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肌を突き刺すような日差しが降り注ぐ。
アスファルトが降り注ぐ日差しに耐えきれず、炎のようなゆらめきを放っている。
ミンミンと鳴く蝉の声が思考を奪う。
汗が首筋を落ちる。
信号はまだ青にならない。
「ふう」
極楽のような涼しさに思わず声が漏れた。
あまりの炎天下に耐えきれず、思わず真横にあったコンビニに逃げ込んでしまった。
藍曦臣は制服のスボンから取り出したハンカチで汗を拭いた。連日三十五度越えの異様な暑さが続いている。いくら夏とは言え、毎年更新される最高気温に熱中症ではないめまいを覚えそうだ。
白いハンカチで数回仰ぐと涼しさが強くなり、藍曦臣はもう一度安堵の息を吐いた。
ぐるっと辺りを見渡す。カップラーメンにスナック菓子、パンに弁当はわかるが、なぜだか大きなぬいぐるみまで陳列されていて、小首を傾げた。
数回しか入店したことのないコンビニの店内を巡る。特に欲しいものはなかったのだが、ただ涼を求めるだけの入店は申し訳なくて、ペットボトルの水を手に取った。
新商品だとか、おすすめだとか書かれた商品が多い。SNSでバズった、とはどういう意味だろう、とカップに入ったスイーツを手に取ってもみる。
そうして十分ほど商品を物色しながら、涼んだ藍曦臣はレジへ並ぼうと矢印が描かれた陳列棚の間に立った。
「あ」
アイスケースの前に知った人の姿がある。
癖のない真っ直ぐな黒髪をひとつに結び、真っ白なシャツから見える肌は日に焼けて健康的な色をしている。肩にかけた黒いエナメルの鞄は、藍曦臣が持っているスクールバッグより一回り以上大きかった。
「江澄……?」
真剣な面持ちでアイスケースを覗いていた顔が持ち上がる。
「あ?」
一瞬、釣り上がった目に不審がる視線を向けられたが、すぐにそこに立つ人が藍曦臣だとわかると、会釈をされた。
「……どうも」
それでも親しい雰囲気は醸し出されず、どこか警戒した猫のように一歩距離を取られる。
「こんにちは、江澄。今日は部活?」
「はい。練習が終わって帰るとこです。藍先輩は?」
「私は生徒会の集まりがあって、同じく帰る途中だよ」
外が暑くて耐えきれずに避難してきたんだと言うと、江澄は「暑くてしんどいですよね」と同意を見せてくれた。
江澄は、弟の恋人の友人だ。
藍曦臣のふたつ年下の弟、藍忘機には魏無羨という恋人がいる。同性同士のその関係を聞かされたときは驚いたが、魏無羨といるときの藍忘機を見ると、それが当たり前の、世間にありふれた様子に見えて藍曦臣は微笑ましく思えた。けれど魏無羨の友人である江澄はふたりの関係を快く思っていないようで、特に藍忘機とは折り合いが悪いようだった。兄である藍曦臣にもまた、なぜふたりの関係を認めているんだと、良くは思われていない。
忘機と無羨は「お似合い」なのに、と藍曦臣はふたりの姿を思い出す。
江澄の首の後ろに浮かんでいる汗が滑り落ちた。
「なにか、迷っているの?」
アイスケースを覗き見る江澄の視線が、先ほどからうろうろと彷徨っている。
「あ、ああ。これとこれ、どっちにしようかと」
江澄が指さしたのは、青いパッケージのアイスキャンディーと、チューブ型のアイスが二本入ったグリーンのパッケージだ。片方にはコンビニのなかに溢れ返っている、新発売と書かれたポップがついている。
「どちらも美味しそうだ」と言うと、江澄はぱっとなにかを閃いたように、グリーンのパッケージのアイスを手に取った。ピピッと軽快な音を立てて会計を済ませる江澄に続いて、藍曦臣も慣れないセルフレジを江澄に教えてもらいながら操作する。
店外に出ると、灼熱の空気が押し寄せてきた。さっきまで涼しいと思えていた余韻すら与えてくれない日差しに、弱音を吐きそうになる。
「これ」
薄みどり色のアイスが入ったチューブを一本、目の前に差し出された。
「一本あげます」
「え? でも、これは江澄が食べたくて買ったものだろう?」
「一本食べている間に溶けちゃうんで」
もう一度、ぐいっと差し出されて、藍曦臣はアイスを受け取った。キンとした冷たさが手のひらに広がる。
「コンビニって、商品の入れ替わりが激しいんで、次来たときになくなってたりするんです。だからこっちが食べたいなって思ったんですけど、一気に二本も食べれないから買うか迷ってて。そこにちょうど藍先輩が来たから」
フタを千切り、アイスを咥えた江澄は、コンビニの前に停めてあった自転車に跨いだ。
「じゃあ、俺はこれからジム行くんで」
そう言って、颯爽とペダルを漕いで行ってしまう。あっと言う間にその姿は藍曦臣の視界から消えた。
ひとり、コンビニの前に残された藍曦臣は握ったアイスに視線を落とす。痛いほどに手のひらを冷やしていたアイスに、もう水滴が浮かんでいる。江澄がやっていたようにフタを千切ると、ピッと中身が頬へと飛んだ。それを指で拭い、行儀悪くもぺろっと舐めた。甘い。改めて口へと薄みどり色をしたアイスを運ぶ。
シャリっとした、でもなめらかな、みずみずしいマスカットの味が口いっぱいに広がった。
日差しは相変わらず強く降り注ぐ。
こんな真っ昼間に歩いている人の姿はほとんどない。
聞こえるのはセミの鳴き声だけだ。
歩行者用の信号が赤から青に変わる。
藍曦臣は汗をかいたアイスを右手に、ゆらめくアスファルトの道を進んだ。
それはまだ八月がはじまったばかりの日のことだった。