ねこを愛せよ(もっと愛して) 駆け寄ってきた金色のかたまりは、俺の腰あたりに飛び付いた。咄嗟に両腕を広げて受け止める。柔らかい体がぐにゃりと曲がって、俺の腕の中に収まった。
「ただいま、善逸」
彼の名は善逸。俺の猫だ。じゃあなぜ言葉を交わすことができるのかと言うと──彼は、猫又、というやつなのだ。
「たんじろ、服冷たい……」
「あ、ごめんな。コート冷たいよな、脱ぐよ」
外の冷気をたっぷり含んだコートは、随分冷えてしまっていた。善逸は毛が豊かだが、つまりその分寒がりなようだ。俺の温かい手にいつも嬉しそうに擦り寄ってくる。
俺は急いでコートを脱いで、セーター姿で再び善逸を迎え入れた。手を洗って、冷蔵品を冷蔵庫に入れて、ソファに座ってさあと腕を広げると、善逸が弾丸のように飛び込んでくる。柔らかく背中を撫でると、つやつやの毛並みが気持ち良い。黄色にオレンジ色が混ざったような善逸の毛は、本当に金色に輝いているようだった。
いつから、とかどうやって、ということは善逸自身も分からないらしい。ただいつの間にか尻尾が分かれていて、不死の体と人間と同じ言葉を手に入れていたという。不思議な話だ。
善逸は元々、隣の家の桑島さんのところの猫だった。しかし、桑島さんが腰を悪くしてしまい、施設療養を余儀なくされたとき、一番に心配されたのは善逸のことだった。
善逸の世話をするのに、俺は真っ先に手を挙げた。既に家を出て一人暮らしをしていた俺は、善逸と一緒に暮らすのに何の問題もなかった。それに──きっと、善逸が猫又であることを知っているのは、桑島さんを除いては俺だけだった。
桑島さんもそれを気付いていたのだろう、善逸の世話をさせてほしいと頼みにきた俺におおらかに頷いて、「炭治郎くんなら安心じゃ」と言ってくれた。善逸はしばらく寂しそうだったが、今ではすっかり、俺のところで伸び伸び過ごしている。
「善逸、今日は夕飯はどうする?」
「ううん、じゃあ炭治郎と同じものがいい」
「分かった」
じゃあ、ちょっと待っててな、と台所へ立つ。すると、善逸もとことこと後を着いてきた。おや、珍しい。いつもは、寒いからとホットカーペットの上でぬくぬくと丸まっているのに。
この家で一番寒いのは台所だ。そこまで着いてくるなんて、今日はよっぽど寂しかったのか。
「炭治郎、お願いがあるんだよお」
「ん?何だ?」
足元にくるりと尻尾が巻き付く。そのまま締め付けたり、緩めたりと忙しなく動く尻尾に、俺はさてはと思う。
「今日はしっぽがさあ……うずうずするんだよう……」
やっぱりか、と小さくため息をつく。最近善逸は、こういうことが多い。……可愛い猫の頼みを断れる訳がない。
「分かった、ご飯の後でな」
「にゃあ!ありがと!炭治郎!」
そのまま足元でくるくると回る善逸をいなしつつも、どうにか八宝菜を作り上げる。善逸が好きな海鮮多めだ。味付けはちょっと薄め。
「ほら善逸、運んで」
盛りつけた皿を見せると、善逸はぷるぷると体を震わせ、待ちきれないとばかりに宙返りをした。
ぽん!
その瞬間、そこには五歳くらいの男の子の姿が現れる。
ふわりと舞う金髪は、部屋の明かりを反射してきらきら光る。先程までいた猫の毛並みとそっくりだ。
「おいしそう!早く食べよ、炭治郎!」
うきうきと皿を受け取った善逸は、尻尾をふりふりしながらテーブルへと歩いていった。その頭の上には、綺麗な金色の耳がついている。
「いただきまあす!」
「いただきます」
猫又の善逸は、こうして簡単に人間の姿になることができる。それはとても便利だし、すごいことだ。猫の姿の善逸もとっても可愛くて好きだが、子どもの姿の善逸ももちろんすごく可愛い。小さな紅葉みたいな手でぎゅっと抱きついてくるのも愛おしい。
「ん〜、おいひいにゃあ」
頬を緩ませてスプーンを口に運ぶ姿に、こちらも笑顔になる。
「喜んでくれて嬉しいよ」
「炭治郎のつくる料理は、ぜーんぶおいしい!」
この可愛い猫は、一般的な猫のえさよりも人間のご飯を好む。しかし猫の姿では猫の消化器官でしかないので、ご飯を食べたいときは人間の姿に変化するのだ。
「ごちそうさまでした!」
「ごちそうさまでした。善逸、お皿運んでくれる?」
「うん、運んだら……たんじろ、いい?」
「……うん、いいよ」
皿を水に浸けて、再びソファに座る。さっきとは違って、今度は子どもの姿の善逸が膝の間に座る。胸のあたりに小さな頭が寄りかかってきた。可愛らしい姿だが、最近の彼は少し……少し、俺には困った変化がある。
「ねえたんじろ……」
もぞもぞと動く善逸のお尻が、俺の太ももに当たる。俺は小さくため息をついた。
「ねえ、しっぽ、うずうずするの……触って?」
「……分かった、触るよ」
……この可愛い猫は、どうやら発情期が近付いているようなのだ。
「たんじろおっ……!」
俺が逡巡している間に、善逸は限界を迎えていたらしい。まろい頬がりんごみたいに赤く染まっている。
俺は長いため息をついて、善逸の柔らかいところに手を伸ばした。