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    レイさん

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    レイさん

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    むかし書いてほっぽり出てたのが発掘されたので供養。吉原の中で勉強や楽器、勝負事を教えている訳あり高杉と、そこに売られてきた仔銀ちゃんの話し。モブが出しゃばるしとっても冒頭だけです。
    ちなみに銀ちゃんの育ての親は松陽先生で、亡くなって身寄りがないから売られてきた的な感じです

    #高銀
    highSilver

    吉原に住む訳あり杉×売られてきた仔銀ちゃ「旦那ァ、この子、買っちゃァくれやせんか?」
    「…………あ?」

    思わず眉を寄せて男を見た。汚い、痩せた顔が媚びるように上目で使いで笑っていた。見知った女衒を思わずまじまじと見つめてしまう。

    「お前、とうとう頭までやられたか。俺ァ楼主じゃねえって事まで忘れちまったたァな」
    「いえいえ、違ぇんですって旦那。旦那が女郎屋じゃねぇのは百も承知。その上でコイツを買って欲しいんです」

    何を言ってるのだろう、この男は。本当に頭がやられてしまったのか、と本気で心配になっていると、女衒は、実はね、と目を伏せて語り始めた。

    「いえ、このガキはね、旦那。ここから遠く、西国の方で買ったんです。しっかしコイツぁ、そっからずっともっとちいせぇ子供の面倒を見てくれてたんですよ、ええ。他の子がもう歩けねぇって泣き出した時にゃぁおんぶなんかもしちまって」
    「そうか」

    適当に相槌を打ちながらその件のガキを見る。だがガキは俯いているばかりで、目に映るのは雑に巻いてある手拭いだけ。

    「そんで、おらぁコイツは絶対ェいい所に売ってやるぞと意気込んで吉原に来たんですがね、これが全く売れねぇんです」
    「そりゃ、大変だな」

    そんなに醜女だったのか、とむしろ逆に少しばかり興味が湧いて見詰めるも、手拭いからはなんの表情も読み取れない。

    「それで、旦那ぁ。コイツを買っちゃあくれませんかい?」

    なるほどそこで冒頭に戻るわけである。俺は手酌を桶に戻し、女郎屋の目を見てキッパリと言い切った。

    「断る」
    「いやほんと、頼みますって!丈夫だし、大人しいし、手先も器用もなんですよ!ほら、俺のワラジとか、コイツがついでに俺の分も作ってくれて……」
    「なら、てめぇで世話すりゃいいだろう。小さいガキならお前の稼ぎでも養えるはずだ。身体が丈夫なら連れ歩けるだろうし、子守り役にでもしたらどうだ」

    女衒の男は俺から目線を外すと、綺麗に咲いた庭の朝顔を見ながら、言う。

    「……女衒なんぞ、手伝わせたかァないですねぇ……こちとら、他人の人生売って生きてるもんで」

    今更何を、と思わず眉を寄せる。確かにこの男は人がいい。それは知っていたことだ。買い取った女共ため、なるべくいい環境の見世に売ろうと手を尽くすのは当たり前で、道中体調を崩せば捨て置かずにきちんと医者に見せるのだと言う。たった三両程で買った女にそこまでするなど、なんと酔狂なことか。まあ、そんなところが気に入って、こうして話す仲になったわけなのだが。
    しかし、今回はどうであろう。少し肩入れしすぎなのではあるまいか。女を売って暮らすのがお前だろうに。それを、今更、なぜそんな顔を。

    「だったら寺にでも預けて尼にしちまえよ」

    投げやりにそう言うと、女衒はキョトンと俺を見詰めてから、笑った。

    「旦那ァ、そりゃ違いますぜ」
    「なにが違ぇってんだ」

    女衒の男はガキの頭に手ぬぐい越しに手を乗せて、そのままワシワシと撫でる。されるがまま頭をぐらぐらさせているガキは、やっぱり相変わらず顔が見えない。

    「こいつァ正真正銘、男でさぁ」
    「………………」

    開いた口が塞がらないとはこのことか。思わず一瞬力が抜けて桶を取り落としかけた。揺れた拍子にびちゃ、と水が零れる。あ、裾が濡れた。クソが。

    「……いや、そりゃ売れねぇだろ!?」

    どうして男がこの吉原で売れると思ったのだろうか、この男は。本当に頭がどうにかなってしまったのだろうか。全く意味がわからない。売るとしても陰間屋だろうに。

    「いや、下男としてなら行けるかなぁと思いまして……ハハ」
    「ハハ、じゃねぇよ……諦めて岡場所の陰間屋か、まぁ夢を見るなら歌舞伎関係で養子先を探すか」
    「いや、どれも試したんですがね、これが全くダメで……あとは、もう、人間扱いしてくれねぇ様なところしか……」
    「…………」

    俺はツイ、と目を逸らした。同情を誘おうとしてるってんならお門違いだ。売られてきたカワイソウな女共に、一々同情して施しを与えてたらキリがない。

    「頼みますって、旦那ァ」
    「断るっつってんだろ」
    「旦那ァ……」
    「はぁ……ま、茶ぐらい出してやるから上がれよ」
    「旦那ァ……!」

    いや、そいつを買う気は全くないが、ときちんと訂正してから二人を家に上げる。
    女の地獄、男の極楽。
    苦界と呼ばれたここは、四方を塀とお歯黒ドブに囲まれている。唯一の出入口である大門には見張りがつき、女は手形が無けりゃあ出ることはできない。
    その、大門の中。目立たない端の方の、しかし陽がよく当たる一区画に俺の家はあった。
    遊廓でもなければ簪や化粧道具を売っている訳でもない、ただの家。ここで静かに、禿や女郎に読み書きそろばんや三味線、琴、将棋に碁。時には簡単な護身術なんかを細々と教えながら日々を暮らしている。

    「おらよ。茶請けは羊羹でいいか」
    「あ、へい。ありがとうございます」

    茶と、茶請けの羊羹を二人分盆に乗せて机に置いた。ガキがちょっと興味深そうに顔をあげる。

    「……別に構わねぇが、邪魔じゃねぇか?それ」
    「…………?」

    ガキはようやく俺の方を見上て首を傾げた。随分深く手ぬぐいを被っていて、見上げられても俺には白くて小さな顎しか見えない。

    「その手ぬぐいだよ。部屋の中なんだから、取ったらどうだ?もちろんお前が嫌なら被ったまんまでいいんだが」

    俺の言葉に、ガキは伺うように女衒の男を見上げた。女衒は大真面目な顔で

    「大丈夫だぞ。高杉の旦那はこの世で最も心の綺麗な方だからな」

    などとほざきやがる。

    「オイ、適当なこと言ってんじゃねぇ」
    「本当の事じゃないですか」

    軽口を叩き合う俺たちを様子を見るようにキョロキョロと見上げ、ややあってガキは手ぬぐいの結び目を解いた。
    しゅるりと丸い頭をなぞって薄汚れた手ぬぐいが落ちる。
    俺は静かに目を見開いた。まっすぐで、透明な赤い瞳が俺を射抜く。

    「おめェさん……」

    白い肌に、太陽の光でキラキラと輝く銀の髪。子供らしい丸い瞳は硝子のように純粋に俺を写している。
    まるで、時が止まったかと思った。
    ───綺麗だ。
    こんなに美しいものは見たことがない。外つ国のるびいとかいう宝石よりも、よっぽど。

    「ね、キレーでしょう?でも他の人はコイツ、気持ち悪いって言うんですよ。信じらんねぇ」

    女衒の声が遠い。ただ、吸い込まれそうな瞳から目が離せないのだ。ガキも、俺から目を逸らさなかった。

    「どうです?コイツを買っちゃあくれませんか、旦那。………………旦那?」
    「……あ?なんか言ったか」
    「いえ、だからコイツをどうかひとつよろしくお願いできませんかねぇ」
    「…………」

    俺は腕を組んで、またガキを見詰めた。癖毛なのかそれとも手ぬぐいで変な癖になってるのか、くるくるとした銀髪は絹糸なんぞよりよっぽど美しい。顔の造形も、少しぼんやりとはしているが、悪くはない。
    骨格はしっかりしていて話の通り丈夫そうであるし、足が大きいからきっと大きくなるだろう。顔立ちはぼんやりしてるくせに、このやけに利発そうで意思が強そうな所はなんとも俺好みだ。さらにコイツはガキのくせに、本心がなかなかわからないのも、イイ。

    「………………」
    「旦那ぁ……」
    「………………はぁ……負けだ負けだ」
    「それじゃあ……っ!」
    「あァ」

    俺は体を捻ると手を伸ばしてタンスを開ける。そこから十両の包を二つ取り出して、男の前に置いた。

    「納めろ」
    「いや……いやいやいや旦那、多すぎますって!元手が二両、旅費を含めても五両……ムグッ!」

    俺はまだ手の付けられてなかった茶請けの羊羹を、男の口に突っ込んで黙らせる。目を見開きながら口の中の羊羹をむぐむぐと咀嚼して飲みこんだ男は

    「なにすんですかい!?てかこの羊羹うまいですね!」

    と怒ったような、怒ってないような。呑気だ。そこが長所でもあるのだが。俺はため息をついて、いいか?と男を睨みつけた。

    「誰がこのガキを買うと言った」
    「えっ」
    「よく聞け。俺はこのガキを買うつもりはねェ。この金は、紹介料だ」
    「しょうかいりょう……?」

    ポカン、と口を開け、意味がわからないとばかりにそのまま言葉を返す。

    「あァ。丁度いい奉公人を見つけてきてくれた礼だな」
    「旦那……」
    「住み込みで、衣食住は保証する。小遣い八つ時の菓子付きでどうだ」
    「だ、旦那ぁ〜〜!旦那はやっぱり世界一の男だぁ!」
    「うるせぇよ」

    男は泣きながら

    「よかったな〜よかったな〜」

    とガキの頭をワシワシと撫でた。まったく、大袈裟な。

    「……ガキ」
    「なっ、なに?」

    ああ、初めて声を聞いた。まだ少々高い声も、芯の強そうな声だ。

    「それでいいな?」

    俺が聞くと、ガキは赤い瞳を溢れんばかりに見開いて、コクコクと頷いた。

    「ん。なら今日からテメェは俺の小間使いだ」

    しっかり働いて貰うからな、と言えば、ガキは居住まいを正して正座をすると、手を着いて頭を下げた。

    「……よろしくお願いします」
    「んなにかしこまる必要もねェよ。ガキに頭下げさせる趣味もねェしなァ。マッ、よろしく頼まァ」

    礼儀正しいガキだ。きっと育てた親の躾が良かったのだろう。頭に手を乗せると手のひらがぴょんぴょん跳ねた髪に沈む。ふむ、想像通りの撫で心地だ。だが、長旅のせいか少し硬くて、ゴワゴワしている。
    俺は思わずふはっ、と笑みを漏らした。

    「まぁ、なんだ。風呂屋にでも行くか」
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