近所の図書館の本を粗方読み尽くしたアイクは夏休みという機会を使って、大きな図書館に電車で通っている。そこには彼がまだ知らない面白い本と、一人の子が———
今日も居る…!
その子を見つけたのは偶然。
普段なら行きもしない数学のコーナーを、探検気分で回っていた時。
床に脚も付かないような子が大人に混じって本を読んでいた。
綺麗な黒髪に黄色の前髪が特徴的な子。
ふと顔を上げたときに見えた、紫色の宝石をそのまま嵌めたような目に、僕は一瞬で心を奪われた。
それからというもの、僕は毎日図書館に通っては、最初に数学コーナーへ行くのが習慣になっている。
僕と一緒くらいに見えるけど何歳なの?
どこから来ているの?
家は近く?
名前は?
聞きたいことは沢山あって、でも話しかける勇気なんて持ち合わせていない僕は、本もそっちのけに君を眺めるだけ。
でも君のことを知りたいと思う気持ちは日に日に強くなって、夏休みが残り一ヶ月を切った頃。
今日こそ、声を掛けよう。
掛ける言葉をシミュレーションして、数学コーナーに行くと特徴的な頭が———
———無かった。
席を離れているだけかと思って広い図書館中を探し回ったけど、どこにも見当たらなくて。
本にも集中出来なくてその日は頻繁に席を立って館内を歩いたけど、結果は一緒で。たまたま休みかと思ったけど、次の日もその次の日もそれから夏休みが終わるまで、君の姿が見えることはなかった。
後悔した。どうしてもっと早くに決心して行動しなかったんだろうって。
でも、そんなこと考えたって後の祭りでしかなくて。
せめて、一日前に戻れたら…なんて妄想をする。
けれどここは間違っても現実。目が覚めれば日付は一日進んでいたし、物語の世界のように自分にとって都合の良いことなんて起きなかった。
あの子と一度も話すことがないまま、好きな子のことを何も知ることがないまま、こうして僕の初恋は終わった———
———そう思っていた。高校に入るまでは。