それは気持ちに自覚する前の話なんの前触れもなく部屋の扉がガチャンと開けられる。
「恵!出かけるよ!!」
「…なんですか、突然…」
びっくりしたんですけど…という俺の言葉を無視して、五条さんは持っていたチラシを見せつけてきた。
徒歩圏内のショッピングモールの中にあるレストランで、御家族様限定のスペシャルパフェ販売!と、デカデカ書かれていた。
「これ食べに行くから!支度して。」
「…五条さん、俺たち家族ではないからこのパフェ食べること出来ないと思います。」
「かぁー!細かいことはいいの!!」
恵は可愛くないねぇ。と呟く五条さんの真っ黒なサングラスが光った。
「いい?このパフェを食べて店を出るまでの間だけでいいんだよ、僕は君のお兄さん!はい、復唱!」
「…………五条さんは、俺のお兄さん。」
「苦虫を噛み潰したようなすんげぇ顔するじゃん。だって津美紀は今日出かけてるしさ、恵しかいないんだってー。」
「…じゃあまた別の日にすればいいじゃないですか、津美紀のいる日に…」
「違うの!今日!!食べたいの!!!」
はいはい、じゃあ出かけるよーん!!と(五条さんだけ元気よく)家を出て数分歩いていると、突然鳴り出す五条さんの電話。
不機嫌になりながら電話に出た五条さんはその後めちゃくちゃデカいため息を吐いたあと。
「…恵、ちょっと寄り道していい?」
「別にいいですけど…うわっ?!」
外に連れ出された時点で覇気を無くしていたので何気なく返事したら、ぐんっ!と思いっきり担がれた。
「ちょっと移動するよ、舌噛まないようにね☆」
突如、緑が沢山生い茂っている地域に移動した。
なにが起きたか分からずにフリーズする。
「な、ど、どこですか…ここ…」
「ここはねぇ、僕の母校だよ。」
そう言って不貞腐れたように返事をしながら俺を地面に下ろした。
「恵ぃー、僕これからめんどくさーいおじいちゃん達と会議に行ってくるから、敷地内で待ってられるかな?30分くらいしたら帰ってくるから。」
「…はい、わかりました。」
「この辺りつまんないと思うから、玉犬出してもいいよ。この敷地内は呪術師しかいないし。」
ごめんねぇ、と呟いた後にまた姿を消した。
…自由自在だな…ほんとに…
「……ぎょくけん。」
お言葉に甘えて玉犬を顕現した。
わふっ!と小さく吠えながらシロとクロの2匹は当たりを見渡す。
「シロ、クロ、探検しよっか」
この場所はなんだか不思議な場所だった。
呪霊が一切いないのは当たり前だけど、静かで、空気が澄んでいて。
…五条さんは母校だと言っていた。
つまり、高校生になったら自分はここにいるのだろう。
現在小3、まだ先の話だけど。なんだか楽しみに感じた。
しばらく歩いていると、微かに花の匂いがした。
玉犬もその匂いに勘づいたらしい。
自然と足がその方向に向かった。
「……花壇だ、」
赤、青、ピンク、黄色、色々な花たちが咲いている花壇に辿り着いた。どの花も生き生きしている。丁寧に手入れされていることは明白だった。
「キレイだな。」
シロとクロの頭を撫でながら呟いた。
ここで暇を潰すか、と思い、近くに腰かけようとすると、誰かが近づく気配がした。
振り向くと、自分と同じくらいの歳の人が立っていた。
その人は紫色の花束を持ち、マスクとフードを頭からすっぽりと被っていて、あまり表情は見えない。
「…あ、えと、…」
言葉が詰まって少し沈黙になる。
「…花、持ってるってことは、ここの花育ててるのあんた?」
初対面でその言葉使いはどうなんだと思いはしたが、出てしまったものは仕方がない。
すると、相手はコクリ、と頷いた。
言葉を発しないその人は近くに来て、花束を地面に置くと、フードを下げてニコリと笑った。
よく見ると、その人の瞳は花束と同じ綺麗な紫色。
「…その持ってきた花…なんていう花?」
話しかけると少し驚いたようにぱちくりと瞬きを繰り返した。
その後すぐ、ポケットから何かを取り出す。
携帯だった。
(…なんで携帯…?)
疑問に思っていると、何かを打ち込み始めた。
その後携帯の画面を向けられて、その文を読んだ。
“ごめん、喉痛めてて喋れないから、会話はこれでも大丈夫?”
「あ、悪い、喋れないのか…いいよ、大丈夫。」
“(*´▽`人)アリガトウ”
顔文字付きでお礼を言われた。…明るい人なのかもしれない。
“この花はね、スミレって言うんだ。家にもいっぱいあって、ここにも咲かせてあげようと思って持ってきた。”
「スミレ…何となく、分かる。紫以外にも、ピンクとか白とかあるよな?」
津美紀が読んでいた図鑑に、載っていた気がする。
“うん、スミレって紫の花って思われがちだけど、色んな色があるんだよね。家でも他の色の花もあるんだけど、紫がいちばん多いから、ここにお裾分けに来たんだ。”
「へぇ、あんた…いや、名前なんて言うんだ?俺は、伏黒恵。」
いつまでもあんた呼ばわりは失礼だろうと自己紹介をした。
“めぐみ…変わった名前だね。”
「…それは名付けた父親に言ってくれ…で、お前は?」
“俺は…狗巻棘。”
「とげ?…お前こそ変わった名前だな。」
“…よく言われる。”
ふっ、と乾いたため息が聞こえた。
…棘も、自分の名前があまり好きじゃないらしい。
“あ、あとその2匹のわんちゃんは?式神?”
「え、あぁ、玉犬のことか?…シロとクロ。」
“そのまんまだね”
「そこは深く考えなかったな…ペットじゃないし…俺の相棒。」
“相棒!いいなぁ。挨拶してもいい?”
「ん、いいよ。」
棘がシロとクロの頭を撫でてから体全体を撫で始めた。
姿形はっきり見えてるみたいだ。
「…はっきり見えるんだな。2匹のこと。」
“うん、俺も呪力持ってるからね。”
「じゃあ呪術師になるのか?」
“そうだね…それしか生きる理由がないから”
ふと、棘の視線が地面に落ちた。
何をみてるんだろう、何を抱えてるんだろう。
その時は全く分からなかった。
「…棘の家は、こことは別の場所にあるのか?」
“うん、そうだよ。今日はお父さんが会議に出なきゃいけなくて、俺も花を植えたくてついて来たの。そしたらめぐみがいたから、びっくりしちゃった。同じくらいの歳の子には会ったことがないから…”
「俺もびっくりした。」
“めぐみはどうやって来たの?お父さんに連れられて?”
「や、俺は…」
果たして五条さんの名前を出していいのだろうか、そう頭に過ぎると。
「あ!やっと見つけたぁ、ここにいたの、恵。」
五条さんが瞬間移動して現れた。
すると、隣にいた棘があっ!と言ったような顔をする。
「あれ?棘じゃん。恵と一緒にいたの?」
「え?五条さん棘のこと知ってるんですか?」
「もちろーん!だって五条さんだもん!」
よく分からない理由を述べてニヤニヤと笑っている。相変わらず何を考えてるか分からない。
「恵と棘、2人一緒にいて良かった。ちょうど会わせようと思ってたんだよね。」
「え?そうなんですか?」
「うん。棘、君の父さんね、もうちょっと時間かかるかもって感じ。」
五条さんがそういうと棘はしゅん、と落ち込んだ顔をした。
「だから、君の父さんがくるまで2人を仲良くさせちゃおう!って思ってたんだけど…もう仲良くなったのかな?」
「まぁ、そうですね…」
「ふむふむ、よろしい!そんで、棘は喋らないけど、どうしたの?」
「え、だって喉痛めてて喋れないんじゃ…」
「ふーん。とげぇ、自分は玉犬撫でさせて貰って自身のことは言わなかったわけ?」
隣でぎくり、と体が強ばった感じがした。
その後、
「……たかな…。」
思ったより綺麗な声がマスク越しから聞こえた。
「え?たかな?」
「こんぶ、ツナマヨ…」
「え、え?どういう…」
「あははっ!その表情いいね、恵!」
五条さんは高らかに笑う。
「棘が“ごめんね”だって。」
「え?」
「“騙すつもりじゃなかったんだけど、仕方なく…”かな?」
「しゃけ!」
「しゃけ??」
未だに理解できないまま、棘がマスクを外した。
口の端にはっきりアザがある。
「それ…」
「棘はね、呪言師なんだ。」
「呪言師…」
「口から出た言葉に呪力が込もるんだ。本人の意思関係なくね。だから語彙を絞って、おにぎりの具で会話してんの。」
五条さんが説明し終わると棘はまたすぐにマスクをつけた。
「しゃけが肯定。おかかが否定。…あとは…まぁ何となく。」
「…だから、携帯でやり取りしたのか…」
“そう、いきなりおにぎり語だと大変だと思って。五条さんに説明してもらって良かった。2人は知り合いなんだね。”
「そうだよ!ちょぉと大分訳アリだけど。」
どっちだよ…と心の中で思ってると棘が再び打ち込み始める。
“五条さん、めぐみと一緒にお花植えてもいい?”
「もちろんいいよ。そのあとは3人でパフェ食べに行こうか。棘の家まで送る約束なんだよね。」
五条さんがそう言うと、棘は目をキラキラと輝かせている。
マスクで素顔は見れないけど、本当に嬉しそうだ。
棘はきっと笑顔が似合う。…そのマスクの下はどんな表情なんだろう。
ふと、無意識に棘のマスクの上から痣のある辺りをふにっ、と撫でた。
「??……めんたいこ?」
どうしたの?と棘の目が訴えていた。
「やだー、恵ってば大胆。」
「は?!いや、これはっ…なんでもないです!!」
突然どうした、自分。
頭の処理が追いつかないまま、棘から離れて、そっぽを向いた。
青春だねぇ…ボソリとなにかが聞こえたような気がするけどきっと気のせい。
「たかなぁ?」
「ふふ、棘もそのうちわかるよ。ほら、お花植えておいで。」
恵が今のことを数年経っても弄り続けられることが確定した瞬間だった。
それをまだ本人は知らない。
菫の花を棘と2人で花壇に植え、水を撒く。
その後五条さんの術式でショッピングモールまでひとっ飛びした。
「はい!突然ですが僕達3人は兄弟です!復唱!」
「…俺たち3人は兄弟です」
「ツ、ツナツナ、めんたいこ?」
「よろしい!ではレストランに行こうではないか!!」
長い足を見せつけながら、俺たちの先頭を歩く五条さん。その後ろで、
“ねぇ、なんで俺たち兄弟ってことになってるの?”
なんにも知らない棘。
「あー、実はさ…家族限定らしいんだよね、五条さんが食べたいパフェ。」
“え、それって嘘ついてるじゃん。”
「だな、でも何とかするんでしょ、あの人。」
俺の予想通り、五条さんは(自称)グッドルッキングガイな顔面で何とかしようとしたが認められず、結局いちごチョコバナナゴールデンパフェ(なにがゴールデンか分からなかったけどとにかくデカいパフェ)を注文した。
俺達もそれぞれ好きなものを注文した。
結局パフェならなんでもいいのかよ!!!
そうツッコんだ俺の隣で、棘はケラケラ笑う。
隣でニコニコと笑う棘が、なぜか眩しくて、キラキラしてるように見えた。