未完心地いい風が吹く秋の日だった。
居間で鏡を見るでもなくぼーっとしていた。ふと、「今日は静かだな」と気づく。部屋を見回すと、珍しく他の兄弟は皆出かけているようだ。母さんもさっき買い物に出かけたから、今家には誰もいないのだろう。
たまには1人で静かに過ごすのもいいかもしれない。静寂と孤独とオレ。ああ、今日もなんてクールなんだ。
天気がいいので縁側に座った。
心地いい風が頬を撫でる。薄い色の秋空を眺めて特に何をするでもない。なんとなく、こういう日もいいなぁと思っていると、がらりと玄関の戸が開く音がする。
誰か帰ってきたようだ。「ただいま」と小さく低い声が聞こえたので一松だろう。
一松。6つ子の片割れ。二つ下の弟。
同じ6分の1としてずっと一緒には育ってきたが、あいつの考えていることは未だによく分からない。急に怒るし手が早い。だからいつも何が正解か分からず、そうしてるうちに会話が終わってしまう。前はそんな仲悪くもなかったんだけどなぁ。
うーん。縁側からわざわざ大声でおかえり、と叫んでも怒られる気がする。
よし、今回は黙っていることにしよう。触らぬ弟に祟りなし、だ。
頭の中で結論付けてうんうんと頷いているとすぐ後ろの床板が軋み、びくりと肩をあがった。言わずもがな一松だ。ちょっとお前、気配がなさすぎないか?
「お、おかえり」
「ねぇ。ちょっと2階来て」
声は暗いが珍しく穏やかな口調だ。よく分からないが、とりあえず「わかった」と返事をして立ち上がり、階段へ向かう彼に続く。
静かな家に2人分の足音が響く。
大家族であり6人のニートを抱えている我が家はいつも大体人がいる。なので誰もいない状況は珍しい。そんな中で話なんて、昔遊んだ秘密基地みたいだとふと思った。一松が俺に用があるのも珍しいし、少しわくわくしているのかもしれない。
あとは内容が不穏じゃないとなおいいのだが。
2階に上がり、子供部屋に入ると一松はソファに座りだらりと姿勢を崩した。俺は隣に座っていいものか分からず、なんとなく部屋の中央に立ち尽くす。
そのまま何分か経っただろうか。この状況はどうしたものかと次の行動に悩んでいると、目の前の弟がこちらを見てあのさ、と声を出した。
「なんだ」
「あのさ、おれ、お前のことが好きなんだよね」
ずっと前から…と小さく続いた言葉はぎゅっと噛みしめた唇の中に消える。
突然の告白に驚く。
一松は俺のことがすき。ほ、本当に?
今までの行動からして全くピンとこないんだが。確かに公認のカラ松ボーイズではあったが、それ以外は当たりも強いしむしろ嫌っていなかったか?
視線を戻して一松を見ると、視線を床に向けて難しい表情をしていた。無表情のようで、なにかを堪えているような。よく分からない。
でもふざけている風でもないし、告白はたぶん本当なんだろう。
疑念は尽きないがとりあえずそうか、と返事をする。
再び沈黙が落ちる。
「ねぇ」
「えっなんだ」
「これ一応告白なんだけど、返事は?」
「返事」
困った。どうすればいいのだろうか。
こちらを見ないまま話しかける一松に表情はない。なんか、あまり好きな人に告白って感じがしない。どちらかというと罪を告白しに来てる感じだ。
返事、返事かぁ。
俺は全人類を平等に愛している。もちろん家族は特別だが、弟に対して恋愛感情があるかと聞かれるとNOだ。
だがしかし、好きだと言われて嫌な気もしなかった。むしろ嬉しかった。
それなら全人類を愛する俺としてはOKしても問題ないのではないだろうか。
いつもトゲトゲしている弟とふつうに仲良くできるならそれは嬉しい。あとこの機会に一松の怒りポイントも知れたらなお嬉しい。
長く付き合うなら色々と考える事もあるだろうが、まあ多分早々に怒らせて別れたいと言い出すだろう。よし。
「一松」
「なに」
「俺たち、付き合うか!」
俺の前向きな返事に一松は盛大に顔を顰めた。