カイトまどろみの中、夢とも言えぬ断片を目蓋の裏に見ることがあった。
頬を冷やす朝の風、若い草のにおい、記憶の中薄らいでしまった誰かの笑顔。
遠く山脈に沈む夕日、焚き火の向こうの誰かの横顔、シチューを椀に注ぐ仕草、祭りの炎、産声、大樹の中を流れる水の音、赤ん坊の頬のくれない色、山あいにこだまする葬送の歌、もの言いたげな後ろ姿。
「どうした」
声をかけてやると、金色の髪が美しかった少年は振り向いて言った。
「この平原を出ようと思うんだ」
わたしははじめ、少年が冗談を言っているのだと思って笑おうとした。しかしその翠の眼差しがあまりに真剣であったのでただ小さな声で「なぜ?」と返すことしかできず、それきり押し黙って恐れるように答えを待った。
「ここより広い世界があるなら見てみたい」
そう少年は言い、「もちろん満足したら戻ってくるとも」と気遣うように付け加えた。わたしはその子の、いつか渡り鳥が運んできた貝殻のように白く華奢な足が、この平原の柔らかく水を含んだ草でも、黒ぐろと太った暖かい土でもない、どこか遠い場所の地面を踏むところを想像しようとしてみたが、どうにもうまくいかなかった。
切り出したばかりの氷よりよく輝く鱗も、広げれば家のふたつは覆ってしまえる自慢の翼も、岩山を噛み砕く顎さえも、何の役にもたちはしない。ただわたしは「気をつけて」と笑いながら、せめてその姿を忘れずにいようと瞳に焼き付けるのに一生懸命になっていて、少年が小さく口にした「きみも外に出たらいい」という言葉には、曖昧な返事を返しただけだった。
少年が満足することはおそらく生涯なかったのだろう。
わたしはまどろむ。彼がついぞ見果てることのなかった景色を想像することもできず、ただ記憶の断片だけを、抱いている。