『ムーン・スポット・ライト』『本日はフェニックスワンダーランドへ御来場頂き、誠にありがとうございました───』
「もうこんな時間か」
「本当だ。気づかなかったねえ」
閉園のアナウンスと蛍の光のBGMが鳴り始めてようやく、司と類は辺りが暗闇に包まれている事に気付く。
今日はえむは部活の助っ人・寧々は一歌との歌の練習との事で、2人で舞台装置のメンテナンスや台本と演出の擦り合わせなどを行っていた。
練習が無くとも、ショーの話をしていれば時間はあっという間に過ぎてしまう。
「僕らもそろそろ帰ろうか。照明を落としてくるよ」
「ああ、頼む」
司が荷物を纏めている間に、類は舞台裏の配電盤へと消えていく。
間もなく、控えめに抑えられていたワンダーステージの照明がフッと落ちた。
一層暗くなる舞台上を、煌々と月が照らしている。
「今夜は満月か…」
見上げた夜空に浮かぶ月は、普段目にするよりも眩い光を放っているような気がして。
ほんわりと優しいのに妖しい輝きに目が離せなくなってしまっていた。
その感覚に覚えがあるような、ないような。
「司くん、お待たせ」
声がした方へと目線をずらす。
目に映った光景に、きゅう、と視線を吸い寄せられる感覚がした。
月明かりのスポットライトに照らされ、さらさらと夜風に靡くターコイズを差し込んだアメジストの髪。
彫刻のような白い肌。
ふにゃりと柔らかそうに笑みを湛えている薄い唇。
そして赤く縁取られ優しく弧を描くシトリンの瞳と目が合った。
その瞬間、ドクリと心臓が高鳴る。
「……類は、とても綺麗だな」
まるで人ではないような美しさ、儚さ。
思わず、司は感嘆の声を漏らしていた。
「どうしたんだい、急に」
きゅ、と猫のように目を丸くした後、はにかむ彼が隣に並び立つ。
目を瞬いても、間近で見ても。
類が纏う優しい輝きが損なわれない。
眩惑されたように言葉が司の唇から滑り落ちていく。
「まるで今夜の月のようだ」
「ふふ、何だかとてもロマンチックな口説き文句だねえ」
類はくすくすと上品に笑う。
一拍置いて、自分の発言を振り返って。
「……あ…」
友人に対し何を言っているのかと急に恥ずかしくなってしまった。
かぁぁ、と頬が熱くなってきてしまう。
「わ、忘れてくれ…どうかしていたんだ」
視線を逸らし、誤魔化しきれないままに歩き出した。
遅れずに類も着いてくる。
「忘れるなんて勿体ない。いつか是非ショーに今の台詞を取り入れたいくらい魅力的だったよ」
「やめてくれ…」
羞恥で火照る頬をぱたぱたと扇ぎながらも、関係者出入口へと木々に覆われた夜道を並び歩く。
先に口を開いたのは類だった。
「司くんは月が何故輝いているのか、知っているかい?」
「あー…、授業で習った気がするな。覚えていないが」
「あれはね。太陽の光を反射しているんだよ」
ぴたり。
類の足が止まる。
一歩、先を行った司は振り返る。
「僕が月のように見えるのなら…それはきっと、星のように輝いている司くんが傍にいてくれるからなのかも知れないね」
夜空に浮かぶ月と同じ、吸い込まれそうな輝きを孕むシトリンと目が合った。
(類は…世界は、こんなに輝いて見えていただろうか?)
自分と類の周りだけが、やけにきらきらと煌めいて明るいように思えた。
血流に乗ってじわじわと全身に酔いが回っていくような感覚の中。
儚げに微笑む彼から目が離せない。
「………なんてね。僕も司くんにあてられちゃったかな」
照れくさそうにしながら、帰ろうかと類が歩み出して追い越される、その瞬間。
涼しげな横顔のまま、ほんのりと赤く染まった耳。
それに気付くことができたのはどうしてだろうか。
「…っ類!」
思わず、袖を掴んで引き止めてしまっていた。
目を丸くして振り向く類。
「まだ、もう少しだけ…、一緒にいてくれないか」
不器用な言葉でしか表せない。
けれど今夜はどうしても、まだ類といたい。
そんな想いをどうにか訴える。
「……いいの?」
和らいだシトリンの瞳が、一瞬潤んだような気がした。
「類さえ良ければ、なんだが…」
「もちろん良いに決まってるさ」
はにかみながらも、歩調を合わせて。
心地よい距離感で歩き出す。
月明かりは2人を優しく照らしている。
互いが胸に秘めている想い。
そして、感じた輝きの正体。
それらに気付くのはまだ先のこと。