リボンの応用法について七月一日。
サギョウは悩んでいた。いわゆる花金と呼ばれるタイミングではあるが、そんな悠長な精神状態ではなかった。普通に悩んでいた。新横浜というもはや土地自体がポンチである場所でゆっくりした休みなど見込めない場所において花金は無効化されるのもある。
七月二日は半田桃の誕生日である。それだけならば悩むこともないのだが、半田桃とサギョウは先日お付き合いを始めた仲だった。お付き合い。恋人関係。将来を誓い合う仲(半田談。サギョウは重いな…としみじみ思った)。サギョウとしては「いつか別れるかもな〜〜」の気持ちが常にあるのだが半田がそれを薙ぎ倒してくるスタイル。
これまでなら「とりあえずセロリ渡しときゃ喜ぶだろこのセロリマン」で終わっていたのだが、恋人ともなるとそうはいかない。サギョウはゲンドウポーズを取らざるをえなくなった。世の恋人同士って誕生日に何を送るんだ。先日のサギョウの誕生日の時は「なんでもして欲しいことを言うがいい!」と言われたのでそれに従った。行動支給である。大変満足したのでその時のことはいいのだが。
では半田桃のプレゼントには何を送るべきか。「なんでもしてほしいこと」だろうか。サギョウはあらゆる選択肢を思い浮かべて「普通にやだな‥‥」と呟いた。
半田桃とサギョウは恋人関係だが、サギョウは半田桃というダンピールの常識を全く信用していなかった。セロリ、ロナルド、その他関係に付き合わされる可能性がある。それは、なんか、こう、あれだろ。しないかもしれない。可能性がある以上踏むことはしたくない。
「なんでも」を言うのだって、サギョウにはちょっとした冒険心が必要だし、それなりの期待を持つ。セロリ塗れにされたらちょっとあれがあれなので。
まあ平たく言うとイチャイチャしたいのである。だって恋人の誕生日なので。当然の心理。
だがこちらはプレゼントする側になる。果たして半田桃とイチャイチャできるサギョウからのプレゼントとは一体。
その時サギョウに電流走る。
「プレゼントは僕(はあと)‥‥?!」
「おみゃー寝てないんか?」
通りすがりのヒヨシが胡乱げな目になった。漫画で見るリボンを巻いた女体はエロいよなという話になった。
リボンってどこに売ってるんだろと思考を飛ばしたところで、一人ではリボンを巻けないことに気が付いた。いや成人男性の身体にリボン巻いて「プレゼントはぼ♡く」するのは精神的にも肉体的にもめちゃめちゃキツいけど。半田はサギョウのことをなんでか「かわいいな♡」と言うのでアリかなと思ったのである。
にしてもこれだと結局「なんでも」に当てはまる。性的なこと一直線であればえっちなことで何とかなるかなとは思ったけど。
やっぱ覚悟決めてストレートに「なんでも」にするか、とサギョウは山手線状態の思考に蹴りをつけた。
誕生日当日に半田桃はウキウキでサギョウを家に連れてきた。サギョウとのことを両親に報告し、家族に祝ってもらい、誕生日として生誕への愛の言葉を送られる。素晴らしい母と父に恵まれ、半田桃は人生最高の誕生日を更新したとすら思った。
「食べましたねえ」
「食べたな」
自室でベッドに背中でもたれかかるサギョウに、半田は茶を出す。からから氷の音をさせながら、サギョウは少し匂いを嗅いだ後に口をつけた。
「うわセロリ風味」
「配合した。スッキリするだろう」
「満腹で飲むのにぴったりなの笑うんですけど、はは」
「そうだろう、自信作だ」
「はは、へんなの」
へらりと笑う顔に、柔らかそうだなという感想を持つ。
「よく笑うな」
「ん?あ、あー。ふふ、ちょっと酔ってるかもしれませんね」
「酔う?」
酒は最低限しか出していなかったはずである。サギョウはいつもより何倍も表情筋を柔らかく動かしている。触れたらどうなるのだろう。
「何というか‥‥幸せ酔いっていうか。セロリ、ふふ、あっはは。セロリ茶で一気にきました」
「セロリ茶でか」
「セロリ茶でです」
半田は相槌を打ちながら、サギョウの頰をつついた。すべすべしていて熱を持っている。半田の指には少しむずがるようにして顔を逸らした。なんだそれかわいいぞ。サギョウかわいい。普段はしない反応にうっかり数秒心臓が不規則に鼓動を刻んだ。
「まあこのテンションくらいがちょうどいいです。でぇ、はい!」
サギョウは半田に向けて手を広げた。
「プレゼント、です!やって欲しいこと聞きましょう!セロリでもロナルドさんでもかかってきてください!」
「かわいいな」
「ん?」
子供のような仕草にうっかり思っていたことが漏れた。とろんとしたサギョウの目と目が合ったので一つ頷いた。
「かわいいぞ」
「言い直したなあ。やっぱプレゼントは僕(はあと)で裸にリボン巻いてきた方がよかったですかぁ?」
「待てなんだそれは!なんか‥‥なんかえっちだぞ!そして風邪をひく!」
「ふは、途中までいいかなあと思ったんですけどねえ。自分で巻けないなあって」
「ダメだ‥‥それはなんか‥‥ダメだ」
リボンに巻かれるサギョウを想像しようとして半田は顔を真っ赤にして首をぶんぶん横に振った。そちら方面で貧困な想像力でも耐えられなかったのである。
「そしたらぁ、えっちなことできるかなあって」
「ヴァッ」
しかしサギョウはその上を行った。なんだそれはサギョウ、なんか、すごくえっちだ。そしてかわいい。かわいくてえっちだ。
半田の指に沿わせて、指の股を擦るようにして手を滑らせる。サギョウは目を細めて半田の首に腕を巻く。一気に距離が近くなり、吐息が当たる距離だ。
「ね、プレゼント、どうします?」
あまりにあまりなことに叫ぶ直前、半田は指をぴくりと動かし思わずそちらに視線をやった。触れたサギョウの指から、ざらりとした触覚の違和感がある。
ふわふわとした、淫靡な雰囲気を放っていたサギョウはその視線を追って。
「あ」
顔を真っ赤にして「あぁぁあ」と片手で目を覆った。
「これは?」
半田は違和感のあったサギョウの手を取る。見ると、薄いオレンジ色だったため分かりにくいが、薬指の根元に、細い布製の何かが巻かれている。見覚えがあった。先程の誕生日会で装飾に使われていたリボンの一部だ。
「あぁああ、もう、バカ、僕のバカ。勢いでバカなこと」
「落ち着け、何の話だ」
「いや、あの、あのですね」
サギョウは耳もうなじも真っ赤にしていた。あんなにえっちなサギョウだったのにびっくりするほど真っ赤だ。
「リボンー‥‥巻いてプレゼントが僕っていうの、をー‥‥。はい、薬指でやろっかなって」
「それは」
「だって?!テンション上がってましたし?!」
「プロポーズということで」
「えっちな方が恥ずかしくないですし?!」
「その感覚はわからんがえっちな方じゃないのか、このリボン」
「そうですけど?!薬指あげてずっと一緒にいましょ的な?!そんな?!ちょっと誕生日会なのもあって感傷的な重めなことをしちゃったわけですけど?!それがなにか?!」
やけくそ気味に叫ぶサギョウの身体を半田は抱きしめた。好きだ、かわいい、愛おしい、愛おしい、愛おしすぎてどうにかなってしまう。荒れ狂う心情を抑えるのに10数秒はかかった。その間にサギョウはすっかり大人しくなった。そろそろと半田の頭に手を回して互いが抱きしめ合う。温もりを感じた。その静寂は、甘酸っぱく、柔らかくて、ぴりぴりした時間だった。サギョウはこの空気に浸かっていればどうにかなってしまう気がして、しばらくこの空気が続いて欲しい気もして、数秒葛藤して口を開いた。
「もらって、くれます?」
半田はぎゅうとサギョウの体を一度強く抱きしめてから、がばりと顔を上げた。
「サギョウはすごい。俺の欲しいものとほとんど合ってる」
「う、わ」
サギョウはその瞳に見つめられて少し身体を揺らした。これは、その、と期待したのだ。
半田はそう言うと、サギョウの身体を離した。
「えっ」
サギョウが目を瞬かせる。半田は至って冷静な手つきで棚からファイルを取り出し、クリアファイルに挟んだA4の紙をそっ…とテーブルに置いた。
「契約書だ」
「えっ」
「恋人、ゆくゆくは結婚関係へと至る道への同意を得たい」
「えっと」
「というのが欲しいと思っていたプレゼントだったんだが‥‥先に言われてしまうとは‥‥」
新婚のように顔を赤らめる半田は、ペンをノックした状態で厳粛に置いた。
「サギョウの言葉はすごくすごく嬉しかったのだが、一応書面として了承を取っておきたい。サインをお願いできるか」
「ぶっ殺しますよ」
「えっ」
常識が違うとやっぱ大変だなとサギョウは思った。
そこも好きなので世話ないなと思いながらサインした。あとえっちした。