それは相手によるのでしょう「サギョウはデートが上手いんだな」
突然の一言に飲んでたペットボトルの中身が口の端から少し垂れた。中身が水で良かった。
急に言われたのは、何度目かの、それこそデートの帰り道。
どうしてそう思うのか? その口振りは誰かと比べているのか? だとしたら誰だ?
そんなようなことがいっぺんに頭に浮かんでしまって、だけどどれひとつとして実際には聞けなくて、ぽかんと口を開けるだけに終わった僕に先輩は
「比較対象がいるわけではないので何がどう、と具体的には言えないが、いつも全く退屈しないしとても楽しいからそうなのだなと思った」
と、にこにこしながら続けたからまたびっくりした。
湧いた疑問の全てにきちんと答えられてしまったから、もしかしてうっかり声に出していたのかと思って。
だけど先輩としては補足のつもりで最初から用意していた言葉なんだろう、ほとんど間を置かず話は途切れない。
「だがそうなると問題は俺の方だ」
笑顔から一転、眉間に寄る微かな皺、腕まで組んであからさまな思案顔。
「俺は下手だと言われたことがあるからサギョウが楽しくないのでは、と心配になる」
その指摘をした相手のことは僕も知っている。とある吸血鬼の人にことごとく駄目出しをされた、何がよくなかったのかさっぱり分からない、と、語っていた先輩のやれやれ顔もはっきり思い出せる。
「──で、どうなんだ? 退屈してはいないか?」
そこで、それまでずっと前を向いていた先輩に急に顔を覗き込まれた。
お陰で僕はびっくりし通しだ。
「……あーっと、ですね……」
さぁ、なんと答えたものだろうか。
答えは決まっている、だけど言うのが少し恥ずかしい。
「……サギョウ?」
「──っ!」
言い淀んでしまった僕に向けられる金色の目が少し、暗くなる。
……分かってる、先輩はちゃんと言ってくれた、なら僕も頑張って、ちゃんと、全部言うよ。
だから──
「僕も、楽しいですよ、いっつも。でもね、それはさ──」
そんな寂しそうな顔、しないでよ。
「僕のやり方、先輩のやり方、それが上手いとか下手とか、そんなんじゃなくてさ、」
歩みは止めない帰り道、いつも別れる交差点まではあと少し。
「ほんとに、好きな相手と一緒だから、どこに行こうと何しようと楽しいんじゃ、ないんです、か?」
尻すぼみになりつつもどうにか言い切りながらこっそりと握った指先。そこは多分あっつくなってる、だって顔から火が出そうになってる僕の手と同じくらいの温度だし、先輩の顔も、真っ赤だし。
「──サギョウ」
僕を呼びながら、先輩は足を止めた。
ここは、いつもだったら、互いが別れる交差点。
「今日は、もう少し、一緒にいたい」
手をしっかりと握り返しながら、請われて。
断る理由なんてなくて、僕らは別れず同じ道に足を向けた。