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    粥のぽいぴく

    @okayu_umaimai

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    粥のぽいぴく

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    『青の街にてお茶会を』に展示させていただいた小説になります。

    イベント期間中見ていただいた方、またコメントをくださった方ありがとうございました!

    ノースセクターがお花見に行く話「そうだ、お前たち。次の休暇の予定は空いてるか?」

     その日の職務を終えて、それぞれが自由時間を過ごす中、めずらしく全員がリビングに居合わせたタイミングでマリオンはそう口にした。その言葉を聞いた一同は、その問いに対して不思議に思いながらも、それぞれの手を止めてマリオンを振り返る。

    「次の休暇、ですか。私は特には予定はありませんよ」
    「俺も特には無かったかな、適当に弟分たちに声掛けてみようかとは思ってたけど」
    「俺も今のところは予定はない、図書館にでも行こうかと思っていたくらいだ」

     ヴィクター、ガスト、レンはマリオンの問いに対してそれぞれそう答えた。マリオンは三人の返事を聞くと、少し安心したような様子でこう続けた。

    「そうか、じゃあ今度の休みはお花見をするから、お前たちも参加しろ」

     その言葉を聞いて三人は驚いた顔でマリオンに向き直る。

    「お花見…ですか?」
    「それって、チーム全員でするってこと…だよな?」
    「急に…どうしたんだ?」

     三人はそれぞれ思ったことを口にして、マリオンの返答を待った。想像していなかったマリオンからの提案に、思考が追いついていない状態である。以前よりは関わることが増えたとはいえ、ノースは今でも基本的にプライベートな時間はそれぞれ個人で過ごすことが多いチームなのだ。

    「ジャクリーンが…ブラッドから日本のお花見の話を聞いたらしくて、グリーンイーストでお花見がしたいって言い出したんだ。それに、人数が多くて賑やかな方がいいからお前たちも誘えってノヴァやジャックも言い出して…まぁ別に、無理に付き合えとは言わないけど」

     マリオンは少し歯切れ悪くそう言って視線を逸らす。その様子から、その提案にはマリオンの意思も少しは含まれているであろうことを読み取った三人は、嬉しいやら微笑ましいやら、上手く言葉にできない感情を抱いた。それでいて、家族の輪に混ざってもいいと言ってくれている事実は、彼との関係が良好になっていることを感じ取るには充分だった。

    「なるほど、そういうことでしたか。私は構いませんよ、むしろ参加させていただいてもよろしいのですか?」
    「あぁ、俺も大歓迎だ!休日に一緒に何かするのってこれまでほとんど無かったしな」
    「俺も、構わない。人混みや賑やかな場所は苦手だが…サクラは…嫌いじゃない」

     三人はマリオンに対して肯定の返事を返して、話はこれで終わりだろうかとそれぞれの時間に戻ろうとする。すると、そこでヴィクターが思い出したようにこう言った。

    「そういえば、日程は次の休暇ということですが、具体的な時間や場所は決まっているのですか?」
    「いや、そこはまだ決まってない。どうせならジャクリーンに綺麗なサクラを見せてあげたいんだけど…ヴィクター、サクラのコンディションがいい場所、時間帯とかって調べられるか?」
    「えぇ、可能ですよ。いくつか候補を見繕っておきましょうか?」
    「頼んだ。わかったらボクかノヴァに教えてくれ」
    「わかりました。ちなみにその日の天気は快晴だそうですよ、よかったですね」

     ヴィクターはそう言うと、操作していたタブレットを持って自室へと向かって行った。きっとこのまま頼まれたことを調べるつもりだろう。

    「あ、そうだ。レン、お前には当日の荷物の運搬を手伝ってもらいたいんだけど、頼めるか?」
    「構わない…いいトレーニングになりそうだ」
    「当日はノヴァが張り切って大量の料理を作ることが予想されるから、ボクも運ぶけどレンも運ぶのを手伝ってほしい」
    「わかった」

     この配役についてはレンの迷子対策も兼ねてるんだろうな、とガストは横でその会話を聞いて思っていた。まぁ、それをわざわざ口にすることはしなかったが。それよりも気になることがあったため、ガストも二人の会話に入り込む。

    「なぁ、俺だけ何もしないわけにはいかねぇし、俺にも何か手伝わせてくれよ。当日の食事、何か作ろうか?」

     このままでは当日手持ち無沙汰になることを予想したガストは、自分にもできることはないかと声をかける。世話焼きな彼には、自分だけ悠々自適に花見を満喫するというのは気が重かった。

    「それなら問題ない。食事についてはノヴァやジャックで充分手は足りてる」
    「えぇ…そうか?じゃあ俺も荷物の運搬を…」
    「それも必要ない。安心しろ、ガスト。お前には他に任せたい仕事がある」
    「えっ!なんだ?俺は何をすればいい?」
    「聞いた話だと、なかなかこれが重要な役割らしい。それでお花見の質が左右されるとか…」

     そんな会話をしながら、その日の夜は更けていったのであった。



    ◇◇◇



    数日後、お花見当日

     グリーンイーストのとある公園では、たくさんの桜が咲き乱れていた。

    『日本のみなさん!こちらニューミリオンのグリーンイーストでは、今年も桜が綺麗に咲いています!』

     公園ではハキハキと言葉を発するニュースキャスター、そしてそれを追うテレビクルーが公園の桜をカメラの向こうの視聴者にお届けしていた。彼らは日本のテレビ局のニューミリオン支社に所属している者たちだ。日本で馴染みのある桜が海外のここ、ニューミリオンでも綺麗に咲き誇っていることを伝えようと朝からこうして報道しているのである。

    『え〜こちらの時刻はただいま朝の六時となっております。すっかり春になったとはいえ、まだこの時間帯は少し肌寒いですね』

     カメラの向こう側に向かって状況を伝えながら、一行は公園の奥へと足を進めて行く。

    『いや〜しかし本当に綺麗に咲いていますね、絶好のお花見日和です!まだ早朝ということで、ほとんど人はおりませんが、昼頃には桜を見に来たたくさんの人で賑わうことで………ん?』

     桜に夢中になっていたニュースキャスターの言葉が途切れたかと思うと、何かを見つけたのか一点を注視し、動きが止まる。彼が見つめた先には、周りの木よりも花が落ちずに、より綺麗に咲き誇っている桜の木と、その下に一つのテントがあった。

    『見てください!あちらの桜の木の下に、テントのようなものが見えます!!こんな朝早くからいったい何をされているのでしょうか?さっそくお話を聞いてみたいと思います!』

     そう言ってニュースキャスターはテントの元へと駆けて行き、カメラマンに合図をすると、テレビに映る映像は周りの桜の木と音声のみとなった。

    『すみません、今何をされているんですか?お話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?』

     そんな調子でテントの外から声をかけていると、中からゴソゴソと誰かが動いている音がする。

    「え…悪りィ…ここってテントとか張ってたらダメな場所だったりしました……?」

     すると、中からはまだ目が覚めきってない様子の声がかすかに聞こえてくる。

    『あ、いえ、テントを張っていることを注意しに来たわけではなくてですね、今何をされているのかお話をお聞きできたらと思いまして…』

     ニュースキャスターがそう言うと、テントの中からまだ眠そうな瞼を擦りながら、中にいた人物が顔を出した。

    「何してるかって…花見の場所取り?頼まれてここでみんなが来るの待ってんだけど…」

     そう言って顔を出したのは、眠そうにあくびをこぼすガストだった。そう、ガストがマリオンから命じられた重要な役目とは、お花見の場所取り担当だったのだ。

    『なんと!ニューミリオンでもお花見にここまでの熱意を持ってくれている方がいるとは!嬉しい限りですね!』

     ニュースキャスター、そしてテレビクルー一同は心の中でガッツポーズをした。お花見の場所取り担当、地味で過酷な役割だが、これほどテレビウケがいい役割はいない。桜だけの映像よりも、視聴者が興味を持つ様子が想像できる。なにより、海外のニューミリオンでそのような役割を担う人物に出会えたことがとても美味しい展開なのである。

    「重要な役割だって任されたけど、俺以外に場所取りしてる奴なんていねぇし…これ、する意味あんのかって感じだよな…」

     ガストはそう言いながら、また一つあくびをこぼす。眠そうでありながら、髪型はしっかり整えられたそのアンバランスな様と、整った顔立ちは確実に撮れ高が高くなることがテレビクルー一同には容易に予想できた。

    『日本ではお花見の場所取りは結構激戦だったりするんですよね、あなたのように早朝から場所を取りに来ている方もよく見受けられますよ』

     ニュースキャスターはガストのぼやきに反応すると、クルー一同、そして視聴者も望んでいるであろう要望を口にする。

    『……あの、私たち日本のテレビ局の者なんですが、よければお顔を映させていただくことって…できたりしますか?』
    「え…?テレビ…?…………おわっ!なんかデカい機材持ってんなと思ってたらそれ、カメラか?え?テレビ…?これ、今流れてんのか?」

     テレビの取材を受けていることに気づいたガストは、眠気が一気に覚めたのか、慌てながら質問を投げかける。

    『あ、勝手に映すのはよくないと思ったのでお顔は映してませんよ、声は…入っちゃってますが…ちなみに今は日本で生中継しています。後日ニューミリオンでも一部の映像を放送するかもしれませんが…』
    「え、あぁ…そうか?それなら、まぁ大丈夫か?さすがに今日は騒がれずにゆっくり過ごしたいんだけど…」
    『えっ………あれ…?もしかして、あなたはエリオスの─』



    ◇◇◇



     一方、ガストが取材を受けていた時間から三時間ほど経った頃、ノヴァのラボでは出来上がった食事や飲み物をクーラーボックスに詰め込んで、マリオンとレン、そしてノヴァ、ジャック、ジャクリーンが出発の準備をしていた。

    「マリオン、レンくん、ごめんよぉ〜楽しくなっちゃって色々作りすぎちゃったかも〜」

     そう言ってノヴァは頬を掻きながら、それぞれ両脇にクーラーボックスを抱えた二人に謝罪した。

    「大丈夫だ、ノヴァ。大して重くない」
    「…これもトレーニングだと思えば、問題ない」

     それぞれ、やや異なる反応をノヴァへと返すマリオンとレン。マリオンは言葉の通り、涼しい顔をしているが、レンはやや強張った顔をしている。

    「辛くなったら言ってね、ジャックもいるし、おれも少しなら運べると思うから」

     あはは〜と笑いながら、ノヴァが細い腕で力こぶを作って見せる。そして、その周りをジャクリーンがご機嫌に飛び跳ねていた。

    「ワーイ!お花見お花見!とっても楽しみナノー!!」
    「ジャクリーン、楽しみなのはわかりマスガ、落ち着いてくだサイ」
    「だって!ヴィクターちゃまが最高な場所を見つけたって言ってたノ!楽しみすぎて落ち着けないノー!」

     ぽよんぽよんと可愛らしい音を響かせながら、ジャクリーンはまたその場を跳ね回る。その様子をマリオンたちは微笑ましく見つめていた。

    「じゃあ、そろそろ出発するか」
    「待って、マリオンちゃま!ヴィクターちゃまがまだ来てないノ!」
    「ヴィクなら先に行って場所を見とくって言ってたよ、もうガストくんと合流してるんじゃないかな?」
    「そうナノ?」
    「ヴィクの計測なら、選んだ場所については問題ないだろうけど、それが本当にベストなのか、自分で確かめたかったんだろうね。当日になって条件が変わることなんてよくあるし」

     研究者としての性なのか、ノヴァは理解がある様子でヴィクターの行動を語る。おそらく彼もヴィクターと同じ役割を担当していたなら、同じ行動を取ったのだろう。

    「じゃ、改めて出発しようか。そろそろガストくんもお腹を空かせてるだろうし」
    「そうだな。レン、ちゃんとついてくるんだぞ」
    「言われなくても…わかってる…」
    「ジャクリーンのことはジャックが見ているノデ、心配なく」
    「ウフフ、ジャクリーンもちゃんとみんなについていくノ〜!お花見お花見♪楽しみナノー!」

     こうして、マリオンたちもお花見会場へと向かうのであった。



    ◇◇◇



     他のメンバーよりも先に合流していたガストとヴィクターは、二人で桜の木の下でコーヒーを啜っていた。

    「お疲れ様です、ガスト。体調はいかがですか?」
    「朝は肌寒くて眠気もヤバかったけど、今はもうすっかり目も覚めたし、問題ねぇよ。コーヒーサンキューな、ドクター」

    時刻は午前九時を少し過ぎた頃、少しずつ公園にも人が集まってきていた。

    「私が来るまでの間、特にトラブルなどはありませんでしたか?」
    「トラブルっつーか、朝に日本のテレビ局?が取材にきてさ、さすがにこんな早い段階から今日ここで花見するってのがバレるのはマズイと思って少し焦ったぜ」

     ガストは、数時間前の出来事をヴィクターに話す。当時は目が覚めきっていない状態だったが、すっかり目が覚めた今ではなかなか珍しい体験をしたもんだと思い返す。

    「ほう、問題はなかったのですか?」
    「あぁ、なんか気遣ってくれたみたいでたぶんバレてねぇとは…思う。最後に名前出されそうになったときは焦ったけどな」
    「そうでしたか、まぁチーム全員に加えて、ノヴァやロボさんたちも集まるわけですから、市民に広まるのは時間の問題のような気もしますがね」
    「まぁそれでも、なんつーかドクターやマリオンには貫禄?威厳?があるっつーか、市民も気づいても気遣ってぐいぐい来たりはしなさそうじゃねぇか?」
    「さぁ、どうでしょうね?それでもファンが声をかけてきたときには、笑顔で対応してあげてくださいね」
    「あぁ、わかってるよ。それに、声かけてもらえんのはやっぱり嬉しいしな」

     そんなやり取りを続けながら、ガストとヴィクターは他のメンバーが集まるまでの間、ひと足先に二人だけのお花見を楽しんでいた。



    ◇◇◇



    「あ!ヴィクターちゃま!ガストちゃま!場所取りありがとうございましたナノ!!」

     ジャクリーンがそう言って元気に二人の元へと駆け寄って行く。午前十時を過ぎた頃、ようやく公園にお花見メンバーが全員集合した。

    「おーい!レン!…ってすげぇ荷物の量だな!?疲れただろ、大丈夫か?」

     レンが荷物を地面に下ろし、一息ついていたところに、ガストがそう声をかける。

    「別に、問題ない。お前はお前で疲れたんじゃないのか?」
    「え、俺?俺は別に…着いてからはダラダラしてるだけだったし、そんなには…?」
    「そうか、それにしても…マリオンは本当に平気そうな顔をしているな…」

     ガストとレンはそんな言葉を交わすと、揃ってマリオンの方を見る。確かにレンの言う通り、マリオンは疲労感など微塵も出ておらず、汗一つかいていない。

    「やっぱすげぇよな…マリオン」
    「…俺も、もっとトレーニング量を増やすか」
    「はは、まぁ帰りは俺も手伝えるしさ、今日はあんま無理すんなよ」
    「必要ない、お前は来たときと同じようにテントとシートだけ持って帰れ」
    「えぇ〜まぁ確かに、テントとかシートって他の荷物と一緒だと持ちづらいんだよな…」

    「レン、ガスト、何してる。早くこっちに来て座れ」

     立ち話を続けるレンとガストに既にシートに座っているマリオンから声がかかる。周りのメンバーは既にカップに飲み物を注いで持っており、お花見を開始する準備ができているようだった。

    「よーし、みんな飲み物は持ったかな?ちょっと早いかもしれないけど、みんな朝から疲れただろうし、始めちゃおうか…ってこれ、おれが始めちゃっていいのかな?」

     全員に飲み物が行き渡り、これからお花見を開始するというタイミングでノヴァが一同に声をかける。

    「別に誰が始めても問題ないとは思いますが…今回の立案者はお転婆ロボさんでしょうか?それなら、お願いしてはどうでしょう?」
    「そうだね、ジャクリーン、お願いできるかい?」

     そう言ってノヴァとヴィクターはジャクリーンに視線を向ける。ジャクリーンはそのお願いに応えるべく、ぴょんと立ち上がった。

    「任せてほしいノ!え〜っと今日はみなさん、素敵なお花見を準備してくれて本当にありがとうございましたナノ!綺麗なサクラが見られてジャクリーンとっても嬉しいノ!素敵なサクラに乾杯ナノー!!!」
    「「「「「「乾杯!」」」」」」

     こうして、ジャクリーンの乾杯の合図でお花見は開始された。

    「それにしても、本当にいい場所見つけたねヴィク。他の木も綺麗に花をつけてるけど、この木は一段と綺麗だよ」
    「この場所は陽当たりも桜の成長を促すのに最適ですし、地面の状態も良く、立派に木が成長していました。何より風があたりにくい場所にあるので、他の木よりも花が落ちずにこうしてたくさんついているのですよ。先ほど一通り公園の中を歩いて見てきましたが、やはりこの場所が一番最適でしょうね」

     ノヴァとヴィクターがそんな会話をしながら、桜の生態について話を膨らませようとしている横で、マリオンはガストに声をかけた。

    「ガスト、場所取りはスムーズに行ったのか?他にここを目指してきた人はいなかったのか?」
    「俺が来たときには公園には他に人はいなかったんじゃねぇか?ドクターが来た頃には人も増えてきたけど、だから問題なく場所は取れたぜ」
    「そうだったのか…調べたら日本では場所取りは早朝からするもの、みたいに書いてあったから…その、悪かったな」
    「いや、別にいいよ。なかなかない体験だったし、それに、そのうちニューミリオンでも早く来ないと場所がなくなるくらいには花見客も増えるんじゃねぇの?こんなに綺麗に咲いてるんだし」

     そう言って、ガストは頭上の桜を見上げた。

    「そういえば、今回は日本のお花見を体験しようといった趣向でしたが、レンはこのようにお花見をしたことはあるのですか?」
    「あぁ、家族やウィル、アキラとこうしてサクラを見たことはある。そのときは母さんも、普段のピクニックとは違って和食をたくさん用意していたな…」

     レンは目の前を舞い散る桜の花びらを目で追いながら、過去を懐かしむようにヴィクターの問いに答える。以前はレンから家族のことを聞くのはどこか憚られる気持ちがあったメンバーだが、決してレンは家族のことを話すのが嫌なのではないとわかってからは、こうして少しずつ彼の思い出を引き出している。

    「そういえば、シオンも桜の季節は今年も桜が綺麗だってはしゃいでたなぁ、落ちてた枝を拾って見せに来てくれたこともあったよ」
    「そうか、姉さんらしいな…」

     ノヴァとレンは二人して懐かしむように桜を眺めた。もう戻ることのない日々だが、共有することで、色褪せずに思い出は残すことができる。今日の桜の色を、かつて見た桜の色と重ねて、どこか暖かい気持ちになるのを感じていた。

    「みなさん、食事の準備ができマシタ。お好きなものを取って食べてくだサイ」

    シートでくつろぐメンバーに、ジャックから声がかかる。そこには朝からノヴァとジャックが張り切って用意した食事の数々が並んでいた。

    「そういや、今回も和食がたくさん用意してあるみてぇだけど、これ、ノヴァ博士が作ったのか?」

     ジャックが食事を用意している横で、それを手伝っていたガストが並んだ料理を目にして言う。

    「おれとジャックで作ったんだ〜唐揚げとか、卵焼きとか、おでんとか色々!あと巻き寿司に挑戦してみたんだけど、具材で模様を作るのが面白くって、気づいたらたくさん作っちゃったんだよねぇ」

     ノヴァの言うように、用意された食事の中には様々な模様の巻き寿司が並んでいる。さすがノヴァやジャックの作ったものなだけあって、綺麗な模様が作り出されており、正確に具材が配置されていることがわかる。

    「わー!これ、ジャクリーンの模様ナノ!こっちはジャック!」
    「これは…猫の模様になってる…!」
    「へ〜すげぇな、これは俺たちのヒーローマークか?よくできてるな」
    「えぇ、とても綺麗にできていますね」
    「さすがノヴァだな、食べるのが勿体無い」

     各々が巻き寿司に感嘆の声をあげる様子をノヴァとジャックは満足そうに眺めていた。



    「そういや、日本の花見ってこんな感じでいいのか?場所と食うものが違うだけで、普通のピクニックみたいな感じか?」

     ガストが食事をしつつ、一同に投げかける。まぁ花見という催しなのだから、その名の通り花を見ていればいいのだろうが。他に何か特別なことはあるのだろうかとガストは気になった。

    「ジャクリーンは、ブラッドからどんな風に聞いたんだ?」

     マリオンはジャクリーンがお花見に興味を持った原因の人物を思い出して、問いかけた。

    「え〜っとね、日本では元々すごい人?の行事だったみたいナノ!みんなの言う通り、花を愛でることが目的だったみたい!でもね、今ではたくさんの人がお花見をするようになって、食事を持ち寄って賑やかに食べて飲んでってするのが一般的らしいノ!」
    「へぇ、そうなのか。それだったらこれでちゃんとできてんのかな?」

     ガストがそう返すと、ジャクリーンはさらにこう続けた。

    「あとね、ジャクリーンが気になったのはブラッドちゃまから聞いたことわざ?ナノ!えーっと…確か、『花よりお団子』ナノ!」
    「それは…『花より団子』のことだな、俺もそれは知ってる。昔、姉さんやアキラがよく言われていた気がする」

     レンはジャクリーンが言ったことわざには心当たりがあった。花見に来ても、途中から食べることに夢中になっていた姉のシオンやアキラに対して、そんな風に親たちが言っていた記憶がある。ウィルもお花見で食べる和菓子に目を輝かせていたが、ウィルは花を満喫することも忘れていなかったので、『花も団子も』というのがしっくりくると思った。そんなことわざは存在しないが。

    「それでジャクリーン、綺麗なサクラもだけど、サクラよりも夢中になっちゃうお花見団子も気になって…実際にサクラを見ながら、お団子を食べてみたくなったノ!」

     そう言ってジャクリーンはえへへと笑った。

    「と、いうことは、そのお団子も用意されているのですか?」
    「うん、それもおれとジャックで作ったよ♪和菓子作りも結構楽しかったなぁ、また何か作ってみようかな」
    「料理だけでなくお菓子まで、なかなか張り切ったようですね、ノヴァ。さっそくいただきたいところではありますが、今は食事の方でお腹がいっぱいなので、後ほどいただいても?」
    「もちろん、おれも今は食べられないや〜しばらく休んだらおやつにしよう♪」

     そうヴィクターに答えると、ノヴァはごろんとシートに寝転んだ。枝と花の隙間から優しく差し込む日差しがノヴァの眠気を誘っていった。



    ◇◇◇



     食事も大方減った頃、それぞれがのんびりとお花見を満喫していた。ヴィクターは付近を散策し、何やら植物を調べているようで、レンはシートに座って本を読んでいる。その横でノヴァは気持ちよさそうに昼寝をしており、マリオンはジャクリーンとともに状態が綺麗な桜の花を拾って集めていた。ガストは先ほど食べたおでんが気に入ったらしく、ジャックに作り方を教わっている。
     昼過ぎの公園にはたくさんの人が訪れており、声をかけてきた市民も多くいたが、特に問題はなく悠々と穏やかな時間が過ごせていた。

    「わーーーーーーーー!!!!!」

     そんなとき、不意に悲鳴が上がる。その声は気持ちよさそうに寝息を立てていたノヴァから発せられたもので、そばにいたレンがビクッと体を震わせる。

    「どうした!ノヴァ!」

     マリオンがノヴァの側に駆け寄ると、ノヴァは飛び起きた状態で呆然としていた。

    「ううぅ…寝てたら顔の上に何か落ちてきたみたいで」

     そう言ってきょろきょろと周りを見回すノヴァ。マリオンもつられて周囲を観察すると、おそらく落ちてきたであろうそれを見つけた。

    「きっと…この毛虫だな…」
    「わー!!やっぱり!?違っててほしいと思ってたけど!」
    「顔は大丈夫か?何ともないか?」
    「今のところは何ともないけど、マリオンから見てどう?赤くなってたりしない?」
    「特に問題はなさそうだけど…」

     マリオンがノヴァの顔を確認していると、悲鳴を聞きつけたヴィクターがこちらに向かってきた。

    「何やら騒がしかったですが、何かありましたか?」
    「ヴィク〜!あの毛虫がおれの顔に落ちてきたみたいなんだけど!おれの顔どうなってる?」
    「落ち着いてください、顔は何ともありませんね。……あぁ…この毛虫は毒は持っていませんよ、安心してくださいノヴァ」

     ヴィクターは毛虫を見て種類が特定できたのか、毒性がないことをノヴァに伝える。

    「本当!?大丈夫なやつ!?」
    「えぇ、顔は特に痛い部分もありませんか?」
    「うん、特にはないかな」
    「そうですか、それなら大丈夫だと思いますが、何かあれば言ってください」

     ヴィクターはノヴァにそう言うと、余っていた割り箸で毛虫をそっと摘み上げた。

    「おい、ヴィクター。それ、どうするんだ」

     その様子を見ていたマリオンが声を上げる。もし、コレクションとして部屋に持ち込まれるのであれば、それは全力で阻止したい。

    「ふふ、そんなに身構えないでください。人が周りにいないサクラの木に帰してくるだけですよ」
    「そうか…ならいい」

     それを聞いて安心したマリオンはふぅ、と肩の力を抜いた。

    「あはは、騒がしくしちゃってごめんねレンくん。読書の邪魔しちゃったかな?」
    「いや、気にしてない。誰でも虫が降ってきたらびっくりすると…思う」
    「あ〜なんだか慌てたらまたお腹が空いてきちゃったよ、そろそろみんなでお団子を食べないかい?あ!レンくんにはちゃんと甘くないものも用意してあるからさ」
    「そうか…それなら食べてもいい」

     ノヴァはレンのその言葉を聞くと、嬉しそうにお団子を持ってきたボックスから取り出し始めた。



    ◇◇◇



    「この団子…俺が見たことがあるものとは何か…違うな?」

     レンがそう言って見つめる団子には、桜色、白色、緑色の団子の下にもう一つ、水色の団子が串に刺さっていた。

    「お花見団子といえば、サクラ、白、緑の三色が定番らしいんだけど、でも、もう一色足したら今回のお花見にはぴったりだろうなと思ってさ〜♪どう、レンくん?なぜだかわかる?」

     レンのコメントにノヴァが食いつくと、違いを当ててみてくれと言わんばかりに言葉を返す。レンには全く検討が付かず、なぜこのような食欲を減退させるような色を使ったのかと疑問が募るばかりだ。するとそこに、お団子を取りにジャクリーンがやってきた。

    「あ!このお団子!マリオンちゃまとヴィクターちゃまとガストちゃまとレンちゃまみたいナノ!」
    「お!ジャクリーン!大正解〜!」
    「えっ!?」

     ジャクリーンの言葉を聞いて、レンは再びお団子を見る。桜、白、緑、そして水色…確かにこうして四色揃っていると、四人のヒーロースーツにも使われているイメージカラーが連想される。青ではなく水色なのは、おそらく見た目やそれこそ食欲をそこまで減退させないための配慮だろう。しかし、わざわざ手間を加えて自分のイメージカラーのお団子を追加したノヴァの配慮には嬉しいやら恥ずかしいやら、くすぐったい気持ちにさせられた。

    「そのために、わざわざこんな手のかかることをしたのか…」
    「あはは、思いついたらやらずにはいられなかったんだよね」

     そう言ってノヴァは嬉しそうに笑う、レンはふいと顔を背けつつ、一本お団子を手に取った。

    「本当だ、言われてみると俺たちみたいだな、この団子」
    「ふふ、そう言われると、どの色から食べるのか悩ましいですね」
    「別に、気にせず食べたらいいだろ…まだたくさんあるみたいだし」

     ガスト、ヴィクター、マリオンもお団子を手に取ると、自分たちの色が並んだそれを眺めた。食べるのがやや惜しい気もするが、全員そんなことを気にするタイプではない。

    「お味はどうデスカ?ジャクリーン?」
    「とっても美味しいノ!もちもちで甘くて、いくらでも食べられちゃうノ!」
    「サクラを忘れるくらい美味しいか?」
    「うーん、サクラを見ながら食べてるからより美味しい気がするノ!それに、食べながら見てるとサクラももっと綺麗に見えるノ!サクラもお団子もどっちも魅力的ナノ!」

     お団子を頬張るジャクリーンに、ジャックとマリオンが問いかける。お花見団子は桜を忘れるほど美味しいのではなく、桜の魅力をより引き出し、また逆も然りといった結論に落ち着いたようだ。

    「うふふ、お花見、とっても楽しいノ!また次もみんなで来たいノ!!」
    「そうだな…また、みんなで来よう」

     マリオンがそうジャクリーンに返すのを他のノースセクターのメンバーは和やかな気持ちで聞いていた。中でもガストは、このメンバーで今回こうしてお花見ができているだけでも、奇跡的だと思っていたため、感慨深いものがあった。

    「本当にまた、来れたらいいな」

     ガストはそう言ってレンとヴィクターに視線を向けた。

    「そうですね、今日はなかなか楽しめました」
    「まぁ、たまにならいいんじゃないか」

     二人から肯定的な返事が聞けて、嬉しくなる気持ちとともに、ガストは串に残った最後のお団子を噛み締めた。来年には、きっと、もっと絆が深まっていることを信じて。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
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    Replies from the creator

    粥のぽいぴく

    MOURNING執事カフェのガとヴィの話
    CP未満ではありますが、そのように見えるかもしれません。左右は特に明記していませんので、その場合はお好きな解釈でどうぞ

    相互さんへの捧げ物でした☕️
    「お帰りなさいませ、ガスト坊ちゃま、アキラ坊ちゃま」
     ヴィクターが手伝いをしていると聞いたカフェに赴き、店内に足を踏み入れるとガストは聞き慣れた心地よい低音に出迎えられた。しかし、聞き慣れない呼び名で呼ばれたことに衝撃を受け、一瞬その場で動きを止める。一緒にやって来たアキラに横から声を掛けられるまでの短い間、確実に意識はどこか遠くへ飛んでいたようだった。
    「ははっ、ガスト坊ちゃまだってよ。似合わねーな」
    「言われなくてもわかってるって」
     アキラからの言葉に苦笑しながらそう返す。正直アキラも人のことは言えねぇだろ、とガストは思いつつも、自分の似合わなさと比べるとそこまででもないか、と思ったことを胸にしまった。ガストは事前にSNSでこのカフェの評判を見たことがあったが、そこにはヒーローが執事として給仕してくれる事への物珍しさを綴った感想や、対応の素晴らしさ、執事が格好よかった、可愛かった、お出迎えから虜にされた、なんて意見が多く見られた。実際にお出迎えを体験した今、なるほど、これは確かに威力があるな、なんてどこか冷静に先ほどの衝撃をガストは思い返した。執事をコンセプトにしたカフェなのだから、客もそのように扱われるのは不自然なことではない。むしろ、予想できることであったはずなのに予想以上の衝撃を受けてしまったことに、ガストは自分でも少し驚いていた。
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    粥のぽいぴく

    MOURNING相手の気持ちを知った上で自分に本気になるなって言うヴィクが見たかった。その結果相手を焚き付けちゃう展開も見たかった。書けたのかはわからない。
    付き合ってません。一応ガスヴィクのつもりで書いてます。
    「おや、珍しいですね」
     ノースセクター研修チームのリビングにて、ローテーブルの上に置かれたワインボトルと、ワイングラスを手に持ったメンティーの姿がヴィクターの目に留まった。思わず声を漏らすと、その声に気がついた彼のメンティー、ガストはお酒が回り始めているのか少し高揚した様子でヴィクターの方を振り返る。
    「お、ドクター。今戻ったのか?」
     遅くまでお疲れさん、と労いの言葉をかけながら、ガストはソファに沈み込ませていた背中を起こし、手に持っていたグラスをローテーブルに置いた。ヴィクターはリビングの奥へと足を進めガストの側に寄ると、改めてローテーブルの上に視線をやる。そこにはぱっと見ただけでもなかなかに高価そうだとわかるワインボトルに、それが注がれた一人分のワイングラス、ボトルの中身がまだそれほど減っていないところを見ると、まだ飲み始めてからそれほど時間が経っていないように推測できる。時刻は既に午前一時を回っており、普段のガストならもうベッドに入っていてもおかしくはない時間だ。そうでなくとも、この時間帯に部屋ではなくこうしてリビングにいることは非常に珍しい。
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