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    8nagi87

    @8nagi87

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    8nagi87

    DONE曦澄ワンドロワンライ
    『手紙』
     ■ ■ ■


     姑蘇藍氏歴代宗主のなかで、一番筆忠実なのは藍曦臣だった。どんなに些細な、返事を要しない書簡にも時季の香を焚きつけた書簡箋で一筆返し、またその字も大変美しく、いつの間にか「藍曦臣から届いた書簡を懐に入れておくと文字が上達する」という迷信まで生まれていた。
     その迷信が仙門百家の間で広まると、藍曦臣の元にはさらに多くの書簡が届き、酷いときは三日も寒室にこもり、ひたすら返事を書き綴っていることもあった。見かねた藍啓仁が門弟を検閲の役につけ、返事が必要なものだけを藍曦臣に届けるようになったが、それでも雲深不知処には毎日多くの書簡が送られてきた。
     唯一、検閲されることなく藍曦臣の元に届けられる書簡は、共に四大世家と呼ばれる雲夢江氏、蘭陵金氏、清河聶氏の宗主たちから届くもので、だが、清河聶氏聶懐桑から届く書簡のほとんどは返事が必要のない、いわゆる愚痴と泣き言が綴られたものだった。しかし、返事をしなければ聶懐桑の情緒はますます不安定になるものだから、検閲を務める門弟は聶懐桑からの書簡が送られてくると急いで藍曦臣に届け、藍曦臣もまた、急いで返事を書き綴っていた。
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    8nagi87

    DONE曦澄ワンドロワンライ
    『兄』
    最後にすこしだけ忘羨のおまけ
     ■ ■ ■


     何故こんなことになった? と、江澄はかれこれ一炷香ほど頭を抱えていた。
     右手に持ったままの湯呑に口をつけ、気づかれないように正面に座る人を盗み見る。湯呑の底が透けるほど薄い茶はまろやかな甘みとほのかな香りが特徴の茶葉だ。だが江澄にとっては無味無臭に近いほど薄い茶でしかなかった。そんな茶を喉が渇いているわけでもないのに三杯も飲み、頭のなかで同じ言葉を繰り返している。
     なぜだ。どうしてこんなことになった。一体何なんだ。
     なぜ、藍忘機と二人で茶を飲まなくてはいけないんだ!


     事の始まりは江澄が雲深不知処を訪れたところからはじまった。
     先日、雲夢で発生した邪祟が姑蘇にまで波及してしまう失態があった。幸い、怪我人はいなかったが、雲夢江氏の恥だと宗主である江澄は猛省し、助力してくれた藍曦臣に詫びと礼を兼ねて挨拶に伺うことにした。訪問の日取りは伝えていたが、姑蘇藍氏宗主の藍曦臣は只人からの陳情、他家との談義、弟子の指導にと忙しそうで、楽にしているようにと寒室に通された江澄は藍曦臣のように頼られる宗主にならなくては、と改めて気を引き締めつつ腰を下ろした。
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    8nagi87

    DONEバレンタイン曦澄
    現代AUで歯医者な澄と、患者の曦
     □ □ □


    「虫歯だな」
     藍曦臣は薄紫色のチェアに寝かされたまま、頭上から告げられた言葉に「まさか」と驚いた。まるで虫歯という言葉を初めて聞いた子供のように何度も目をまたたかせる。しみひとつない真っ白な天井を見上げながら、虫歯、と声を出さずに独りごちると、ずんと胸のあたりが重たくなった。藍曦臣が虫歯に人一倍ショックを受けているのは、三十五年以上それに縁がなかったからだ。朝昼晩と歯磨きをするのはもちろん、歯間ブラシもフロスも使っている。仕事柄、多くの人と接するので口臭には気を使っているし、清潔感も欲しいので年に一度は歯科医院でホワイトニングも受けている。だから自分の歯が虫歯になるだなんて考えたこともなかった。今朝このキリキリとした痛みは頭痛だと思った程だ。起き抜けから続く慣れない痛みに鬱屈とした気分で朝食をとり、恋人がいれてくれた胃が悲鳴をあげそうなほど濃いコーヒーを飲んでも和らぐことはなく、緩慢な動きで歯を磨けば冷たい水が脳天を突くほど沁みて、そうしてやっとこれは歯が痛いのかもしれないと気がついた。かかりつけの歯医者に連絡を入れれば、運良く朝一番の時間が空いていると告げられて、藍曦臣は職場に遅れる旨を伝えるとすぐに車を走らせた。それでもまだそのときは虫歯だとは思わなかった。歯が欠けてしまったのか、寝ている間に強く噛み締めていたのか、歯茎が傷ついたのか、とにかく虫歯だとは微塵も思っていなかった。
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