師弟/夏の思い出「あの三角になってるビルの横のところ。あの隙間に見えるんだよね」
「へぇ〜、近いとは思ってましたけど。結構ちゃんと見えるんですか?」
タバコを持つ手が指差す先をぼんやり眺めつつ、打上花火を思い浮かべて聞くと、口角を上げた顔がこちらを向く。
「見てみたいでしょ?」
いい歳してなんですかそのいたずらっ子みたいな……
ガラス戸をカラカラあけて出てきた顔を見るなり、先輩は
「部っ長〜! 土曜当番、私来週なんですけど代わってくれません? で、コイツまだ当番未経験なんで一緒に来て教えますね」
「明日? いいけど花火大会で明日は夕方からそこ通行止めだから帰りは気をつけろよ」
今、この場で俺の了承も得ずに土曜出勤が確定した……。
「お仕事がんばって、花火見てから帰ろうね〜?」
部長と入れ替わりにケタケタと笑いながらベランダから戻っていく先輩を見送って、俺も最後の一息を吐き出してから事務所に戻ったのだった。
――――――
「ちっさ……」
「隙間に見えるってちゃんと言ったからね?」
確かにあそこに見える三角になっているビルの、欠けてる方の三角部分に丁度収まる大きさの打上花火。
見えてはいる。
腕をいっぱいに伸ばした手に持った5円玉の穴くらいの大きさで……。
「忘れられない小さな夏の思い出、でしょ?」
纏わりつくような湿度と温度を持った空気と共に、先輩の顔も思い出の一欠片になったのだろう。