憧れの連鎖最近、オレたちのライブによく来ている中学生ぐらいの少年がいる。
同年代や大人の多いライブハウスではステージからでも中学生ぐらいの姿は逆に目立つし、しかもいつも前の方にいるから恐らくあいつら3人も顔は覚えているだろう。
今日のライブでもまたその子供が来ていた。オレは特に気にとめずただ全力でいつも通り歌った。
ライブが終わり、オレたち4人は控え室へ戻る。
「今日もお客さん盛り上がってたね~!」と杏が呟き、「でもRADWEEKENDを超えるまではまだまだだ。これからも全力でやるぞ」とオレが答える。
そんな話をしながら、オレは不意にステージにタオルを置いてきたことに気づいた。3人には「回収したらすぐ戻る」とだけ伝え、オレはステージに向かった。
「お、あったあった」タオルを取り、オレは控え室に戻ろうとする。
その時、ほとんどの客が帰った中まだ残っている人影が見えた。見ると、それはいつもライブに来ている少年だった。
「キミ、どうしたの? もう暗いし家の人が心配する前に帰った方が良いんじゃないかな?」
「!? び、Vivid BAD SQUADの東雲彰人さん…です、よね?」
「え、あぁ、そうだけど…」
ライブではユニットの紹介もあるし、ましてやこの少年は何度もオレたちのライブに来ているのだから名前を知っていることは何も不思議じゃない。ただ、そこまで驚くようなことなのか…?
そんなことを考えていると少年がさらに話し始めた。
「ぼ、僕、Vivid BAD SQUAD……特に彰人さんの大ファンなんです!」
「え、そうなの?」
まぁ何度もオレたちの出ているライブに足を運んでいるのだしそうなのだろうとは思っていたが、一応返事はしっかりとしておく。
「僕、以前ビビッドストリートで彰人さんたちが歌っているところを見かけて、その時ものすごい衝撃を受けてストリート音楽が好きになったんです。それからは貯めてきたお小遣いとかを使ってライブを見に来るようになって…」
「そうなんだ、オレたちのためにそこまでしてくれてありがとう。とっても嬉しいな。」
いつものように猫を被って話しているとはいえ、嬉しいというのは本心だ。
少年は、オレが謙さんに憧れているのと同じ感覚なのだろう。
「それで僕… 彰人さんに憧れて歌の練習初めたんです。低音も高音も自由自在に使い分けて表現力も凄い彰人さんみたいになりたいって思って。」
少年は少し悲しそうな顔になって言葉を続けた。
「でも…上手くいかないもんですね。 練習しても一緒にやってくれる人がいないから自分だけで上達しなきゃいけないし、何より親から『そんな危ないことをするな』って反対されてるんです。自分はただ好きな音楽をしていたいだけなのに…」
少年の話を聞いて、杏がきっかけでストリート音楽を始めたこはねや、親から反対されても自分の好きなものの道を選んだ冬弥の姿を不意に思い出した。
「きっと大丈夫だよ。いつかは一緒にやれる仲間も見つかるし、親からの反対だって押し切って自分のやりたいことをやれば良いんだ。」
「でも…」
その時、舞台袖から杏たちが姿を現した。
「彰人、タオル探すにしては時間かかりすぎじゃない…?」そう言いかけた杏が少年に気づく。
「あ、キミもしかしていつもライブ来てくれてる子?」
「はっ、はいそうです! 皆さんの歌が凄く大好きで…」
「いつも来てくれてありがとね~ ところで彰人はずっとこの子と話してたの」
「まぁな」
「ねぇねぇキミ、この彰人お兄ちゃんとどんなこと話してたの?」
「んだよお兄ちゃんって…」
オレはそう呟いたが杏はそれスルーして少年に目を向けていた。
「あ…、彰人さんたちみたいに歌がうまくなるように僕も歌練習してるんですけど… 一緒にやる相手はいないし親は反対するし… これからどうしようかなって思ってて…。」
「そうなんだ~… 学校とかで一緒にできそうな友達とかはいないの?」
「何人か誘ってみたんですけど断られちゃって…」
「あ~…」
杏がそう呟き数秒の沈黙が続いた。
そして次に言葉を発したのはこはねだった。
「ねぇねぇ東雲くん、青柳くん、杏ちゃん。3人が良ければ、今度この子と一緒に練習してみない?」
「お、それいいね! こはね、ナイスアイディア!」
「な、なんでそうなるんだよ…」
「彰人、これは初心に返って基礎からやり直せるチャンスだ。この少年と練習、してみないか?」
「……お前らがそこまで言うなら、やってやるよ…」
「やった~! じゃあこはねの案採用ね! キミもそれでいいかな?」
「は、はい!ありがとうございます!」
「そうだそうだ、まだ名前聞いてなかったよね。ずっと『キミ』って呼ぶのも変だし、名前教えてもらっても良いかな?」
「はるき…灰田 春樹って言います。」
少年…春樹はさっき話をしていたときよりも明るい表情になっている。
「よろしくね、春樹くん! 今日は遅いし、そろそろおうちに帰った方が良いんじゃないかな?」
こはねがそう言い、春樹はこはねにお礼をして帰宅の準備を始めた。
「明日は確か13時半から練習だよな、冬弥」
「ああ、だが明日春樹を呼ぶとなると、いつもの公園の場所を知らないだろうから、もう少し早めにここで集合してから向かうのが良いだろうか。」
「なら、オレがを公園まで送るわ。お前らはいつも通りの場所に13時半集合な。」
そしてオレは春樹に集合場所と時間を伝え、春樹は家へ帰っていった──。
翌日。
オレはいつもより早めに家を出て待ち合わせ場所へ向かった。
ちょっと早すぎた気もするが、春樹を1人で待たせるよりは良いだろう。
待ち合わせ場所に着き、スマホを開いて時間を見る。まだ時間にはかなり余裕があった。
最初は自主練でもしておこうかと思ったが、今日は春樹に色々と教えなければならない。
オレは歌の基礎をしっかりと伝えられるようにしなければと思い、高音の出し方や呼吸の仕方などを原点に立ち返って考え直すことにした。
脳内でそんな事をいろいろと考えているとき、
「あ、彰人さん! 待たせちゃいましたかね?」
と春樹の声が聞こえた。
「いや、さっき来たばっかりだから全然待ってないよ。それじゃあ待ち合わせの公園まで行こうか。」
と返事をし、オレと春樹はいつもの公園に向かい始めた。
歩いている道中、春樹が話しかけてきた。
「あの…彰人さん、」
「ん、どうしたの?」
「今日は…誘ってくれてありがとうございます。一緒に練習できるって言うのが未だに信じられなくて夢のようで…」
「でも案を出してくれたのはこはねだし、オレはお礼を言われるようなことはしてないよ」
数秒の沈黙。その後口を開いたのは春樹だった。
「彰人さん、突然なんですけど」
「どうしたの?」
「えっと、その… 無理に優しい口調で喋らなくていいんですよ?」
少し驚いたが、まぁ昨日杏たちと話すところを見られているしそれはそうなるか。
別にいつものように話しかけるのが嫌なわけではないし、むしろそっちの方が気楽で話しやすい。
「あー… やっぱオレがいつもと違う口調で話してるの気づいてたか。」
「はい……… あ、迷惑だったらすみません…」
「ああ、いいよ。むしろこっちの口調の方が話しやすいし。」
そんな話をしながらオレたち2人は公園に到着した。
公園には既に杏が来ていて、こっち………というよりは春樹に対して大きく手を振っていた。
「おっ春樹くんだ! やっほ~!」
「あ、杏さんこんにちは…!」
春樹は少しぎこちなく答えた。やはり緊張しているのだろうか。
「急に誘っちゃったのに今日は来てくれてありがとね~! お礼に後で彰人お兄ちゃんがジュースおごってくれるから!」
「は!? なんでオレが…」
「今日ぐらいは…ね?」
「っはぁ、わーったよ。」
冬弥とこはねが来る前に春樹と2人で自販機に向かう。
「春樹、何が良い?」
「あ……じゃあこのオレンジジュースで」
「りょーかい」
小銭を入れオレンジジュースを買い、春樹に渡す。
戻ると冬弥とこはねも来ていたようで、
「あ、春樹くん! 今日はよろしくね。」
「俺が上手く教えられるかはわからないが… 今日はよろしくな。」
春樹は4人全員に向けてお辞儀をした。
「さてと、それじゃあ早速練習始めますか!」
「じゃあまずは……春樹くんが嫌じゃなければ歌を聴かせてもらっても良いかな?」
こはねがそう言い、春樹は
「わかりました。ではこちらの好きな曲を歌わせてもらっても良いですか?」
と答える。
「もちろん! なんでも大丈夫だよ」
杏の返事に頷いた春樹は言葉を続けた。
「では… 皆さんの歌っていた曲の中で一番好きな曲を歌わせてもらいますね。 一応と思ってオフボーカルの音源も用意してあったんです。」
春樹はスマホから曲を流して歌い始める。
「───♪」
この曲は…『シネマ』か。
オレたち4人は春樹の歌に耳を傾ける。
多少音がズレるところもあるが、想像以上に上手い。
1人で練習していると言っていたが、それを感じさせないような表現力に引き込まれた。
「────♪!」
曲が終わり、オレたち4人から歓声が出た。
「すっごーい春樹くん!」
「1人で練習してたとは思えないクオリティだったな」
「ほ、褒めていただいてありがとうございます!」
憧れていた杏や冬弥に褒められているからか、春樹がいつもよりも笑顔になっているのを感じた。
「このクオリティならイベントとか出てみてもいいんじゃないかな?」
こはねがそう言い、春樹は明るい笑顔で
「イベント…! 出てみたいです!」
と答えた。しかしその笑顔はすぐ真剣な顔に戻ってしまった。
「…………けど、」
「親、かな?」
「はい…」
「オレの相棒は親の反対を押し切ってストリート音楽を続けたんだ。イベントの1回ぐらい、春樹くんの親は許してくれないかな?」
そう。親から反対されてもストリート音楽をしていた、というのは冬弥の前例がある。その経験を上手く生かせれば春樹の親も許してくれるのではないか、と思ったのだ。しかし、
「前も頼んでみたことはあったんです。でも『1人でそんな危ないことをするんじゃない』って…」
「それなら大丈夫!」
「え…?」
「『1人』がダメなんでしょ? でも今回は私たちがついてるじゃん!」
「確かに…! 杏ちゃん、私、東雲くん、青柳くんがいればなんとかなるんじゃないかな?」
「なんとかなるって… 逆に『そんな知らない人とやるな』って言われる可能性もあるだろ」
そんなことを言っておきながら、オレも本当は春樹をイベントに出してあげたい。でもオレのこの性格のせいで素直にそれを言えない。言いたいのに言えない。こんなにもどかしかったことがこれまであっただろうか。
「ま、まずはなんでもやってみるのが大事じゃない? 彰人が言ったようなことが起きたらまた考え直すって事で」
「そうだな。彰人の言うこともわかる。だがこれは白石の案に賛成だな。」
「わかりました……家に帰ったら聞いてみますね。」
「ありがとう、春樹くん! そうなるとまた今度春樹くんと集合しなきゃだよね…どうしようか」
こはねがそう言うので、オレは咄嗟に
「オレと連絡先交換しておくか?」
と言った。春樹と話してみたいこともあるし、ちょうど良いと思ったのだ。
「それが1番良いですかね? それでよければ早速連絡先交換しちゃいましょうか」
春樹がそういうので、オレはスマホを取り出しLINEのQRコードを出した。春樹がそれを読み込み、
『よろしくお願いします!』
とメッセージが送られてきた。
「よし、これでOKっと。春樹は親に許可とるのがあるだろうしオレがライブハウスあたりまで送ってくるわ。お前らはその間練習でもして待っといてくれ。」
「わかった~」
と杏が答えたのでオレは春樹を連れて集合したライブハウスまで向かった。
「今日は色々とありがとうございました! イベントの話だとか… あ、このジュースもありがとうございます!」
そう言って春樹はオレンジジュースを美味しそうに飲んだ。
「急に誘ったお礼だ。今日はありがとな。」
そんな話をしてライブハウスに到着した。
「じゃ、送るのはここまでで良いか?」
「はい!ありがとうございます!ではまた今度!」
オレは小さくなっていく春樹の後ろ姿に向け手を振ってから公園へ戻り、いつも通り練習をして一日が終わった─。
翌日の昼。今日は練習が休みなのでオレは家で自主練をしていた。
スマホで録音をして自分で聴いたり人に送って聴いてもらったり。
その時一件の通知が届いた。さっき動画を送ったやつからの返信かと思ったが違った。
『彰人さん! 親からの許可、貰えました!』
それを見たオレは自然とガッツポーズをしていた。まだ春樹とはそこまで仲良くなったわけではないのに、何故か喜びがこみ上げてくる。
オレは『お、やったな! あいつら3人にも伝えておく』と返信をした。
その直後、春樹から「ありがとう」のスタンプが送られてきた。
既読をつけ、トーク一覧へ戻る。通知の来ていない『Vivid BAD SQUAD』と名前のつけられたグループを開き、春樹が了承をもらったことを3人に伝えた。
『やった~!』
『東雲くん、ありがとう!』
『それじゃあ次からはイベントに向けた練習だな』
と3人から返事が返ってくる。
『じゃあ彰人、次の明日の練習来られるか聞いてみて!』
と杏に言われ、オレはまた春樹のトーク履歴を開く。
『明日練習があるんだけど、来られるか?』と送信した。
さっき会話をしてからは時間が空いているにしてはかなり早く既読が着いた。それだけ楽しみにしていたのだろうか。
『はい! 行けますよ!』
『もう公園の場所はわかったので明日は自分で向かいますね!』
と立て続けに2つメッセージが送られてきた。
『じゃあ今度は14:00にあの公園集合な』
『了解です!』
そこから沈黙が続く。まぁ文面なのだし普通だろう。
『なんで春樹はオレに憧れてるんだ?』
そう打ったが、送るのはやめた。こういうことは画面越しよりも、面と向かって聞いた方が良いだろうと思ったからだ。
打ったメッセージを消し、
『じゃあまた明日な』
とだけ送ってオレはスマホを閉じた。
夜。
オレはセカイへ来た。
練習をしたかったわけでもなく、メイコさんのカフェに行きたかったわけでもなく、ただなんとなくセカイへ来たのだ。
今は絵名は学校にいるし、親は2人とも夜遅くまで帰ってこない。
その時、
「───♪」
遠くから歌声が聞こえた。
「この声は………レンか?」
声のする方へ歩く。セカイの路地は入り組んでいるが、すぐにレンのいるところへたどり着いた。
レンが歌っていたのは────『シネマ』。
レンはすぐこっちに気づき、
「あれ、彰人だ! そっちの世界では今は夜だよね? 珍しいねこんなときに来るなんて!」
「ああ、なんとなく来てみただけだ。オレのことは気にせず歌ってて良いぞ、レン。」
「ん、わかった!」
「───♪」
レンはまた歌い始めた。オレはそれを横で聴いている。
「向いてないない 今すぐ辞めてしまえば」
その歌詞がなんだか今日は胸に来た。
一緒にやる人がいなくても、親に反対されても、ストリート音楽を辞めようとしなかった春樹の姿が脳裏に浮かぶ。
「春樹…… 偉いな、お前は。」
オレは脳内で考えていたことを知らぬ間に言葉にしていた。
そして歌い終わったレンが、
「春樹? 誰、それ?」
「お前には関係ねぇよ」
「えー! 余計気になっちゃうじゃん! 教えて教えて!」
「また今度な」
「えー!?」
「じゃ、オレ帰るから」
そう言い残し、オレは現実世界へ戻った。
去り際に「教えてよ~!」とレンに言われた気もするが、また今度教えれば良いだろう。
そして俺は何を思ったのか、ちょうど今日の自主練で録音していた『シネマ』を流した。
こんなにも良い歌詞だっただろうか。この曲は歌い始めた頃から好きだったが、ここまで歌詞を深く感じるのは初めてだ。
「ありがとな、レン」
そう言ってオレは眠りについた。
練習の待ち合わせ時間直前。
オレが待ち合わせに着いた頃には既にこはねと春樹が来ていた。
「彰人さんこんにちは!」
一昨日よりは春樹の緊張もほぐれ、笑顔が自然になっていた。
「今日からはイベントの練習だから、ビシバシやるぞ」
「うっ……が、頑張ります…」
「そうそう東雲くん! さっきまで春樹くんとイベント探してたんだ。 そしたらこんなのを見つけたんだけど…」
こはねが見せてきたスマホの画面には『Street Music Festival』と書いてあり、下にはプロ部門、アマ部門、そして中学生までが参加できるジュニア部門の日程が書いてあった。
「聞いてみたら春樹くんこの日は空いてるんだって。2週間はイベントまで練習が出来るし、これでどうかな、って思ってたの。東雲くんはどう思う?」
「春樹が『出たい』って思うイベントなら出てみてもいいと思うぞ? 春樹はこのイベントどうだ?」
「中学生までの部門があるなら…出てみたいです…!」
「じゃああとで杏と冬弥にも聞いてみるか」
「そうだね。 あ、ちょうど来た! 杏ちゃん! 青柳くん!」
こはねは2人に手を振り、春樹はお辞儀をした。
「待たせてしまってすまない、ちょっと道が混雑していて」
「この辺の道ってそんなに混むようなことあるか?」
「あぁ、実は…」
「道で歌ってる人がいてさ、すっごく上手だったの!それで人だかりが出来てて… 遠くからチラッと見えた感じは春樹くんと同じぐらいの年齢だと思う」
杏が冬弥に被せるように答える。
「僕と同じぐらいの年なのに道で歌う勇気があるって…凄いですね…。」
「私も杏ちゃんに誘われてすぐの頃は道で歌えるような勇気はなかったなぁ…」
「とりあえず、今日の練習始めるぞ。そういう上手いやつも追い越せるようにな。」
「そうだそうだ、杏ちゃん、青柳くん、春樹くんのイベントの話なんだけど──
イベントの話や高音の出し方、滑舌のトレーニングなど様々なことを春樹と話しつつ、オレたちは練習をした。
数時間後。
「日も沈みかけてるし、今日の練習はこの辺で切り上げるとするか」
「そうだね、じゃあ今日はこの辺で解散かな。」
「じゃあ春樹はまたオレが送って帰るわ」
と答える。
「じゃあな、彰人」
オレは春樹を連れて歩き出した。
「なぁ春樹、」
「どうしたんですか、彰人さん?」
「あのさ…」
昨日メッセージで送ろうとした言葉を思い返す。
「春樹は… なんでオレに憧れたんだ?」
春樹は少し悩んでから答えた。
「やっぱり歌唱力というのもありますけど…」
「けど?」
「1番は──『楽しそうに歌っていたから』ですかね」
正直驚いた。オレが今までほとんど言われたことがないことだったからだ。RAD WEEKENDに真剣に向き合っている姿を普段から見せている人ばかりから歌っているときの感想をもらっているからだろうか。
「僕、彰人さんたちに出逢うまで音楽があまり好きじゃなかったんです。当たり前ですけど音楽の授業とかでは歌いたくないのに歌わされるものばかりで。ただただつまらなかったんです。」
「………。」
「そんなときに皆さんを見かけたんです。全員楽しそうに歌っていて。本当に歌声に惹かれました。」
「……ありがとな、そんな風に褒めてくれて」
才能がない、だとか色んなことをオレは言われてきた。そしてオレはいつの間にかオレの歌は『真剣に歌う』事だけになっていた。そう思っていた。
「歌うのを楽しむ……か。」
春樹の歌を初めて聞いたときに衝撃を受けたのは、春樹が楽しそうに歌を歌っていたからなのかもしれない。
「……彰人さん、どうかされましたか?」
「いや、なんでもない。気にすんな。」
「そうですか… あ、僕この道左なのでここで失礼します。今日も色々とありがとうございました!」
春樹に手を振ってオレは右へ曲がる。
純粋に歌を楽しむ心を忘れていたことに気づかせてくれた春樹には本当に感謝だ。
「明日は、一番好きな曲でも歌ってみるか」
そう独り言を呟いてオレは家へ帰っていった─。
それからはあっという間に時間が過ぎていった。
謙さんの店のステージを借りて練習したり、春樹を勇気づけるために4人で春樹のために歌ったり。
そしてやってきたイベント当日。
「──、タオル、ペットボトルっと。はい、全部揃ってるよ!」
「杏ちゃん、お母さんじゃないんだから…」
「だって私たちが初めて教えた子なんだからさ、お母さんみたいになっちゃっても仕方ないでしょ?」
「ありがとうございます、杏さん!」
「セトリはちゃんと覚えたか?」
「もちろん!」
5人で一緒に決めたセトリ。春樹が歌いたかった曲や、オレたちが以前ライブで歌っていた曲などを詰め込んだ。上手くやってくれよ、春樹。
「それじゃあ、行ってきます!」
「私たちちゃんと見ておくからね~!頑張って!」
杏が送り出して春樹がイベント会場に入ってからこはねが喋り出した。
「ついこの間まではただのファンの子だったのになんだか不思議だね。まるでずっと昔から一緒にいた人が離れてく感じがしちゃうな。」
「わかるよ~、こはね。なんか感慨深いよね…」
「よし、それじゃ春樹を見送ったことだしオレたちもそろそろ入場するか。」
4人分のチケットを出し、入り口でパンフレットを受け取る。
そこには今日歌う人のリストが載っていた。
「灰田春樹……いたいた、3番目だね。」
「春樹、応援してるぞ」
「そんじゃ、もう開演ギリギリだし見る場所決めねぇとな」
そう言ってオレたちは会場の後ろの方へ4人で並んだ。前に行って春樹に変なプレッシャーをかけるわけにはいかない、という冬弥の提案だった。
そしてライブが始まった。
1人目がステージに出て来て司会からの紹介を受け、歌を歌い始めた。
───上手い。
中学生以下とは思えないほどの上手さだった。
春樹の心配をするが、今から心配しても何も変わらない。春樹を信じよう。
そして1人目が終わり、2人目が登場してきた──その時。
「「───!」」
杏と冬弥が同時に何かに気づいたような顔をした。こはねもそれに気づいたのか、
「杏ちゃん、青柳くん、どうしたの?」
「前俺たちが待ち合わせに遅れたとき『道で歌っている人がいた』と言っていただろう。」
「も、もしかして……」
「あの子だ…!」
やはりそうか。
ビビッドストリートの連中を道で集めるレベルの実力を持っていればこのあたりのイベントは押さえているだろうと思っていた。
だが、まさか順番が春樹の前とは…
「は、春樹くん大丈夫かな…?」
「き、きっと大丈夫だよ、こはね!」
「ああ、今は春樹を信じよう、小豆沢。」
そして2人目の歌が始まる。
1人目もかなり上手かったのだが……
それも霞んでしまうほど彼の歌は上手かった。
音域の広さ、滑舌、表現力と、どの点を取っても文句が出ないような上手さだった。
(───春樹………)
そして彼の出番も終わり、いよいよ春樹の番だ。
春樹がいよいよ舞台上にあがってきた。
(春樹、頑張れ───!)
だが……春樹の様子がいつもと違った。
足は震えているし、最近自然に見せるようになった笑顔も引きつっている。
あの歌を見せられた直後なら無理はない。
ただ……ベストは出し切って欲しい。
そして春樹が歌い始めた。
「───♪!」
いつもより …声が震えている。リズムも少し狂っているし、何より音域がいつもより狭く、高い声が出ていない。
なんとか歌を続け、いよいよ春樹の最後の曲になった。
最後に選んだ曲は───『シネマ』。
春樹が最初にオレたちに聴かせてくれた、あの曲だ。
「───♪」
練習の時より… 正直に言うと下手になっていた。
でも歌いきって欲しい。最後まで。いつもの声じゃなくても、お前の歌を聴かせてくれ──春樹。
不意に、歌詞が耳に飛び込んできた。
『主役は僕だけだろ』
そうだ。主役はお前だ、春樹。今日がどんな結果に終わろうと
──春樹の人生の主人公は春樹なんだ。
親の言う事なんて、所詮サブキャラの一言にすぎない。
──才能がないって言われて気にしてたオレが馬鹿みたいじゃないか─────。
そして春樹の出番が終わる。チラッと見えた舞台袖で泣いている春樹の姿が見えた。
でもオレは春樹の歌から感じたことがあった。
春樹の歌は─────
─────────────────────
最悪だ。
今まで僕が彰人さんたちに教わった全てのことを無駄にしてしまったような気がした。
「ごめんなさい、皆さん…ごめんなさい………」
舞台袖で泣いてしまったが、ここには慰めてくれる人はいない。
4人の前では泣かないように気持ちを抑えてから、僕は彰人さんたちのところへ向かった。
元のところへ戻ると、杏さん、こはねさん、冬弥さんが待っていた。
「あれ、彰人さん、は…?」
「それがわからないの。春樹くんの歌が終わってから何も言わずにどこかへ行っちゃって…」
(彰人さん…………。)
「僕が、彰人さんたちに教えてもらったことを無駄にしちゃったからだ………。」
さっき泣かないって決めたのに、涙が抑えきれずに溢れてきてしまう。
「…………東雲くんは、そんなことで怒るような人じゃないよ。」
「……こはねさん………でも、僕…………」
「春樹は、よく頑張った。イベントに出られただけでも大きな一歩だ。」
「冬弥さん…………」
「そうだよ春樹くん…! 私たちは春樹くんが練習の時からたっくさん頑張ってたことを知ってる。 だから…元気出して?」
「杏さん……………ありがとうございます。こんなことで泣いてる場合じゃなかった…ですよね。」
袖で涙を拭い、僕は3人の顔を見た。
(でも、彰人さんは…)
そう思ったとき、急に首に冷たいものが当たった。
驚いて見たところにあったのは──オレンジジュース。
それを持っていたのは───
「彰人さん───!」
─────────────────────
春樹の歌は───とても楽しんでいるように聞こえた。
春樹に「歌を純粋に楽しむこと」の大切さを教えらて以来、歌っている春樹を見ると──とても楽しそうに見えたのだ。
それはステージの上でも同じで、緊張していても、泣きそうになっていても、「春樹は歌が大好きなこと」が伝わってくる歌い方をしていた。
(春樹はすげぇな…。)
そう思うと同時に、オレは無意識のうちに歩き出していた。
「あ、彰人、どこ行くの!?」
杏の声が聞こえたが、オレはそれをつい無視してしまった。
ライブハウスの外に出て、自販機を探す。
「前春樹が飲んでたのはこれだったか…。」
美味しそうにオレンジジュースを飲む春樹の姿が脳裏に浮かんだ。
小銭を自販機に入れ、ボタンを押す。
そしてオレンジジュースを取り出し、ライブハウスまで戻る。せめてこれで春樹が元気になってくれればいい。そんな単純な思いだった。
中へ入り、春樹を探す。
今はもう戻っているはずだ。
───いた。春樹はまだ泣いているように見えた。
オレは春樹の元へ近づき、後ろから春樹の首にオレンジジュースを当てた。
「彰人さん───!」
「これ、春樹前も飲んでただろ? だから──春樹の初ライブ記念に買ってきた。」
「っ………彰人さん、ごめんなさい!」
春樹は涙目になっている。
「僕…彰人さんたちに教えてもらったこと…全部無駄にしちゃって………」
「───主役は僕だけだろ」
「………え?」
「何処かで聴いたことないか?」
「──! 『シネマ』…」
オレはそれを聴いて微笑む。
「そう、ですよね。 こんな結果に終わっても、主役は僕だけ、、ですもんね。」
春樹はまた泣き出してしまった。
「ありがとうございます……… 迷惑までかけたのに…… 励ましてもらっちゃって……………」
「いいんだよ。 春樹はオレの大事な──弟みたいな存在になったんだからさ。頼りたいときは頼ってくれて良いし、泣きたければオレの前で泣いていい。」
「あ…ありがとうございます、彰人さん…… でも、いつまでも泣いてちゃダメ、ですよね…」
春樹は手で目を拭いた。
「皆さん、今日までありがとうございました! またいつか機会があればよろしくお願いしますね!」
「何言ってるの、春樹くん?」
こはねに続き、杏も言葉を発した
「『いつか』じゃなくて、『いつでも』春樹くんは私たちと練習していいんだよ!」
「本当…ですか!」
「ああ。手伝えることがあればなんでも手伝う。」
「ありがとうございます…本当にありがとうございます、皆さん!」
いつもの春樹の明るい声が、シブヤの小さなライブハウスに響いていた─。
「それで、春樹くんはみんなとこれからも練習を一緒にすることになったのね」
「オレも春樹って言う子の歌聴いてみたいな~!」
「じゃあ今度こっそりこっちの世界に来て春樹くんの歌、聴いてみる?」
「お、良いの!? こはねありがとう~!」
今日、オレたちは4人でメイコさんのカフェへ来ていた。
レンたちに春樹の話をしに来たのだ。
「それにしても格好よかったね~、彰人お兄ちゃん?」
「んなっ、うるっせぇよ…」
それを聞いたみんなの笑い声がカフェに響く。
「レン、そういえばありがとな」
「え、オレ何かしたっけ?」
レンが首をかしげる。
「前、オレが夜に来たとき『シネマ』歌ってたろ。」
「そのおかげで、春樹を元気づけられた。」
「ふーん? よくわかんないけど、どういたしまして!」
その時、スマホに着信が来た。
『彰人さん! 今度お礼として皆さんとどこか行きたいんですがどうですかね?』
あれから普段の春樹に戻っていて良かった。オレは一人スマホに向けて微笑んでから3人に話しかける。
「おいお前ら、今度さ──。