11.12みつ武ワンドロ「三ツ谷君と喧嘩しました!!!」
居酒屋の個室で武道の叫び声がこだました。
十一月某日、元東卍メンツが揃った第ウン十回目の飲み会が開催された。というか月一にやってるので、そんなに珍しくもない。
皆社会人ということもあり、全員が参加できる時と出来ない時があるので毎度主催者は変わるものの、わりと集まりはいい方だった。
そんな中、武道はえぐえぐと泣きながら生ビールを煽っていた。飲むのか泣くのかどちらかにしてほしい、と隣の千冬は呆れている。周りは武道の大きな声に耳を塞いでいたり、なんだなんだと野次馬根性で聞いてきたりと様々だ。
万次郎は後者で、目の前に座る武道に近付こうと身を乗り出した。尤も万次郎は野次馬根性だけではないが。
「お? とうとう別れるか?」
「ねぇ! なんで楽しそうなんスかマイキー君!」
「オマエらが別れたら楽しいからじゃん」
「一虎君までひでぇ!」
千冬と逆隣で武道の横に座る一虎がガハハと笑っている。
万次郎の言葉と一虎の追い討ちで武道はおいおいと泣き出し、とうとうテーブルに突っ伏してしまった。千冬は呆れていたが何だかんだ相棒という立ち位置にいるので見捨てられるはずもなく、仕方なしに背中を撫でて慰めた。誰も喧嘩の理由を聞こうとしないあたり、本気にしていないのだろう。
まぁ、理由を聞いてやらない限り飲み会は長引くだろうから聞くけど、明日も仕事だから。千冬はそんな役回りだと分かりつつも、あーと至極面倒な声を出して武道に話し掛けた。
「なぁ何があったんだよ」
「うわーん! 聞いてくれるのは千冬だけだぁあ!」
「うるせ…っておい抱き付くな!」
「まぁオマエらが喧嘩するなんて珍しいもんな」
珍しく酔っ払っている様子の武道に抱き付かれ、千冬は多少衝撃を受けたものの持ち前の体感の強さで持ち堪える。
そこでようやく助け舟を出してくれたのは、万次郎の隣に座る龍宮寺だった。
「三ツ谷はまぁオレらん中じゃ温厚な方だし、タケミっちだってあんま怒ってるとこ見たことねぇな」
「確かに。喧嘩してどんくらいなん?」
「三日くらいかな…あっちも仕事で忙しくて話せないし」
「あー今日の飲み会も参加断ってたもんな」
龍宮寺を皮切りにゾロゾロと会話に参加していき、武道に声を掛けていく。なんでオレの時は無視だったんだよ、と千冬が心の中でごちる。
「んで何があった?」
「………一緒に寝たいって言ったら無理って言われました」
「は?」
「え、なにそれだけ?」
「さぁ飲もうぜ〜」
「もっとなんか激しい喧嘩したのかと思った」
一瞬の沈黙後、前と左右から喧嘩の内容に大ブーイングを喰らった武道は、みんな馬鹿にしやがって〜! と追加で頼んだ生ビールを一気に煽った。本人は至って本気だったのだから、このような反応が返ってきたことに大変不服そうだった。
同じく武道の斜め向かいに座っていた場地と林田が顔を見合わせて、首を傾げていた。何か思うところがあるらしいが、武道に話す様子はなかった。
万次郎は上半身を後ろ手で支えながらカルーアミルクの飲みつつ、とりあえず聞いてやるかというオーラ全開で武道に話しかけた。
「なんでそんな喧嘩になったんだよ」
さすがは元総長。どんなにくだらない内容でも元チームメイトが悩んでいると分かると、とりあえず話は聞いてくれるらしい。凄く面倒くさそうではあるが。
「…最近ずっと一緒に寝れてなくて、その…ちょっと寂しかった…というか? あの、アラサーの男が何言ってんだって感じだと思うんスけど、一緒に暮らしてるのに隙間がある感じがして…」
「そんで誘ったら断られてキレた、と?」
「いや、キレたとかはしてないッス…そっかーって返事をしたら凄いでけぇ溜息吐かれて…なんかそれでオレもカチンときちゃって、そんな溜息吐かなくてもいいじゃんって言ったら、あっちが今はまだダメなんだよって…もしかしたら、あの時のオレの返事が悪かったのかもしれないんスけど…すごい寂しくて…」
「タケミっち…」
武道の少し悲しそうに紡ぐ言葉に千冬は名前を呼ぶことしかできず、興味を持っていない様子だった周りも話を聞いてしんみりし始めた。
「だから家出てきました!」
「は?」
「三日くらいかなって言ったけど、オレが家を出ちゃったから話してないだけなんスよ」
「え、いや、だって携帯は?」
「ずっと、電源切ってる!」
「何なんだオマエのその思い切りの良さ…」
「たしかに最近の隆君仕事忙しそうだったし、そんな中状況を読めないで一緒に寝ようっていうような相手といんの嫌かなーって」
コイツ今サラッと名前呼びした、と一虎は聞き流さなかった。周りは武道の思い切りの良さに驚いている様子で、あの万次郎ですらポカンとしていたがすぐにブハッと笑い出した。
「オマエ面白ぇなタケミっち!」
「あざっす! マイキー君に笑ってもらえんならやってよかったッス!」
「家に帰ってねーってことはどこにいんだよ」
「ネカフェに泊まってますね」
「どこの?」
「あそこ、駅前の完全個室あるとこッス」
「あーあそこな。今日遊びに行くわ何号室よ」
「あっははいいッスよ! 312番! 末広がり!」
「いや、全然広がってねぇよ!」
中々に酔っている万次郎と、いつもの五倍は飲んでいる武道がギャハハと笑っている。龍宮寺と千冬は呆れた様子で、一虎は一升瓶を抱えて話し掛けている。場地と林田は相変わらず首を傾げていたが、それを気にするような人物は一人も居なかった。
三次会までしっかり終えて、良いだけ飲んだ場地と一虎を両肩に抱えた千冬は、ふぅふぅと息をあげながら帰宅している。
「あーもう、なんで毎回こうなるって分かってんのに飲むんだよ二人とも」
「おい場地〜いわれてんぞ〜」
「主にアンタに言ってんですよ、ここに捨ててくぞ」
「……」
「場地さん? どうしたんスか? 吐きそうとかじゃないッスよね、無理ッスよオレ。尊敬してる人でもちょっとゲロは対応できないッス…やべ、ゲロ吐くかも…」
「コイツまだ誰も吐いてねぇのに、思い出しゲロできんのやばくねぇ?」
やんややんやとチームバジトリオの二人が話していても場地はぼーっとしているだけで、と思ったら「あ、思い出した」と声を出した。
「え、何をですか? 吐くことをですか? ちょっ待って!」
「ちげーようっせぇな! さっきの三ツ谷とタケミチの話だよ」
「…あーなんか言ってたっけ? なんかアレだろ? チカン喧嘩」
「痴話喧嘩な。なんだよチカン喧嘩って。小学校からやり直して来てください」
「なんでオマエ、オレにだけそんな当たり強いの?」
「それで何を思い出したんスか?」
「タケミチはケンカした〜って言ってたけど、三ツ谷の話だとよ〜夜のお誘いされたけど風呂前だったからまだダメだって言ったんだって、オレとパーに話してたんだよなぁ」
「何それ。タケミっちは勘違いってことかよ」
「…え、待ってください…アイツそのまま出てきちまったんスか…?」
「あー多分な。アイツ今血眼になってタケミチのこと探してんぜ」
武道は珍しく酔ったなぁと思いつつ、ネカフェの三一二号室、今の自分の家へと帰ってきた。
マイキー君来るって言ってたけど、あれマジかな。なんて冗談なのか本気なのか分からない万次郎の言葉を頭の中で考えながら、でも眠たいしなぁと瞼を閉じようとした時、控えめにノックされた。
あれ、オレ帰ってくる音うるさかったかな。でもここ個室だしなぁ完全防音だし聞こえるはずないんだよなぁ。あ、マイキー君か。マジで来たんだあの人ガハハ。
口の中で独り言を漏らしながら鍵を開けると、扉を勢いよく引っ張られドアノブに手を掛けていた武道も、反動でそのまま部屋から出てしまった。ワッと武道自慢の大きなよく通る声が通路にこだまする。
酒に酔った武道の足は、元々体幹が弱いことも相まってよろけた体を自分で支えることなどできず、目の前の柔らかそうな布にボフンと顔面からぶつかっていった。布は柔らかそうに見えたのに、その下が硬くて結果鼻を強打してしまった。
扉は勢いよく開けるものじゃないですよ〜と注意するために息を吸うと、随分と嗅ぎ慣れた匂いがした。
ここで言っておくが、武道は別に匂いを嗅ぎたかったわけではない。顔を上げる前に息を吸ってしまっただけなのだ。
「…あれ、この匂い…」
「悪ぃ勢いよく開けすぎた」
「ん?」
聴き慣れた耳触りの良い低めの甘い声が、少しだけ上の位置で聞こえた。顔を上げると思った通りの人物が。
「…みつ、や…くん…?」
「迎えに来た。帰ろうぜタケミっち」
「え、や、まって、なんで、…ここが」
「あ? …あぁマイキーに聞いた」
「マイキー君に?!」
「とりあえずそんな事いいから、早く帰ろうぜ。ほら準備しろ、レシート寄越せオレ払ってくるから」
「え…あ、はい…」
武道は反射で返事をすると部屋に戻り、そそくさと荷物を詰め始めた。
三ツ谷は声には出ていないが、明らかに焦っているような怒っているような雰囲気が窺えた。
今まで酒に酔って合っていなかった焦点が三ツ谷の顔を捉えた時、怒ってるように見えたのだ。酔いが醒めた。
途端に怖くなり、荷物を詰めていた手を止めて支払いの終わって戻ってきた三ツ谷を見る。
「かえりません」
「は?」
「オレ、帰りたくない」
「……その強情っ張りは、十年以上一緒に居ても治んねぇな」
財布と携帯だけ持たされ、武道が三日前に出て行ったアパートへと無理やり連れ帰られた。
腕を強く握られているせいで、ミシミシと嫌な音がする。
「いてっ痛ぇって、三ツ谷君…っ」
「うるせぇよ」
「まじ、ちょ、一回離して!!!」
バンっと腕を振り切り、その反動で数歩後ろに下がる武道と三ツ谷は自分達の家の前で立ち止まる。
どうしてこんなことをするのか、荷物はどうしたらいいのかと武道が聞くと、三ツ谷が俯きながらボソリと呟いた。それが聞き取れずになに? と聞くと、今度はしっかりとこちらを見ながら叫んだ。
「うるせぇ! オレは早く帰ってオマエとセックスしてぇんだよ!!」
「…………へ?」
中々聞いたことのない三ツ谷の大きな声に、醒めつつあった酔いが一気に落ち着いた。三ツ谷は更に続ける。
「お互いずっと仕事忙しくて、オレは抱えてた案件デカくて全然一緒にも寝れてなくて、風呂も満足に入ってなかった。三日前、やっと一段落して、そしたら珍しくタケミっちから誘われて、嬉しくて急いでシャワー浴びて出てきたらオマエ居なくなってるし、電話でねぇし。探しに行くにしろ入れ違いになったら嫌だと思って、色んな奴に連絡したら知らないって。そりゃそうだ電源入ってねぇんだからな! 繋がるわけがねぇ!」
「ちょ、みっ三ツ谷君、ちょっと声のボリューム下げましょ、ここアパートの前ッスから…」
「うるせぇよ! オマエに分かるか…? 上がったらベッドで待ってる恋人を想像しながら期待に胸を躍らせて、なんなら誤射しねぇように風呂場で一発抜いて…でも、戻ってきたらもぬけの殻で……返せオレの純情…なんかもう、逆に鬱勃起したわ…」
「う、うつぼっき…?」
明らかにいつもの三ツ谷では考えられないような下品な言葉に、呆気に取られた武道は大きな目をぱちくりとしていた。
三ツ谷自身こんな言葉が自分から出ると思っていなかったが、もうどうにでもなれという気持ちだった。こんな奴嫌だよな引いたかな…? と武道の方を見ると、目をキラキラさせていた。
三ツ谷君が勃起って言った…!
こちらもちょっとおかしかった。綺麗な顔と甘いテノールの声に似つかわしくない下品な言葉!
抗争中、死ねやぶっ飛ばすなどの罵声は聞いたことがあるが、このように明け透けな下ネタを聞くのが初めてであり、それがたまらなく興奮したのだ。
「なんだよ…その目」
「三ツ谷君っていつっつもなんか綺麗だから、そんなちょっと下ネタ出てくるの珍しくて…はは…」
「はぁ? オマエ今がどんな状況なのか分かって言ってんのか?」
場違いのヘラヘラとした顔に三ツ谷が眉を寄せると、それに対して武道はムッとした表情に変わった。
「ていうか、それならオレも言わせてもらいますけど! 三ツ谷君が楽しみにしてたって言ったけど、今は無理とかめちゃくちゃでかい溜息吐かれたりとか、あの態度でそんなの汲み取れると思います!? 自慢じゃないスけどオレ察してとか無理ッスからね!」
「は? あれは深呼吸だよ! お誘い受けて勃ちそうだったから落ち着かせようと思ったんだよ!」
「いーやアレは溜息だった! てかお誘いって、オレは一緒に寝ようと思っただけだもん!」
「何言ってんだ! 一緒に寝るだけで終わるわけねぇだろ! こちとら溜まりすぎてオマエのダサT見るだけで勃つんだからな!」
「なっ…何言って…!!」
顔を真っ赤にして怒る三ツ谷に、別な意味で顔を真っ赤にしている武道。元はと言えば言葉の足りない三ツ谷と、早とちりして出て行った武道どちらも悪いのだが、お互い譲ろうという意識はないらしい。
どちらがどれだけ我慢して、どれだけ好きかを言い合っている。夫婦喧嘩は犬も食わぬ、というが二人の痴話喧嘩は犬よりも何でも食べる人間も毛嫌いするだろう。
「分かんねぇなら体に分からせるしかねぇな!」
「やれるもんならやってみろってんだ!」
「あーそうかよ、さっさと服脱いでベッドに横んなれ!」
「言われなくても…あ、オレが服脱いだら出ちゃうんじゃないスか? ぷぷっ」
「ぁ!?」
いい度胸じゃねぇか分からせてやる、テクニックならオレだって負けないもん、それもオレが教えたやつだろ
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早朝五時過ぎ、三ツ谷の携帯にピロンと通知音が鳴る。
『今度なんか奢れよ』
ギシギシとベッドの軋む音と艶めかしい声が響くせいで二人には聞こえなかったが、元初代東京卍會総長の佐野万次郎からだった。