかは知らねえけど、お前、最近あの人とよく一緒にいるよな」
    「ん?そう?」
     伏黒の指摘に悠仁は首を傾げる。
    「別に普通じゃね?……まあ、稽古つけてもらったりしてるし、一緒にいる時間は長いと思うけど」
    「まずそれが普通じゃないって気付け」
    「え、なんで」
    「無駄よ伏黒。こいつ、人の機微には敏感なくせに、自分に対してのは鈍いから」
    「……だな」
     空気的に貶されたのは分かるが、言われたことはよく分からず、悠仁はひとまず「いただきます」と手を合わせた。そんなことより腹が減っていた。
     朝食に手をつけはじめて一度会話が途切れる。それなりに広い食堂だが、何となくこの後に任務がある時は同期で固まっていた。勿論、そうではない時も多々あるが。
     あらかた食べ終えたところで、悠仁が「あ」と声を上げる。
    「今日って行き先どこだっけ?」
    「埼玉」
    「どうせだったら横浜!とかがいいわよね」
    「釘崎さあ、前もそう言ってて、いざ着いたのが横浜は横浜でも山の方でぶちギレてたじゃん」
    「うっさい、臭い虎杖」
    「ちょ、マジでやめてその略し方」
     臭い、は異性に言われて嫌な言葉ランキングの上位に入るだろう言葉だ。何度も聞きたくない。
     しかし釘崎は鼻で笑うと、「マーキングみたいでムカつくのよね」と言った。
    「ん?マーキング?」
    「無自覚なのがより腹立つわね。あー…言っても無駄と分かってて言うけど、あんたとあの男の距離感は異常よ」
    「……そうなん?」
    「そうなの。休み毎に一緒に出かけたり、二日と空けずに部屋に入り浸ったり、果てはおんなじ機種の色違いにしただぁ?付き合いたてのカップルか!」
     バン、と釘崎がテーブルを叩く。他に人のいない食堂にそれはよく響いた。
    「だって先輩がこれ使いやすいって言うしさ、俺もこだわりとかなかったし」
    「そういう問題じゃないわよこの馬鹿」
    「えー釘崎厳しくね?どう思いますか伏黒サン」
    「釘崎に同意」
    「ええ〜」
    「ほらみなさい」
     どうよと胸を張られては何も言い返せない。
     まあ確かに、もしかすると五条との距離感は少々おかしいのかもしれない。
    「でもさあ、プレイしてたらそうなっちまうもんじゃねえの?」
    「私はNeutralなんだから知らないわよ」
    「同じく」
    「ぐっ……ぶっちゃけ、俺も先輩以外としたことないから知らんけどさあ」
     しかし、だ。
     例のあの優しい顔と手つきで、しょっちゅう頭を撫でられてみてほしい。絶対距離感などバグる。相手が女の子なら確実に落ちてる。というか孕まされそうだ。あ、これ先輩にバレたら殺されるかも。言わないようにしよ。
    「もう声に出てるぞ虎杖」
    「えっマジ!?」
     口を手で覆い、左右を確認する。五条の姿がないことにホッと息を吐いた。あれで子供っぽいところがあるためこういう時に容赦がないのだ。
    「アンタさ、他のDomとプレイしてみようとか思わないの?出来る出来ないは別として」
    「んん〜…」
     言われてそれを想像する。他のDomにコマンドを出され、それに従い、褒められる。
    「……あ。無理、かも」
     五条としていることは同じだ。同じなのに、ただの想像だけでも怖気が走った。そんなことをしている自分にも、相手のDomにも我慢がならない。想像だけのDomを「アンタは俺のDomじゃない」と拒絶してしまうほど、他のDomは非現実的だった。
    「俺、先輩とのプレイが好きなんかも」
    「……他とやったことないくせに」
    「う、そうなんだけどさあ。そもそも俺、先輩といるの好きなんだよなあ」
    「…………」
    「…………」
    「伏黒?釘崎?」
     苦虫を噛み潰したような顔をした二人は、同時に「ごちそうさま」と手を合わせた。
    「あと十分で集合時間だな。急ぐぞ」
     言うが早いか、伏黒は盆を持って立ち上がる。向かいでは「そうね」と言って釘崎も立ち上がった。
    「うえ、ちょ、待って待って!もう終わるから!」

     この時、悠仁は知らなかった。数日後、この「好き」がどういう「好き」か、実感させられる出来事が起きることを。


     *


     五条と付き合い始めてから数日。たった数日で、悠仁はその大きな変化に翻弄されていた。
     一言で言うなら、そう。
    「本当にいいんかな…」
     ポツリと。しかし確実に両隣の席に座る伏黒と釘崎には聞こえるくらいの音量で言った。が、二人は沈黙するだけで何も言わない。
     嘘でしょ。何かしらの反応あってもよくね?と、釘崎を見る。視線に気づいたのかその顔が上がった。
    「くぎ、」
    「あの男の話以外なら聞いてやる」
    「……」
    「はい解散」
    「待って待って!頼むから!ちょっとだけでいいから!」
     必死で頼む悠仁に、釘崎は心底面倒くさそうに顔を顰める。流石に心が折れそうだったが、救いの手は反対側から差し伸べられた。
    「虎杖」
     伏黒だった。その顔はやけに真剣というか、後ろに何かを背負っていた。
    「あの人と付き合うように嗾しかけたのは俺だ。だから、どんなことになろうと俺が責任を取る」
    「いやそれはそれで重いんだけど……」
     悠仁としてはもっとライトに話を聞いてくれるだけでいいのだが。片や聞く気なし、片や人生すら背負われそうとはこれ如何に。
     しかしとりあえず話をしたかった悠仁は、「なんかさ」と話を続けた。
    「付き合う前から結構話したり出掛けたりしてたからさ、そんなに変わんねえと思ってたんだよ。でも、なんか……先輩が良い恋人過ぎてさ……」
     それを強く思ったのは、初デートだった昨日のことだ。
     任務終わりで五条と待ち合わせ、初めて「デート」をした。ショッピングにゲーセンと、学生のデートらしいデートだったが、やはりというか五条は様になっていた。
     そもそも待ち合わせの時点で周囲の女性から熱い視線を集めていたし、中には「私と遊びませんか」と誘う者までいた。以前から知っていたが、やはりモテるのだ。
     そんなモテモテの五条だが、寄ってくる女性に対しては全員塩対応もいいところで、しつこい相手には「失せろ」と凄むほどだった。流石に素人相手にそれはと思いつつも、五条が他に靡かない様子に悠仁は少し安堵してしまった。
     デート中は初めから最後までずっと楽しい時間だった。それは付き合う前からそうで、やはり先輩と一緒は楽しいな、としみじみ思った。
     しかし、やはりというか、それだけでは終わらないのが五条悟という男で。
     デート終わりに寮の自室でキスをされた。それも、物凄く自然に。
     今思い返しても信じ難い。こちらはデート中に手を繋がれたことすらまだ受け入れきれていなかったというのに。
     そんなところまでなんでも出来てしまう人なのだ。
    「なのに、本当に俺でいいんかなって……」
    「いいでしょ。はい解散」
    「待って!?解散せんで!?」
    「虎杖。いいかよく聞け。あの人にお前が勿体無いことはあっても、その逆はない。絶対にない」
    「えぇ断言すんじゃん」
     さっさと終わらせる釘崎に、真っ向から意見を押し通してくる伏黒。もはや話を聞いてくれる空気ではないようにも思うが、ここで引き下がるものかと悠仁は続ける。なにせ、こんな話を出来るのはこの二人くらいなのだ。
    「いやでもさ、先輩最強じゃん、しかもあの顔だし、家もなんか御三家?なんだろ。最初聞いた時は何選ぶのかと思ったけど」
     ポケットにあれするアレだ。
    「モンスターという点では間違ってないわね」
    「化け物級のクソ野郎だからな」
    「えーそう?そりゃ口悪いし手も出るし、結構子供っぽいとは思うよ。一緒にゲームしたら絶対どんな手使ってでも勝とうとするし」
    「小学生かよ」
    「負けず嫌いというより、自分が負けるって現実を受け入れられない、的な?まあ実際どのゲームも大抵強いから勝つんだけどさ」
    「その事実が腹立つ」
    「んでもさあ、そこもすごいっていうか、良いとこじゃん」
    「どこがだ」
    「どこがよ」
    「……そこまで揃われると俺もちょっと自信無くす」
     ごめんね先輩。悠仁は今頃任務中だろう恋人に心の中で謝った。
    「そりゃね、あのクソグラサン野郎が強いことは認めるわ。でもそれと顔以外最悪じゃない。特に性格」
    「同意」
    「う……で、でもさ、結構優しいよ?ほら、俺の死刑に口出ししてくれたじゃん。しかもプレイまで付き合ってくれたし」
     そう、そうだ。プレイの時の五条は普段にも増して優しい。なんというか、甘ったるさすら感じる。特に褒める時など、イケメンの本気というか、こちらもそれに当てられついついトロンとしてしまうほどだった。
     ということを掻い摘んで話す。するとなんと二人揃って「無」としか言えない顔をされた。
    「え、いやなんで?」
    「同期と先輩のプレイ内容なんて知りたくないのよ」
    「分かる。親兄弟のそういうシーン見せられるのに近い」
    「いやそれマジのやつじゃん」
     なんかごめん。そう謝りつつ、それなら別の悩みは言えないな、と悠仁は思った。
     もう一つの悩み。それは恋人同士がやるプレイをしたい、だった。実のところこちらの方がもっと切実で、困りものだった。
     否、解決方法は分かっている。素直に五条に言えばいいだけの話なのだ。しかし、最初の時に「お前とこの手のプレイはしない」とハッキリ言われたことが引っかかっていた。あれは五条の本音だった。まだこの関係になる前のことだったとしても、その考えが変わっている保証はない。それを面と向かって確認するのは、拒否されるのは、どうしても怖かった。
     黙り込んだ悠仁に、二人が交互に息を吐いた。
    「何にしても、そういうのはアンタの『彼氏』に直接言いなさいよ」
    「かっ…彼氏は、やめていただけませんか…」
    「そう思うなら二度と惚気んな」
     いえ惚気たつもりは決してないんですが。そう弁明しようとしたところで教室のドアが開いた。
    「悠仁」
     てっきり座学の教師かと思ったが、現れたのは五条だった。
    「先輩どしたん?」
    「明日の任務のことで変更事項があるから職員室まで来いってよ」
    「今?」
    「いま」
     そういうことはままある。特に五条が駆り出されるほどの任務なら変更も多いだろう。
     悠仁は自席から離れて五条の元へと駆け寄る。
    「悪い、もし先生が来たら事情話しといてもらえん?」
    「あぁ」
    「さっさと行け」
     二人に「頼んだ!」と言い置いて、悠仁は教室を出た。五条の隣に並び、いざ職員室へと歩き出したところで五条に手首を掴まれた。
    「先輩?」
    「こっち」
    「へ?うおっ」
     身長も力も五条の方が上だ。引っ張られたらいくら悠仁とて逆らうのは難しく、あっという間に空き教室に連れ込まれた。
    「せ、先輩?」
    「いいから、ん」
     五条がこちらに向かい両手を広げる。言われるまでもない。抱きついてこいのサインだ。
     悠仁は一瞬で頬を染め、おずおずとその胸に飛び込んだ。
     ギュッと腕を回せば五条もまた抱きしめ返してくる。ふわりと香ったのは、いつかの時に釘崎が言っていた五条の香りだった。
     悠仁も大好きなその香りに嬉しくなり、うっとりと酔いしれる。が、すぐにはたと気づいた。
    「あれ?職員室行かんでいいん?」
    「変更事項なら俺が聞いてきた」
    「え、じゃあ……」
     どうしてわざわざ嘘をついてまで教室から連れ出したのか。その疑問に、五条はしばし沈黙した後、囁くように応えた。
    「今から任務なんだよ。でも、その前にお前に…悠仁に、会いたかったんだよ」
    「えっ!?…お、おれに?」
    「……悪ぃかよ」
     良いか悪いかで聞かれると困る。多分、健全な学生としては授業をサボることになるためあまりよくないはずだ。
     けれど、嬉しいかどうかと問われれば、答えは決まっている。
    「ううん。嬉しいよ、先輩」
     忙しい中わざわざ会いにきてくれた。それだけで胸の辺りがポカポカとした。その嬉しさが少しでも伝わるように、五条の胸元に額を押し付ける。抱きつく腕にももっと力を入れようとしたが、その前に五条が身体を離すような仕草をした。
    「……先輩?」
     もう時間なのだろうか。そう思い、見上げた顔に影が差す。あ、と呟くより早く、その唇が落ちてきた。
    「っん…」
     昨日よりも少しだけ長いキスだった。重なった唇が動き、はむ、とそこを甘噛みされる。
     え、え?俺どうしたらいいの?何かした方がいいの?てかやっぱ先輩慣れてね?ーーと混乱しているうちに、唇は離れていった。
     反射的に瞑っていた目を開けると、目の前にはまだ綺麗な顔がいた。
    「こっ」
    「こ?」
    「こんなとこでせんで!」
     顔を真っ赤にして抗議した悠仁に、五条が「ブハッ」と吹き出した。
    「おまっ、まだ慣れねーのかよ」
    「っ……だって、ちゅーすんのって何したらいいか分かんねえんだもん」
    「はー……慣れないとこも、ちゅーとか言っちゃうとこもクソ可愛い」
    「うわ馬鹿にされた!」
    「してねえよバーカ」
     ぎゅむ、と今度は鼻を摘まれる。ふがふが言えばまた五条が笑う。悠仁が好きな顔だった。
     こうしてただ戯れ合うだけなら、それで満足出来ればいいのにと。どこからともなく湧き上がってきてしまう欲に、今は見ないふりをした。



    END

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