オメガバ忘羨(巣作り失敗編)番になって初めての発情期がきた魏嬰。荒い息を吐きながらせっせと広いベッドに愛しいαの服を掻き集めて巣作りを始める。……うん、初めてにしてはなかなかいい出来なのでは。藍湛に褒めてもらえるかなとムフムフ笑いながら巣の真ん中を陣取る。
ああ、でもまだ足りない。藍湛の濃い白檀と汗の混ざりあったあの清廉ながらも甘く魏嬰を誘い魅惑する香りが足りない。
魏嬰はもそもそ起き上がるとクローゼットの奥に隠していた1つの小さな箱を取り出した。
箱には「線香」と書かれている。藍湛の匂いが好きすぎて本人に何の香水をつけているのか聞いたとき「香水はつけていないが、実家ではよく香を焚いていた」と返され、何の香か聞いたところ白檀だと教わった。その後、大型ネット通販を調べたところ、香は見つからなかったが、手頃な値段で購入できる線香を見つけた。それを買ってこっそり隠していたのだ。藍湛が恋しくなったらこいつを使おう、なんて考えていたが藍湛は四六時中魏嬰の横にいてくれたし、寂しいと思う前に抱きしめていっぱい甘やかしてくれていたから出番がなかったのだ。
今回は急な仕事が入ったからたまたまいないだけで。でも今こそ使うときなのでは?魏嬰は朦朧としてきた頭を必死に動かして線香の箱を開けた。火をつける前から香る白檀。
ああ、藍湛藍湛。お前がほしいよ。早く羨羨のところに帰ってきて。
後ろの孔からαを求めて蜜が溢れる。魏嬰は受け皿を用意すると線香の箱に手を突っ込み、そのまま掴み取った大量の線香に火をつけた。
…………ああ、白檀の香り。藍湛の匂いとはちょっと違う、いやかなり違うけどないよりマシだ。
部屋中に香りが充満して……視界が白くなって……息が……
なんか……煙た……煙たい……?
発情期のせいで熱に浮かされた魏嬰は一瞬にして目が覚めた。部屋中に煙が蔓延している。足元を見ると大量の線香が煙を放っている。
ぎょっと飛び跳ねた魏嬰が水を用意する前に火災報知器がアラームを鳴らし、続けてスプリンクラーが作動した。
滝のような水が降りかかる。寝室は一気に水浸しになった。スプリンクラーは役目を終えるとピピッと機械音を立て、沈黙した。魏嬰も沈黙した。熱は完全に冷めた。
◇◇
番の発情期の気配を感知した藍湛は大慌てで仕事を片付けると、猛ダッシュで家へと戻った。
初めての発情期で不安だろうに1人にしてしまった。
魏嬰、泣いていないだろうか。
もしものために服は大量に置いてあるが事足りただろうか。
荒々しく玄関の鍵を開け、中に入ると鞄を床に投げ飛ばし、靴も蹴飛ばして寝室へと向かう。背後でオートロックの閉まる音がする。
寝室の扉を勢いよく開け放つと冷気がした。……部屋中水浸しで、中央に頭から濡れたまま俯く魏嬰が立っていた。
「……魏嬰……?」
恐る恐る近づくと、ぼろぼろと泣いた魏嬰が藍湛に抱きついてきた。
「藍湛!ごめんなさい!俺、ちゃんと巣作りしたんだよ!でも、線香が……ついでにスプリンクラーが……ちゃんと巣作りしたのに……藍湛褒めてくれるかなって……本当に……」
わんわんと泣きつく魏嬰は完全に冷えきっていた身体をしていたが、その項からは確かに藍湛を誘う甘いフェロモンの香りが漂っていた。
「魏嬰、泣かないで。巣を作ってくれてありがとう。私を待っていてくれてありがとう」
「でも、部屋が」
「気にしなくていい。あとで掃除しよう。それよりも、君の発情期だ」
もう治まってしまった?そう低く囁きながら項を舐めると甘い香りがぶわあっと広がった。魏嬰の中で燻っていた熱が再び芽を出す。
「……ううん、まだ。足りないよ。藍湛の熱を早くちょうだい」
そう魏嬰が首元に擦り寄ってくるのを合図に、藍湛はリビングのソファへと魏嬰を抱き上げていった。