憧れの連鎖──最近、オレたちのライブをよく見に来る中学生ぐらいの少年がいる。
同年代や大人の多いライブハウスではステージからでも中学生ぐらいの姿は逆に目立つし、しかもいつも前の方にいるから恐らくあいつら3人も顔は覚えているだろう。
今日のライブでもまたその少年が来ていた。まぁ、目に入っただけで特にそいつに対して何かを感じていたとかはなかったが。
ライブが終わり、オレたち4人は控え室へ戻る。
「今日もお客さん盛り上がってたね~!」と杏が呟き、「だが、RADWEEKENDを超えるまではまだまだだ。これからも全力でやるぞ」とオレが答える。
そんな話をしている時、ふとオレはステージにタオルを置いてきたことに気づいた。3人には「回収したらすぐ戻る」とだけ伝え、ステージに向かった。
「タオル………お、あった」とタオルを取り、オレは控え室に戻ろうとする。
その時、ほとんどの客が帰った中まだ残っている人影が見えた。見ると、それはいつもライブに来ている少年だった。
普通の客相手ならスルーしていただろうが、流石にこんな時間に中学生に見える人物がまだ残っているのは危ないのでは、そう思って念のため彼のいる客席へ降りてみる。
「キミ、どうしたの? もう暗いし家の人が心配する前に帰った方が良いんじゃないかな?」
オレが話しかけると、少年は驚いた様子を見せた。
「!? び、Vivid BAD SQUADの東雲彰人さん…です、よね?」
「え、あぁ、そうだけど…」
ライブではユニットの紹介もあるし、ましてやこの少年は何度もオレたちのライブに来ているのだから名前を知っていることは何も不思議じゃない。ただ、そこまで驚くようなことなのか…?
そんなことを考えていると少年がさらに話し始めた。
「ぇ、えっと、その……ぼ、僕、Vivid BAD SQUAD……特に彰人さんの大ファンなんです!」
「え、そうなの?」
まぁ何度もオレたちの出ているライブに足を運んでいるのだしそうなのだろうとは思っていたが、一応返事はしっかりとしておく。
「僕、以前ビビッドストリートで彰人さんたちが歌っているところを見かけて、その時ものすっっっごく衝撃を受けてストリート音楽が好きになったんです!それからは貯めてきたお小遣いとかを使ってライブを見に来るようになって…」
「へぇ、そうなんだ。オレたちのためにそこまでしてくれてありがとう。とっても嬉しいな。」
いつものように猫を被って話しているとはいえ、嬉しいというのは本心だ。
少年は、オレが謙さんに憧れているのと同じ感覚なのだろう。
「それで僕… 彰人さんに憧れて歌の練習初めたんです。低音も高音も自由自在に使い分けて、表現力も凄い彰人さんみたいになりたいって思って。」
それまでずっと明るく矢継ぎ早に話していた少年は、そこで急に少し悲しそうな顔になって言葉を続けた。
「でも…上手くいかないもんですね。 練習しても一緒にやってくれる人がいないから自分だけで上達しなきゃいけないし、何より親から『そんな危ないことをするな』って反対されてるんです。自分はただ好きな音楽をしていたいだけなのに…」
少年の話を聞いて、杏がきっかけでストリート音楽を始めたこはねや、親から反対されても自分の好きなものの道を選んだ冬弥の姿が脳裏に浮かんだ。
「……きっと大丈夫だよ。いつかは一緒にやれる仲間も見つかるし、親からの反対だって──難しいかもしれないが押し切ったっていい。自分のやりたいことをやれば良いんだ。」
「でも…」
その時、舞台袖から杏たちが姿を現した。
「彰人、タオル探すにしては時間かかりすぎじゃなーい?」そう言いかけた杏が少年に気づく。
「あ、キミ!もしかしていつもライブ来てくれてる子?」
3人に気づいた少年はさっき俺に話しかけられた時と同じように驚いたようだった。
「はっ、はいそうです! 皆さんの歌が凄く大好きで…」
「いつも来てくれてありがとね~! ところで、彰人はずっとこの子と話してたの」
「まぁな」
「ねぇねぇキミ、この彰人お兄ちゃんとどんなこと話してたの?」
「んだよお兄ちゃんって…」
オレはそう呟いたが杏はそれをスルーして少年に目を向けていた。
「あ…、えっ、と、彰人さんたちみたいに歌がうまくなるように僕も歌を練習しているんですけど… 一緒にやる相手はいないし親には反対されるしで… これからどうしようかなって思ってて…」
「そうなんだ~……学校とかで一緒にできそうな友達とかはいないの?」
「何人か誘ってみたんですけど、『ストリートってちょっと怖い』とか『人前で歌うのは恥ずかしい』って断られちゃって…」
「あ~…」
杏がそう呟き、数秒間の沈黙が生まれた。
次に言葉を発したのはこはねだった。
「ねぇねぇ東雲くん、青柳くん、杏ちゃん。3人が良ければ、今度この子と一緒に練習してみない?」
「お、それいいね! こはね、ナイスアイディア!」
「な、なんでそうなるんだよ…」
「……彰人、これは初心に返って基礎を固められるチャンスだ。この少年と練習、してみないか?」
……3人とも乗り気では仕方ない。少年を悲しませたいわけではないし、応えてやるか。
「……お前らがそこまで言うなら、やってやるよ…」
「やった~! じゃあこはねの案採用〜! ってことで、勝手に話進めちゃったけどキミもそれでいいかな?」
「は、はい!ありがとうございます!」
「そうだそうだ、まだ名前聞いてなかったよね。ずっと『キミ』って呼ぶのも変だし、名前教えてもらっても良いかな?」
「え、えっと……灰田 春樹って言います。」
少年…春樹はさっき話をしていたときよりも明るい表情になっている。
「よろしくね、春樹くん! でも今日は遅いし、そろそろおうちに帰った方が良いんじゃないかな?」
こはねがそう言い、春樹はこはねに礼をして帰宅の準備を始めた。
「明日は確か13時半から練習だったよな、冬弥?」
「ああ、だが春樹はいつもの公園の場所を知らないだろうし、もう少し早めにここで集合してから向かうのが良いだろうか。」
「あー、そうか……なら、オレが公園まで送る。お前らはいつも通りの場所に13時半集合な。」
そしてオレは春樹に集合場所と時間を伝え、春樹は家へ帰っていった。
翌日。
オレは少し早めに家を出て春樹との待ち合わせ場所へ向かった。
ちょっと早すぎた気もするが、春樹を1人で待たせるよりは良いだろう。
待ち合わせ場所に着き、スマホを開いて時間を見る。まだ時間にはかなり余裕があった。
最初は自主練でもしておこうかと思ったが、今日は春樹に色々と教えなければならない。
オレは歌の基礎をしっかりと伝えられるようにしなければと思い、高音の出し方や呼吸の仕方などを原点に立ち返って考え直すことにした。
脳内でそんな事をゴチャゴチャと考えているとき、
「あ、彰人さん! 待たせちゃいましたかね?」
と春樹の声が聞こえた。
「いや、さっき来たばっかりだから全然待ってないよ。それじゃあ待ち合わせの公園まで行こうか。」
と返事をし、オレと春樹はいつもの公園に向かい始めた。
歩いている道中、春樹が話しかけてきた。
「あの…彰人さん、」
「ん、どうしたの?」
「今日は…誘ってくれてありがとうございます。一緒に練習できるって言うのが未だに信じられなくて夢のようで…」
「でも案を出してくれたのはこはねだし、オレはお礼を言われるようなことはしてないよ」
数秒の沈黙。その後口を開いたのは春樹だった。
「……その、彰人さん、突然なんですけど」
「どうしたの?」
「えっと、その… 無理に優しい口調で喋らなくていいんですよ…?」
少し驚いたが、まぁ昨日杏たちと話すところを見られているしそうなるのも当然か。
別にいつものように素で話すのが嫌で猫を被っているわけではないし、むしろそっちの方が気楽で話しやすい。
「あー… やっぱオレが猫被って話してるの気づいてたか。」
「はい……… あ、迷惑だったらすみません…」
「ああ、気にすんな。むしろこっちの口調の方が話しやすいしな。」
そんな話をしながらオレたち2人は公園に到着した。
公園には既に杏が来ていて、オレら………というよりは春樹に対して大きく手を振っていた。
「おっ、春樹くんだ! やっほ~!」
「あ、杏さんこんにちは…!」
春樹は少しぎこちなく答えた。やはり緊張しているのだろうか。
「急に誘っちゃったのに今日は来てくれてありがとね~! お礼に後で彰人お兄ちゃんがジュースおごってくれるから!」
「は!? なんでオレが…」
「今日ぐらいは…ね?」
杏はそう言いながら両手を合わせてウインクしてきた。こはねじゃあるまいし別に杏にあざとい動きされても心動かないっつの。
「………はぁ、わーったよ。」
……というわけで、冬弥とこはねが来る前に春樹と2人で自販機へやってきた。
「春樹、何が良い?」
「あ……じゃあこのオレンジジュースで」
「りょーかい」
小銭を入れオレンジジュースを買い、春樹に渡す。
戻ると冬弥とこはねも来ていたようで、
「あ、春樹くん! 今日はよろしくね。」
「俺が上手く教えられるかはわからないが… 今日はよろしくな。」
春樹は4人全員に向けてお辞儀をした。
「さてと、それじゃあ早速練習始めますか!」
「じゃあまずはどうしよっかな……うーん……、春樹くんが嫌じゃなければ歌を聴かせてもらっても良いかな?」
こはねがそう言い、春樹は
「わかりました。ではこちらの歌いたい曲を歌わせてもらっても大丈夫ですか?」
と答える。
「もちろん! なんでも大丈夫だよ」
杏の返事に頷いた春樹は言葉を続けた。
「では… 皆さんの歌っていた曲の中で一番好きな曲を歌わせてもらいますね。 一応と思ってオフボーカルの音源も用意してあったんです。」
春樹はスマホから曲を流して歌い始める。
「───♪」
この曲は…『シネマ』か。
オレたち4人は春樹の歌に耳を傾ける。
多少ピッチやリズムがズレるところもあるが、想像以上に上手い。
普段たった1人で練習していると言っていたが、それを感じさせないような表現力に引き込まれた。
「────♪!」
曲が終わり、オレたち4人から歓声が出た。
「すっごーい春樹くん!」
「1人で練習してたとは思えないクオリティだったな」
「ほ、褒めていただいて光栄です…!」
憧れていた相手の1人である杏や冬弥に褒められているからか、春樹がいつもよりも笑顔になっているのを感じた。
「このクオリティなら、経験も兼ねてイベントなんかに出てみてもいいんじゃないかな?」
こはねがそう言い、春樹は笑顔で
「イベント…! 出てみたいです!」
と答えた。しかしその笑顔はすぐ何かを思い出したかのように真剣な顔に戻ってしまった。
「…………けど、」
「親、かな?」
「はい…」
隣にいる相棒の過去を思い出したオレは、
「オレの相棒は親の反対を押し切って自分のやりたいストリート音楽を続けたんだ。春樹の親は、どうしても許してくれないのか?」
と春樹に聞いてみた。
そう。親から反対されてもストリート音楽をしていた、というのは冬弥の前例がある。その経験を上手く生かせれば春樹の親も許してくれるのではないか、と思ったのだ。しかし、
「前も頼んでみたことはあったんです。でも『1人でそんな危ないことをするんじゃない』って…」
「『1人が危ない』、かぁ……それなら大丈夫!」
杏が突然そう叫んだ。
「え…?」
「『1人』がダメなんでしょ? でも今回は私たちがついてるじゃん!」
「確かに…! 杏ちゃん、私、東雲くん、青柳くんがいればなんとかなるんじゃないかな?」
「なんとかなるって… 逆に『そんな知らない人とやるな』って言われる可能性もあるだろ」
そんなことを言っておきながら、オレも本当は春樹をイベントに出してやりたい。
だが、期待のしすぎも良くないので無理である可能性は頭に入れておくべきではある。
「ま、まずはなんでもやってみるのが大事じゃない? 彰人が言ったようなことが起きちゃったらまた考え直すって事で」
「そうだな。彰人の言うこともわかる。だがこれは白石の案に賛成だな。」
「わかりました……家に帰ったら親に聞いてみますね。」
「ありがとう、春樹くん…! でも、そうなるとまた今度春樹くんと会って話をしなきゃだよね…どうしようか」
こはねがそう言うので、オレは咄嗟に
「オレと連絡先交換しておくか?」
と言った。春樹と話してみたいこともあるし、ちょうど良いと思ったのだ。
「それが1番良いですかね? それでよければ早速連絡先交換しちゃいましょうか」
春樹がそういうので、オレはスマホを取り出しチャットアプリのQRコードを出した。春樹がそれを読み込み、
『よろしくお願いします!』
とメッセージが送られてきた。
「よし、これでOKっと。春樹は親に許可とるのもあるだろうしオレが途中までまで送ってくる。お前らはその間練習でもして待っといてくれ。」
「わかった~」
と杏が答えたのでオレは春樹を連れて集合したライブハウスまで向かった。
「今日は色々とありがとうございました! イベントの話とか… あ、このジュースもありがとうございます!」
そう言って春樹はオレンジジュースを美味しそうに飲んだ。
「急に誘った詫びだ。今日はありがとな。」
そんな話をしていると、あっという間にライブハウスに到着した。
「んじゃ、送るのはここまでで大丈夫か?」
「はい!ありがとうございます!ではまた今度!」
オレは小さくなっていく春樹の後ろ姿に向け手を振ってから公園へ戻った。
翌日の昼。
今日は練習が休みなのでオレは自主練をしていた。
スマホで録音をして自分で聴いたり、日課のトレーニングをしたり。
休憩を挟んでいる時、一件の通知が届いた。
『彰人さん! 親からの許可、貰えました!』
その連絡を見たオレは自然とガッツポーズをしてしまった。まだ春樹とはそこまで仲良くなったわけではないのに、なぜか喜びがこみ上げてくる。
オレは喜びを悟られないよう、『あいつら3人にも伝えておく』と素っ気なく返信をした。
その直後、春樹から「ありがとう」のスタンプが送られてきた。
既読だけつけ、トーク一覧へ戻る。ピン留めしてある『Vivid BAD SQUAD』と名前のつけられたグループチャットを開き、春樹が了承をもらったことを3人にも伝えた。
『やった~!』
『東雲くん、ありがとう!』
『それでは次からはイベントに向けた練習だな』
と3人から続々と返信が届いた。
『じゃあ彰人、春樹くんが次の練習来られるか聞いてみて!』
と杏に言われ、オレはまた春樹のトーク画面を開く。
『明日前回と同じとこで練習があるんだが、来られるか?』と送信した。
さっき会話をしてからは時間が空いているにしてはかなり早く既読がついた。それだけ楽しみにしていたのだろうか。
『はい! 行けますよ!』
『公園の場所は覚えたので明日からは自分で向かいますね!』
と立て続けにメッセージが送られてきた。
『じゃあ今度は14時に集合な』
『了解です!』
ここで会話は終わった。
『なんで春樹はオレに憧れてるんだ?』
そう打ち込んたが、送信ボタンを押す直前で手を止めた。こういうことは画面越しよりも、面と向かって聞いた方が良いだろうと思ったからだ。
打ったメッセージを消し、
『じゃあまた明日な』
とだけ送ってオレはアプリを閉じた。
夜。
オレはなんとなくセカイへ来た。
練習をしたかったわけでもなく、メイコさんのカフェに行きたかったわけでもなく、本当にただなんとなくセカイへ来たのだ。
今は絵名は学校にいるし、両親は2人とも夜遅くまで帰ってこない。
その時、
「───♪」
遠くから歌声が聞こえた。
「この声は………レンか?」
声のする方へ歩く。セカイの路地は入り組んでいるが、案外すぐにレンのいるところへたどり着いた。
レンが歌っていたのは────『シネマ』。
レンはすぐこっちに気づき、
「あれ、彰人だ! こんな時間に来るなんて珍しいじゃん!」
「ああ、なんとなく来てみただけだ。オレのことは気にせず歌ってて良いぞ、レン。」
「ん、わかった!」
「───♪」
レンはまた歌い始めた。オレはそれを横で座って聴いている。
『向いてないない 今すぐ辞めてしまえば』
その歌詞がなんだか今日はいつもより深く感じた。
一緒にやる人がいなくても、親に反対されても、ストリート音楽をやめようとしなかった春樹を思い出す。
「春樹…… 偉いな、お前は。」
オレは脳内で考えていたことを無意識のうちに口に出していた。
ちょうど歌い終わったレンが、
「春樹? 誰、それ?」
「お前には関係ねぇよ」
「えー! 余計気になっちゃうじゃん! 教えて教えて!」
「また今度な」
「えー!?」
「じゃ、オレ帰るから」
そう言い残し、オレはスマホを取りだし現実世界へ戻った。
去り際に「教えてよ~!」とレンが叫んでいた気もするが、また今度教えれば良いだろう。
そして俺は何を思ったのか、ちょうど今日の自主練で録音していた『シネマ』を流した。
こんなにも深い歌詞だっただろうか。この曲は歌い始めた頃から好きな曲だったが、ここまで歌詞の意味を強く感じるのは初めてだ。
「ありがとな、レン」
そう言ってオレは部屋の電気を消し、眠りについた。
翌日。練習の待ち合わせ時間直前。
オレが待ち合わせに着いた頃には既にこはねと春樹が来ていた。
「彰人さんこんにちは!」
前回よりは春樹の緊張もほぐれ、笑顔が自然になっていた。
「今日からはイベントの練習だから、ビシバシやるぞ」
「うっ……が、頑張ります…」
「そうそう東雲くん! さっきまで春樹くんとイベント探してたんだ。 そしたらこんなのを見つけたんだけど…」
こはねが見せてきたスマホの画面には『Street Music Festival』と書いてあり、下にはプロ部門、アマチュア部門、そして中学生以下が参加できるジュニア部門の日程が書いてあった。
「聞いてみたら春樹くんこのジュニア部門日は空いてるんだって。イベントまで2週間ぐらい練習が出来るし、これでどうかな、って思ってたの。東雲くんはどう思う?」
「春樹が『出たい』って思うイベントならなんでもいいと思うが……春樹はこのイベント、どう思うんだ?」
「中学生までの部門があるなら…折角ですし出てみたいです…!」
「なら、あとで杏と冬弥にも聞いてみるか」
「そうだね。 あ、ちょうど来た! 杏ちゃん! 青柳くん!」
こはねは2人に手を振り、春樹はお辞儀をした。
「待たせてしまってすまない、ちょっと道が混雑していてな」
「この辺りの道ってそんなに混むようなことあるか?」
「あぁ、実は…」
「道で歌ってる人がいてさ、それがすっごく上手だったの!それで人だかりが出来てて… 遠くからチラッと見た感じは春樹くんと同じぐらいの年齢だと思う」
杏が冬弥に被せるように答える。
「僕と同じぐらいの年なのに路上で歌う勇気があるんだ……凄いですね…」
「私も杏ちゃんに誘われてすぐの頃は路上で歌えるような勇気はなかったなぁ…」
そんな話をしつつ、全員練習の準備を進めた。
「ま、とりあえず今日の練習始めるぞ。そういう上手いやつも追い越せるようにな。」
「そうだ、杏ちゃん、青柳くん、春樹くんのイベントの話なんだけど──
イベントの話や高音の出し方、トレーニングの方法など様々なことを春樹と話しつつ、オレたちは練習をした。
数時間後。
「日も沈みかけてるし、今日の練習はこの辺りで切り上げるとするか」
「そうだね、じゃあ今日はこの辺で解散かな。」
「んじゃ、春樹はまたオレが送って帰るわ」
と答える。
「またな、彰人」
「おう」
冬弥たちに別れの挨拶をし、オレは春樹を連れて歩き出した。
「なぁ春樹、」
オレは突然春樹に話しかけた。
「どうしたんですか、彰人さん?」
「あのさ…」
昨日メッセージで送ろうとした言葉を思い返す。
「春樹は… なんで4人の中で特にオレに憧れたんだ?」
春樹は驚いたような顔をして、少し悩んでからオレの問いに答えた。
「やっぱり歌唱力の高さというのもありますけど…」
「けど?」
「1番は──『楽しそうに歌っていたから』、ですかね」
正直驚いた。オレが今までほとんど言われたことがないことだったからだ。RAD WEEKENDに真剣に向き合っている姿を普段から見せている人ばかりから歌っているときの感想をもらっているからだろうか。
「僕、彰人さんたちに出逢うまで音楽があまり好きじゃなかったんです。当たり前ですけど音楽の授業とかでは大して興味もないのに歌わされる曲ばかりで。ただただつまらなかったんです。」
「………。」
「そんなときに皆さんを見かけたんです。全員楽しそうに歌っていて。本当に歌声に惹かれました。」
「……ありがとな、そんな風に褒めてくれて」
才能がない、だとか様々なことをオレは言われてきた。そしてオレはいつの間にかオレの歌は『真剣に歌う』事だけになっていた。そう思っていた。
「歌うのを楽しむ……か。」
春樹の歌を初めて聞いたときに衝撃を受けたのは、春樹が楽しそうに歌を歌っていたからなのかもしれない。
「……彰人さん、どうかされましたか?」
「いや、なんでもない。気にすんな。」
「そうですか…… あ、僕この道左なのでここで失礼します。今日も色々とありがとうございました!」
春樹に手を振ってオレは右へ曲がる。
純粋に歌を楽しむ心を忘れていたことに気づかせてくれた春樹には本当に感謝だ。
「明日は、好きな曲でも歌ってみるか」
そう独り言を呟いてオレは家へ帰っていった─。
それからはあっという間に時間が過ぎていった。
謙さんの店のステージを借りて練習したり、春樹を勇気づけるために4人で春樹のために歌ったり。
そしてやってきたイベント当日。
「──、タオル、ペットボトルっと。はい、全部揃ってるよ!」
「もう杏ちゃん、お母さんじゃないんだから…」
「だって私たちが初めて教えた子だからなんか特別な気持ちになっちゃってさ〜、お母さんみたいになっちゃっても仕方ないでしょ?」
「ありがとうございます、杏さん!」
「セットリストはちゃんと覚えたか?」
「もちろんです!」
5人で一緒に決めたセトリ。春樹が歌いたかった曲や、オレたちが以前ライブで歌っていた曲などを詰め込んだ。
頑張れよ、春樹。
「それじゃあ、行ってきます!」
「私たちちゃんと見ておくからね~!頑張って!」
杏が送り出して春樹がイベント会場に入ってからこはねが喋り出した。
「ついこの間まではただのファンの子だったのになんだか不思議だね。まるでずっと昔から一緒にいた人が離れてく感じがしちゃうな。」
「わかるよ~、こはね。なんか感慨深いよね…」
「よし、それじゃ春樹を見送ったことだしオレたちもそろそろ入場するか。」
4人分のチケットを出し、入り口でパンフレットを受け取る。
そこには今日出演する人のリストが載っていた。
「灰田春樹……いたいた、3番目だね。」
「春樹なら上手くやれるだろう。しっかり見守らなければな。」
「そんじゃ、もう開演ギリギリだし見る場所決めねぇと」
そう言ってオレたちは会場の後ろの方へ4人で並んだ。前に行って春樹に変なプレッシャーをかけるわけにはいかない、という冬弥の提案だった。
数分後、ライブが始まった。
1人目がステージに出て来て司会からの紹介を受け、歌を歌い始めた。
───上手い。
中学生以下とは思えないほどの上手さだった。
春樹の心配をするが、今から心配しても何も変わらない。春樹を信じよう。
そして1人目が終わり、2人目が登場してきた──その時。
「「───!」」
杏と冬弥が同時に何かに気づいたような顔をした。こはねもそれに気づいたのか、
「杏ちゃん、青柳くん、どうしたの?」と尋ねる。
「前俺たちが待ち合わせに遅れたとき『道で歌っている人がいた』と言っていただろう。」
「も、もしかして……」
「あの子だ…!」
やはりそうか。
ビビッドストリートの連中を道で集めるレベルの実力を持っていればこのあたりのイベントは押さえているだろうとは思っていた。
だが、まさか順番が春樹の前とは…
「は、春樹くん大丈夫かな…?」
「き、きっと大丈夫だよ、こはね!」
「ああ、今は春樹を信じよう、小豆沢。」
そして2人目の歌が始まる。
1人目もかなり上手かったのだが……
それも霞んでしまうほど彼の歌は上手かった。
音域の広さ、ピッチの正確さ、表現力、滑舌、フロアを盛り上げる力………と、どの点を取っても文句が出ないような上手さだった。
(───春樹………)
そして彼の出番も終わり、いよいよアイツの番だ。
春樹がいよいよ舞台上にあがってきた。
(春樹、頑張れ───!)
だが……春樹の様子がいつもと違った。
足は震えているし、最近自然に見せるようになった笑顔も引きつっている。
あの歌を見せられた直後だし、そうなっても無理はない。
だが……ベストは出し切って欲しい。
そして春樹が歌い始めた。
「───♪!」
いつもより …声が震えている。リズムも少し狂っているし、何より音域がいつもより狭く、高い声が出ていない。
なんとか歌を続け、いよいよ春樹の最後の曲になった。
最後に選んだ曲は───『シネマ』。
春樹が最初にオレたちに聴かせてくれた、あの曲だ。
「───♪」
練習の時より… 正直に言うと下手になっていた。
だが歌いきって欲しい。最後まで。いつもの声じゃなくても、お前の歌を聴かせてくれ──春樹。
応援するのに必死で、あまり頭に入ってこなかった歌詞が不意に耳に飛び込んできた。
『主役は僕だけだろ』
そうだ。今の主役はお前だけだ。今日がどんな結果に終わろうと
──お前の人生の主人公はお前1人なんだ。
親の言う事なんて、所詮脇役の一言にすぎない。
才能がないって言われて気にしてたオレが馬鹿みたいじゃないか─────。
春樹の出番が終わった。チラッと見えた舞台袖で泣いている春樹の姿が見えた。
でもオレは春樹の歌から感じたことがあった。
春樹の歌は─────
─────────────────────
最悪だ。
今まで僕が彰人さんたちに教わった全てのことを無駄にしてしまったような気がした。
「ごめんなさい、皆さん…ごめんなさい………」
舞台袖で泣いてしまったが、ここには慰めてくれる人はいない。
4人の前では泣かないように、気持ちを落ち着かせてから僕は彰人さんたちのところへ向かった。
元のところへ戻ると、杏さん、こはねさん、冬弥さんが待っていた。
「あれ、彰人さんは…?」
「それがわからないの。春樹くんの歌が終わってから何も言わずにどこかへ行っちゃって…」
(彰人さん…………。)
「僕が、彰人さんたちに教えてもらったことを無駄にしちゃったからだ………。」
さっき泣かないって決めたのに、涙が抑えきれずに溢れてきてしまう。
「…………東雲くんは、そんなことで怒るような人じゃないよ。」
「……こはねさん………でも、僕…………」
「春樹は、よく頑張った。イベントに出られただけでも大きな一歩だ。」
「冬弥さん…………」
「そうだよ春樹くん…! 私たちは春樹くんが練習の時からたっっくさん頑張ってたことを知ってる。 だから…元気出して?」
「杏さん……………ありがとうございます。1回の失敗ぐらいで泣いてる場合じゃなかった…ですよね。」
袖で涙を拭い、僕は3人の顔を見た。
(でも、彰人さんは…)
そう思ったとき、急に首に冷たいものが当たった。
驚いて見た首元にあったのは、オレンジジュース。
それを持っていたのは───
「彰人さん───!」
─────────────────────
春樹の歌は───とても『楽しんでいる』ように聞こえた。
春樹に「歌を純粋に楽しむこと」の大切さを教えられて以来、歌っている春樹を見ると──とても楽しそうに見えたのだ。
それはステージの上でも同じで、緊張していても、泣きそうになっていても、「春樹は歌が大好きなこと」はひしひしと伝わってきた。
(春樹、お前はすげぇな……)
そう思うと同時に、オレは無意識のうちに歩き出していた。
「あ、彰人、どこ行くの!?」
杏の声が聞こえたが、オレはその内容が頭に入ってこなかった。
ライブハウスの外に出て、自販機を探す。
「前春樹が飲んでたのはこれだったか…。」
美味しそうにオレンジジュースを飲む春樹の姿が脳裏に浮かんだ。
小銭を自販機に入れ、ボタンを押す。
下の扉からオレンジジュースを取り出し、ライブハウスまで戻る。せめてこれで春樹が少しでも元気になってくれればいい。そんな単純な考えだった。
中へ入り、春樹を探す。
今はもう戻っているはずだ。
───いた。春樹はまだ泣いているように見えた。
オレは春樹の元へ近づき、後ろから春樹の首にオレンジジュースを当てた。
「彰人さん───!」
「これ、前も飲んでただろ? だから──初イベントの記念に奢ってやる。」
「っ………彰人さん、ごめんなさい!」
春樹は涙目になっている。
「僕…彰人さんたちに教えてもらったこと…全部無駄にしちゃって………」
「───主役は僕だけだろ」
「………え?」
「どこかで聴いたことないか?」
「──! 『シネマ』…」
オレはそれを聴いて微笑む。
「そう、ですよね。 こんな結果に終わっても、主役は僕だけ、、ですもんね。」
春樹はまた泣き出してしまった。
「ありがとうございます……… 迷惑までかけたのに、励ましてもらっちゃって……………」
「いいんだよ。 春樹はオレに『歌うことを楽しむ』っつー大事なことを思い出させてくれたんだ。頼りたいときは頼ってくれて良いし、泣きたければオレの前で泣いていい。」
「あ…ありがとうございます、彰人さん…… でも、いつまでも泣いてちゃダメ、ですよね…」
春樹は両手で目を拭った。
「皆さん、今日までありがとうございました! またいつか機会があればよろしくお願いしますね!」
「何言ってるの、春樹くん?」
こはねに続き、杏も言葉を発した
「『いつか』じゃなくて、『いつでも』春樹くんは私たちと練習していいんだよ!」
「本当…ですか…!」
「ああ。手伝えることがあればなんでも手伝う。」
「ありがとうございます…本当にありがとうございます、皆さん!」
いつものような春樹の明るい声が、シブヤの小さなライブハウスに響いていた─。
「それで、春樹くんはみんなとこれからも定期的に練習を一緒にすることになったのね」
「オレもその子の歌聴いてみたいな~!」
「じゃあ、勝手に聴かせちゃって春樹くんには申し訳ないけど、今度こっそりこっちの世界に来て聴いてみる?」
「お、良いの!? こはねありがとう~!」
今日、オレたちは4人でメイコさんのカフェへ来ていた。
レンたちに春樹の話をしに来たのだ。
「それにしてもカッコよかったね~……彰人お兄ちゃん?」
「んなっ、うるせぇよ…」
みんなの笑い声がカフェに響く。
「そういやレン、……ありがとな」
「あれ、オレ何かしたっけ?」
レンが首をかしげる。
「前、オレが夜に来たとき『シネマ』歌ってたろ。」
「そのおかげで、オレは春樹を元気づけられたんだ。」
「ふーん? よくわかんないけど、彰人がそう言うなら、どういたしまして!」
その時、スマホに着信が届いた。
『彰人さん! 今度お礼として皆さんとどこか行きたいんですがどうですかね?』
あれから普段の春樹に戻っていてオレはホッとした。オレはスマホに向かって微笑んでから3人に声をかける。
「おいお前ら、今度さ──。