及川♀青城練習試合編「だからさ、女バレで一緒に練習したい奴がいるってお前が来た時はびっくりした」
「中学ん時は引退するまで髪短く切ってたしな」
「なんで伸ばしたんだ? あ、別に長いのが似合ってないとかじゃなくて、影山ならバレーに邪魔だから切ってそうなのにって話」
「受験勉強で髪切りに行く時間がなかった。けど美羽ちゃんが長いと可愛いって。昔の自分思い出すし、今はバレー部でも短くしなくてもいいでしょって言ったから」
「美羽ちゃん?」
「姉ちゃん。美容師してる」
一七五センチメートルまで伸びた身長は、女子どころか男子バレー部でも何人かの先輩を追い抜いていた。当然一六二センチメートルの日向と並べば頭半分ばかり影山が高い。影山が女であることに驚いた日向は、身長が大幅に負けていることにもショックを受けていた。いつか絶対抜いてやると息巻いているが、影山としては強い奴と戦うにはまだまだ身長が足りないと思っているのでもっと伸びる予定である。
「そっか。おれはどっちもいいと思うぜ。影山の髪キレーだし」
「お前の感想は別にいらねー」
「酷いっ! せっかく褒めてるのに!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人は早くもいつもの光景になりつつあった。それだけ元気ならぼちぼち練習を再開しようとした澤村の耳にこちらへ向かって走ってくる足音が届く。
「組めた! 組めたよ〜! 練習試合っ!」
眼鏡をかけた彼は今年から男子バレー部の顧問になった武田というらしい。今まで一度も顔を出していないのか、日向も初めて見ると言った。
「ただ……条件があって『女子バレー部にいる影山飛緒を最低一セットは起用しろ』と」
「私っすか?」
突然名指しで呼ばれて首を傾げたが、対戦相手を聞いて納得した。青葉城西。北川第一の男子バレー部が多く推薦で在籍する学校だった。滅茶苦茶な条件に田中が憤慨していたが、きっとそれを言い出したのはあの人だろう。
「君が影山さんだね。女子バレー部の顧問から話は聞いてるよ。正直に言うと教師としては高校生にもなると男女差は大きくて、接触した時の危険性を考えたら止めるべきだと思う。けれどね、」
言葉を区切った武田が真っ直ぐに影山を見つめる。影山の方が背が高いため見上げる形になっているが、女の癖になどと見下す感情は見当たらない。たったそれだけのことであるが、直感的に信頼できる人であると思った。
「真剣にバレーをしたいと言う君の気持ちを僕個人はとても応援したい。僕よりずっとバレーに向き合ってきた澤村くんが君の実力を見た上で許可をしてる以上、頭ごなしに認めないとは言いません。
だからこれだけは守って欲しいです。怪我には充分留意して絶対に危ないことはしない、影山さんが無理をしていると僕が判断した時は参加を止める。約束できますか?」
「はい」
「では改めて影山さんに尋ねます。青城の条件の通りセッターを引き受けますか?」
武田はあくまでも影山に委ねる形で尋ねる。あちこち駆けずり回って取り付けた約束だろうに、強制することはなかった。
「もし、私が嫌だと言ったらどうなりますか?」
「その時は別の練習試合相手を探します。バレーの指導ができない分、それ以外で頑張ることが僕の役割だから」
試すようなことを言ってしまった影山は恥じる。同時に、自分の勘は正しかったと確信した。
「やります。私がセッターでいいなら、青城の条件、受けます」
男バレと混ざって試合をすることは二度とない機会かもしれない。引き受けない理由はなかった。
部活が終わり、男バレ一同は商店街をぞろぞろと歩く。最後尾にいる影山は浮かない顔をしていた。セッターをやると言った以上、全力で戦うことに変わりない。けれども向こうの言い分はやはり影山ありきのようで後ろめたい気持ちになっていた。
「気にしてる?」
「はい。正セッター《菅原さん》や烏野の実力を無視して言ってますよね」
セッターを奪われる形になった菅原が話しかけにくる。影山の知る“先輩”とも“セッター”とも全く違う菅原に自分が受け入れられているか気がかりだった。
「まあ、そうだな。影山がいなくちゃ青城はうちを相手にしてくれなかったと思う。でも逆に考えてみれば四強と戦えるチャンスだ」
「チャンス……」
「烏野は圧倒的に経験が足りない。烏養監督がいればもう少し相手にしてもらえたかもしれないけど、ないものねだりしてもしょうがない。だからどんな理由であれ、こっちはありがたく強い相手と戦わせてもらおう。それにな影山」
菅原が声を潜めて耳打ちをする。悪戯を仕掛ける子供のような表情だった。
「俺は日向と影山のあの攻撃が四強相手にどのくらい通用するか見てみたい」
「菅原さんは……私がセッターでも見てくれるんすか?」
「えっ? うん、そうだけど……?」
菅原の反応に影山は首を傾げた。困惑した顔を見合わせる。
「変なこと言った俺?」
「てっきり、嫌だと思ってました。私は男バレの正式な試合に出れません。なのに今回はスタメンみたいな感じになってしまったので」
「そりゃあ青城に見向きもされてないのは悔しい。けど、技術は間違いなく影山の方が上だと思う。もしもお前が男だったらスタメン争いに負けてたかもしれない。でも、それで燻ってたら俺はずっと試合でコートに立てない。外から見て気づけることもあるって、俺は思ってる」
「菅原さん……」
「あの速攻はお前じゃなきゃできない。だから青城相手にお前の力を見せつけてやれ」
菅原はにっかりと笑って影山の背中を叩く。妬みや僻みを含んでいない言葉は何よりも影山の心を奮い立たせた。
「あざす! 頑張ります!」
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練習試合当日、烏野高校排球部の一同は青葉城西へバスで移動した。プレッシャーに弱い日向が田中の膝にゲロをぶちまける惨事に見舞われつつ敷地へ足を踏み入れる。
「……久しぶりじゃねーの、“王様”。相変わらず男バレに混ざってるみたいだけど、独裁政権でまた追い出されないといいな」
出会い頭に金田一から嫌味を言われてしまった。噂を知っているのか隣にいた人(会話の様子からおそらく先輩)には値踏みするような視線を浴びる。
「“王様“というより”女王様“じゃないか?」
「そ、れは……引退前までは男に混じっても見分けつかない感じだったんで」
こそこそと話しかけてくる矢巾に金田一はそう返すしかなかった。ほんの一年前まで少年然としていた影山は誰もが認める美少女に変貌している。卒業式で会わなかったため、去年の夏が影山を見た最後だ。金田一の動揺は幸い影山には伝わらなかったようで、それどころか先の言葉にも憮然とした態度なのが気に入らなかった。
試合開始の笛が鳴る。
相手コートには金田一のみならず、ちゃっかり国見もスタメンとして起用されていた。けれども当然いると思っていた“1番”がいない。肩透かしを喰らいながら試合を始めるが、ガチガチに緊張した日向は最悪だった。他の人の動きを邪魔し、ミスを連発するのでまともに試合が進まない。後頭部にサーブを受け、ゆらりと近づく影山に日向は怯えきった顔を向けた。機嫌を損ねた影山が何を仕出かすのかと周囲はハラハラしているようだが、生憎この程度で試合を放棄するような繊細な人間ではない。日向も影山を怖がってこそいるが、試合や影山から逃げ出す素振りがないなら充分である。
「とっとと通常運転に戻れバカヤロー!!」
一喝するとようやく日向の緊張が解け、“変人速攻”を皮切りに烏野の得点が重なる。日向の囮も機能し、本来やりたかったプレーを菅原に見せるというミッションもこなせた。そのまま影山をセッターに据え無事に第二セットを獲り返し、続く第三セットも順調にリードし楽勝かもしれないというムードが生まれ始めていたところで俄かに入り口が騒がしくなる。爽やかな《胡散臭い》笑顔で女子に黄色い声を上げられた男を田中は不愉快そうに誰だと尋ねた。
「青城の主将だ」
主将としてチェックしていた澤村に影山も補足する。
「“及川さん”……私を指名したのはあの人だと思います」
及川がどんな選手か教えると北川第一出身か尋ねられたので頷く。及川がこれから出るならばピンチサーバーだろう。あの人のことだ、しばらく見ていればきっとレシーブが苦手な日向か月島を狙う。やっと本調子を取り戻したばかりの日向に言っても逆効果かもしれない。ならばせめて月島に忠告しよう。彼の耳元に口を寄せたところで、割り込むように声がかかった。
「やっほ〜! トビオちゃん、元気に“王様”やってる〜?」
「だってよ王様」
「あ? ちゃんとトスは合わせてるだろ。んなことより最終セット絶対獲るぞ」
得点ボードを確認する。及川が入る前に試合を終わらせてしまえば注意する必要もないだろう。月島から離れて守備位置に戻る。
しかし相手はやはり強豪、完全には突き放せない点数のまま烏野はマッチポイントを迎えた。
「アララ〜、ピンチじゃないですか」
出た。アップを終えた及川がコートに立つ。こちら側に走らされた視線はやはり月島を品定めしているようで、さっさと勝ちきれなかったことに臍をかむ。いつ見ても綺麗なフォームから放たれたサーブは立て続けに月島を狙い、一点差まで追い込まれてしまう。
全体を下げ澤村の守備範囲を広げたお陰で上がったボール。青城のチャンスボールとして返ってしまったが、日向の瞬発力でブロックが追いつく。これを逃せばおそらく烏野は逆転されて、負ける。
「クソが!! 今度は俺が叩き落としてやるよ!?」
金田一が叫んでいるが、ほんの少しでも遅れればもう日向に追いつけやしない。影山の指先から離れたボールだけが日向に届く。誰よりも小さなオレンジがイタリアンカラーを捉える。及川の驚愕した顔が、眼裏に鮮明に焼き付いた。
放課後に1ゲームという約束だったのでもう帰らなければならない。着替える前にトイレを借りようとして金田一と鉢合わせた。
『あいつが男バレの連中より強いのはわかります。だけどできない奴の気持ちがわからないんです。その所為で自信を失くしている奴もいて、明らかにチームに悪影響を与えています。正直、いない方が助かる……』
「ち……」
「謝ったりすんなよ!」
「お前は俺ん中では、ムカつくくらいバレーが上手い横暴な王様だ!」
影山の言葉を遮った金田一を見上げる。中一の時はあまり変わらなかった身長も、今は十センチメートル以上差がついてしまった。
「ナカナオリなんかしねぇ! 別に元々仲良くねぇしな!」
「……おう」
男バレに混ざったばかりの頃は一緒に練習していた。けれども次第に居残り練習する人数は減り、遅くまでいるのは影山だけになってしまった。
「次はお前がいない公式戦だ。俺達が勝つ!」
「……烏野は弱くねえ。日向は下手くそだけど、あのジャンプ力は武器になる。私の分も先輩達……と、日向や月島が戦ってくれる。だから負けない」
自分を探す声が聞こえる。トイレには行きそびれてしまったけれど、先輩を待たせたくはない。去り際に国見がいるのは見えたが、特に声をかけることなく戻る。荷物を纏めてバスへ向かっていると校門に及川がいた。
「でたな大王様!」
「ちっちゃいキミ、最後のワンタッチと移動攻撃すごかったね! 次は飛緒がいないんだから最初から全力でやろうね」
金田一も及川も影山のいないIH予選の話ばかりだ。性別が違うだけで彼らと並び立てないのが悔しい。
「脚……捻挫って聞こえたんですけど、大丈夫なんすか?」
「なぁに? トビオちゃん心配してくれてるの?」
「怪我は怖いんで」
「飛緒こそ、頭にサーブくらったって聞いたけど冷やさなくて平気なの? 保健室寄ってく?」
するりと大きな掌が影山の頭に触れる。周りのみんながギョッとした顔付きになるが、及川は大体いつもこんな感じだ。せっかく結んだ髪の毛を解かれてしまい、掌から逃げて髪紐を奪い返そうと手を伸ばす。
「日向のしょんべんサーブだったので大したことないです。……返してください」
「女の子なんだから上品な言葉を使いな。ほら、これぐらいしっかり纏めれば邪魔にもならないでしょ」
くるりと身体の向きを変えられ髪の毛が一纏めにされる。簡単にやってのけたのに自分でやったのより綺麗に結ばれているのであろう事実がムカつく。
「君らの攻撃は確かにすごかったけど、飛緒の髪が崩れるまで走り回って成立した攻撃だ。レシーブがグズグズじゃなかったらこいつの髪は結び直す必要もなかった。強烈なサーブ打ってくる奴は、なにも俺だけじゃない。今のままだとすぐに限界が来るんじゃない? インハイ予選はもうすぐだ。飛緒抜きで青城と戦えるまで生き残っていられるか楽しみにしているね」
好き勝手に言い捨てて及川は立ち去っていった。苛立ちや気まずそうな空気が流れ、物言いたげな視線が影山に突き刺さる。
「……き、気にしないでください。あの人、ああやって人を引っかき回すのが好きなだけなんです」
「あのさ、いちゃつくなら他所でしてくれない?」
「は? いちゃついてなんかねえ」
呆れたような顔をしている月島を睨みつける。及川は影山を揶揄っただけで、そんな意図はないはずだ。
「王様あれで自覚ないの? 信じられない」
「まあまあ、月島も影山もその辺にして。運転手待たせてるから」
澤村に促され立ち止まっていた面々も歩き出す。体育館に視線を向けたけれど、及川の姿は見えなかった。