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    rihairabbit11

    @rihairabbit11

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    rihairabbit11

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    CQL座学時代の江澄の話。まだ前半。
    くるっぷに載せてるものと同じです。
    ある理由から彩衣鎮を訪れた江澄と懐桑は、ある騒ぎに巻き込まれる。
    魏嬰や藍湛、師姉や温情も出てきます。
    途中で回想が挟まるのですが、展開を変えたので省いています。いつか残り追加したい。

    ##CQL

    雲夢の芍薬1(仮題) 午後の授業がなくなった。昼食後、喜色満面にそう告げてきたのは聶懐桑だ。藍啓仁が急用で出かけたのだという。
     急にできた時間を学習に使う者もいれば、遊びに出る者もいる。江澄はそのどちらでもなく、用事があって彩衣鎮まで足を伸ばした。
     青果物を扱う露店の前で立ち止まった江澄は、腕を組んで売り物をひとつひとつ見ていく。並べられているのはこの時期に旬の枇杷や木苺、桃に茱萸。雲深不知処の味気ない食事を思い浮かべれば、どれもみずみずしく美味しそうに見える。
    (あいつはどれを挙げていた? くそ、遮るんじゃなかった、思い出せない)
     険しい顔の少年が無言のまま店先に佇む状況に、店主は青ざめた顔でビクビクしている。残念ながら江澄は店主の様子など目に入っておらず、眉間に深い皺を寄せて悩んでいた。
     悩むことしばらく。不意にたたまれた扇子が横から伸びてきて、眉間を突かれた。
    「江兄。果物をにらんだって選んでくれと主張するわけじゃないんだ、まず手にとってみないかい?」
     驚いて仰け反った江澄に笑いかけながら、のんきに枇杷を手に取る少年――聶懐桑に、江澄は大きなため息をつく。
    「……聶懐桑! 魏無羨みたいなことをするな!」
    「ははっ、魏兄がつっつく程度ですますか?」
     彩衣鎮へ行くと話した際、彼は自分も行くと手を挙げた。遊びに行くわけではないと言ったものの、懐桑は「息抜きはしたいじゃないか」とついて来たのだ。
     記憶が確かなら、彼は午前の授業で落書きが見つかり、雅正集の書き写しの罰を受けていた。先延ばしにしても罰は消えないのだ。すぐに取りかかればいいものを、やる前から息抜きに走るなど現実逃避でしかない。
    「魏無羨に比べたら、つつく程度で済ませる自分は優しいとでも? そもそもつつくな!」
    「あはははは!」
     懐桑は笑いながら一歩下がった。かと思えば、急に顔色を変えて「江兄、上!」と扇子の先を上へ向ける。
     反射的に上を向いた江澄は、何もないことに顔をしかめる。快晴が広がっているだけだ。
     魏無羨はそばに居ない。だというのに、居ないなら居ないで他の者が彼を真似る。
     だまされた江澄を見つめる懐桑の顔を睨みつける。口角が上がり、弓なりに細められた目は笑っている。
    「……聶懐桑、お前――っ!?」
     文句をぶつけようとした瞬間、口の中に何かを放りこまれた。
     江澄は慌てて口を押さえる。口に入った瞬間、無意識に噛んでしまいぐに、という食感に眉をひそめた。
    (甘い?)
     それはつぶつぶの表面をしていて、噛むと酸味のある甘さが口の中に広がる。何かの実らしい。
    「何をする!?」
     咀嚼の後に飲みこんでから言うと、懐桑は手の平に乗せた赤い実を見せてくる。
    「新鮮な楊梅を食べられるなんてついてるな、江兄! さすが産地だけある。傷むのが早いからなかなかお目にかかれないんだぞ、見てくれよこの真っ赤な色!」
     興奮した様子の懐桑にもう一度ため息をついて、江澄は歩き出す。
    「あれ、江兄? 何か買うんじゃ?」
     江澄はジロッと懐桑の持つ楊梅を見て「……魏無羨が欲しがっていたものに楊梅があった」とつぶやく。
    「そうなのかい? なら江兄も買えばいい、ほら、あっちの店で売ってる」
    「なぜ買うって話になる? 奴に新鮮な楊梅をくれてたまるか。熟した楊梅でいいだろ」
     吐き捨てるように言って、江澄は露店の前を離れる。
     懐桑の言う楊梅を売る露店が視界に入ったものの、遠目にも鮮やかな楊梅を雲深不知処に残る師兄にくれてやるのは癪だ。なにせ彼も懐桑とは別の理由で罰を受けている最中だからだ。
    「江兄〜〜、魏兄はちゃんと罰を受けてただろ? それに罰を受けることになった原因を聞く限り、魏兄のやったことは悪いことじゃなくてむしろ良いことじゃないか。せめて身内の江兄ぐらいはよくやったって言ってやればいいだろ?」
     懐桑の言葉に江澄は鼻で笑う。
    「私がなぜ、よけいなことをして恥をさらす奴を褒めねばならない?……よくやったなど、とっくに姉上が似た言葉を掛けた。必要あるか?」
    「わかってないな江兄は。江兄が言うからこそ、特別な価値がつくってもんだよ。きっと魏兄は喜ぶ」
     ハッ、と笑う。あの魏無羨が、喜ぶわけあるか。姉が褒めれば心底嬉しそうに顔を綻ばせるだろうが、己が同じように褒めたところで同じ反応は得られまい。訝しげに「熱でもあるのか?」などと言うに違いないのだ。
    「江兄はさ、妙なところで魏兄を信じないよな」
    「は?」
     睨むと懐桑は開いた扇子で顔を隠す。素早い反応に、おそらく彼の兄の聶宗主相手にいつもやっているのだろうとうかがえた。
    「……信じていないわけじゃない」
    「へえ?」
    「姉上がすることをなぞっても、私が得られるものは何もない。あいつは私に褒め言葉なんて求めもしないさ」
    「まあ……普段のふたりを見ていれば、納得できる気はするよ。魏兄が褒められてうれしい相手ってのは、すごく限られてるように感じる。自分を無条件で受け入れてくれる者、自分と対等だと感じた相手……」
    「ふん、藍忘機とかか? 想像がつかないな、奴が他者を褒めるなど!」
    「確かに。魏兄のほうは二若君をよく褒めてるけどね。面と向かって言う時はからかい半分だけど。真似できないな、あれだけ邪険にされても関わろうとするなんて」
    「…………」
     懐桑の話に苛立ちを覚える。
     座学が始まって以来、魏無羨が藍忘機に執心なのは嫌でも気付く。藍忘機が視界に入ればちょっかいを出さずにはいられないようで、己や懐桑が共にいても大声で名を呼んだりする。これで藍忘機が応えるのならまだいいが、大抵の場合一瞥をくれるのみで終わる。それはそれで江澄は気に入らない。
     藍忘機の素っ気ない態度は普段の魏無羨の言動が原因とはいえ、魏無羨は江家の大師兄である。藍忘機がいくら剣の腕が立ち、どれだけ修為が高かろうと師兄を蔑ろにされるのはやはり腹立たしい。
     藍忘機の気を引くために子どもじみたいたずらを繰り返す諦めの悪さは、ただの対抗心からだろうか?
     考えたくなくて頭の片隅に追いやっていたが、江澄はもうひとつ気がついていた。きっと懐桑は気づいていないであろう、藍忘機が見ているもののこと。
     魏無羨が笑い声をあげれば、うるさげに眉をひそめながらも彼は師兄を見つめている。ほかは眼中にないのか、魏無羨のそばにいて藍忘機と視線が合うことは一度もない。
    「あ……江兄江兄、あれ見てあれ!」
    「うるさい、叩くな、呼ぶのは一度でいい! なんだ?」
    「藍の二若君がいる! 珍しいな、街に出るなんて。彼はこんな人の多い場所は苦手そうなのに、なにか用事でもあるのかな?」
     懐桑が指した先を見る。
     人の波の中に、背の高い白衣の後ろ姿が見える。艷やかで美しい黒髪を背に流し、右手を後ろに回し、まっすぐ背筋を伸ばして歩む男。まるで人の世に降り立った神仙かなにかのような、異質な空気をまとう麗人――藍忘機とすれ違う者はほぼすべて彼をふり返る。
     あまりにも市井の暮らしの中に溶け込めぬ男だ。離れていても彼に気がついた人々の戸惑いと好奇の空気を感じられる。
    「魏無羨がいなくて正解だな。居たら今ごろ奴の元へ一目散に向かっただろうよ」
    「ははは、そりゃ街中にいる二若君なんて貴重だからな。魏兄ならからかいに行くだろうね。そして怒らせて、川に投げられるかもしれない」
    「はぁ……絶対に街中で藍忘機を見かけても近づくなと釘を刺してやる」
     藍忘機の姿は雑踏の向こうに消えた。同じ方向には行くまいと江澄は方向転換して、石橋ほうへと歩き出した。
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