歩道橋で「ベランダにね、冬が立っていたんだ」
歩道橋の真ん中で、スケッチブックを抱えてしゃがみ込んでいたその人は言った。まだ夏の気候に染まりきらない夕暮れ時、通り抜けるぬるい風にパラパラと捲られたページ。モノクロな線が引かれた中で唯一色がついていたのは、舞台の上から見えた景色だった。
百々人先輩に気付いたのは、一週間前のことだ。生徒会の用事で遠回りになった交差点、信号待ちで見上げた先に見慣れた黄色い頭がはみ出していた。でもここは事務所からも、百々人先輩の学校からも遠い場所で、その時は見間違いだろうと確かめることをしなかった。そして今日、先週に引き続いて出向いた帰りに同じ黄色があった。二度も目にして、他人の空似で片付けるのは偶然がすぎる。一歩一歩登る度にカンカンと鳴る階段。柵はところどころペンキが剥がれ、赤く錆びていた。登り切った先、座っていたのは見間違えようがないぴょこんと三本の毛束が飛び出た頭。誰か近付いているのには気付いているだろうに、正面に立っても画用紙から顔を外さない。
「……何しているんですか」
無視。2Bの鉛筆を持った手が蝶の翅を描く。絵が上手い人だと思うのに、先輩自身はそれを否定する。
「百々人先輩」
「ベランダに冬が立っていたんだ。だから捕まえようとしたけど、いなくなっちゃった」
いきなり絵空事を言われて面喰らう。百々人先輩は戸惑う俺をよそに、蝶の模様を描いていく。
「夏なのに、そこだけ雪が降っていたんだ。冬がいないと春が来ないと思って、僕は必死になって探すんだけど、どこにもいないんだ」
「夢の話ですか?」
「そう。最近ずっと見る夢」
ようやく顔を上げた百々人先輩。何を考えているかわからない、いつも通りの微笑んだ顔。描きかけの絵をパタンと閉じて立ち上がる。
「今日はマユミくんいないんだってね」
今までのやり取りなどまるでなかったかのように百々人先輩は歩き始める。