アオキの巣作りについて1 アオキ 巣の場所を探す
リーグからチャンプルタウンに戻ろうと、エントランスをでると、黒塗りの車が横付けしてあった。なんだか嫌な気がしたが自分には関係ないので、無視して足を進めていると、自分を追い抜く黒い光が見えた。
黒い髪をたなびかせ、凜とした立ち姿で、オモダカが外向けの笑みを浮かべていた。
あぁ、これはやっかい事だ。早く立ち去るに限る。
音立てながら開いた車から男が出てきた。
「お出迎え嬉しいな、オモダカ、アオキ君」
自分の名前が呼ばれた気がするが、聞こえないふりをして行こうとすると、もう一人車から出てくる男に前を遮られた。
「どこへ行く、馬鹿息子」
「・・・・・・・・・」
逃げられなくなった。ピッピ人形だしてみようか。
おそるおそる目線を上げれば、髪がずいぶんと白くなった父親と、褐色の肌に黄色にも青色にも輝く独特の黒髪の男性が楽しそうに笑っていた。端整な顔立ちに星のような光を持つ瞳が自分より若々しく見えるが、自分の父親と同世代だ。父はオモダカの父親が経営する会社で長く社長秘書をしている。その社長が、今目の前にいた。
「お久しぶりです。――――社長。アポもなくいらっしゃるなんて、何かお困り事でも」
「おや、寂しいな。まるで他人行儀じゃないか。可愛い娘に会いに来るのに理由がいるのかい」
わざとらしいと言うぐらい悲しげな表情を浮かべて、社長が顔をゆがめるが、オモダカはどこ吹く風といった具合で取り合うつもりはないようだ。
「そうですか。それでは私は仕事がありますから。ごきげんよう、お父様」
くるりと背中を向けリーグへ戻ろうとするオモダカに、社長が声を掛ける。
「本当に仕事があるのかね」
それは、一見なんでもない口調だったが、聞いているものをぞわりとさせる何かがあった。
オモダカが振り返る、どこか、いつもより余裕のない表情に見える。
「ランチでもどうかな、ちょうど昼休憩の時間じゃないか」
時計をみれはちょうど12を指していた。
「好きなものをおごろう」
そういって浮かべる笑みがオモダカそっくりで、なんとも言えない感情になる。
「・・・宝食ど・・・っ」
安くてうまい、そして何より量が多い。ついでに、移動の手間も省けると思ったが、隣にいたオモダカに靴を踏まれて、それ以上何も言えなかった。
黒塗りの車に乗せられて連れてこられたのは、カラフシティの高級料理店。
運ばれてくる料理は流石名店、何を食ってもうまい。舌触り、香り、喉越し、一流の味を楽しんだが、いかんせん量が少ない。
「すみません。ライスを大盛りで」
店員を捕まえて声を掛けると、父がじろりとにらんできた。好きなものを食べて良いと言われたのに。
その空気を壊すように、オモダカの父が穏やかな声を発する。
「オモダカ、結婚の話はどうなったのかな、私の用意した話はすべて蹴っているようだけど」
「お父様のご配慮にはとても嬉しく思いますが、今私は誰とも結婚するつもりはありません」
笑顔ながらもピリピリとしたオモダカが威圧を発する。隣で運ばれてきた米を口に運びながら、背を縮めて少しでも存在を消す。
「私としては早く結婚してほしい」
「お父様、お言葉ですが。私は会社は継がないと話は付いたはずですが」
「ああ、もちろんそのつもりで跡継ぎは別に考えている。だが、周りはそうは思わない。取り入ろうと君を狙っている人がたくさんいるんだ。その中にはよろしくない方法をとる輩もいる」
オモダカが顔をしかめた。どうやら知らなかった話のようだ。
「君が危険な目に遭う前に、身を固めてもらいたい、父親として、娘の花嫁姿が見たいというのもあるけどね」
二人が話しているのを横目にみながら、こんな家庭の話に自分を巻き込まないでくれとは思ったが、自分の上司も父の上司も恐ろしいので静かにしておく。
オモダカがいつもの額に手を当てるポーズで長考しているが、構わずオモダカの父は続けた。
「僕が用意した話が嫌なら、アオキ君と結婚すれば良いじゃないか、とひらめいてね」
急に自分の名前が出てきてひどく驚いた。口に含もうとしていた炭酸水でむせた。ゲホゲホと咳をしていると、
「・・・何を急に、」
「お互い小さい頃から家族ぐるみの付き合いじゃないか。アオキ君なら身元も安心、内面も申し分ない、仕事だってできるのだろう?それにアオキ君と君が結婚すれば、私たちも家族になれる」
「良いですね、社長!!」
そう言いながら、オモダカの父親はウチの父親とうんうんと頷き始めた。
「私の事情にアオキを巻き込むのはやめていただけませんか!」
父親同士が仲良くやっているのを、オモダカはいつもより強い口調で遮った。ここまで感情をあらわにするオモダカも珍しい。しかも、自分のことで。
急に詰められて、目を見開いて驚く二人だが、すぐにいつもの調子を取り戻す。
「それなら、形だけでも誰かと結婚すれば良い、と考えているね」
ぎくりと音がするほど、オモダカは表情を変えた。
「私はどちらでも構わないが、」
口元を上げて、オモダカの父親が微笑んだ。そこには何の悪意もない。こういう表情はオモダカとそっくりだ。
「アオキ君なら、君がやりたいことをやらせてくれるんじゃないかな」
オモダカの表情が固まった。
「女性には家を守ってほしいという男も多い、男より有能な女を許せないという男も多い、人によっては君を利用したりさげすむ人もいるだろう。でも、アオキ君はそうじゃないだろう?君がそばにいさせていると言うことは、君の理想を共に追いかけていると言うことだ」
そういうわけでもない、とも言えないので、顔をそらすが勝手に話は進む。
「アオキ君は君にとって最高の伴侶になり得ると思えるがね」
オモダカの相手は自分には務まりません。そう思っていると、父が口を開いた。
「しかし、愚息は甲斐性の無い男です。今も小汚いアパートに一人暮らし、お嬢様をお迎え入れるなんて、とても」
人の家を何という言い草。否定しようがないのも事実だが。
「そうだねぇ、せめて、娘が安心して暮らせる家に住んでもらいたいね」
何でも無いことのように言われるが、しがないサラリーマンに、トップチャンピオン、リーグ委員長、アカデミー理事長、その上名家のご令嬢をお迎えできるような家は持てない。
「アオキ君、新しい家に引っ越せば良いじゃないか」
「いえ、あの、自分は・・・」
そもそも、オモダカと、トップと結婚なんて恐れ多いというか、上司と四六時中一緒は流石に胃が持たないというか、何でさっきから自分の意見を誰も聞いてくれないのだろうか。正直聞かれても、この面子でまともな回答はできそうもないが。
「自分の家は良いものだ。どんなに疲れても帰る場所があるというのは、自分の糧になる。それにアオキ君だって家にいるときが一番落ち着くだろう?」
確かに、家が一番落ち着くのは確かだが、そこに自分以外の人がいるのが想像できない。
「その場所に一人では選られない温もりと安らぎがある事はどんなに素晴らしいことか。それに、この子はあたたかい子だ」
横目でチラリとオモダカを見る、ぎっと自分の父親を見つめている。あたたかいというか、お怒りのご様子です、社長。
終始父親コンビに主導権を握られた食事会だったが、なんとかやり過ごし、黒塗りの車でリーグまで送り届けられる。どうせなら、チャンプルタウンで下ろしてくれれば良いものを。
帰って行く車がいなくなるのを確認して、トップはため息をついた。
「アオキ、分かっていると思いますが、いって聞くような相手ではありません」
貴方もです、といいたかった。
「しかし、飽きるのも早い人です。放っておけばそのうち他に興味が移るでしょう」
はぁ、と曖昧な返事をする前に、トップは自分のスマホロトムを取り出して、さっさと仕事モードに戻っていった。
その背中を見送りながら、チャンプルタウンへ足を進める。面倒なことになった。
数歩も歩かないうちに、スマホがなった。まさか、もうトップから呼び出されるようなことがあったのかと、いやいや画面を開くと、住み慣れた賃貸アパートの大家からの電話だった。
「あら、アオキさん。今大丈夫かしら」
「えぇ、まぁ」
「とっても急な話で申し訳ないんだけど。うちのアパート急な改修工事が入ることになってね。なんでも、どうしても、取り壊しが来週からはじめないといけないみたいでね。申し訳ないんだけど、今週中に退去してくれないかしら」
「・・・へ」
大家さんの行っていることが理解できなくてフリーズする。
「引っ越し費用はこっちで持つから」
「いや、それは無理です。今週中なんて」
「それじゃあ、そういうことで、よろしくね!!」
今まで聞いたことのないようなハイテンションで大家さんは電話を切った。
しばらく呆然として、道ばたで立ち尽くしていた。
男 アオキ ――歳
職業 会社員
住む家を失う