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    交流会用書き下ろし。犬に飛びつかれて臭いが移ってしまった藍忘機を魏無羨が避ける話。

    どこの犬だ大丈夫だ。あれが飛びついてきたところは丹念に毛を払い落としたし、臭いだって残っていないはず。
    藍忘機は必死に自分に言い聞かせながら静室へと戻った。
    大丈夫、大丈夫。

    藍思追と藍景儀を伴って雲深不知処を出ていた藍忘機は、用事を済ませると一刻も早く帰りたいと御剣の術を使い、帰路を急いでいた。
    小双璧の二人は懸命に含光君の背を追い、その速度に置いて行かれることはないものの、一瞬でも気を抜けば終わりだと一言も喋らないまま御剣に集中していた。やがて見覚えのある彩衣鎮が見えてきて、藍思追と藍景儀はほっと息をつく。
    ここまでくれば雲深不知処まであと少し。
    最後まで気を抜かなければ問題なく含光君の背についていけるだろう。
    すると突然その含光君が空中で止まったので、藍思追は前のめりになりながら停止し、藍景儀は幾分か師を追い抜かしてしまい、顔面蒼白になりながら藍思追の横に戻った。

    「含光君、如何しましたか」

    隣に戻って失態に震えながらも肩で息をする同輩を支えながら、藍思追は尋ねる。

    「買い出しに行く」

    顔色ひとつ変えずにあまりにも淡々と応えるので、小双璧は顔を見合せた。
    あんなにも帰路を急いでいたというのに、突然どうしたというのか。しかし二人の頭には同時に一人の男が浮かび、納得したように頷いた。
    魏無羨だ。間違いなく、含光君は魏無羨に土産を買って帰るおつもりなのだ。恐らく、天子笑。
    魏無羨が嬉しそうに甕を傾ける姿が目に浮かび、二人は苦笑する。どこか嬉しそうな藍忘機は一里ほど降下したあと、再びその場に留まり、子弟を見上げた。

    「お前たちは先に戻っていなさい」
    「お供いたします!」

    小双璧は慌てて返事をすると、師について行くのだった。


    ◇◇


    そこで事件は起こった。
    すっかり顔馴染みとなった店主は、含光君の姿を目に留めるとすぐさま大量の天子笑を奥から出してくるよう奉公人に指示した。用意された天子笑を見て僅かに穏やかな目をした藍忘機は、懐から成人男性が持つには可愛らしすぎる匂袋を取り出すと店主に代金を支払う。そうしてあまりにも手馴れた手つきで乾坤袋に入れていくので、藍思追と藍景儀は手伝いを申し出る時期を失ってしまった。
    他の客の邪魔にならないよう、手早く乾坤袋を閉じた藍忘機は小双璧を連れて店を後にする。人通りも多いため、御剣はできないだろう。雲深不知処は目と鼻の先なので、ここからは歩きだろうかと小双璧が含光君の背中についていくと、前方から白い毛玉が飛び込んできた。
    あっと声を上げる間もなく、毛玉は立ち上がって含光君の膝に手をつくと、嬉しそうにはっはっと息をあげた。あまりにも仙子にそっくりだったので、藍景儀はまさかと周囲を見渡したが、豪華な衣に身を包んだ見知った顔はなかった。藍思追は含光君の膝に泥がついたことよりも、その場にいないはずの魏無羨のことを思い出し、すぐに追い払わなくてはと焦ってしまう。

    「こら、離れなさい。飼い主はどうした。迷子?」

    同じくその場にいないはずの魏無羨を守ろうと腕を伸ばした藍忘機は、しかし守る相手もいないため犬を追い払うために近づいた藍思追を守るような姿になってしまった。
    若干の気まずさを互いに覚えながら、犬を追い払おうとするが、犬は立ち上がることをやめたものの嬉しそうに藍忘機の足元に擦り寄って離れようとしない。どうしたものかと親子で顔を見合わせていると、一人の男が息を切らせて走ってきた。

    「ああああ!すみませんすみません!まさか藍の二公子のところに行っていたとは!こら、小白離れなさい!」
    「あなたはこの子の飼い主ですか?」
    「そうです。藍氏のお方。普段は大人しいやつなんですが、急に走り出したかと思えば……くっこいつ……!」

    男が懸命に首輪についた紐を引っ張るも、小白は全身でその場に踏ん張り、藍忘機から離れようとしない。

    「そんなに引っ張ると可哀想です」

    堪らず声をかけた藍忘機だったが、ならば自分が離れればいいと数歩後ろに下がろうとすると、小白は藍忘機の裾を噛んで引き止めてきた。その姿が「藍湛、もう行くのか」と寂しそうに臥床からそっと手を伸ばして裾を掴んでくる寝起きの魏無羨に重なり、藍忘機は動けなくなってしまった。

    「ああ、こりゃだめだ。含光君、どうか一度でいいのでこいつを撫でてやってはくれませんか。そうすればこいつも満足して離れると思うので」
    「わかりました」

    ひとつ頷いてしゃがみこむと小白は待ってましたとばかりに藍忘機に飛びかかり、濡れた舌で目の前の顔を舐め回した。それに慌てたのは飼い主と藍思追、藍景儀で飼い主は再び犬を引き離そうと引っ張り、小双璧の二人は為す術なくおろおろとしていた。唯一落ち着いていたのは藍忘機のみで、小白に揉みくちゃにされながらも優しく背を撫でてやる。
    すると小白も落ち着き始め、一炷香ほど撫でられ満足すると、自ら藍忘機から離れ、大人しく飼い主の足元に戻って行った。
    礼と謝罪を繰り返す飼い主を見送ったあと、その場に残った小双璧は恐る恐る師を見上げる。
    含光君の服は毛まみれで、艶やかな黒髪も絡まり、顔は小白の唾液まみれと酷い惨状だった。
    小双璧はすぐさま宿に駆け込み、部屋を一つ借りると同時に湯浴みの用意を頼んだ。まずは含光君の姿を何とかしなくてはいけない。藍忘機もまた、気にしていないという顔をしていたが、白い毛を払い落としている時にはたと動きを止め、恐る恐る己の衣に近づけた鼻を小さくすんと鳴らした。

    「……………………」

    二度三度、繰り返し鼻を鳴らし、やがてそっと目を伏せる。暫し逡巡したあと、背後で固まっていた小双璧を見遣った。

    「臭うか」
    「それは、まあ、いえ、その、はい」

    藍景儀は懸命に頭を回転させ、相応しい言葉を探したが元々の正直な性根が邪魔をして、最終的に正直に頷いた。藍思追はその横で口を噤み、俯いている。
    そんな二人の様子を見て、藍忘機は小さく嘆息しながら誰に言うでもなく呟いた。

    「とれるだろうか」


    ◇◇


    藍忘機は長い時間をかけて繰り返し身体を洗い流した。洗いすぎて白い肌が僅かに赤くなってしまったが、服を着ればわからない。着ていた衣は諦めて、替えの服に着替える。
    そうしてすっかり元の凛とした佇まいに戻った藍忘機は、待機していた小双璧に訊ねた。

    「臭うか」

    二人は緊張した面持ちで、「失礼します」と断りを入れ、含光君の衣に鼻を近づける。
    すん、すん、と小さな音がやけに響き渡った。

    「…………臭いません!」
    「いつもの含光君の匂いです!俺好きです!」

    ぱっと顔を明るくさせた小双璧は、自分のことのようにはしゃいだ。藍景儀に至っては余計なことを口走ってしまった、と慌てて口を塞ぐが、藍忘機は気にした様子もなく頷いた。

    「遅くなった。戻るぞ」

    颯爽と身を翻す含光君に、二人は元気よく返事を返してついて行く。
    やがて雲深不知処の入口が近づくにつれ、藍忘機は繰り返し鼻を鳴らすようになった。
    もしかしなくても、臭いを気にしておられる。
    小双璧は何と声をかけるべきか悩んだが、やはり言葉が出てこない。
    こんなとき魏無羨ならば、すらすらと気の利いた言葉が出てくるだろうに。しかし品よく礼儀正しく清くあれと教わってきた二人は、どうしたって魏無羨のような破天荒でありながらも礼を知る規格外の人間になれない。ただ黙って前を歩く背中を見つめることしかできない。
    やがて入口が見えてくると、賑やかな聞き慣れた声が聞こえてくる。三人が揃って視線を向けると、魏無羨その人がいた。横には大根を両腕に抱えた温寧の姿もある。そういえば、最近温寧の家の傍で大根を育て始めたと魏無羨が話していた、と藍忘機は思い出す。「温寧は手先が不器用だから土を掘るのに道具を使わず、手で掘るんだ。まあ早いからいいんだけど、放っておくとあいつそこらじゅう穴だらけにしちゃうんだよなあ」と笑っていたのは二月ほど前だったか。
    藍忘機はようやく会えた道侶の姿に愛おしさを、そしてその道侶が自分以外の男と楽しそうに話している姿に悋気を覚えながら駆け寄りたい気持ちをぐっと堪えた。温寧の前では余裕のある夫でいたかった。

    「藍湛!」

    やがて三人に気がついた魏無羨が嬉しそうに顔を綻ばせながら手を振ってくる。
    どうだ、お前にはこんな表情をさせることなどできないだろう、と藍忘機は温寧に向かって鼻で笑ってやった。温寧はおろおろと視線を彷徨わせながら「藍公子、ち、違います!私は魏公子と大根を!」と叫んだ。

    「急に叫んでどうした。藍湛、見てくれよ!この立派な大根!今夜早速食べよう」
    「うん。美味しそうだ」

    魏無羨は温寧の抱えていた大根のうち一本を手に取ると「こっちのは二股!三股もある!」と子供のようにはしゃぎ、やがてそれらを全部温寧に預けて藍忘機の元へ駆け寄った。

    「そんなことはどうでもいい!おかえり、藍湛!羨羨は寂しかっ」

    藍忘機もまた両腕を広げて魏無羨を待ち構えたが、魏無羨は突然ぴたりと動きを止めて鼻を鳴らすと、その場にいた誰もが驚く奇抜な悲鳴をあげながら一瞬で温寧の背後に消えた。

    「ら、らららららららんじゃん!おま、おまえ、いぬ、犬の臭い!」
    「う、うぇいいん……」
    「アッやめろ、頼むから今は近づかないでくれ。な、なんでお前からそんなにも犬の臭いが……」

    温寧は背後で震える魏無羨と、行き場のない手を空に彷徨わせながら声を震わせる藍忘機を交互に見つめる。藍忘機の後ろで額を抑える小双璧の二人に何となく状況を理解すると、「今の魏公子の動き、昔夷陵で魏公子が背後にこっそり胡瓜を置いて驚かせた猫とそっくりだったなあ」と過去の記憶に耽った。自分にはこの状況をどうにもできないと判断したからである。

    「嘘だろ。まるで藍湛の背後に犬が見えるみたいだ!俺にはわかる!白い犬だ!含光君、今日の用事は犬との共情か?」
    「違う!」
    「藍湛藍湛。俺はこんなにもお前に抱きついていっぱい甘えたくて仕方が無いのに、一体どうすればいいんだ!」

    その言葉を聞いて、藍忘機は魏無羨を迂回しながら雲深不知処内に入ると、一目散に冷泉へと向かった。匂いで犬の種類までわかるのかと感心していた小双璧は、我に返ると慌てて藍忘機の後を追った。二人が藍忘機の向かった方角に駆けつけると、服を着込んだまま冷泉に浸かり、最奥にある滝に打たれながら青白い顔で「魏嬰……私は……私は……」と呟く含光君の姿があった。
    あまりの顔色の悪さに「風邪を召されますから」と藍思追が必死に訴えかけるも、藍忘機は頑なに動こうとしない。それどころか、虚ろな目で「臭うか」と繰り返し訊ねてくる始末。
    尊敬する義父の悲壮感漂う姿に今にも泣きそうになっている藍思追を見て、藍景儀は乱暴に頭を掻き毟ると再び魏無羨の元へ戻った。

    「魏先輩!犬の臭いなんてしなかったでしょ」
    「した!俺の鼻は誤魔化せないぞ!」
    「厄介な!あんたのせいで含光君は冷泉から出ようとしないし思追は泣きそうになってる!」
    「なんだって」

    事の次第を聞いた魏無羨は流石に申し訳なくなったが、魏無羨にも譲れない部分はある。考えに考えた結果、藍景儀に静室で焚いている白檀の香を持たせると、それを藍忘機の傍で焚くように言いつけた。
    その後、指の先まで冷えきった藍忘機を前にじりじりと近づいた魏無羨は、その周囲を鼻を鳴らしながらぐるぐると徘徊した。やがてぱっと表情を明るくさせると先程までの怯えが嘘のように筋肉質な尻を揉んだり、艶やかな髪に指を通して遊んだり、顎の下擽ったり、高い鼻を甘噛みしたりとめいっぱい甘えた。その姿はさながら匂い付けをする獣のようで、藍忘機もまた先程までこの世の終わりだというような表情をしていたことなど忘れ、ぽっぽっと耳朶を真っ赤に染めながら嬉しいの肩口に額を擦りつけた。

    「藍湛藍湛。なんでお前はこんなにもいい匂いがするんだろう。ああ、でもずっと身体を清めていたからかお前の匂いが薄くなっちまってる。たくさん汗をかいたらまた匂いが濃くなるかな。どう思う、藍忘機」
    「なる」
    「はは、本当に?それじゃあ、いっぱい汗をかく必要があるな!ところで、お誂向きにここには咥えるものを欲しがってひくつく孔がある」
    「…………恥知らず!」
    「はははははは!あんっおいこら藍忘機!子供たちの目の前でそんな尻を鷲掴みにする君子があるか!」

    互いの身体を擦り付け合って睦み合っていた二人の茶番劇は、藍忘機が魏無羨を抱き上げて静室に引き上げて行ったことで終わりを告げた。
    藍思追と藍景儀は尊敬する師とその道侶が無事寄りを戻したのを見届けたことで、忘れていたはずの疲れがどっと出てきてしまい、この疲れを晴らすためにもまた近いうちに温寧と共に夜狩に出ようと策を練るのだった。
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