『愚人どもの恋罪』 --「恋は曲者」-- 『嫉妬とは、愛の保証への要求である。』
《レフ・トルストイ著『アンナ・カレーニナ』の一節より》
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「オレ、千冬のことが好きなんだ」
そう言った相棒、もといタケミっちの顔は熟れすぎた苺みたいに真っ赤だった。多くの犠牲を出した関東事変も終焉を迎え、マイキーくんの妹や横浜天竺の総長である黒川イザナ、場地さんの仇である稀咲の死を目の当たりしてもしかしたら自分やオレが死んでてもおかしくなかったと感じ、この気持ちを伝えようと思い至ったらしい。
オレのどこに惚れたのか訊くと、「ありすぎて一つずつ挙げると日が暮れる」とタケミっちははにかみながらある未来でタケミっちとオレが反社をしていて、その時命を張って自分のことを守ってくれたことがきっかけだったと思うと言った。それから未来から来たという傍からすれば戯言を馬鹿にすることなく信じてくれたこと。場地さんの未来を知ってて救うことが出来なかったことに対してタケミっちを責めることなく、誰からも褒められることもねえのに一人で戦ってすげえともっと胸を張れと背中を押してくれたこと。全てを受け止めた上で相棒でいてくれたこと。…など穴があれば出来るだけここから一番遠い場所まで潜って逃げちまいてえと思える自分でも小っ恥ずかしいエピソードをタケミっちは嬉しそうに、まるでずっと大切にしてきた宝物の包装を一つ一つ解いて開いていくかのように丁寧に優しく語って聞かせてくれた。
ただ正直オレは、今までたけみっちのことを恋愛対象として見たことなんてなかった。だからタケミっちから告白を受けたことはオレにとって予想の斜め上どころか青天の霹靂、寝耳に水で今まで一緒にいる時間は長かったはずなのに微塵もそんな素振りを感じなかったし、タケミっちを疑うわけじゃねえけどなんでオレのことをそういうふうに見れるかよく分からなかった。
好きな少女マンガを買いに行った時、BLジャンルっていう野郎同士の恋愛を取り扱った作品がすぐ近くの棚にあって、世の中にはそういう人間がいるってことはなんとなく知ってる。オレ自身、特にそういった人間に対して偏見がある訳でもねえし、”今の”タケミっちのいた十二年後の未来ではきっと今よりも”こういったこと”が受け入れられて寛容になってんだろうなと思う。でもそれはあくまでフィクションやこの先の未来の話であって、オレ自身がその当事者になることとは全く別の話だ。オレ自身、親や友達を見ていて恋人とは異性同士が当たり前だと思ってるし、野郎相手に恋愛感情が芽生えることはこの先何十年の人生においてもオレにはきっとねえだろ。だからタケミっちには悪いが断ろうと思ったのになぜか口からは「考えさせて欲しい」と出ていた。オレの言葉を聞いたタケミっちは、「急にごめん。分かった!返事はいつでもいいから」といつもと同じように歯を出して笑い、その日は解散した。
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あれから数日経ったのに、未だにオレはタケミっちからの告白に返事が出来ずにいる。タケミっちと恋人になる自分が全く想像出来ねえし、告白も断ることはもう決まってるはずなのになぜか結論を出すことを渋って、優柔不断な性格でもねえし柄にもねえとオレ自身戸惑っていた。
「はあ……もうどうすりゃいいんだよ」とここ数日で板についた物思いにふける人間特有のため息をつきながら校門に向かって歩いてると、校門前からキャーキャー騒ぐ女子の黄色い声が聞こえてきた。どっか他校のイケメンでもいんだろうと女子達の注目の的に目線を向けるとそこには我らが東卍総長マイキーくんが立っていた。
「お疲れ様っス」
と一応挨拶して、マイキーくんの前を横切ろうとすると
「おい。俺お前のこと待ってたんだけど?」
と言われて驚いた。マイキーくんは大体ドラケンくんとセットでの行動が多く、そもそも俺との接点はほぼないに等しい。マイキーくんと話すのはその場にタケミっちがいる時くらいで、うちの学校の校門前にいてもまさかオレ目的だとは思いもしなかった。
「今日ヒマ?ちょっと話してえことあるから場所移していい?」
とマイキーくんに尋ねられ、
「ウッス」
と答えた。自分のチームの総長に「話してえことがある」と言われて断る隊員はきっとこの世にいねえだろう。ゆっくりと歩き出したマイキーくんの少し後ろをオレは歩く。場地さんが生きてた頃は尊敬の意味も込めて半歩下がって歩くこの位置に場地さんに信頼されてオレはここにいるんだっていう誇りを感じてたし、居心地も良くて慣れてたけど、場地さんがいなくなってタケミっちと過ごす時間が増えて真横に並んで歩くダチに囲まれている今は久しぶりのこの立ち位置にどこか違和感を覚えた。
いつも集会をしてる武蔵神社に着いて境内に入り、あまり人気のないところにまで来た時、マイキーくんから
「なんかさあ、最近千冬おかしくね?特にタケミっちと。お前らなんかあった?」
と訊かれた。
さすがは無敵のマイキー。そんな異名を持ってるだけあって、じっとこっちを見つめる瞳は嘘をついたところで見透かされんだろうなという圧を感じた。ただタケミっちのメンツもあるし、自分の口から告白されたことを言う訳にはいかねえよなと黙ってると
「俺、”あの時”お前らのこと見てたよ。たまに行くんだ、あそこの河原。声かけようと思ったけどそんな感じじゃなさそうだったし」
いつのことかなんて訊かずともオレには分かる。 ”あの時”とはタケミっちがオレに告白してきた時のことで、マイキーくんはあそこにいて”全て聞いて知っていた”のだ。そのことが分かった途端、サアっと体内を巡る血液が凍てついて、一気に寒気が襲った。
しかし、考えようによっては今の状況はある意味チャンスだ。マイキーくんは今や関東一の暴走族である東卍の総長で、誰よりもカリスマ性があって、腕っ節も強い。そんなマイキーくんに相談すればなにか道が開けるかもしれないとオレは思った。
「もし、マイキーくんがオレの立場ならどうしますか」
オレは単刀直入に真正面から尋ねた。
「野郎同士はありえねえだろ。付き合ってるってだけで今まで友達だったヤツらが離れてったり、理由もなく喧嘩ふっかけてこられたり最悪リンチしてくる輩もいると思うぜ。
────お前、それでもいーの?」
口調は穏やかなまま、しかし鋭い眼光でマイキーくんはオレに訊いた。正直、オレは自分の気持ちばっかで世間体のことまで考えてなかった。さすがはマイキーくんだ。初めからタケミっちとは付き合う気がなかったオレは、マイキーくんの言葉に「そこまでの覚悟もねえし、やっぱり普通そうだよな」と翌日の放課後にタケミっちを呼び出して告白を断ることにした。
「ごめん。タケミっちのことそういうふうには見れねえわオレ」
そう告げた時、泣き虫タケミっちのことだからどうせ目にいっぱい涙を溜めてぐしょぐしょに泣くんだろうなと思ってたのにタケミっちは
「そうだよな。ごめんな、あんなこと言って。でも出来たらこれからも友達で、千冬が良ければ今まで通り相棒でいて欲しい」
一滴も涙を流すことなく、笑ってオレにそう告げた。タケミっちからの願いにオレは「当たり前だろ!相棒!」と答えたが告白を断って以降、周りに溝中メンバーや東卍メンバーがいれば特に意識することはねえけど、二人きりになると俄然気まずい空気が流れてオレは一方的にタケミっちを避けるようになった。
そんな折、目的は果たせたからとタケミっちは十二年後の未来に帰ることとなり、気まずい思いをしていたオレは内心ほっとした。
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あれから二年の月日が経ち、オレは高二になった。未来に帰った後、本来の中学生のタケミっちは未来から来たタケミっちに比べて幼く、オレに恋してる素振りは一ミリもなく、告白を受ける前の本来あるべきオレ達の関係性が戻ってきた。オレ自身がこの関係を望んでたはずなのに、なぜかどこへ向けていいのか分かんねえ原因不明の苛立ちが募るばっかだった。
そんな時、未来のタケミっちが戻ってきた。今回は十二年後ではなく、十年後の未来からやってきたらしい。「もう過去へは戻らないと思う」と告げて未来に帰ってったタケミっちが戻ってきたということは戻った先の未来が良くねえもんだったんだと簡単に察しはついた。もう会えねえと思っていた未来のタケミっちにまたこうして再会出来たことが不謹慎だとは思いつつも嬉しかった。
タケミっち曰く十年後の未来では、タケミっちやオレを含めた東卍メンバーも今までの未来とは違い幸せそうだったらしい。未来のオレは場地さんの夢だったペットショップの店長をしており、なぜか場地さんの親友で今は年少にいる羽宮一虎と共に働いていたらしい。他のメンバーも夢を叶えてバイクショップの経営やデザイナー、モデルなど多才揃いのいかにも東卍メンバーらしい未来だった。しかし、そんな輝かしい未来の中にマイキーくんだけがいなかった。マイキーくんはみんなが幸せになるために自分が不幸になることは承知の上で「梵天」という反社の頭になっていたらしい。マイキーくんも一緒に皆で幸せになることを諦めきれなかったタケミっちはマイキーくんに会いに行き、そこでマイキーくんに拒絶され、銃で撃たれ瀕死状態の中、最後はビルから飛び降りたマイキーくんの手を取り意識をなくしたらしい。その時にマイキーくんと握手したことでオレにとっては現代、今のタケミっちにとっては十年前の過去にやってきたんだとタケミっちは言った。
話を聞き終えたオレは、先程まで会えると思ってなかった未来のタケミっちに会えた喜びから一転、腹の底から怒りが込み上げていた。タケミっちのタイムリープの動機はマイキーくんだった。
最初は中学時代の初恋の女の子が反社の抗争に巻き込まれて亡くなったニュースを見て、その弟から頼まれて命を救うためにタイムリープしてると聞いてたが、十年後の未来ではその女の子は生きていて夢だった小学校の教師になれたとタケミっちは言ってた。本来の目的を果たせたならもうタイムリープはしなくていいはずだ。なのに今度はマイキーくんを救うためにタケミっちは今ここにいる。未来でマイキーくんに瀕死の重症を負わされてもなお、今もマイキーくんのために自ら危険なことに首を突っ込もうとしてるタケミっちに対してオレは無性に腹が立った。
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タケミっちはオレに頼らずに一人でマイキーくんのことを調べて、今のマイキーくんは関東卍會の総長となり、かなり邪悪と化していると分かった時点でドラケンくんと協力してマイキーくん奪還作戦を決行した。さらにタケミっちは相棒であるオレに相談することなくマイキーくんを救うためとはいえ、暴走族よりもタチの悪い梵に所属したと溝中メンバーを経由して聞いた。一人で背負い込んで弱音も吐かず、マイキーくんを奪還することだけに心血を注ぐタケミっちの姿にオレは一方的に苛立ちを募らせていた。
そんな折、ドラケンくんが六破羅単代の下っ端の人間に銃で撃たれて亡くなった。タケミっちに向けられた銃口の前に立ちはだかってタケミっちを庇ったらしい。ドラケンくんの死を弔うための弔い合戦「三天戦争」がその日のうちに勃発し、マイキーくんの暴走により六破羅単代の総代寺野サウスが重症を負って六破羅単代と梵の両者ともが降参し、関東卍會が勝利するという結果で幕を閉じた。マイキーくんの暴走を止めるためタケミっちは体を張ってマイキーくんと対峙した結果、右腕の骨折と三日間意識が戻らないほどの瀕死の重症を負った。そんなタケミっちを病院まで運んだのはイヌピーくんと関東卍會の九井だと言う。その話を聞いて、ついにオレの堪忍袋の緒は切れた。
タケミっちの病室に行って早々、ドラケンくんの葬儀に行った話をし、お前が未来から戻ってきたせいでドラケンくんは死んだんだと思ってもねえ言葉までタケミっちにぶつけた。
「全部オレのせいだから」
タケミっちは泣いたりキレたりすることなく、ただ静かにそう言った。水を打ったように病室内が静まり返ると「一人にして欲しい」とタケミっちに言われ、オレは病室を後にした。
意識が戻ったとは言えど、今もタケミっちの体には命を繋ぐための管がたくさん挿管されてて、負った傷もまだ生々しく命懸けでマイキーくんに立ち向かったことは誰が見ても一目瞭然だった。そんな満身創痍で壊れかけのタケミっちに、誰よりもみんなを守りてえ気持ちが強いタケミっちに、ドラケンくんのことで一番責めてんのはアイツ自身だってことは分かってたのに、オレはガキみてえに自分の中でずっと燻ってた苛立ちをただぶつけて衰弱しきったタケミっちを深く傷付けた。絶対に言っちゃいけねえことを言っておきながらこの時心はどっか冷静で、どうして未来から戻ってきたタケミっちにずっと怒ってたのか分かった。オレは「アイツがオレ以外の人間を頼ったり、優先すること」にずっと怒ってたんだ、と。タケミっちが誰かを気にかける度に「なんでオレじゃねえんだ」って嫉妬してたんだ、と。場地さんに向けてた気持ちとも親や友達に向ける気持ちとも違う。
オレはいつからタケミっちのことがそういう意味で好きだったんだろ。皮肉にもタケミっちを深く傷付けたことで自分の中にあったタケミっちへの気持ちにこの時ようやく気付いた。
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暴走する恋心がタケミっちを傷つけかねないと退院するまでオレ自身への戒めのためにもタケミっちに会わねえことにした。
恋ってのはマジで厄介だ。俺にとっての恋は少女マンガでよく見る、ヒロインが片思いする相手を見ただけで多幸感に満ちて胸がキュンキュンするような飴細工のように甘いものなんかじゃなく、心の奥底を巣食い思考や理性までをも奪うまるで”遅効性の猛毒”だ。この重苦しい気持ちを長いこと抱えこんでおける自信もねえし、今でもタケミっちはオレのことが好きかもしれねえという淡い期待も込めてこの気持ちをなるべく早く伝えねえとと思った。
タケミっちの退院日はよく見舞いに訪れていた溝中メンバーから聞いてたから退院当日、授業が終わると同時に飛び出すようにタケミっちのいる病室へと向かった。病室に着くと、前回訪れた時にあったタケミっちのダサい私物や入院見舞いで各々が持ち寄った雑誌や花などは全てなくなっており、そこはすでにもぬけの殻だった。近くにいた看護師さんにタケミっちの居場所を訊くと、タケミっちはお母さんと一緒に朝早くに退院手続きをしてもう出たということだった。もう家に帰ったのかとタケミっちの家を訪ねるとタケミっちのお母さんが出てきて
「あら、千冬くん!武道なら病院を出てからすぐどっかに行っちゃったからいないのよ〜。「退院日はなるべく早く病院を出たいから早く来てほしい」って何週間か前にあの子から電話があってね。いつも無鉄砲で何考えてるか分からないところがあるから。千冬くん、せっかく来てくれたのにごめんね。」
タケミっちのお母さんに「よければあの子の部屋で待ってる?」と訊かれたが、退院祝いは家族水入らずの方がいいだろうし、さすがのタケミっちも一ヶ月ほぼ寝たきりの入院生活で退院日早々無茶なことはしねえだろうとその日は大人しく帰った。
翌日、学校でタケミっちの姿を見かけて「放課後時間あるか?」と尋ねると、どこか気まずそうにしながら「放課後は無理なんだ。ごめん」と断られた。きっと入院中にオレが言ったタケミっちに対する酷い八つ当たりが尾を引いてんだろう。どうせ放課後暇だし、タケミっちが用事を済ませて自宅に帰ってきたところを捕まえて告白しようと思ったオレは、タケミっちの家に行くことにした。
タケミっちの家に着いて深呼吸を一つしてから、きっといないだろうなとダメ元でインターホンを鳴らす。するとドタドタドタ!と二階から駆け下りてくるいつものタケミっちの大きな足音が玄関のドア越しから聞こえてきて、「なんだ、いんじゃねえかよ」と思った反面、これからマジで告白するんだなとらしくもねえ緊張が走った。
玄関のドアが開き、タケミっちが出てきて、
「中、入っていい?」
とオレが訊くと
「ごめん今、人来てるから」
とタケミっちは相変わらず気まずそうな素振りを見せた。
ふと、玄関の三和土を見るとそこにはタケミっちは履かないであろうダブルバックルのオシャレな黒いブーツが並べてあった。
「そっか。すぐ済むし、じゃあここで。タケミっち、入院中あんなこと言ってごめん。オレ、マジでおまえに酷いこと言ったよな。本心じゃねえんだ。ただ、あん時のオレはどうしようもなくイライラしてお前に当たっちまった。一人でマイキーくんに立ち向かってただでさえボロボロのお前に…マジでごめん。
あとオレ、今日はタケミっちに伝えたいことがあってきた。
あのさ、オレ……
───タケミっちのことが好き…なんだ」
オレの告白を聞いたタケミっちの瞳の奥は、水道の蛇口のキャップ部分に溜まる水滴のように少しの衝撃でも与えられると今にも零れ落ちそうなほどに酷く揺らめいていた。タケミっちは何か言いかけたものの、すぐにどこか苦しそうなぐっと堪えた表情に変わり俯いた。
数秒間の沈黙が流れて、それに居た堪れなくなったオレは、
「明日また来るからそん時返事聞かせて!」
と言いその場を離れた。そのオレの声に反応してあげたタケミっちの顔は、病み上がりからの疲れと突然のオレからの告白のせいか血の気を感じさせない肝を冷やしたような表情だった。二年前、オレに告白してきたタケミっちのように「返事はいつでもいい」という余裕すらねえオレはタケミっちはなんだかんだで押しに弱えとこあるし、元々好きだったオレからの告白だったらもしかするとOKしてくれんじゃねえかと根拠のない自信と期待が湧いて、その日は家に帰ってお気に入りの少女マンガを読み返してはタケミっちとの初デートを想像して一人浮かれていた。
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翌日、宣言通りタケミっちの返事を聞きにきたオレは、昨日と同じくタケミっちの家へと足早に向かっていた。タケミっちの家の前まで来た時、見覚えのある姿が目に入った。それはちょうどタケミっちの家から出てきたマイキーくんだった。マイキーくんが出てきたすぐ後、追いかけるようにタケミっちも出てきた。
マイキーくんは東卍を解散した時に俺達と決別してからは東卍メンバーの誰とも会っていなかった。三天戦争の時にマイキーくんの中のリミッターが壊れて誰もマイキーくんを止めることが出来ず闇に堕ちたと聞いてたからかなり荒れてんだと思ってたけど、目の前にいるマイキーくんは仲間思いで誰よりもカリスマ性を備えたオレの知ってる東卍時代のマイキーくんだった。
すると突然、マイキーくんがタケミっちの腰を掴み自分の方へと強い力で引き寄せた。
「う……うっんん!!…まって!、マイ、キーく…ん!ん」
突然マイキーくんがタケミっちの唇を奪った。噛み付くようなかなり深めのキスにタケミっちは息継ぎが上手くいかず口の周りは唾液にまみれ、その唾液が首筋にまで伝い学生服にしみを作った。意識も朦朧で顔も火照らせ、涙で潤んだ瞳のタケミっちは普段のバカしてる姿からは想像もできないような男を誘い惑わせる色香を纏っていた。キスで力が抜けたのかぐったりとマイキーくんの肩に寄りかかるタケミっちの学生服の襟元をマイキーくんが人差し指を引っ掛けぐっと下へずらすと、そこには濃い鬱血痕いわゆるキスマークや噛み跡がまるで花弁のようにびっしりと隙間なく散りばめられ、見ようによって痛々しいそれらからは並々ならぬ強い執着が見て取れて、性事情に疎いオレでさえ二人の間で”そういうこと”が行われてるんだと嫌でも分かった。
二年前、オレがタケミっちのことを相談した時 、「野郎同士はありえねえだろ」って言ってたマイキーくんがタケミっちと”そういうこと”をやってるってどういうことか。そもそも二人は恋人同士なのか。だとしたらいつから付き合ってんのか。オレは目の前で起きてる状況に全く追いつくことが出来ず、ただ呆然とその場に立ちつくした。
すると、どこからか視線を感じた。視線を辿るとその先にはタケミっちの肩越しからじっとオレを見据えるマイキーくんがいた。そしてマイキーくんは声には出さずゆっくりと口を動かした。
「お・れ・の・も・ん・だ」
聞こえはしなかったが多分、いや間違いなくマイキーくんはオレに向けてそう言った。
マイキーくんの足元にはダブルバックルの黒いブーツが鈍く光っていた。