奇妙な時間それは夜中の出来事だった。
街での仕事を済ませて潜伏場所へ帰る途中、路地で複数人に囲まれた。
そんな事は慣れている。だから刀を抜こうと手をかけるも、体が痺れて上手く動かせない。
思い当たる節を辿る。
……最初に出てきたあの酒か
仕事をする時の食事には基本口にしないが、付き合い故に酒の最初の一口だけは口にする。勿論臭いは嗅いだものの、今日のは無味無臭だった。
「チッ」
痺れる体に鞭を打って敵からの攻撃を避ける。刀が抜けないなら逃げるしかない。そう思って路地を出て走る。
しかし痺れのせいで足がもたついてしまい、転んだ。振ってきた一太刀を転がって避けるも、相手は複数人。そいつら全員が俺に一斉に刀を向けてきたら終わりだ。案の定目の前に切っ先が広がり、俺は目を瞑った。
「………ん?」
いつまで経っても痛みが来ない事を疑問に思い、目を開けると、敵が全員倒れていた。
「何してんの、お前」
敵の奥から聞き覚えのある声が振ってくる。
それは忘れられねぇヤツの声だった。
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「それで、お前は何であんな所に転がってたわけ?」
痺れて体を満足に動かせない俺に肩を貸して歩く銀時が聞いてきたものの、俺が酒に一服盛られたんだと言おうとするよりも先に銀時が喋る。
「乾杯の酒にでも一服盛られたか? モテる総督様は大変ですね。てか、そもそも何で一人でこんな所にいやがる? 何か企んでるなら連れも一緒じゃねーのかよ。ったく、テロリストの考える事はわかんねーな」
だったらお前は何で俺に肩を貸して歩いてるんだ。捨て置いて帰ればいい。テメェこそこんな夜中に何であんな所にいるんだと問いたかったが、相変わらずよく回る口でこっちの喋る隙がねェ。
「ま、あんな所で痺れて動けない総督様なんてダサすぎるし、仕方ないから俺んちに連れてってやるから有り難く思いな」
「は、テメェんちだと?」
「お、やっと喋った」
そう言って俺を見る銀時の表情は嬉しそうだった。
「ほい、ヘルメット」
頭に乗せられたそれを装着させられた後、スクーターの後ろに座らせられる。
銀時は前に座り、こちらを向いた。
「不本意だろうが掴まっとけよ。あ、掴まれる?」
「痺れなら少し引いてきた」
「でも家着いて後ろ見たらお前は居なくなってましたじゃなんか恨まれそうだし……」
そう言って自分の着流しの帯を取り、銀時の腰に回している俺の手首を縛る。
「……変な絵面だけど、我慢してくれや」
その後スクーターは発進した。
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そんなこんなでこいつの家に着いてしまった。
「とりあえず普通に歩けるまでは休んでけよ」
こいつが万事屋などといった仕事をしているのは知っている。だが家の中には入った事はなく、部屋を見渡す。
「……何だァ、あの額縁は」
「何するにもやっぱ糖分が大事だって事だよ」
「そりゃテメェだけだろ。立派な額縁に無駄な単語を書かせてんじゃねェ」
「いいの。俺にとっては大事な単語なの」
別室に木刀を置いた後戻ってきた銀時は俺を見て口を開く。
「お前、どうする? 寝るなら布団貸すし、腹減ってるなら何か作るけど」
そう言われて時計を見ると、朝の四時になりそうな時刻だった。
「……少し寝る」
「んじゃ、そっちの部屋の布団で寝な。俺はこの長椅子で寝るから」
「だったら俺が長椅子で……」
そう言って長椅子に向かうも、腕を掴まれる。
「いいから黙って客人してろ」
布団の部屋に連れていかれてそのまま襖を閉められる。こんな時間に口論するのもアレだと思い、素直に布団を借りる事にした。
+++
目が覚めるとすっかり日が昇っていた。いつもより寝てしまったようだ。
起き上がって襖を開けると、銀時が長椅子に座っていた。
「おー、おはようさん。もう出るのか?」
今日は特に急ぎの用はなかったはず。
「いや、今日は特に予定はねェ」
「だったら風呂入ってこいよ。その間に飯でも作ってやる」
「……テメェ、何でそこまでしやがる。次会ったらぶった斬るんじゃなかったのか?」
「ところ構わずぶった斬るなんて言った覚えはねぇよ」
呆れた顔で俺を見る銀時に軽く舌打ちをし、浴室と思わしき方へ向かった。
風呂から出て長椅子の部屋に行くと、食事の良い匂いがしてきた。
「あり合わせだからこんなのしか用意できなかったけど」
そう言われて並べられた食事を見る。
白飯、味噌汁、玉子焼き、漬物。
懐かしい匂いに口角が上がる。
「テメェは食わねえのか?」
「俺はもう食った。万事屋の朝は意外と早いんですー」
テメェだって俺と同じ時間に寝たじゃねェか……
と思ったが、こいつも夜中でないとできない仕事をしてきたのだろうと黙っておいた。
腹は減っていたのでこいつの好意に甘えて食事を取る。口に広がるのはやはり懐かしい味だった。
しばらく無言で食べていると、銀時と目が合う。
「……何だ?」
「美味そうに食ってるなーって」
「テメェの飯はうめェよ、昔から」
そう言ってやると、銀時は嬉しそうに笑った。
「味付けもあの頃みたいにしたんだ。普段は同居人に合わせてるから」
「同居人……今はいねェのか?」
「今日は依頼ないからもう遊びに行った。所謂休日ってヤツ」
て事は、こいつも俺も今日は空いてるって事か。
出された食事を全て食べた後、出てきた茶を受け取りながら口を開く。
「銀時、テメェ今日は空いてるのか?」
「まぁ、そうなるね」
「だったら俺に付き合え」
「え?」
「テメェに貸しを作るのは御免だ」
助けてもらって寝食まで与えられるだけで帰るなんざ、俺の気持ちが許せねェ。
「んな事気にしなくていいんだけど、お前は真面目で頑固だからなぁ。いいぜ、付き合ってやる。ただし、俺はテロリストには付き合わねぇぞ」
「はっ、こっちこそテメェと共に仕事するなんざ御免だ」
そう言って少し笑うと、銀時も同じ表情をしていた。
つまり、休日をこいつと共に過ごすって事だ。
+++
かぶき町じゃ銀時の知り合いが多いからという事でスクーターで少し遠くの街に連れられる。
それに、ここなら俺らの潜伏場所にも程近くて都合がいい。
「で、高杉君はどうやって借りを返すの?」
「テメェのやりたい事をさせてやる」
「えっ、じゃあ焼肉食べ放題に行くとか?」
「あァ」
「その後スイーツ食べ放題に行くとかも?」
「あァ」
「マジでか……」
「そんな事でいいなら構いやしねェが、テメェは食う事しか頭にねぇのかよ」
少し呆れ気味にそう言うと、銀時は苦笑した。
「だってよ、ほぼ毎日自分で作った食事だから。たまには違うのが食いてぇの」
俺は銀時の飯なら毎日でも食いたいと思うが、銀時の言う事もまァわかる。
「強いて言えば焼肉は着物に匂いが移っちまうからすき焼きはどうだ?」
ちょうど近くにあるすき焼き屋の看板を指して言うと、銀時の目が輝いた。
「むしろすき焼きの方がいい!」
「じゃああの店に行くか」
すき焼き屋に入ってお品書きを見る。個室の部屋に連れられたのは都合がいい。
同じくお品書きを見ている銀時が申し訳なさそうな表情で俺を見ていた。
「高杉君、ここ結構良い所っぽいけど本当にいいの?」
そう言われて値段を見るも、そんなに驚くようなものでもない。
「一番高いヤツを頼んだって俺ァ構わねぇぜ」
「マジで? 奢ってくれるお前がそう言うならいいか。あ、酒飲みたきゃ飲んでもいいよ。俺は運転するから飲めないけど」
「いや、俺もいい」
「そっか。じゃあ注文するな」
注文して少しすると鍋が運ばれる。
肉も野菜も美味そうで良い気分になってきた。
「うわ、肉が眩しい……」
「普通の牛肉じゃねぇか」
「ボンボンな総督様は牛肉なんぞ毎日食ってるってか? うちじゃ豚肉が牛肉なんだからな」
銀時はそう言いながらテキパキと肉を焼き始める。
「そこそこ儲かってるんじゃねェのか、万事屋ってのは?」
「まぁね。でも、同居人がすげー食うから食費でほぼ消える」
そんな話をしながら肉とタレがじゅわりと絡みあってきた頃、野菜とそれが浸るくらいのタレが追加される。
「あー、こりゃ絶対美味いわ。肉はもう食えそう」
「銀時、先に食え」
そう言うと、銀時はあらかじめ溶いた卵の中に肉を付けて食べた。
「うっっま! こりゃ飯がすぐなくなるわ」
そう言って勢い良く白飯を食べる姿は昔と変わらなくて、口角が上がる。
「お前も食えよ」
「あァ。テメェはゆっくり食いな」
仕事の事を考えずに食事をするなんざ久しぶりで、箸が進んだ。
+++
「はー美味かった。さぁて、次はスイーツだな」
すき焼き屋を出た後、銀時がそう言って店を探す。
また子もよく食後のスイーツは欠かせないなんて言ってやがるが……
「テメェは女子か」
「俺が甘党なのはよく知ってんだろ」
「そうだな、喧嘩してたって俺が買ってきた饅頭には食いついてきたもんなァ?」
「ったく、いつの話してんだよ」
「テメェが振ってきたんだろ」
「あ、あそこいいな。パフェが美味そう」
そう言って差された指の先を見ると、苺のクリームパフェの写真があった。俺からすると胃もたれしそうだが、銀時がいいならそこでいい。
「テメェが食いてェならそこでいいぜ」
店に向かって歩くと、銀時は肩を震わせている。
「銀時?」
「いや〜、あの高杉君とこんなスイーツの店に入る時が来るなんてって思ったら笑えてきた」
そう言われて改めて店の外観を見ると、何とも可愛らしい外観で、男二人で入るのは少し気が引けるかもしれない。
「……入るのか? やめるのか?」
「入る入る。ちなみに客はスイーツに夢中だから男二人で入っても気にしねぇさ」
銀時は俺の袖を掴んで店に入って行った。
+++
「うお、写真と大差ないヤツきたー よく写真と実物違うの来るからこれは良い意味で驚いたわ」
運ばれてきたパフェを見て目を輝かせる銀時。
俺は腹一杯だから珈琲を頼み、それは既に運ばれていた。珈琲を啜りながらパフェを食い始める銀時を見る。
「はーー……食後のスイーツは格別だぜ」
そう言って幸せそうな顔をして頬を撫でる姿は本当に女子のようだ。
「そういうもんかねェ」
「煙管吸うようなヤツにはわかんねぇだろうな」
そういや今日はあんま煙管吸ってねぇな。なんて思っていると、銀時と目が合う。
「アレ、いつから吸ってんの? 昔は吸ってなかったじゃん」
そう言われていつからか思い出す……
こいつらと別れてから口が寂しくなって、一人で考え事をする時間も増えて、気付いたら手を出していた。
「テメェらと別れてからだが、いつからかなんざ忘れたよ」
「ふーん……」
聞いてきたくせに興味ないような返事をする銀時をチラリと見る。
「何、高杉君もパフェが食いたいの?」
「いらねェ」
「もう仕方ないなー、はい」
スプーンに盛られたパフェを差し出される。
「だからいらねェって……」
いらねェと言ってもこいつは俺が食うまで引かないようだ。躊躇しつつもスプーンを口に含んだ。
「……甘ェ」
「そりゃ、パフェだもん」
そう言って笑う銀時。
今のこいつに口付けをしたらこんな味がするのか、などと考えながら器から減っていくパフェを眺めていた。
+++
食事も甘味も済ませ、借りは返せたのでこの奇妙な時間ももう終わりだ。
銀時に潜伏先の近くまでスクーターで送ってもらい、降りた。
ここで別れる。
次は己の武器を片手に斬り合うのかもしれない。
こんな時間は二度と来ないのかもしれない。
そう思うと簡単に去る事ができず、懐から煙管を出して火をつけた。紫煙を一度吐き出すと、煙管を銀時に奪われる。
「テメェ、何しやがる」
その煙管の吸口が銀時の口に含まれる。紫煙を吐き出した後、銀時が口を開いた。
「……にっが」
「テメェにはさっきのパフェの味の方が似合いだよ」
そう言って煙管を取り返した。
「ふーん、今のお前はこんな味なんだな」
さっき俺がパフェを食べて思った事と同じ事を言う銀時。
「……試してみるか?」
そう言って銀時の返事を待たずに口付けをした。
意外にも乗ってくれたのを良い事に、舌で唇を突いたら少し口が開いたので舌を入れた。
薄目を開けると、頬が蒸気したなかなか良い表情が見れたところで口を放してやる。
「やっぱりテメェの口ん中は年中甘ったりィな」
こいつはこの先も変わる事なんざねェだろうよ。
などと思いながら今度こそ去ろうと銀時に背を向けた時だった。
「テメェだってそのやり方、何も変わってねぇよ」
背中に向けてそう言われる。
……そんな事を言うのはテメェぐらいだろうよ。
「じゃあな、銀時。次会う時はぶった斬るぜ」
そう言って今度こそ去ろうとした。
「高杉」
名を呼ばれて足を止める。
「俺はお前が生きててくれればいい。戦中のあの時、そう言っただろ? でも、お前がやる事で俺の大切なものを傷つけるなら、その時はぶった斬るから」
そう言われて振り返った時、銀時は去っていた。
俺もその場を去り、奇妙な時間は終わりを告げた。
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紅桜篇後、こんな事があったら良いのにな、と思いながら書きました。
二人の休日デートを書くのは楽しかったです。