幻水/2主人公 僕らはいつも背中合わせの関係だった。
小さい頃からずっとそばにいたから見るもの聞くものは同じものだった。けれど彼は僕みたいに前ばかり見ていないで、後ろのことも時々振り返って見ているような子だったので、「ヤマト、ほら落としてたよ」とポケットか何かに入れておいた僕の大事なものを拾い上げてくれるのなんてしょっちゅうだった。ナナミも「あー! またヤマト落し物して!」なんて言っていたけれど、自分だって彼に落し物を拾ってもらったことは一度や二度ではないはずだ。
ともかく、僕と一緒に歩いていたはずの幼馴染は、前しか見えていない僕が見落としていたものもきっと多く知っていたはずなのだ。
ハイランド皇都ルルノイエ陥落から数日が過ぎ、デュナン城の人の出入りは一層激しくなる。傭兵としての契約を終え出立する者、戦争終結に伴う事務処理のため招聘された文官、物資を搬出入する業者……コボルトやウイングボートも含むありとあらゆる人間がこの古城を旅立ち、あるいはたどり着く。とにかく人の往来が激しいので、そのどさくさに紛れてしまえば出るのはそれほど難しいことではなかった。城内の中枢はさすがに警備が厳しいが、商店が軒を連ねるエリアはほぼ誰でも出入りが可能だ。
「ジーンさん」
「あら、いらっしゃい。こんなところにいていいの? 引っ張りだこなんじゃない」
「うん、まあちょっと休憩。封印してほしい紋章があるんだ……僕にはもう必要ないものだから」
手袋を外した左手に浮かび上がるのは破魔の紋章だ。
「いいの?」
「うん、僕にはもう必要ないものだから」
その笑顔に、ジーンは彼の行く先を悟った。
「行くのね」
「うん。僕の役目はきっともう終わりだから」
「きっともう色んな人たちが色々な事を言ったでしょう。だから、私は何も言わないわ」
扇情的な装束とは裏腹に、煙るような睫毛を伏せてただ己の職務を全うする紋章師は思慮深くそう告げただけだった。
やがてヤマトの左手に刻まれていた紋章は封印され、残った物は紋章球と地肌がのぞく左手だった。
「こっちのは、どうなるかわからないけど、まあ何とかなるよ」
手袋に包まれたままの右手の甲を撫でるように握る。呼応するような僅かな熱がヤマトの手に伝わる。
「……ごめんなさい、真の紋章には私も干渉ができないの」
「いいんだ、これは僕がどうするのか決めなくちゃいけないことだから」
「ありがとう、あなたと共にこの城に居られたことは、私にとっても幸いなことだったわ。もうしばらくはここにいるつもりだけれど、落ち着いたら私もまた旅に出るわ」
「サガミさん!」
「もう帰られるんですね。すみません、結局最後までお付き合いさせてしまって」
「ん、いいんだ。僕も最後まで見届けたかったから」
「……ラダトまでご一緒していいですか」
「もちろん」
決して短くはない時間を過ごした城も、今では遠く
「サガミさんは、赤月帝国を倒した後、新しい国の指導者になるのを断って旅に出たと聞きました。……たくさんの人に引き止められたんじゃないんですか」
「あー……うーん……、断ったというか、戦後のどさくさに紛れてさっさと旅に出たというか……」
珍しく歯切れの悪い言い方でサガミは苦笑する。
「無責任なのはわかっていたからね。最後の最後で僕は全部ほっぽりだしたってわけだよ。それでも僕にはグレミオがいた」
ソウルイーターの呪い。これ以上の犠牲には耐えられなかった。
今なら伝えられる。